〔週俳11月の俳句を読む〕
江渡華子
底辺のない台形
その赤いものは冷たいのだろうか。
病室の中で静かに眠る母親を見ながら、そんなことを考える。
外の雪は相変わらず面倒臭く降り続けるし、もうしばらくこの病室にとどまってもいいよ。これは、母への愛情なのか、私は母を愛しているのか、そんなこと、悩まないで愛していればいいのに、彼女は悩む。それはあまりにも父親と違いすぎるから。
父親に会いたい。冬になると一層その気持ちが強まるのは、こうして引っ張り出した電気毛布に想い出がありすぎるからだろうか。
電気毛布だけに想い出が詰まっているわけではないけれど、ただの毛布じゃない、電気毛布あたりにやっぱり父親っぽさを感じて彼女はそのまま夢に入る。
母を出でゆく赤きあれこれ雪降りぬ
父に会へる電気毛布にまどろめば (櫂未知子「あを」)
冬に火のことを考えるなんて、ありきたりかしら。でも、あの神社のよく燃えそうだこと。あれだけの木が燃えたら、ここら一帯はきっとたちまち暖かくなるわね。家に帰ってからも、神社のことがちらつく。彼女は本気だ。寒いことが嫌いだから。でも、寒いって口にだしてしまったら、それは現実として一気にこの身が覆われてしまうから、別のことを考える。
認めてしまえば楽なのに。
椋鳥なり燃えやすそうに神社なり
頬杖の風邪かしら淋しいだけかしら (池田澄子「風邪かしら」)
水音にとっさに魚を連想する。活きのいい音がした。うん、冬の魚は締まっているし、刺身にいいかもしれない。
いえいえ、こんな夜だからではありません。まるでパソコンにまではぐらかされているような。本気でこの字にしたいの?と言わんばかりに、もったいぶって他の字ばかり変換してくる。
Enterを押すと、パソコンは黙った。
冬の魚が本当に飛び跳ねるほど元気なのであれば、パソコンだって納得してあれを刺身にしてくれるのだろうか。
立冬の夜や跳ねたる魚の音
冬の月差す射す刺すと変換す (吉田悦花「土日庵」)
なんか磔刑っぽいな。なんて、いただきものの新海苔が入った箱をじっとみる。見るからにそんなに厚くないのに、釘で四隅を打たれている。でも、その姿は美しい。自分の発想も、捨てたもんじゃないなと晩御飯の準備にかかるため、台所の電気をつける。
ちょうど、浅蜊が砂を吐いた。
新海苔や薄い木箱の蓋に釘
冬灯砂吐く貝の水の揺れ (対馬康子「垂直」)
起きないのは君だったのに、気配だけはついてくるから、僕は一人なのかそうでないのかわからない。
鶴の足の細さに不安定さを覚えるけど、ずっとあれで生き抜いているのだから、あれはあれでよいのだろう、と簡単に納得して過ぎる。
家に帰ると鍋ができている。君は「おでん屋の先のこと」を聞いてくる。
鍋は、黒い。
君はいつだって不気味だ。布団を剥がしたくないほどに。
剥がしてはならぬ布団と思ふべし
おでん屋のあたりまで君居たやうな
凍鶴のわりにぐらぐら動きよる
滅ばざるもののひとつや鶴の足
闇汁にさういうものは入れるなよ (西村麒麟 「布団」)
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2009-12-13
〔週俳11月の俳句を読む〕江渡華子 底辺のない台形
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