2010-02-07

【週俳1月の俳句を読む】こしのゆみこ 平成の家族愛

【週俳1月の俳句を読む】
こしのゆみこ
平成の家族愛


おとうとをぱちんと叩き春著の子  大野朱香

たぶん弟は、ねえちゃんすましてんじゃないよ、とかいって、春着を着た姉をからかったのだろうか。それとも姉の普段とは違うたたずまいになんだか居心地悪く、もぞもぞと口を動かして、そっぽを向いたのかもしれない。どちらにしても、照れくさくも春着を着た身にとっては、弟は格好の叩き具合のいいポジションにあるのだ。お正月のうきうきする気分と突然叩かれるおとうとのびっくりする表情もみえてとてもなつかしい。



初夢のにぎやかにぎやかアフリカ温泉  大畑 等

初夢なんだからなんでもありきで、なんとまあにぎやかなアフリカ温泉なのだろう。アフリカ温泉ってアフリカのオアシスに群がってくるいろんな動物や鳥たちのにぎやかな水浴びを思いうかべるのだけれど、実際、南アフリカにベラ・ベラというところに天然温泉があって、こちらは人間で大にぎわいだそうだ。

この句は当然、阿部完市さんの句

 木にのぼりあざやかあざやかアフリカなど

のオマージュだということがわかる。ということは、動物句の多いアベカン的にはやっぱり人間のスパなんかじゃなく、動物の楽園なのであろう。「アフリカなど」の「など」に匹敵するちょっとした屈折もほしいところだ。



子は二人目の児を抱き福寿草  田口武

一番目の子が二番目に生まれた幼子をだっこしているのだろうか。二人の年齢が小さいほど愛らしい。だっこかあ、いいなあと思う。私が子供の頃の記憶では姉は妹をおんぶするか手をつなぐかの印象が強く、抱きあったりすることはあっったのだろうか。両親に対しても背には抱きつきやすかったが前からのだっこははばかられた。昭和時代の家族の愛情表現は背中のぬくもりであって、胸をあわせるハグはドラマの世界だった。そんなことを思い返しつつ、きょうだい愛に目を細めている作者の平成の家族愛の表現のちがいを思う。



汚れても月のにほひの鳥総松  狼耳

こんなに美しい汚れをもった鳥総松ははじめてである。どうして汚れたか、門松としてあった数日の世間の汚れだとしたらずいぶん繊細な汚れだと思うが、「月のにほひの鳥総松」にぐっときた。「月のにほひ」の清浄感に勝てるものはない。狼耳という俳句につづく措辞のようにひびく俳号もずるいなあ。



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