2009-06-07

成分表29 ポストモダン 上田信治

成分表28 ポストモダン

上田信治


初出:『里』2009年4月号


ポストモダンという言葉があった。あれは1980年代のことだから、「ひょうきん族」とか浅田彰の時代だ。

好んで使われたのは「大きな物語の終焉」というフレーズで、ものごとの良し悪しを一元的に判断できる価値基準はもう無いのだ、というような話だった。

磯崎新による、過去の建造物のコラージュのような建築は、「日本の状況の中にもう一つの別な刺激を生み出すことを期待」(磯崎・多木『世紀末の建築と思想』1991)して創造されたのだそうだ。

良し悪しではなく「もう一つの別な」何か。それは、「価値あるもの」ではなく、「価値って何でしょう」という問いかけを作品として提示することだ。

質問が、そこにずっと建っているのだから、建築はすごい。

半疑問ふうに「みたいな?」と小首をかしげた人が、そのまま目の前にいるような居心地の悪さである。そして、人を居心地悪くさせることを本分とするのが、ポストモダニストというものだ。

  三月の甘納豆のうふふふふ  坪内稔典

岸本尚毅が、この句を「戦後俳句」の「古典」の一つに数えていたことは(『俳句』2007年8月号「古典となった戦後俳句」)、特集テーマへのお付き合いをふくめても、氏の見識を示すものだったと思う。

〈三月の甘納豆のうふふふふ〉は、発表当時(1982)から話題になり、戦後もっとも人口に膾炙した句の一つでありながら、今日にいたるまで「問い」として全く解消されていない……そういう意味で、記念碑的な句だ。

作者が代表である「船団の会」内部には、これに匹敵する作品が生まれているのかもしれないが、寡聞にして、知らない。もちろん一くくりにはできないが、『船団』の作品は多く戦前モダニズムの系譜にある、という印象を受ける。

いや〈甘納豆〉は、新しい美や心地よさの提示というモダンの文脈でも語りうるのだが、この句は、その可能性を十全に受け継ぐ作品が現れなかったことで、一つのポストモダン的「?(疑問符)」として、俳句史にぽっこりと屹立している。

その姿は、いまや街なかにあって前世紀の遺跡めく、ポストモダン建築のようだ。

そういえば、いわゆる「半疑問」も、1990年代のはじめに現れた習俗であった。

時代精神ってあるんだよな、という話である。

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