2009-06-28

林田紀音夫全句集拾読 073 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
073





野口 裕





山川の傷みコスモスたちのぼる

昭和五十三年「花曜」発表句。いたるところに、コスモスのひ弱な茎が見える山河。自然がようやく宿した回復力か、衰亡へ向かうしるしか。紡がれる言葉はひらすら観照的であろうとする。

 

紙縒から生まれて海に照る日射し

昭和五十三年「花曜」発表句。紙縒から生まれたのが、作者なのか、日射しなのかよく分からないが、どちらにしろ、紙縒から生まれるものでもないだろう。無意識から不思議な景が生みだされることはよくある。生みだそうとする作者の側がそれに意識的な場合、景はなんとなく歪む。この句の景は歪んでいない。

 

鳥獣に淡く日の降る夢のあと

柿のいくつかいつよりのされこうべ

牡牛ほどのさびしさの午後わだかまる(「海程」発表句では、蟠る)

しばらくは呪符をまじえて雪が降る

落下傘ほどのかなしみ青く晴れ

電球の忘れず灯りひらすら雪

葉脈の透く埋葬をまのあたり

仏飯に残る時間の手を添える

紫陽花の毬ほどに死の色を刷く

青葱の折れた形の日が終わる

昭和五十四年の「花曜」発表は二十一句と、前年の三十八句、後年の三十五句に比較して少ない。「海程」発表句は、昭和五十三年から五十五年が、二十六句、二十八句、三十句とあまり変化がない。何か原因があるのだろうが、よく分からない。

昭和五十四年「花曜」発表句のうち、「海程」の方にも発表した句をすべて拾い上げてみた。二十八句中十句と重複が多い。手間を省くため句数の少ないところで行ったが、どの年度で試みても似たような結果が出るだろう。さすがに、重複句は単独句よりも出来の良いものが多い。

しかし、句帳から発表句を拾い出す作業を繰り返すごとに、同じ句を拾い出して行く紀音夫を思い浮かべると、通常の作品発表の倫理を離れた別種の倫理を自身に課している感を抱く。

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