甜瓜図
野口 裕
最近、あちこちの川柳関連ブログで次の句(註1)を見かける(註2)。
23ページのメロン図について 森茂俊
与えられた「図」という題に対して、非常に巧みな処理が施されている。「図」から最初に連想されるのは、二次元上に広がる平面だが、それではつまらない。連想を少し伸ばすと三次元に思い至る。三次元上のものは色々考えられるが、プラトンの昔から完全な立体といえば球と相場が決まっている。球を図(平面)に写したものは、世界地図などもそうであろうし、天上の星の分布を模した天球図もそれにあたるだろう。しかしそれは、誰もが思いつく範囲にとどまる。
範囲を逸脱するために、持ってきたものが「メロン」。確かに球ではあるが、表面の網目模様に引きつけられて球形であることを一瞬忘れそうになる。球形であることが句の背後に引くことにより、隠し味が生じる。
句の全体からは、「ではメロンについて説明します。二十三頁のメロンの図を見てください」というような口調が聞こえてくる。昨今よくある講習会の一場面のようであり、教育テレビの通信講座のようでもある。巻頭に置かれた図ではなく、二十三頁と示された数字は、講習や講座の時間が経過してやや退屈してきたところを想像させる。この点で、「23」という数字は句の主題をよく引き立てている。子規の、
鶏頭の十四五本もありぬべし
を思い出すほどだ。
全体として、たとえば「銀河鉄道の夜」の冒頭、
「ではみなさんは、そういうふうに川だと云(い)われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊(つる)した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指(さ)しながら、みんなに問(とい)をかけました。 カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。などの、パスティーシュ(パロディ)たり得ている。その意味で、伊勢物語をもとにした、
やわやわとおもみのかゝる芥川 (柳多留)
などの伝統を引き継いでいるだろう。
以上の点を踏まえて、秀句であるとは言える。しかし私にとって、この句は物足りない。奇抜ではあるが、啓蒙という行為は愚かしい、なる常識に寄りかかっている。言いかえると、表現はダイナミック(動的)ながら枠組みはスタティック(静的)である。
もっとも、枠組みまでダイナミックならパスティーシュ(パロディ)の範疇を超えてしまうような気もしてきた。なかなか面白い句ですな、で鑑賞を切り上げるべき句なのかも知れない。
えらく長く書いてしまった。少し気に入らない点のある方が書きやすいものだ、ということを今回発見した。
(註1)この句は、川柳同人誌「バックストローク」主催の、「第二回BSおかやま川柳大会」で発表された。この句を特選に選んだ歌人彦坂美喜子氏の選評は、「バックストローク」第27号に掲載されている。入手先は、川柳句集・評論集BSショップにある。
(註2)この句を取りあげたブログ・掲示板には次のものが見つかる。
●大会直後の感想として、「575から∞」の4月13日付。
●「あほうどり」の4月13日付。
●バックストロークの掲示板では、7月14日付の石部明、7月26日付の石田柊馬の発言。
●「ふらふら日記」での筒井祥文の鑑賞文と、8月に入ってから同じブログでの富山やよいの感想がある。
●作者本人の感想は「茂俊~笑顔の便り」の4月26日付にある。
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