日曜のサンデー その4
どこまで行っても長い道。夕日が沈む丘の上。
中嶋憲武
キンモクセイの香る緑道を、どこまでも歩いてゆく。キンモクセイの香りは、濃くなったり薄くなったりしながら、いつまでもどこまでもついてきた。緑道は、ゆるやかに蛇行しながらどこまでも伸びているようだ。
この花はなに?とヒノコさんに聞かれた。うすいピンクの花びらの底のあたりを、紅色の帯がぐるりと取り巻いている。ソコベニ。ぼくは答えた。ソコベニ、ソコベニと。あ、白いのもあるね。白いほうがよく咲いてるかもしれないな。
あのオレンジのは?キンモクセイ。あれがキンモクセイ!ヒノコさんは、キンモクセイへ歩み寄り顔を近づけた。近くだとあんまり香らないね。花房のなかのひとつをもぎ取り、鼻腔へ近づけた。ぜんぜん香らない。どうして?ひとつひとつの花の香りはとても弱いんじゃないの?そうなのかな?かたまると強くなるんだよ。むかしそういう歌あったよね。ヒノコさんの言ったその歌をぼくは思い出した。
ひとりの小さな手では何もできないけれど、みんなが集まれば強くなれるという内容の歌詞だった。
道はくねくねと続いていた。どこまでも青空であり、どこまでもキンモクセイの香りだった。上品なソフトクリームを食べているみたいだね。ヒノコさんは、キンモクセイの香りのなかを歩いていること自体をそう言った。そういう感覚はなんとなく分かった。ぼくはオレンジ色のソフトクリームの透明な螺旋形を想像した。それはSF映画に出てくるタイムトンネルのようだった。透明な螺旋形がゆっくりとぐるぐる廻り始める。お腹空いたよ。ぐるぐる廻る螺旋のなかからヒノコさんの声がした。喉も乾いたし。夕食にはちょっと早いから、どこかで軽いものでも食べようか。言ったはいいが、レストランらしきものは、てんでありそうにない。どこまで行っても長い道。ヒノコさんは歌い出した。その次は何だっけ?その次はこうだよと、ぼくが引き取る。夕日が沈む丘の上。ああ、そうか。その次は?その次は……。いくら思い出そうとしても、その次は思い出せなかった。
どこまで行っても長い道。夕日が沈む丘の上。ふたつのフレーズを代わる代わる繰り返して歌いながら歩いた。お下げ髪の小学生の女の子とすれ違った。すれ違って、だいぶ経ってから振り向くと、女の子も振り向いたところだった。
道はだんだん狭くなって、二人並んで歩くのがやっとだった。両側にきのこのような形をした樅の木が並んでいた。お腹空いたよう。喉渇いたよう。もうすぐだよと根拠はないが、ぼくは言った。どのくらい?なに、もうすぐだから。ますます根拠がないのであった。樅の木の道をすり抜けながら、今までどれくらい根拠のないその場しのぎを言ってきただろうかと考えた。そしてすぐに暗い気持ちになった。どこまで行っても長い道。夕日が沈む丘の上。ヒノコさんは歌った。風が吹く。キンモクセイの花がぱらぱらと散った。
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2009-10-18
日曜のサンデー その4 中嶋憲武
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