2009-12-13

林田紀音夫全句集拾読 096 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
096




野口 裕





歩き出す影行き詰まりで体重逃げ

二五十九頁下段、昭和三十六年未発表句。歩き出したら、影に気付いたのだろう。「体重逃げ」が面白い。行き詰まりで、影が日陰に吸い取られたのか、眼前の壁に立ち上がったのか。表現が面白すぎて、作者の意図がストレートに伝わらぬと見たのか、本当の未発表句のようだ。

矢傷の仮死が呼び起こされた崖の暖色

二六十頁下段、昭和三十六年未発表句。昭和三十六年「十七音詩」に、

 瓦解の傷によみがえる蛆巨大なドーム

 矢傷を受けた絶望の日へ遡る
 崖の暖色矢傷の仮死を呼びさます

がある。第三句目は同形で、「風」にも。彼には珍しい戦争体験の回想句。


化粧のたびに鼻梁尖らせ遺影となる
仮面の中で滅びた素顔遺影となる


二六十頁下段、昭和三十六年未発表句。厚化粧に対する嫌悪感を、あらわに表明することが、この時代にはあった。私の小学校時代を回想しても、近所のおばちゃん達の話題に、どこそこの誰それの化粧が厚い、などという会話がしょっちゅう現れていたと記憶する。「遺影」が今日の目から見れば大げさながら、若干の懐かしさがある。

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