2009-07-12

〔週俳6月の俳句を読む〕浜いぶき どこともしれない不思議な町に

〔週俳6月の俳句を読む〕
浜いぶき
どこともしれない不思議な町に


夏暑く冬寒き町通し鴨  岸本尚毅

夏は暑く冬は寒い、とだけ聞くと、日本の季節感からすれば当たり前のことのように思う人が多いのだろう。けれど、それを改めて「夏暑く冬寒き町」と言われると、日本の町の普遍的なイメージ(そんなものがあるとしたら)ではなく、新しい、魅力的な印象と共に、どこか名前は知らないけれど、ある特定の町の像が立ち上がってくるから不思議だ。「夏」「暑く」「冬」「寒き」が全部入っている句は見たことがなくて、でも収拾がついている(しかも美しく)のは、それらの語が「町」という多面体へ収斂されているから、だろうか。俳句として新しいことと、風景として既視感をもてることとの共存が、この句のひとつのポイントだと思う。

通し鴨とは、夏になっても北へ飛び立たないで残っている鴨のことだという。夏の季語だが、この句に関して言うと、通し鴨の、なんとなく町に馴染んでしまった様子、時期に関わりなく居ついてしまった感じが伝わってきて、特別に夏という季節が強調されていないようにみえる。あるひとつの町とそこにいる通し鴨の物語のような、大きな時間の流れが思われて、不思議な郷愁に誘われてしまう。

物語性は、俳句にとって必要条件ではないし、むしろ「俳句的」ということと「物語的」ということはあまり近くない使い方をされる気がする。けれどこの句では、その物語性が(要素は少なくても)ゆたかに発揮されている。一瞬を切り取るのではないカメラの構え方も、素敵だ。

寒暖差の大きい町、というと、小学生の数年間を暮らしていた自分は、つい北海道をイメージしてしまう。住んでいた北見市は、夏は30℃を越すし、冬は氷点下20℃になることもある町だった。旭川市や帯広市なども、夏は暑くて冬は寒い土地としてよく耳にした。ただ、苫小牧にほど近いウトナイ湖などは、雁や鴨など渡り鳥の有数の飛来地だというが、北海道に「通し鴨」がいるのかは不勉強で分からない。本州ととるのが自然かも知れない。そういう町が、他にもたくさんあるのだろう。

一体どこにある町なのだろう、と思って、ふと気付いた。この町の「匿名性」が、通し鴨の「名も無さ」に、しっくりと合っている。名も無さ、というとおかしいけれど、名乗るほどの者ではありません、という気分。たぶん、通し鴨は、そこに居ついてはいるけれど、立場というか、性質としては「旅人」なのだろう。生来の旅人にとって、その町の名はさして重要ではない。

仲間とはなれてそこに残った、孤独にとも、飄々ともみえる鴨の姿が、何の描写もない、どこともしれない不思議な町に、よく似合っていると思う。



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