商店街放浪記19 神戸 元町商店街
小池康生
神戸の人たちも京都の人たちも、大阪では遊ばない。
大阪という街に興味がないようである。
いや、大阪の街が嫌いなのだ。
それでも大阪人は、神戸や京都の街が大好きなのだ。
大阪人はプライドが高く狭量で悪口を言わせると天下一品であるが、
まわりの街を愛している。神戸や京都だけでなく、奈良も和歌山も愛する。
その神戸の中心地と言えば、「三宮」「元町」界隈。
「神戸」駅あたりは、ちょっと中心を逸れている感じがする。
今回は、神戸元町商店街を攻めた。
旧居留地の西の端、メリケンロードが鯉川筋に変わるあたりに大丸百貨店があり、道路を隔てたその向かい側が、神戸元町商店街の入口だ。
このメリケンロード、南の端にアメリカ領事館があり、<アメリカ>が<メリケン>になり、その訛りが通りの名前になっているのだ。
嗚呼、海のある町、文明開化の町に来ているなぁという感じになる。
以前に書いたことだが、大阪が、安治川に堆積する砂に匙を投げ、国際貿易港としての水深を得られなくなり、神戸が世界に開かれた。
大阪から居留地がなくなり、大阪にあり得たかもしれない光景が神戸にある。
神戸元町商店街は、130年を超える歴史である。
最寄り駅は、<地下鉄旧居留地大丸前><阪神元町駅><JR元町駅>の三つ。
大丸の前から、神戸元町商店街<1番街>が始まり、東西に1.2㎞の商店街。
道路を渡るごとに、<元町3丁目商店街><元町4丁目商店街>と商店街が段落分けされ、<元町5丁目商店街><元町6丁目商店街>まである。
一本の長い商店街が段落分けされているのは面白いのだが、何度か行き来しているうちに、疑問が発生する。
商店街が5つのブロックに分かれているが、<元町2丁目商店街>がないのだ。
どこかで見落としたのかと気になって仕方がなく、目の玉を何度もひんむいたが、ない。このままでは今夜は眠れない。商店街の事務局に訊くと、
「もともと・・・結構、古い時代の話ですが、一丁目と二丁目を合わせて“元町一番街”と登録してるんですよ。<※番街>という言い方が流行った時代です。アメリカの影響とかがあったんでしょうねぇ」
だから、<元町1番街>の次が、<元町3丁目商店街>。失われた2丁目の謎が解けた。いや、失われてはいなかったのだ。
この商店街、道幅も広いし、アーケードにも高さがあり、なんとも気持ちがいい。商店街の真ん中に、ところどころにベンチを置いてあるのも広さに余裕があってのこと。
天井部分の飾りつけも、西の入口にある<カリオンの鐘>といい、東の端にある<英国艦隊のロドニー号の模型>といい、相当な品物だ。
商店街入口の<1番街>はとても賑やかである。
三宮・元町の繁華な流れをそのままに中心地を感じさせる。
1番街、3丁目と進み、4丁目の路地の南側、つまり海の方を見ると、見事に神戸タワーが見えてくる。これはなかなかのサプライズ。カップルが海辺のベンチで神戸タワーを見るのもいいが、商店街の昼下がり――朝でもいいのだが――アーケードの隙間から突如見えてくる神戸タワーというのも独特の迫力がある。
長い商店街、面白い店、入りたい店がたくさんあったが、私がメモを取った店は、商店街の奥、西の方の店が多かった。
●「ウッディ プッディ 木製子供家具とおもちゃ」4丁目
3丁目から4丁目に移るとすぐに木材の匂いが漂ってくる。なにかと思うと、木製家具とおもちゃを扱う店があり、店頭に、サークルで囲った遊び場があり、そこに檜のおもちゃが散乱している。この木の匂いが商店街の段落分けの地点に漂っていたのだ。
●「丸太屋工芸」5丁目、
入口に柳宗理作のテーブルが置いてある。中に入ると、本格的、かつ重厚な家具の数々。商店街の中にこれだけの高級家具を並べているなんて、神戸はすごい。柳宗理を入口に置かれるとどうしても入ってしまう。
●「老祥記」5丁目。
南京町にある豚饅頭専門店が、この商店街にもあった。
あちらは混んでいるが、こちらは比較的穴場かも。
持ち帰りを幾つか買ったので、一つ店内で食べてみようとするとお店の人に注意された。テイクアウトで買ったものは店内では食べられないらしい。店内用の一皿を注文しなければいけないそうな。ふーん。そんなルールねえ。ガラガラだったけど。
●「元町長崎屋本店」(元町5丁目)
歩き疲れ、休みたいと思っているタイミングで、この店を見つけた。
古い看板、新しい店内。カステラのショーウィンドと、少しばかりのテーブルと椅子。カステラと煎茶のセットで300円。これはいい。散歩の合間の休憩にちょうどだ。お店の人と話すと、
「百年やっているんですよ」
ありゃ。奥は厨房というか工場というか、カステラを作っているようだ。
「昔は、あっちにあっったんです」
とお向かい、北側の紳士服店を指さす。
「アーケードのない時代、お店に日差しが入り込むので、お向かいの吉田さんと場所を変ってもらったんですよ」
店同士が場所を入れ替える。へーっ。そんなことがあるのか。
そういえば、この長い商店街の別の場所にも、カステラの店があり、そちらは、“総本舗”となっている。こちらは、“本店”。どういうことだろう。訊きたい。訊きにくい。訊こう。
「うちは改装したりして新しく見えますけど、百年やっています」
あちらの御同業とは関連はないらしい。
カステラを食べ、煎茶をいただき、店の中を眺めていると、壁にある絵が目に留まる。外国の古い帆船を描いた絵だ。なんとも異国情緒があり、印象的。さらに、横に目をやると、厨房に続く扉のガラスにまったく同じ絵が見てとれる。
磨りガラスに、同じ帆船画描かれている。洒落たことを・・・。
絵について訊くと、
「阿蘭陀船の絵なんです。これは羊の皮の上に絵を描いてるんですよ」
「へーっ、紙じゃなく、羊の皮?!」
商店街の中ほどにカステラと煎茶で300円。散歩の途中にちょうどいい。
町歩きの最中、休憩はとりたいが、あまり長く休みたくない。それに甘いものも欲しい時があるが、少量でいいのだ。
こういう店があるといい。それに飲食はチェーン展開の隆盛だから、こういう店は、余計に個性的に輝く。
しかし、商店街を進んでいくと、西に行くほど、人の流れがどんどん少なくなり、6丁目界隈は、かなり寂しい。
どこの商店街でもそうだが、端っこはひっそりしている。
この端っこ、6丁目の古本屋『文紀書房』で本を買い、もうひとつ気になる店の前で躊躇する。
実に入りにくく、かつ入りたい店があったのだ。
店の前の足拭きマットに『EVIS』とある。
重厚な一枚板の扉。
その扉の上のあたりの壁にも小さく『EVIS』。
それだけである。エビスジーンズと想像はつくが、実に入りにくい。
「総本舗」と「本店」の違いを訊くのより、プレッシャーがかかる。
店内に入ると、モデルのようなお兄さんがぴたりと寄り添い、説明をしてくれる。冷やかしなので、さりげなく冷やかしたいが、そうはいかず、エビスジーンズについて、かつ、この店の特徴について、詳しく説明される。
説明されると、質問してしまうので、話が続く。
わたしは、外装に魅かれたのだ。凝りに凝り、説明を排除した店の入口が気になり、店内が見てみたかったのだ。
エビスジーンズを履く人にはこだわりを感じるが、自分に似合うとは思えないし、ぶらりと入って二万円のジーンズを買うほどおしゃれでもない。
ただ、説明のおかげで「石垣迷彩」という言葉を覚えた。
エビスジーンズは、Eの文字を後ろポケットにあしらうのが定番だが、例えば、脚全体に大きなEを描き、それもパッチワークのように他の生地を縫い付けて大きなEの文字をデザインし、その文字の中が石垣模様となっていて、かつ石垣それぞれが別の色の迷彩調になっているのだ。
お礼を言い、店をでる。
いい人だった。
6丁目には気になる店が多かった。
食事を終えていたので入らなかったが、カレー店も興味深かった。
野菜店も特徴的で、業者の人らしき人が、大量にきゅうりを買いこんでいた。このあたりには、面白い店が色々ありそうだ。
端っこはいい。
商店街の端っこには味がある。
商売として大丈夫かと他人事ながら心配になるが、雰囲気的には味が出ている。
端っこは、真ん中よりも先に老けていく。
端っこは商店街のもうひとつの表情である。
長い商店街も途中で引き返さず、オーバーランするくらいに端から端までを味わうのがいい。それが商店街に対するエールである。
しかし、三宮・元町界隈は、観光地が多いのでこの長い商店街一本だけを歩くなんてことは少ないだろう。
この商店街に並行して、ふたつの商店街がある。
南側に<南京町>、北川に<元町高架下商店街>。
南京町は、横浜中華街に比べるとささやかなものだけれど、重要な観光地であるし、元町高架下の商店街は、今や魔窟の様相を呈していて、こんなに強力なコンテンツが近くに並行しているのだから、元町商店街を端から端まで歩く人は少ないと思う。
しかし、端っこは大事なのだ。
端っこに端っこにだけ生まれる空気がある。
端っこで良い店を見つけると、特別な愛着が沸くし、端っこを知っていると、商店街と自分との距離が密接になる。
秋うらら書架に戻らぬ放浪記 三田さえ子
(以上)
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