2010-03-14

林田紀音夫全句集拾読107 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
107





野口 裕



鏡に海を探す浴後の薔薇となり

昭和三十九年、未発表句。紀音夫には珍しく明るい句。

二百七十三頁下段最後部と、二百七十四頁上段五句目に重複掲載されている。句帳を忠実に写した結果だろうか。とすると、ご本人は推敲したつもりで、同一句を書き付けたのかもしれない。

 

靴の中に溜めた薄暮を河へ出る

昭和三十九年、未発表句。淡い徒労感を秘めた河辺の景は、なかなか良いと思うのだが。この時期、「十七音詩」は一年間なく、「風」もない。発表媒体は「海程」だけ。雑誌に発表する段階でふるい落とされた結果、埋もれてしまったのだろう。

 

川波の灯の呟きに傷深まる

川波に夕日ちりばめ弔う都市

昭和三十九年、未発表句。二七四頁に、川波が二句。「川波のその日の重たさで昏れる」(昭和五十六年、「花曜」)、「川波のひかりを海へ五月来る」(平成三年、「海程」)、「川波の或る日はきりもなくふえる」(平成四年、「花曜」)と、後年思い出したように川波の句が作られる。時代を象徴するかのように心象は異なりつつ。

 

押入の昼夜ひとしき隙侘びしむ

昭和三十九年、未発表句。「ひとしき」は、「ひとしきり」のことだろう。こういう言い方ができるのかどうかは知らない。押入は、布団の出し入れをするところ。隙間はその出し入れに応じて大きくなったり小さくなったり。大きな隙間なのか、小さな隙間なのかは分からないが、その隙間を見ての感慨が「侘びしむ」という言葉になる。

トリビアリズムということで未発表になったのだろう。しかし、この方向の紀音夫は、別種の魅力がある。

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