2009-07-12

商店街放浪記13 名古屋 大須商店街 前編 小池康生

商店街放浪記13 名古屋 大須商店街 前編

小池康生


名古屋は誤解されている。
何年前だったろう。
名古屋叩きのようなことが起こった。
テレビやラジオで、タモリあたりが名古屋をとやかく言い、
それに連動する人がいて、名古屋叩きが拡大したのだ。

あれは、つまり、名古屋だから言えたのだと思う。

大阪を攻撃すると、攻撃した人間が大変な目に遭う。
逆に島根県や福島県を叩くと、笑いが生れず、攻撃した側の人格が疑われる。
名古屋であれば、笑いも生まれ、イジくる文化的端緒もたくさん見つかる。

名古屋は攻撃されつつ、攻撃されるたびにキャラを立たせていく人物のようなところがある。

文化・歴史・独特の風習や特徴的な食文化があってこそ成立した叩きである。
しかし、一連の叩きが名古屋にとって得だったのかどうか。

わたし自身も、仕事で名古屋に行くことがあっても、駅と目的地の往復で終わっている。考えてみれば、散歩好きのわたしが名古屋散歩をしていない。

わたしも名古屋を誤解しているのかもしれない。

これから仕事で名古屋に行く。
名古屋とやり直そう。
名古屋とモメた覚えはないが、名古屋を考え直そう。

名古屋行きの直前に、わが銀化俳句会の<2009年銀化関西研修会in嵐山>があり、仲間が集まった。その時、名古屋の商店街の話を振ると、地元の人がすかさず、
「オオス」
まわりの人も「オオス」と唱和する。
オオスとやらが何処にあるのか、どんな字を書くのかも知らなかったが、
わたしのなかにオオスがインプットされた。
オオスへ行こう。名古屋を発見するのだ。

新幹線で名古屋に。
東京から1時間41分。
大阪から51分。
京都から35分。
便利な大都会だ。
名古屋に詳しい人から、名古屋駅の松坂屋の上、グルメフロアに櫃まぶしの旨い店があると教えられていたので、そこを目指す。
 
松坂屋を上がり、グルメフロアに、
「おっ!」
それらしい店が見つかる。しかし、扉に貼紙。・・・厭な予感。

【3時~5時の間は仕込みの時間にさせていただきます】

云々かんぬんと書いてある。時計を見ると、2時40分。
書いてある時間より、20分も早く仕舞っているのだ。
体の奥深くから何かがこみあげる。
腹を減らし、満を持して、やってきたというのにこれだ。
断り書きをするならその通りに実行して欲しい。
腹が斜めになり、顔付きがこわばるのが自分で分かる。
扉を揺するが鍵がかかっている。
格子戸から中が見えるが、人影がない。
旨いとの評判が、余計にわたしを悔しがらせる。

どうするか。オオスへ移動するか(カタカナで書く必要はない。この時点では、オオスが大須と知っていたのだから)。いや、このまま腹を減らしてうろつくと、悪意に満ちた目で名古屋を見てしまうかもしれない。
さきほど通過した駅ビルの地下に名古屋グルメが集まっていたような・・・。
試してみよう。
駅の地下に移動。
老舗っぽい名前の、櫃まぶしの店を見つける。
狭い。店の造作がちゃちい。しかし、やはり、店の名前がいい。しっとりしている。ここにしよう。

元気なおばさんの声に迎えられ、ホッとする。
生ビールと手羽先と櫃まぶしを頼む。
 
驚くほど早く手羽先が出てくる。
手羽先は二度揚げではなかったか?
二度揚げを疾うに済ませ、かなり休憩をしていたような手羽先だ。
齧る。汁気が少ない。
あー、やってしまった。
斜めになっていた腹が、今度はガクンと崩れる。
どんな櫃まぶしがくるのやら。

櫃まぶしもまた予想を超えるスピードで出てきた。
もう、以下省略である。
悪口を書いても仕方がない。
この店を選んだわたしが悪いのだ。
お茶漬けも含め、櫃まぶしを食べ終える。
大須で、もう一軒、櫃まぶしを食べようと決意し、店を出る。
恨むなら、貼紙よりも20分も早く閉ざす店を恨もう。
 
ホテルのある納屋橋に向かうため地下へ降りる。
エスカレーターに乗る。条件反射で右に立つか左に立つかを迷う。
そう考えてきょろきょろしていると、エスカレーターの段の中央に左右を分ける黄色い線が引かれているのに気づく。
通常、段の淵に黄色い線が敷かれているが、名古屋は、さらに、左右を隔てる真ん中の線がある。右と左が平等にシエアしてある。
名古屋は几帳面だ。
それなら鰻屋は、3時と書けば3時まで店を開ければいいのに。
あたりを見回すと、エスカレーターの壁に、貼紙。
『走るな、止まるな』
なんだ、これは。どうすればいいのだ。
エスカレーターのサイドの足許を見ると、長年の染みがこびりついている。
歴史があるというのか、掃除をしていないというのか。
あー、何を言っている。名古屋を叩きにきたのではない。
自分の句を呟く。

滝壺を出て水色をやりなほす  康生

やりなおそう。名古屋をやり直そう。そのために来たのだから。

ホテルでシャワーを浴び、着替える。
今日は気の流れが悪い。なにか長所を見つける訓練でもしよう。
朝食券を見やると、朝飯の時間と昼食の時間が書いてある。
朝食券に昼食の時間とはどういうことだ。
朝食に使わなかった場合、昼食に使えるというのだ。
こんなシステムは初めてである。
わたしが知らないだけなのだろうが、実に親切ではないか。
いいぞ、名古屋。やるじゃないか。
名古屋にいいところがあるぞ。
しかし、その昼食に櫃まぶしという文字が・・・。
基(もとい)。
名古屋はいい。名古屋はいいかもしれない。

汗をかいて不機嫌にならないよう、タクシーに乗る。
「大須商店街の一番近いところに」
と告げる。
事前にホームページを調べたところ、大須商店街は、<万松寺通り、仁王門通り、東仁王通り、新天地通り、赤門通り、本町通り、大須観音通り、裏門前町通り>の八つからなる大商店街なのである。
どこからどうアプローチしていいか分からない。

タクシーの運ちゃんは、大須本通り<コメ兵本店>の前で止めてくれた。
「この先に万松寺通りの入り口があります」
そう言われても、わたしには地理はちんぷんかんぷん。
後々分かるのだ。このポイントが、商店街の入り口として、いかに的確な場所であるかを。

万松通りを歩く。道幅が広い。アーケードである。若者向けのカジュアルな衣料店が多い。その合間に老舗らしき呉服屋などがある。
やがてクロスするアーケード。新天地通りである。電脳街の趣き。万松寺という寺もある。ここからは只管歩き、通りの名前を覚えるべく写真を撮り続ける。歩き、歩き、歩く。赤門通り、新天地通りと歩く。歩き倒す。わたしの儀式である。
歩き倒すことが商店街への挨拶である。
なにも知らない商店街も歩き倒せばなにか<臍>のようなものが見えてくる。
歩けばいいのである。歩いて感じていればいいのだ。

やがて、咽が渇き、<第2アメ横ビル>1階の、雰囲気のあるカフェ<EYEcomodo>に入る。

ビールと、れんこんチップを注文。
咽を潤しながら、商店街のホームページに書いてあったことを思い出す。
ここいらのお店には、大須商店街マップが置いてあると。
注文を聞きにきた男性に、地図を所望する。

「ちょうど、地図の差し替えの時期で、あまり出回ってないんです」
なんだか、今回の旅はこういう様相であるような予感。
諦めてビールを飲んでいると、先ほどの男性が何かを持ってこちらに来る。
「これ、2006年の地図ですが、これでよければ」
ありゃ、ありがたい。
「どういうところ、探してますか?」
「いや、商店街を歩くのが趣味で・・・うろうろするだけです。あっ、櫃まぶしの旨い店ありますか?」

ここから会話が始まる。この男性は、この店のオ―ナーであった。
3年前にこの店を作ったという。椅子は、ゆったりしたソファ。長居をする人も多そうだ。店内を利用して、アーチストの作品を展示し、壁にも絵が描かれている。コンサートもおこなうそうな。

「櫃まぶしは、大須観音のすぐそば、ここ、宮田楼がいいです。出来上がるまでに時間がかかりますが、わたしはここでしか櫃まぶしを食べません。かりっとしてるんです。昼前、ここを通ったとき匂いがしたから、今日はやってるでしょう」

このカフェのオーナーは、宮田楼の近くに住んでいるらしい。
「匂いがしたからやってるでしょう」なんて、いい。凄くいい。あー、商店街だ。

ついでに味噌カツのことも訊く。
「味噌カツなら、新天地通りをずっと上に行ったところの“すゞ家”さんが旨いです。他にもいろいろあるけど、さくっとした味噌カツならここです」

大きな地図の端が破れかけている。
長年使った地図だろう。こんなものをいただいて申し訳ない。
それから商店街の話をつらつら聞き、“コメ兵”という店が重要拠点であることを知る。
名古屋は質屋文化の街。コメ兵はその中心的存在。
この界隈のお店はコメ兵(ひょう)の休日に合わせて休むのだそうだ。
 
あー、いい人だ。
ビールをお替わりし、店を出る。
いざ、コメ兵へ。
タクシーの運ちゃんが降ろしてくれた場所だ。
6階建てのビル。宝石・貴金属、時計、ブランド小物、カジュアルウエア、ブランドウエア、量り売り衣料、中古品も新古品もある。
折りからの雨のなか、新品の傘を買う。傘の骨が通常の倍あると宣伝文句が書いてある。
紺色の長い傘。柄が渋いのだ。
石原軍団の館ひろしがよく着るスーツ柄に似ている。
それとベルト買う。

そして、各階をうろうろ。
そのあと、栄方面に仕事へ。

仕事を終え、大須に戻ってきたのは、夜の9時前。
栄から乗ったタクシーで、カフェのオーナーにもらった地図を広げ、
「ここ、ここに行ってください」
と味噌カツの<すゞ家>を指さしていた。

運ちゃんは、迷いながら、
「この辺のはずなんですが・・・」
と店を探しながら運転し、
「あっ、あった!あれですね!」
と<すゞ家>発見を我がことのように喜んでくれる。

タクシーを降り、店に近づく。
確かに<すゞ家>だ。
店の前に置き看板がある。しかし、その灯が消えている。
嫌な予感。今日はそういう日なのか。
扉の前に<closed>の札が揺れる。
店内を覗くと、若いウエイトレス。
わたしが両手でバッテンマークを作ると、一旦頷き、そのあと、調理場を見て、なにやら会話をはじめる。
ウエイトレスは、なんだか、とてもあたふたしている。
なんなの?何を話してるの?

涼風やよき隔たりの椅子二脚   志方ヒロ枝

                     (一週おいての次回に続く)

2 コメント:

和人 さんのコメント...

商店街シリーズ毎回楽しみに読ませていただいております。
先日のいつき組句会でも宣伝しておきましたので少しは、フアンが増えるかもしれません。

滝壺を出て水色をやりなほす  康生

この~句大好き、素敵な句。日立のCMソングに乗せて。

康生 さんのコメント...

和人さま

ありがとうございます。
出町柳や空堀商店街や吉祥寺や、書きたいところがいっぱいあります。ひつこくやります。

康生