2009-12-06

〔週俳11月の俳句を読む〕近恵 物には名前があるのよ

〔週俳11月の俳句を読む〕
近 恵
物には名前があるのよ


秋のこゑ箱階段の箱を引く   角谷昌子
夜長さの鍵あまたなる船箪笥

町家といえば箪笥。箱階段も船箪笥も狭い所にコンパクトに収納できる優れたアイテム。見た目も美しい。箱階段の句はそこに静かな日常生活があることを感じさせ、船箪笥の句は日常の中に秘密を隠しているような気配が漂う。そこから花街祇園という場所がそこはかとなく浮かび上がってきて、なんともよろしくも切ない風情を醸し出している。



フルートという秋冷の棒に息   月野ぽぽな

冷たい金属の棒に息を吹き込んだとたん、それはフルートという楽器になって奏で始める。金属の棒が息を吹き込んだ瞬間に変化してフルートという名前を持つという、なにかモノの本質を捉えているような感覚。まるでアニーサリバン先生のようだ。物には名前があるのよっ!ヘレン!!みたいな。それにしてもフルートには秋の寒さがよく似合う。



幾ら何でも笛下手すぎる良夜かな   小川春休

可笑しすぎる。幾ら何でもって、どんだけ下手くそなんだ。でもそれも楽しいひと時というのが良夜から汲んでとれる。タイトルが三歳とあるので、ひょっとして三歳児の吹く笛なのか。だとすると、微笑ましいが相当下手なうえにうるさそうでもある。外から聞こえるチャルメラの笛なんかだったりしたら、その屋台ラーメンは間違いなく売れなさそうだ。もしこれが自分の吹く笛だとしたら、お願いだから夜に吹くのはやめて下さい、近所迷惑だから。



針がふる雪ふる電報の小窓   対馬康子

この作品、十句全体から寂しさが漂ってくる。中でもこれは痛い。針がふるのだ。更に雪もふる。痛い上に寒い。電報の小窓ってことは、まだ本文は見ていないのかもしれないのか、もしくは見たけどよろしくない知らせだったのか。いずれにしても吉報という感じがまったくしない。「針がふる」という言葉の効果だと思う。それにしても「針がふる」なんて言葉、どこから出てきたんだろう。羨ましい。



戦争の五体投げ込む試験管   豊里友行

戦争に対して、まるで自分が試験管に投げ込まれて本当はどうなのよと試されているような気がした。
戦争を体験していない世代の人が主題として『戦争』を詠むという取り組みに正直頭が下がる。私は句のなかに『戦争』という言葉を盛り込むことでさえためらわれて使ったことが無い。事象として大きすぎて軽々しく詠めないのだ。どうしても遠巻きにしたようなものしかできない。また、句そのものを評をするのもためらわれてしまう。
後書きを読んで作者がどういう思いで作っているのかを知ることができたが、作品10句を読む限りでは作者の思いが強すぎて読み手に余裕を持たせてくれないような息詰まるような印象を受けてしまった。が、主題からすればそれも成功と言えなくはないのかもしれない。また、『戦争』という言葉が既に強いので、あえて季語を無理に入れこまなくてもいいのではないかとも感じた。
体験していないことを詠むということ、特に戦争のような重たいテーマに取り組むというのはなかなか難しいことだと思うと同時に、せっかく俳句という表現方法を手に入れたのだから、終戦記念日付近だけでなくいつかはチャレンジしてみたいとぼんやりと思ってはいるが、なかなかそういうきっかけがないまま今日に至る。そういう意味では、追体験から『戦争』を感じ捉えて表現した作品群として、一つの目安というか、道筋というか、そういうものを見せてもらったように思う。



凍鶴のわりにぐらぐら動きよる   西村麒麟
闇汁にさういうものは入れるなよ

基本片足立ちなんだから仕方ないじゃんと思わず凍鶴の代弁をしたくなってしまう。「動きよる」という話し言葉が上手い具合に臨場感を句に与えている。「わりに」ということで、凍鶴は動かないという思い込みを破壊しているのもいい。
一方闇汁の句は「さういうものは入れるなよ」で逆に嘘っぽさを出しているように感じた。さういうものって何?入れて欲しくないわけだから、歓迎されないようなもの、鍋を台無しにしてしまうような笑えないもの。昔のコントなんかで見たような、靴下とかゴム紐とかそういうものが投入されてしまったように思えて妙に可笑しい。



渡り鳥一反もめんに糞りにけり   太田うさぎ

一反もめんはいつも糸のような目でひらひらと白い体を空にはためかせて飛んでいる。当然渡り鳥の糞がその体を汚すこともあるだろう。悲しいかなそれも一反もめんの宿命。でもいつも一反もめんは白い。一反もめんも入浴するのだろう。木綿なので洗濯というべきか。濡れたままだとひらひら飛ぶのも難儀であろうから、きっとどこかで干され乾いた後にまた空を飛ぶんだろう。決して漫画にはされそうに無い舞台裏のワンシーン。一反もめんが洗濯バサミに抓まれ紐にぶら下がって風に揺られている姿まで想像してしまった。



角谷昌子 祗園町家 10句  ≫読む
月野ぽぽな  秋 天 10句  ≫読む
小川春休  三 歳 10句  ≫読む
櫂 未知子 あを 10句  ≫読む
池田澄子 風邪かしら 10句  ≫読む
吉田悦花 土日庵 10句  ≫読む
対馬康子 垂直 10句  ≫読む
豊里友行 戦争 10句  ≫読む
大井さち子 かへる場所 10句  ≫読む
西村麒麟 布団 10句  ≫読む
太田うさぎ げげげ 10句  ≫読む


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