痒きところ 古谷恭介
蛤のにつと笑ひし舌の色
青空の痒きところに凧
勢揃ひせる雛壇の静寂かな
花咲くと男はすこし鬱になる
それらしき貌にもならず卒業す
この町に花街一つ夕桜
笑うても一人でありぬ放哉忌
ぞなもしを聴きたくて来し伊豫の春
むらさきの虞美人草の繊き頸
嗤はれしとき十薬のにほひけり
頭の上を蜘蛛の流るる伊賀の里
再会の声を投げきしサングラス
朝蝉にさあ働けと鳴かれけり
壊れつつ水母はなにか歌ひをり
夕立に顔打たせをり哭くために
明易し記憶の父も醒めゐたる
溶けもせず固まりもせずなめくぢら
炎昼や獣舎の奥の深き黙
蟻どもに胴上げされて行く悪夢
決断に迷ひし末の三尺寝
隧道にして万緑の底通る
片蔭の裾の焦げをりぢりぢりと
白南風やほどよき距離の汝と吾
西日射す劣化はげしき街なりき
無精卵産みつづけきし羽抜鶏
痩畑におのれ投げ出し南瓜なる
しらじらとただ霽れてゐる敗戦忌
月昇る海失ひし品川に
缶蹴れば影も失せたる秋彼岸
歌ひたきときこそ歌へきりぎりす
団栗を並べ結界のつもりらし
もしかしてあの毒茸に聞かれしか
この丘は帰燕見送るための丘
秋天へ打ち上げて欲しわが骸
光陰は遡らざり賀茂の秋
百万本咲いてどうする彼岸花
まぶた閉じ月光の優しさに堪ふ
胸うちに疵もあるべし石榴熟る
三界に家なきは来よ蓑虫も
わが手相なにも語らず日向ぼこ
枯蓮の棒となつたる潔さ
マスクしてあれやこれやを遠くにす
たくらみの裏側好む隙間風
飛んだるは顔の破片ぞ大嚏
梟に一部始終を見られをり
恟(きょう)々と電話鳴るなり寒の暁
煤逃にあらず短き流(る)竄(ざん)なり
物と化しゆく凍蝶の軽さかな
泣く泣くと見れば泣くなり春着の子
出船待てわが冬眠の果つるまで
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2009-10-25
テキスト版 2009落選展 古谷恭介 痒きところ
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2 comments:
「マスクしてあれやこれやを遠くにす」
マスク一枚のもたらす隔絶間が面白いと思いました。
薄い布きれ一枚なのだけれど、確かに世界からちょっと
遠ざけられた感覚ってありますね。
何気ないけれど、何となく納得した1句でした。
minoru さま
拙句にコメントありがとうございました。
年齢とともに、サングラスー端居-マスク-
地下生活といったものに馴染むようになります。
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