2009-07-26

商店街放浪記14 名古屋 大須商店街 後編 小池康生

商店街放浪記14 名古屋 大須商店街 後編

小池康生


名古屋である。
大須商店街なのである。

到着の日、名古屋駅で櫃まぶしが食べられなかった。
昼の準備時間に入っていたのだ。
憤懣やる方ない出だしだった。

大須商店街移動後、ふらっと入ったカフェで大須商店街の地図をもらい、
おまけに界隈の櫃まぶしと味噌カツの名店情報まで得た。

夜―――。
所用を終え、カフェのオーナーに教えられた味噌カツの店<すゞ家>へ。
夜の9時になろうかという間合いだった。
たどり着くと、扉の前に<closed>の札が揺れている。

嫌な予感。今日はそういう日なのか。
店内を覗くと、若いウエイトレス。
わたしが両手でバッテンマークを作ると、一旦頷き、そのあと、調理場を見て、なにやら会話をはじめる。
ウエイトレスは、なんだか、とてもあたふたしている。
なんなの?何を話してるの?

話し終えたウエイトレスがこちらに近づいて来る。
どんな断りの口上を聞かせられるのだろう。

扉が開く。にこっと笑う。相当に可愛い子だ。
「どうぞ」
ありゃ。・・・昼間、あのカフェに入ってから流れが変っている。

案内され、レジのそばに座る。
縦長の店内。奥の席で若い男性がひとり食事をしている。
レジ近辺には、サイン色紙が貼られ、貼る場所のない分は、束にして並べられている。

ウエイトレスが、注文をとりに来る。
前菜盛合わせ、サーロインの味噌カツ、ヒレの味噌カツとビールを注文する。いよいよ、名古屋の味噌カツと対面である。この店を教えてくれたカフェのオーナーは、サラッとした味噌カツならここだと言っていた。

二階が騒がしい。
宴会でもしているようだ。
店の奥に階段があり、二階から幹事さんらしき人が降りて来てワインの追加注文している。ワインもあるのか。

縦長の店の中央部分に、<すゞ家>の重厚な木製の看板が置かれている。
本来、店の表に置かれるべきものが、店に中央にあるのは何故だろう。
しかも、その看板にサインがしてある。看板にサインするなんてどれだけの大物なのだ。

料理が来た。
前菜には、海老のフリッターやら何種かあったが、一番印象に残ったのは、たこ焼である。いや、正確には、たこ焼の様なものだ。謎めいていてが旨かった。

そして、味噌カツ。わたしが今まで食べたカツのなかでも、相当なレベルのとんかつであった。サーロインがどうしてこんなに柔らかいのだ。確かにサラッと揚がっている。肉自体もうまい。ソースの味噌は、このサラッとした味わいを守るために別皿で来た。

食事を終えると、デミタスカップの珈琲が出てくる。
どうやらサービスらしい。
男前のミドルが、持ってきた。オーナーだそうだ。
お話を伺う。
とんかつがさらっとしているのは、毎日油を換えているから。
たこ焼に見えた料理は、中に蛸を入れたカニクリームコロッケ。しかしこのコロッケには衣を付けず、油に落としてピカタ風に仕上げるのだ。
面白い演出。味もイケる。すぐ近くに公設市場があるので、そこで北海道の蛸などを仕入れる。各地の食材は手に入る場所が近くにあるのが強みだと言う。

さらに、先ほどから気になっていたことを訊く。
木製のどっしりとした<すゞ家>の看板。
それがどうして店のど真ん中に置かれているのか。
しかも、その立派な看板にサインがしてある。老舗の看板にサインをしたのは誰なのだろう。

答えはこうだ。
ロンドンブーツの番組収録があったそうで、番組サイドがこの看板を作り、収録に使ったらしい。本物の看板ではなく、番組用の看板だったのだ。
オーナーが言う。
「ロンブーのお二人は素晴らしい人でしたね。収録以外の部分でも、じつに細やかな心遣いで、あれだけテレビで毒舌を吐きながらも人気者でいられる理由が分かりましたね」
オンエアとは関係のないところでも、二人は実に好青年であったようで、
気持ちのいい収録だったから、記念においてあるそうな。

数々訪れるリポーターに中には、テレビでは優しく見えて、現場では・・・という人もいるらしい。これは書けないが。

面白い話を聞き、お店を出る、
玄関までオーナーに見送られる。
雨が降り出していた。
わたしは、コメ兵で買った大きな傘を広げる。
館ひろしがアブナイ刑事で着ていたスーツの柄に似ている傘だ。
「宮田楼は、どの辺ですか?」
「宮田楼に行かれるんですか?」
「明日にでも」
「わたしも櫃まぶしは宮田楼でしか食べません」
おお、カフェのオーナーと同じことをおっしゃる。

わたしが、商店街好きであること、昼間、カフェのオーナーに親切な説明を受け、ここにたどり着いたことを説明する。明日も時間のある限りこの商店街をうろうろするつもりですと告げると、
「いま、時間あります?」
「ええ」
「店でもう少し、話しませんか?」
そうして、もう一度店内に入ることになるのだ。
ハードボイルドな傘をたたみ、店内に戻る。
オーナーは、冷蔵からなにやらボトルを取り出し、テーブルにやってくる。
日本酒。富山の万寿泉(ますいずみ)だ。
イタリア料理で、食後酒を飲んだことはあるが、味噌カツを食い、日本酒の食後酒をふるまわれるなんて。

オーナーとテーブルで向き合い、商店街の話。
―――大須商店街も、十年、十五年前、寂れていた。
世代交代がうまくいかず、シャッターを降ろす店が増えていた。
そこで、万松寺の住職が復興に乗り出し、<新天地通り>にパソコン関連のお店を誘致し、電脳街を作り、人の流れを呼び戻したというのだ。
万松寺とは、<新天地通り>の真ん中にあるお寺だ。

人が集まれば、その人たちは、まわりの他の商店街にも足を運ぶし、電脳街自体にも各種の店が集まりだす。

また、世話役の人たちは、高齢化した人たちに若者に店を貸すことを提案する。
自分では、店を続けられなくても、若者に店を貸せば、<店という場>は復興し、貸した側にもメリットは生れる。商店街の中心人物たちはそんな努力を重ねて、大須商店街を活性化させたのだ―――とそんな話を伺った。

<すゞ家>は三代目。オーナーの森さんは、サラリーマンの家庭に育ったので、サラリーマンに喜んでもらえるようにというのが経営方針なのだ。
さきほどの珈琲のサービスもそう。混み合うときはできないが、ゆとりのあるときは、珈琲を出す。表示されていないサービスだが、常連は、混み合っているときはないものと心得ている。
話を聞いていると、町内というコミュニティが、ここにはあるなぁと感じる。

昼間のカフェで聞いた質屋<コメ兵>が、大須商店街の中心点ということを森さんに確認すると、やはりそうらしい。森さんは、本店ではなく、別館にアメカジの中古を買いに行くらしい。安くていいジーンズがあると放っておけないらしい。
<コメ兵>は、本店以外にも別館が何店舗かある。
これも明日、チェックだ。

今日は不思議な日だった。
スタートの櫃まぶしでは躓いたが、カフェ<EYE  comodo>のオーナー、<すゞ家>のオーナーに商店街の話が聞けたし、本物の味噌カツを食べることができた。

櫃まぶしの<宮田楼>も行かねば。
カフェのオーナーにはその他、<味噌煮込みうどん>の店、<蕎麦の旨い店>も教えてもらっている。この人の情報の確かさをつくづく実感したので、教えてもらった所は、皆まわらねば。

<すゞ家>でご相伴にあずかり、納屋橋のホテルに戻る。
 
そして、翌日の昼、まず<めん処 浅ひろ>で、味噌煮込みうどんを食べる。
店の雰囲気がいい。昨夜感じた町内のよろしさみたいなものがここにもあった。味噌煮込みは、親子を頼んだが、天麩羅やいろいろあるよう。ベースの基本鍋があり、そこからなにをトッピングするかのようだが、注文の仕方をもっと勉強せねば。

次に蕎麦の<丁字屋>。これは、<めん処 浅ひろ>の向かいであった。
もう一度味噌煮込みかと思ったが、味噌煮込みない。
蕎麦屋なのだ。柚子蕎麦を食べる。旨い。観光客と近所の人が入り混じっている感じだった。こんな店が近所にあればちょくちょくいくなぁ。
東京暮らしで蕎麦を覚えた。大阪では、蕎麦のいい所が少ない。近所に有名なところがあるが、あの店は、東京では通用しないだろうなぁ。

基(もとい)。そのあと、<コメ兵>に行き、ジーンズを見るが、中古のジーズを見分ける能力はわたしにはないので諦める。正直な話、衣類がどっさりある中古の店は、においが凄い。噎せ返るようで、苦しかったというのが正直なところだが、それでも粘り、靴を見た。
中古のスニーカー。人の履いたものは嫌だが、明らかに新古品というのがあり、そこから面白いものを探した。
リーボックのメッシュの白。正価は分からないが、4分の1か3分の1だと思う。

これを買い、はたと気づいた。
正価なら買わない靴だが、新古品なのでチャレンジできる。
名古屋の若者たちは、今までなら買わない服にも質屋の安さゆえにチャレンジができ、ファッションのエッジを広げているかもしれない。
若者で溢れかえる商店街で、ギャルのまぶしい脚を見ながらそんなことを考えた次第。

夜は宮田楼。
カフェ<EYE komodo >のオーナーも、<すゞ家>のオーナーも、ここでしか食べないと言っていた。
大須観音のすぐ横、名前からして大きな料亭を予想していたが、まったく違っていた。ご無礼ながら、教えられていなければ入っていない店である。
軒庇が崩れかかっているのだ。小さな角の店。歴史は感じるが、普請を心配する。

中に入る。先客が三人。
窓際に座るが、窓の桟が相当傾いている。
それもそのはず、大正元年創業。1912年からのお店だから、あと数年で100年のみせなのだ。凄いことではないか。
櫃まぶしを注文する。

待っている間に、女性ひとりの客が来て、新聞を読みビールを飲みながらうなぎを待っている。
そのあとに来た男性は、奥さんが病気で寝込んでいるので、うな重を買いに来たと店の人に告げている。
なんだか、とっても町内だ。

出てきた櫃まぶしは、カリッカリッで、香ばしい。
一杯目はそのまま。二杯目は山葵をつけ、三杯目は、だしでお茶漬け風に。
余は満足じゃ。大須へ来てからの店は全部正解だった。

大須商店街はおもしろかった。
古きよきコミュニティがある。
昭和半ばの交流がまだ生きている。

最初に訪れた名古屋駅の櫃まぶしは残念だったが、致し方ない。
うなぎは時間がかかる。その時間も読んで早めに準備中の札を上げたのだろう。

大須は大正解だった。すっかり大須マニアである。
テレビで伝えられる名古屋は、変わったスパゲティとか、大盛のパフェとか外連味が多いが、定番メニューには底力がある。

そうそう、もうひとつ書いておかなければいけないことがある。
今回、名古屋の旅で4、5回タクシーに乗った。どれも近距離。
大阪や東京でこれだけ近距離に乗ると、何度か不愉快な思いをするのだが、
名古屋では一度もそういうことがなかった。これも特筆すべきことである。
最初の運転手さんは、大須商店街をお願いすると、<コメ兵>の前にとめてくれた。気が利いていた。どの運転手さんも、皆柔らかな物腰だった。
こんなこと、今の都会のタクシー事情では奇跡に近いことだ。

     寺町の真赤なポルシェ灼けてをり  佐々木悦子
  

                     (一週おいての連載)

2 コメント:

しのぶ さんのコメント...

よぅいりゃぁしたなも。
おばあちゃんならこう言います。

小池康生 さんのコメント...

しのぶさま
(大須編前編冒頭、「オオス」と薦めてくれた方)


ありがとうございます。

一番怖かったのは、名古屋人に読まれることでした。

小池康生