2010-01-24

俳枕8 安房と鈴木真砂女 広渡敬雄

俳枕8
安房と鈴木真砂女

 
広渡敬雄

「青垣」12号より転載


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安房は房総半島南部の千葉県の旧国名で房州とも言われる。滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」で名高い里見氏が戦国から江戸時代初期に統治したが、その後は館山藩等の小藩の支配となり、明治期に、上総、下総ともに千葉県となった。

黒潮の影響で暖かく、無霜地帯の段丘面には、お花畑、枇杷畑が続く。また、漁業も盛んで、海女の鮑取りも有名。

厳海に怒涛をあげぬ春の海  水原秋桜子(仁右衛門島)
船焼いて海国安房の出穂ぐもり  能村登四郎
貝こきと噛めば朧の安房の国   飯田龍太
初凪やもののこほらぬ国に住み  鈴木真砂女

鈴木真砂女は、明治三九年、鴨川市の老舗旅館「吉田屋」(現鴨川グランドホテル)の三女として生れ、初婚は夫の失踪で破局、実家に戻ってまもなく、女将だった長姉・柳の逝去後、その夫(義兄)の後妻となり、吉田屋の女将となった。

俳句は柳の俳句の大先輩大場白水郎により「春蘭」(のち「縷紅」を経て昭和二二年久保田万太郎の「春燈」に入門。持ち前の努力でめきめき頭角を現し、その死後は安住敦に師事した。

昭和三二年、五一歳の時、道ならぬ恋で、家を出て、銀座一丁目の「幸稲荷」で小料理屋「卯波」を開店。生来の才覚と気働きで俳人、出版人を中心に繁盛した。生涯の句集七冊、他に「銀座に生きる」等の洒脱なエッセイも好評で、一般の人からも親しまれる平明ながら、生活感、人間味の発露の句に特徴がある。晩年の活躍は殊に素晴らしく、第四句集「夕蛍」で俳人協会賞(七一歳)、第六句集「都鳥」で読売文学賞(八九歳)、七句集「紫木蓮」で蛇笏賞(九三歳)平成十五年九六歳で逝去。

残念ながら、昨年一月孫の今田宗男氏の継承した「卯波」は閉店したが(編集部注:2010年2月再開予定)、生家「鴨川グランドホテル」の庭園に掲句「初凪」の句碑が、同ホテル内に昨年春「俳人鈴木真砂女 ミュージアム」が開設され、真砂女の多数の遺品が展示されている。

愛誦しやすく、人口に膾炙しやすく切なさと艶やかさにまみれた通俗に徹した俳人真砂女(歌人松平盟子)

女将「鈴木マサ」と俳人「鈴木真砂女」は表裏一体をなし、共に生身且捨て身の生き方が多くの人の共鳴を得た(中原道夫)

あるときは船より高き卯波かな
羅や人悲します恋をして
鯛は美のおこぜは醜の寒さかな
今生のいまが倖せ衣被
恋を得て蛍は草に沈みけり
死なうかと囁かれしは蛍の夜
戒名は真砂女でよろし紫木蓮


鈴木真砂女ミュージアム


卯波閉店(2008.1)

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