〔週俳3月の俳句を読む〕
さいばら天気
夜そのもの
一枚の銅版画一月の夜 猫髭
私の知っている銅版画は、紙はぼこりとして独特の手触り、四辺が直線で裁断されておらず通常の紙のかたちとは違う。褐色と黒色のあいだのようなモノトーンのインクが載るのは、その紙の中央部分、ここは矩形。「グランドホテル」と題されたその銅版画は、十階建てほどのホテルが窓に灯をともして静かに建つ。壁の肌理、窓のあかり、その背景の夜空が、細密な筆致で描かれる矩形の画面。その右下に、鉛筆書きの数字。例えば19/50とあれば、50枚刷ったうちの19番ということ。
この句で「一枚の銅版画」とはすなわち「一月の夜」である。その「グランドホテル」という銅版画は、夜そのものでした。
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秋の蛇書棚一列さーっと見る 宮崎斗士
「さーっと」とはまたずいぶんくだけた言い方で、こうした音引き(ー)の俳句での使用を、伝統派の偉い先生が見たら、目を剥きそうで、それを想像すると、ちょっと楽しい。
蛇は知性と結びつきやすい。秋といえば読書の秋ということで、秋の蛇と書棚の親和性はきわめて高い。この書棚のラインナップはきっと、一分の隙もなくその持ち主の高品位の知性を現したものだろう。その一列を「さーっと」見る。そのとき、蛇も「さーっと」真横に走る。
ところで、書棚というのは、いろいろなものが過ぎる場所であるらしいです。
涸れ川を鹿が横ぎる書架の裏 中島斌雄
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金色の魚を干して春眠す 神戸由紀子
朝早くから魚が干されているのだろうか。不思議な顛末。「金色」のイメージが最後の「春眠」まで残り(眠りは金色なのです、ビートルズ Golden Slumbers の昔から)、ユニークなまどろみ感。
ところで、魚の読み方の「さかな」と「うお」。「さかな」は酒の菜から来ていて語として新しい。「うお uo」の語は、日本を含む西太平洋各所に類似・共通が見られるらしく、語としてかなり古い。音に対する好みで左右されもするのだろうが、この句では「さかな」よりも「うお」と読む設えが私の願望。
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春光の重たくありぬ万華鏡 大島雄作
光には季節や天候、時刻によってさそれぞれの重さがあるが、重さを感じる機会はそれほど多くない。万華鏡は、光の質量を体感するに、なるほど格好の事物かもしれません。
俳句を読んでいる場合ではない。すぐに万華鏡を覗かなければ。
■猫髭 十句の封印による反祝婚歌 10句 ≫読む
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■宮崎斗士 思うまで 10句 ≫読む
■高浦銘子 てふてふの 10句 ≫読む
■神戸由紀子 春眠 10句 ≫読む
■市堀玉宗 口伝 10句 ≫読む
■青木空知 あたたけし 10句 ≫読む
■大島雄作 納税期 10句 ≫読む
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2009-04-05
〔週俳3月の俳句を読む〕さいばら天気 夜そのもの
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