〔週俳10月の俳句を読む〕
中山宙虫
鮫の日々
明易し白く裂かるる鮫の腹 菊田一平
僕の人生に鮫と出くわすことはない。
過去はもちろん、これから先もまずないであろう。
自分の生活のテリトリーに鮫が登場することはないと言い切ることができる。
それなのに、鮫は僕の周辺に登場する。
朝起きると部屋に鮫が浮いている。
憂鬱な夏の朝だ。
仕事が重い水曜日の朝。
学生だったら、長い夏休み期間中。
鮫は、ぽっかりと浮く。
学生ではない僕は起きあがらなくてはならない。
朝食を済ませ、出勤の支度をする。
ずる休みしようかとも思う。
ぐだぐだ考える。
しかし、この部屋には鮫がいる。
別に危害を加えられることはないようだが、それでも鮫は鮫。
部屋の気温はぐんぐんとあがる。
汗だくになりながら、出勤の準備をする。
どうやら鮫にこの部屋から追い出されるというストーリーができあがっているようだ。
振り向くと、鮫は口を大きくあけ、ぞっとするその鋭い歯を見せている。
こうやって僕は毎朝出勤のための電車に乗る。
その時点でも鮫が部屋にいなければ、仕事を休めるのにと頭のなかでぶつぶつつぶやいている。
気がつけば、足は確実に職場へ向かう。
そして、机について、パソコンを起動するのだ。
今年は雨続きの夏だった。
きっとあの鮫は雨のなかを渡ってきたのだろう。
あり得ないではないか。
鮫など。
ペットでもない。
それなのに、こうも親しげにやってくる鮫。
ひと月に二度三度。
僕の朝は鮫との無言の対面で始まるのだ。
ある朝・・・・。
僕の鮫が部屋に横たわっていた。
青息吐息の鮫。
よく見ると彼は仰向けになっていた。
白い腹を見せながら。
しかし、彼にかまっている暇はない。
あたふたと出勤の準備にとりかかる。
そのままにして部屋をあとにし電車へと向かうのだ。
満員の電車のなかで、僕は夢を見ていた。
鮫の腹が裂かれる夢を。
青かった鮫が一気に白くなっていく。
そして、裂かれた腹からは、新たな鮫が三匹も出てきた。
その鮫たちは、僕の部屋から出ていく。
僕の鮫は白くなって透明になって消えた。
憂鬱さは消えない。
僕は鮫を待っている。
けれど、あの日以来、鮫はやってこない。
外は秋晴れの日々。
鮫がやってきた雨の日々はもう終わっていたのだ。
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2009-11-08
〔週俳10月の俳句を読む〕中山宙虫 鮫の日々
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