2010-02-07

【週俳1月の俳句を読む】岡田由季 引力は夢の中に向かって

【週俳1月の俳句を読む】
岡田由季
引力は夢の中に向かって
 


新年詠(1)の締切りは、確か2日の正午までだった。
今年の元日は特に予定もなく自宅で過ごしていたので、できれば、この第一弾に乗りたいと思っていたが、どうにも集中力を欠いて句にすることができず、第一弾には間に合わなかった。新年になってから作って数日後には掲載されるという鮮度の良さを活かすためにも、来年も同様の企画があれば、個人的には早めの投句を目指したい。

呼んでゐるのは初夢の外のひと 小川春休

子供のころによく、眠っている人に話しかけてはいけないよ、と聞かされた。夢の世界と現実の境界には何か危ういものが潜んでいるというのだろうか。作者は夢の中にいて、それが夢だということをわかっている状態。しかし聞こえてくる現実の声を「外のもの」と認識して、本人はあくまでも夢の世界にとどまっている。引力は夢の中に向かって働いている。しかし、その夢を「初夢」とまで認識したのは、覚醒後の意識かもしれない。

なめし皮ほどの明るさ初詣   櫂未知子

新年になってすぐの初詣、暗い中で人の動きがぼんやりと見える程度の明るさであろうか。初詣の明るさを表わすのに、単純に明るさの尺度としてわかりやすいようなものでは表現として面白くないし、揚句ではなめし皮という不思議なもので表わされているのだが、なめし皮の滑らかな触感や獣としての存在感が思い起こされ、喚起力がある。新年というと、明ける、という言葉などから朝や光のイメージがついてまわるように思う。しかし実際は夜の闇の中で年が切り替わるのだということを改めて思った。

かつら屋に初荷の鬘届きけり  興梠 隆

かつらという可笑しく切なく真剣なもの。初荷であるから、新年のおめでたさも手伝ってユーモアの方に重点が置かれているように思う。現実にこのような状況ももちろんあるとは思うけれども、どこかカリカチュアされたような印象も受ける。村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」に出てくるカツラメーカーに勤める女の子を思い出した。

初笑ひするスイッチを押しにけり  鈴木茂雄

スイッチの反応が良すぎてころころ笑う人もいれば、少し経ってからにんまりするだけの人もいる。確かに笑いは外部刺激によって本人もコントロールできず起こることがあり、スイッチという感覚は腑に落ちる。笑いを身体の物理的反応として見ていてドライ。

なまぐさき初日のぼりぬ那珂湊  猫髭

那珂湊の隣の大洗の美術館で、海に向いた大きな窓があり、それが額縁に見立ててあるものを見たことがある。その窓から初日を見ることができると聞き、印象に残っている。今、私も海の近くに住んでいるが、陽の沈む海であり、日の出が見られる場所ではない。同じ海でも性質の違いを感じる。揚句では「なまぐさき」の表現の迫力を感じた。漁港だからというのも当然あるだろうが、当地の新年の寒さ、吊るされた鮟鱇の貌などが思い浮かび、しみじみと納得できるのである。

虎であったか元朝のホットケーキよ  堀本 吟

岩波の「ちびくろサンボ」は差別的な表現が問題となり、絶版となったと記憶していたが、最近は他社から出版されているようだ。絶版の是非についてはデリケートな問題で、私には安易には言えない。ただ、「ちびくろサンボ」が子供の頃に愛読して深く印象に残っている絵本であることは確か。虎がバターになってしまうという飛躍ある展開、高々とホットケーキを積み上げて食べるラストシーンの圧倒的な幸福感。揚句の元朝のホットケーキも実に美味しそうである。干支の虎が軽やかに詠み込まれているが、本年の干支の虎が、来年の新年にはホットケーキに成り果てていたと読んでも楽しいかもしれない。


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