2010-03-28

現代俳句協会青年部シンポジウム「『俳句以後』の世界」(後)

10.3.13 現代俳句協会青年部シンポジウム
「俳句以後」の世界

橋本直、宇井十間、池田澄子、四ッ谷龍、岸本尚毅、鴇田智哉
報告(後)……上田信治



シンポジウム後半は、質疑応答です(質問のほとんどは、宇井さんからですが)。


「俳句以後」生き残る俳人とは

(指名を受けて)神野紗希「「俳句以後」を生き抜いていける俳人は、どういう俳人か」

池田「私は、つい最近俳句を始めたばかりで(といっても、30年前ですが)、それ以前は、この世の中に俳句がなかった。まだまだ蜜月というか、俳句まっさかり。俳句以後という言葉はよく分からないが、俳句が衰退するというならば、私がそれを、よみがえらせるという気持ちで作るしかない」

四ッ谷「飯島晴子さんが、(訂正・10/4/10)そうそう新しい俳句なんかできてこない、俳句じゃなくても「俳句みたいなもの」でもいいから、新しいものができればいいじゃないか「そろそろ新しい俳句が出てきてもいいじゃないか。それは俳句じゃなくても、俳句みたいなものであってもかまない」と言っていた。それを一歩進めて、これまで書かれてきたのが「俳句みたいなもの」であって、俳句の起源は次の私の一句であると考えたい。私が俳句を始める以前には、俳句が存在しなかったと池田さんが言われたのと同様に、私は、これから書くものによって、過去の俳句を位置づけてゆきたい。私の考えでは、俳句は未だ始まっていないから終わらない。」

宇井「神野さんは、どう考えていますか」

神野「誰かに読んでもらいたいから書く、という面がある以上、「(作品が)残っていく」ということを考える。個別的なことをいうと、季語の問題について意識しながら、あるいは、俳句とは何かということを意識しながら、射程を長くとって書いていきたいと考えている」「主題というものはあると思う。ただそれを口で言ってしまうと、俳句で書く意味がなくなってしまうような気がする」


ふたたび主題について

(会場から)「岸本さんは、主題と手法ということをどう考えますか」

岸本「セザンヌの絵で林檎かなんか描いてあって、林檎の絵なんだけど、林檎を描いていることには意味がなくて、絵画としては、色の平面を並べて描いているということが面白い、というようなこともありまして、主題は林檎なのか、あるいはもっと別のことなのだろうか、とよく分からなくなってしまうんですが、どなたか」

鴇田「何が詠みたいのか、と言われると、どう答えていいか分からなくなる。愛が詠みたいとか友情が詠みたいというのがいわゆる主題でしょうが、そういうことでもない気がする。四ッ谷さんは、俳句が未だ始まっていないと言われたが、僕にとっては、それは比喩的な言い方で「俳句っていうのはあるじゃないか」と思う。俳句は形式として存在している。五七五と切れとして。僕が切れの話をすると笑われることが多いんですが(笑)、本人は切れを意識している」「俳句は学ぶものだという側面もある。そういう意味でも俳句は存在していて、俳句を作る人がいる限りは終わらないと思っている」「ものを見て不思議だなとか、そういうことを、俳句が一つの形式として受けとめてくれる。そういう意味で主題っていうのは内在的にあって、それを表に出すために、俳句という器を借りている」

宇井「私の、鴇田さんの句に対する、ある種の世界観が表現されている、という評についてはどう思われますか」

鴇田「自分の句は写生。見えたものを詠んでいる。それがねじれているとしたら、ものの見え方というのは、ねじれているものだから」


写生は「念頭に置くもの」という岸本さん。言葉の使い方の問題とする鴇田さん。

宇井「あなたの主題は何かと聞かれても答えられる人はいなくて、あなたはどういう方法で何を表現していますか、と聞けばいいのかもしれない。まず写生の話から入りますが、写生で何をどういうふうに書いているのか」

岸本「写生という「言葉」はむずかしい。写生じゃないものを考えることもむずかしい。私は、写生という言葉は念頭に置いているもので、師匠の波多野爽波が「写生の世界は自由闊達の世界である」ということを言っていて、写生を念頭に置いて作ると、結果として、比較的自由に作れるんじゃないか。暗喩や抒情をしようと思って作るとしんどい気がする。写生しようか、と思って作ると、肩の力が抜けやすい、正直に言うとそんなところ。ただ、今日は、写生という言葉にとらわれていた自分があったかもしれない、とは思った」

鴇田「写生は、単純に、感情的な言葉が入っていないこと、と理解している。ものと、一個動詞がついてるだけとか、形容詞的言葉が一個とか。自分の句は一物仕立てが多いのだが、例えば、ものがあって、それでどうした、とか、そんなのが写生じゃないかなと思っている」


池田「話がちょっと戻りますが、作者に主題を問うこと、方法を問うことはは考え方が逆。それは見た人が思えばいいことで、質問されたってね(笑)。作者が、ある主題で作り始めたら俳句は痩せる。(言っても仕方がないと言いながら言うと)なにかを書きたいと思った中学1年生の頃、さびしいと思った。自分が自分でいるということはさびしいな、と。そういうものが、きっかけになっているとは思う。でも、この主題で書こう、それが上等なことだ、などと思ったら、その人の書き方は発展しないし、豊かにはならないと思ってます」

四ッ谷「写生について言えば、写生は何かについての批判として唱道されてきた。子規の写生は宗匠俳諧への批判として、虚子の写生は、反芭蕉。草田男の写生は新興俳句に対する批判。爽波の写生は、近代の構成的な意味優位の俳句に対する反発。何に対する批判としての写生かを前提としないと、意味がない」


プロの読者、素人の読者

宇井「読者をどう考えるか。どういう読者を想定しているか」

四ッ谷「自分があまり読者を想定しない。何のために俳句を作るかということに関わってくるんですが、自分が人間であることを確認するために作っている。今、人間が人間扱いされないような場面が多々ある、その中で、自分が人間であることを確認する。中村草田男が、俳句を作るたびに自分はもう俳句が作れなくなっちゃうんじゃないかという恐怖感があって、俳句ができると、ああよかった、自分はまだ俳句を書くことができた、と思う。その、作れた、という気持ちを味わうために、俳句を書いている、というようなことを言っていた。これはとてもいい言い方で、それにならうなら、俳句を作ることによって、そのたびに、自分は人間だったと思えるし、人間と出会える。それを読者と言ってもいいかもしれないが、そのために俳句を作っている」

池田「今の時代にたまたま生きている、池田澄子という個人を全く知らない人が、読んで理解してくれて、欲を言えば、俳句を作りたくなってくれればいいなあ、という希望を持っている。技術がなければ、知らない人にはとどかないので、そこで一所懸命気をつける。最終的には時代を越えて知らない人に届くことが目標。先生(三橋敏雄)が生きているうちは、50%は先生がいいと言ってくださったらいいなということがあったが、今は100%知らない人が相手」

宇井「その対象は俳句を知ってる人じゃないといけないんでしょうか。池田さんは先ほど、岸本さんの「かな」ついて論じられて、あまりにも技術的で、共感できなかった」

橋本「歌人の田中槐さんが会場にいらっしゃいますが、俳人以外の方の代表としていかがでしょう」

田中槐「池田さんの言われた「かな」の話は、よく分かった。俳句で分からないことは、たくさんあるが、細かい技法的な部分は、むしろよく分かる。季語がなんでそんなに重要なんだろう、ということなどは、よく分からない」

鴇田「読者について言うと、自分の句は報告で、こんなふうに、こんなものが見えましたけど、どうでしょう、と、そういう投げかけなので、そういう意味では、読んでくれる人全てに向けて書いている」

岸本「私も読んでくれる人、全てに向けて書いているが、第一読者が自分であるということにはこだわりがある。人の句は、わりと客観的に読めるが、自分の句の読み手である私のうしろからは、作り手である私がささやき続けている状態がある。そのささやきを、いかに消すかについては、非常に興味がある」「池田さんの「かな」についての話ですが、池田さんの俳句に対するよろこびは、ほんとうは俳句を読んだ瞬間に終わっていて、それを人様に説明しようとすると「かな」がどうしたというような話になる。それはまあ、だしがらのようなものであって、だしがら自体によろこびがあるわけではない」

宇井「説明するとそうなっちゃうというのは、言い方を変えると分かる人に分かればいい、プロに分かればいいという意識に通じるのではないか」

池田「プロにもいろいろあるし、素人をバカにしてはいけない。私も俳句を始めたときは、何も知らなかったけれど、私の前に現れた俳句を面白いと思ったのだから。「かな」の話は俳人内部の話だったかもしれないが、書かれたものは、言葉に表現されたものが好きな人には分かる。きちんと書かれてさえいれば、通じる」

岸本「読み手には、解説能力のある人とない人がいる、ということではないでしょうか」

宇井「やはり大前提として、分かる人に分かればいいというのが、あるように思われて、私はそれを破壊したい」

鴇田「「手をつけて水のつめたき桜かな」の「かな」は、さっきも言ったが、俳句の学んでいく部分で、自分でもこの形の句が分かった時、分かったぞと、ステージが上がったという感触があった。それは分からないと読めないし、主題うんぬんもしゃべれないかな、ということがある」



(会場から)「俳句は生がいちばんと思っているが、句会を、どう考え位置づけているか」

宇井「自分はテキストを書いているつもりなので考えていない」

四ッ谷「句会は二ヶ月に一回程度、俳句にあまり深く関わらない人とやって、刺激を受ける。ただ、その場の評価は気にしない」

池田「句会は、月一ていど。私を知らない人に読ませる一段階として」

鴇田「月に三四回やっている。すごいシステムだと思っている。他の芸術ではありえない。作ったばかりのものが、たとえば20名からの目に触れて、意見も聞ける」

岸本「句会のいいところは二つあって、一つは、自分の句を無記名で人の句に混ざった状態で読むことができる。これは作者としての自分の声を遮断して、読者として突き放して見るための方便としていい方法。もう一つは、選句において、とるかどうかの瞬時の判断をやしなえる」



宇井「ひとつ付け加えたいのは、いま現代詩が読まれないのは、あまりにも専門化しすぎたためで、俳句もそうなってしまうかもしれない。そうならないためには、どうしたらいいか、という質問をして、今日は終わりにしたいと思います。ありがとうございました」

橋本「現代俳句協会会長の宇多喜代子さんに、閉会の辞ということで、ひとこと感想をおねがいいたします」

宇多喜代子「おっかない題で始まりまししたけど、非常にスタンダードな話に終始したという印象です。こういうシンポジウム私が非常に懐かしいのは、40年前から、同じようなことをやっていたからです。今日出たような問と答が語られて、高柳重信が未だに俳句は書かれていないと言った。今日は、かって総合誌で語られたテーマがすべて出ていたと思う。そこで私もちんぴらでしたけど「やはり俳句は明日もあると思う」と書きました。あるんだなと思うから明日もあるんだろうと思って、何十年も来ましたけど。今日集まっているのは、世間で言う青年と違う青年で(笑)、分別があるからこういう話になったけど、いわゆる青年たちが話したら、また別の話になったかもしれない。今日は宇井君がその中で挑戦していて非常に面白かった。こういうことを重ねることで、それぞれが自分のこととして考えるキッカケになればいいと思うので、大いにやってほしいと思いました」

2 コメント:

四ッ谷 龍 さんのコメント...

一箇所、修正させてください。

> 飯島晴子さんが、そうそう新しい俳句なん
> かできてこない、俳句じゃなくても「俳句
> みたいなもの」でもいいから、新しいもの
> ができればいいじゃないか、と言っていた

というのは、正確には

飯島晴子さんは「そろそろ新しい俳句が出て
きてもいいじゃないか。それは俳句じゃなく
ても、俳句みたいなものであってもかまない」
と言っていた。

ということなのです。私の発言が至らなかったことと思います。

上田信治 さんのコメント...

当該箇所、訂正させていただきました。

ご指摘誠にありがとうございます。