2009-11-08

〔週俳10月の俳句を読む〕浜いぶき

〔週俳10月の俳句を読む〕
浜いぶき
ふたつの匂い


林檎タルト映画は悪の勝つてゐる  酒井俊祐

「映画は」という言回しが示すのは、それがフィクションであるということ。映画に登場する悪、とりわけハリウッド映画などのそれは、ときに胸をうたれるほど、単純な、一面的な悪である。けれど、映画を観終わればまた、それが悪なのか、悪の顔をした善なのか、ときどきは善でもあるような悪なのか、悪ぶっている善なのか、区別のつかない「現実」がはじまる。わかりやすい悪が勝つ(或いは、負ける)画面を観つつ食む林檎タルトは(林檎はどうしても知恵の実を思い出させる)、わかりやすく、軽薄に甘い。


鶏頭に視線を載せてゐたりけり  正木ゆう子

構図の印象的な句。地面から真っ直ぐに生える鶏頭、さらにそこへ垂直に(実際には、少し下向きに)視線を投げかける作者。その作者もまた、おそらく直立している。

曼珠沙華は、真っ直ぐな茎が花そのものを「戴いて」いるような風情だけれど、鶏頭は、たしかに花がわたしたちの「視線」を「載せてゐ」る感じがする。それは、「戴く」というほど丁重にではなく、もっと軽く、一時的に。けれども逃れがたく。鶏頭には、視線をなかなか反らさせない何かがある、と思う。

秋風のニスの匂ひを花かとも  正木ゆう子

秋の花の色は、決して目にあざやかではない。吾亦紅やりんどう、コスモスや金木犀など、華やかになりえる色でも明度が高くなく、褐色を帯びているような色合いがさびしげにも、うらはらに勁くも見える。

保護塗料のニスはもちろん透明だけれど、やはりそれを塗る木材を想像するからだろうか。秋の花とニスから連想する色のイメージは、どことなく近しい。

そしてニスは、木材をすこし、かがやかせるもの。秋の花もまた、草木をすこし、はなやがせるもの。

感覚を研ぎ澄ますかのようにひんやりとした秋風にのって運ばれてくれば、ふたつの匂いは、どこか似ているのかも知れない。美しさを五感で読む句だと感じた。

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