2009-09-06

林田紀音夫全句集拾読 083 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
083




野口 裕





風過ぎてゆく月明の三輪車

平成三年、「花曜」発表句。人通りの少ない公園に、夜になっても三輪車がほったらかしになっている。過ぎてゆくものは風だけではあるまい。

 

いつまでも見えて枯野を急ぐ犬

平成三年、「花曜」発表句。山口誓子の「土手を外れ枯野の犬となりゆけり」に付けたような句。既視感漂うが、難詰するほどのことではない。この句のあとの句に、

川すこし流れて海へ晩年へ

欄干に海見て老後何の色

紅梅を行きすぎて老まざまざと

などがあるが、犬の方が老いの心境を端的にあらわしている。

 

地蔵立つ傘傾けたくらがりに

平成三年、「花曜」発表句。林田紀音夫には、抹香臭い句が多い。傘は、彼の多用する小道具である。既視感漂う失敗句になりそうなものだが、これは意外と成功している。めまぐるしく変化する現実世界の影に、ひっそりと佇む過去の生命の形見。地蔵がそんな存在だったことを思い出させてくれる。

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