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2026-09-06

岸田祐子 俳句タロット2026 福田若之×千倉由穂〔前篇〕

俳句タロット2026
福田若之×千倉由穂〔前篇〕

記事化:岸田祐子


〔前口上〕
タロットカードで一句を占う。その第2弾。占い師は岸田祐子さん、占ってもらうのは、千倉由穂さんと福田若之さんの各1句。出現したカードを眺めつつ、岸田祐子さんに導かれ、みなであれやこれやとおしゃべりしました。(見物人・西原天気


手書きの@が細胞みたいで雨で春で 福田若之


一枚目「ペンタクルの9」・2枚目「ソードのナイト」・3枚目「ワンドのペイジ」

岸田祐子●タロットカードでペンタクルというのはお金とか土地などの財産や現実的なものを扱います。俳句ではないものを占っていたとしたらペンタクルの9は、努力が実るとか、やってきたことが形になるなどと言いたくなるカードです。ソードは理論とか知識を扱います。ナイトは青年期を表すので、勢いのある年代です。なかでもソードのナイトは、四人のナイトの中で一番スピード感のあるカードです。最後の一枚がワンドのペイジです。ワンドは棒のことなのですが情熱とかやる気とかそういうものを扱います。ペイジは小姓でまだ未熟な人を表します。ですから、これから何かを始めるという感じがします。情熱が芽生え始めるとかなのかな。どれもポジティブなカードです。けど……、難しい。

一同●笑い

祐子●でも、まずワンドのペイジが春っぽいなと思いました。

福田若之●ですね。

祐子●空の雲の色がピンクですし、桜のようにも見えてきます。新しいことを始めるという意味があるカードなのと、進学とか進級など世界が新しくなるということが春にはあるので。だけど、スピード感は私はこの俳句にはあまり感じられないかなぁ。@は金貨の形に似ていますね。

西原天気●スピード感があるって出ているのですか。

祐子●ソードのナイトのカードは速いです。

天気●後半の「で」にスピード感がありますね。

祐子●「みたいで雨で春で」と「で」をたたみかけるということですか。

天気●そう。そこで加速しますよね。

祐子●なるほど。言われてみれば。

天気●と、こじつけてゆくのが……。

若之●俳句タロットなわけですね(笑)

祐子●そうです、そうです!

天気●記号論とか象徴論とかも使いながら。だからその辺、脱線しまくっていいと思いますよ。前回は贈与論の話まで出たんだから。

祐子●あと、今、思ったのですが「@が細胞みたいで」とありますから9個に分裂したのかなって。@の形と金貨の形は似ていますし、細胞が分裂して増えることを実りと言っていいのか分かりませんが。

天気●言っていいでしょう。

祐子●そうしたらやっぱり、それはペンタクルの9が「細胞みたいで」というところに合っているのかなと思います。

千倉由穂●手書きで書いた時の走り書きの感じにスピード感が出ているのかなと思います。この俳句だけだと一つのメールアドレスを書いていたのかなと思ったのですが、9が出ているので沢山のメールアドレスを書いているのかもしれません。だとしたら@が連なっているとも考えられそうかな。@って、メールアドレス以外に何か使いましたっけ?

若之●手で書く場面というと僕もメールアドレスを教える時を想定していました。あとは、若者言葉的には「どこそこに居ます」という時に@を使います。

祐子●@にはそういう意味があるのですか。

若之●もともと@はアドレスを示すためのマークなので。

祐子●@のことをアットと言いますか?

由穂●アット西国分寺みたいに言います。

祐子●そっか、実はこの句はアットと読むのかアットマークと読むのかどっちかなってちらっと思ったんですよ。だけど@のことをメールのアドレスと思い込んでしまったのでアットマークって読んでしまいました。

天気●あぁ、でも人に伝えるときはアットマークって言うよ。

若之●そっか、そうなんだ。僕は自分で言うときは結構「アット」って言うんですよ。

天気●ただ、意味的にはどこそこに居るということですよね。9と結びつけたいのですか?

祐子●私はペンタクルの9のカードにある金貨の絵と@が似ているなって。ただ、アットと読む方が17音の定型に近いのかなって。

若之●定型には近いですね。

天気●他のカードは何が出ているんですか。

祐子●ソードのナイトとワンドのペイジです。ソードは決断や理論、知識、情報が管轄です。ナイトだから肉体的に一番充実している年頃の人。特にこのソードのナイトは速いです。スピード感に溢れる。ワンドは情熱とか勢い。ペイジはまだ幼い。未熟だけれど純粋無垢。

天気●ワンドのペイジのことを思えば、この句の口調は成熟というより無垢な感じがありますよね。若之くんの青春っぽい句はみんなそうだけど。

若之●「いいさし」という感じですよね。

天気●ソードのナイトは馬で速いのだからメールと合います。

若之●まさしく、情報の速度。

天気●スネイルメールより速い。

祐子●スネイルメールって何ですか?

天気●蝸牛のメールということで紙の郵便のことをスネイルメールって言います。最近は言わないの?

若之●言わないですね。

天気●昔は電子メールと区別をつけるためにこの言い方をしたんです。

若之●ソードのナイトはやっぱりそういうイメージなのかな。句の内容に関わるイメージが先に立つのかなと思います。

祐子●確かにそうですね。@がメールのことだとしたら情報ですものね。

由穂●手書きのスピードと、とりあえずここにメールアドレスを書いてということで、関係性が急速に近づく感じがあります。

祐子●もう、急いでむにゅむにゅむにゅって書いている感じ。

由穂●関係性が始まる感じもあるかなと思います。

若之●このタロットって背景の図柄にも何か意味があるんですか。

祐子●あります。例えば、ペンタクルの9だったら果実が実ってて天気も良さそうだとか。ソードのナイトだと天気は少し不穏な感じだけれど足元に花が咲いているとか。そういうことを細かく見てゆきます。

若之●ワンドのペイジの背景にあるピラミッドがすごく気になっていて。

祐子●何でしょうね。でもこのカードで出てくるピラミッドはなんとなくポジティブな感じがします。

天気●エジプトのピラミッドですよね。

祐子●灼熱の世界がワンドの世界なんですって。灼熱が情熱だと思うのですけど。だから砂漠なのかな。

若之●なるほど、そう繋がるんだ。そうしたら細胞の中に熱があるんだ。たぎってるんですね。

祐子●ペイジだと若いってことだから、フレッシュな細胞がどんどん生まれているのかなぁ。死んでゆく細胞ではなく生まれてくる細胞という感じ。

若之●由穂さんがさっき、走り書きの感じがって言っていたけれど、走り書きの@は元気な細胞にも見えるのかな。

由穂●躍動感がありますね。なんか、どんどん思考が広がってきて面白いです。カードを手がかりに句を読みたいのに、自分の中でまだ俳句とカードがうまくつながっていなくて、分裂しています。だから、これから言うことはここだけの話となってしまうかもしれないのですけど。この句は@という文字の形が特殊なので、どうしてもそこに目がいってしまいます。でも、むしろ、この句の一番のわからなさは@を「細胞みたい」と言っているところなんですよね。

天気●その理由をカードに聞いてゆくという集まりです。

由穂●わからなさのヒントはカードの中にあるんだろうけど。

祐子●細胞、細胞、そうだなぁ……。

由穂●細胞には怖さもありますよね。増殖したり。

祐子●そういう意味で考えれば、実ってゆくということは増えてゆくということですよね。

由穂●よく見るとペンタクル9のカードの金貨の奥に葡萄みたいなものが描かれていて、それが細胞っぽい怖さがあります。

若之●ありますね。

祐子●この葡萄みたいなもの、見た目も細胞っぽいですね。

若之●ペンタクルの9って、実りとか富とかっていう意味なんですかね。

祐子●このカードはそういう意味です。こういう数字のカードは小アルカナと言います。小アルカナは1から10までの数字札と、ペイジ、ナイト、クイーン、キングという4枚の人物札で構成されています。小アルカナの数字札は1から10までなので、9はもう終盤の数字です。かなり実っていて結構収穫があるよというカードになります。

天気●ペイジってどういう意味でしたっけ。

祐子●小姓、まだ子供です。

若之●さっき、天気さんが贈与論の話をしたのでそれに引っ張られてしまっているのかもしれないのですが、貨幣というものは交換するものだから@が貨幣に似ているというのは、何かと置き換えできるということなのかなぁと。

祐子●手書きの@が何かに置き換えできるってことですか。

若之●メールアドレス。メールアドレスって結構変更したりしますよね。

祐子●そうだ。ずっと同じアドレスとは限らないですね。変わったりしますね。

若之●あ、あとは、アドレスを交換するということができるか。多分、片方だけがメールアドレスを教えて終わりっていうことはあまりなさそう。お互いに教えあう。

由穂●今調べてみていたのですが、@は会計において一般的に用いられる記号らしいです。

若之●え、会計で使うんですか。何を表すんだろう。

由穂●主に単価あたりの金額を表すそうです。例えば、@1000円と書いたら一単位あたり1000円ということです。

祐子●へー、知らなかった。じゃあ本当にお金というか価値って感じですかね。住所とかも価値といえば価値かも。

若之●はははは。もしかしたら、これ、面白い読みになるかもしれませんね。

由穂●もともとは請求書などに用いられていたのだけれど、レイ・トムリンソンという人が電子メールアドレスに用いて、1990年代以降に広く普及したみたいです。ちなみに、私と若之さんは同い年で1991年生まれです。

祐子●じゃあ、生まれた頃にはもう@が電子メールで広く使われるようになっていたのですね。それ、細胞分裂して変わっていったんですかね。

若之●記号の意味が育ったんだ。

祐子●手書きで@を書き続けるとだんだん疲れてきてぐにゃってした@になったりしそうじゃないですか。そういう間に@の意味がまた別のものに変わってゆくのかもしれないですね。それって細胞分裂みたいな感じがします。

若之●育ってゆく感じがします。@の意味の変遷が普通に面白い話だな。これ、知らなかった。

由穂●国ごとに意味が違うみたいです。さっき出てきたスネイルメールの蝸牛もそうですし、アヒルとか。見立てる形によって違うみたいです。一つの記号にいろいろな意味が入っていますね。

祐子●@は意味が固定されていた訳ではなかったのですね。それはご存知でしたか?

若之●いやいや、知らない。知らずに作っていました。

由穂●ワンドのペイジはソードのナイトの見習いなのですか?

祐子●タロットではそういう上下関係ではないと思います。ペイジ、ナイト、クイーン、キングはそれぞれのスートにいる人物カードです。タロットカードの小アルカナは4つのスートに分かれています。トランプと似ているのです。ハート、スペード、クラブ、ダイヤの4つにトランプが分かれているようにカップ、ソード、ワンド、ペンタクルの4つがあるので、ワンドとソードではスートが違いますね。

天気●ダイヤは槍なのかな?

祐子●ダイヤはお金のことです。スペードがソードで、クラブがワンド、ハートがカップです。今回の占いでは出てきませんでしたがカップは気持ちや感情を表します。この句には春や雨といった情緒的な言葉がありますが、情緒はない。

若之●ほんと!? それは、まことですか(笑)

祐子●カード的には情緒の要素は出ていないです(笑)

由穂●でも、ワンドのペイジの背景に春めきを感じるという話も出ましたよね。

祐子●春めきは感じますけど、気持ちのカードは出てきていない。だからわりとドライなのかもしれないですね。景色は綺麗なのですけれど情感たっぷりというわけじゃないというか。

若之●あー、そうかも。

祐子●でも、ドライって言っても冷たい訳じゃないと思います。情熱はあるから。

若之●難しい(笑)

天気●湿っぽくない。

由穂●タロットに季節感を見出せる場合もあるのですか?

祐子●あると思います。ペンタクルの9のように実りとか収穫とかなら秋のイメージがあるし、花が咲いていれば春っぽさを感じます。私は、ワンドのペイジが被っている帽子についている羽に春らしさを感じます。ピンクとオレンジでふわふわしている。この後のピンクの雲が桜にも見えます。今日ちょうど、桜が咲いていたこともあってそれに引っ張られているのかなとも思いますけど。

天気●これは単なる興味で聞くのですが、図像という意味ではどのタロットカードも共通なんですか?

祐子●共通していません。一般的なというか多くの人が使っている図柄というものはあるのですが、新しい作家が新しい解釈で新しいカードを作っています。タロットカードによって絵柄は全然違います。私が使っているものは一番ポピュラーなライダー版というカードに準じたものです。

天気●じゃあ、今、使っているカードで占う時には背景が春っぽいとか感じてもいいけれど、そうでない場合は背景に何が描かれているかにはあまり意味がない?

祐子●そんなことないです。出てきたカードを見て読み取ります。

天気●そのカードの色合いから何かを読み取って構わないということですね。

祐子●そうです。

天気●もし、変わったデザインのカードを使っていたとしても、それはそれで読むと。

祐子●例えば、これが結構使っている人が多いと言われているライダー版の「ワンドのペイジ」の絵柄です。ペイジを比べてみるとこんな感じです。私が使っているカードは人間が猫になっています。


天気●ライダー版は、もっとおどろおどろしいんですね。

由穂●ライダー版のペイジは棒というより杖みたいなものを持っていますね。

祐子●そうですね。私が使っているタロットカードはライダー版に準じているけれどちょっと可愛くなっています。だけど、もっと全然違う絵柄のカードもあって、それは使う人が好きなものを選びます。あと、使う人にとって読みやすいか読みにくいかということもあります。もっとずっと抽象的な絵柄のものもあるので。

由穂●よく見るとカードの人物に表情がありますね。

若之●うん。それぞれの顔をしているな。ペンタクルの9のカードには鳥がいますね。何の鳥だろう。

天気●何の鳥かはわからないけれど、意味ありげだね。

若之●そうなんですよ。

祐子●鳥というと伝書鳩とかメールに繋げて考えられますね。

由穂●何か咥えてますね。

祐子●この鳥、どういう顔なのだろう。

天気●頭に何かついているようにも見える。

若之●ちょっとよく見ていいですか。えーっ、これどうなってるんだろうな。わかんない。

天気●解説書(をめくりながら)には何の鳥かは書いていないね。「鳥はいつでも飛び立てるけれど居心地が良いため好んで留まっている。女性もそうした自由な客を歓迎しているようだ」と書いてある。

祐子●自由に行き来できるというところにメールを思い浮かべました。

天気●確かにそうですね。ただ、まだ腕に止まっているということは送信済みではないのかもしれない。

若之●とりあえずメールアドレス伝えた段階ですから。

天気●そうしたら鳥がメールってことですね。

若之●ハゲタカみたいな鳥なのかな。

天気●猛禽類にしては小さいんだよな。

若之●ですね。ただ腕に止まらせる鳥といえば鷹狩などを思い出しますね。あっ!!! わかった、急にわかった。これ、鳥がこっち向いているんですよ。で、目が蠅みたいになっている。

由穂●オレンジが目なの? 仮面ライダーみたい。

天気●あー、わかる、わかる。だんだん見えてきた。

由穂●コンドルって頭に鶏冠みたいなのがついているからコンドルなのかも。

若之●肉食ですね。伝書鳩ではなかった。

祐子●ですね。でも、もし何かを運ぶとしたら速そうですね。

若之●かもめーるでもない。

天気●ペリカン便でもない。

若之●ペンタクルの9だけ女性なんですか?

祐子●はい。女性です。

若之●作った時の話をすると。2月に川柳作家の樋口由紀子さんが亡くなられました。その時にwebで追悼句会があって。参加してくださいと案内をもらっていたんですよ。3句出そうと思っていて、その時は仕上げられなくて出せなかったんですけど。この句はその時に出そうとしていたうちの一句をあとになって手直ししたものなんです。いわゆる追悼句ではないんですが、樋口さんのことを思いながら書いた句ではある。

天気●投句しなかったわけだ。

若之●出せなかったんですよ。出そうとはしたけど句が揃わなかった。それで、ペンタクルの9のカードに女性が描かれているので、樋口さん? ──ってちょっと思った。

天気●不達の投句だね。

若之●すっと立っている感じも樋口さんっぽいし。

祐子●届いてない投句、そうするとまだ鳥が飛んでいないのも説明がつきますね。3枚のうち女性が描かれたカードは1枚だけですね。

若之●ワンドのペイジの後に描かれているピラミッドはお墓だなぁとか。

祐子●確かに。

若之●自分では樋口さんへ向けた句という成り立ちがあったから、結構その辺りが気になりました。

由穂●体の向きにも意味はありますか? ソードのナイトとワンドのペイジはペンタクルの9の女性と向かい合っていますよね。

若之●ほんとだ。ペンタクルの9の女性に向かって運んでいるのかも。

由穂●ペンタクルの9以外はアイテムを持っているというところも気になります。

天気●ワンドのペイジからのメッセージをソードのナイトがペンタクルの9へ運んでいると考えられそうですね。

祐子●そうするとワンドのペイジが若之さんなのかな? だとしたら年齢差も。樋口さんの方が若之さんより年上ですよね。

若之●そうやって見ると符合してくるなあ。

祐子●そのエピソードは全く知らなかったけど……。当たりますね(笑)。

天気●手書きの@と樋口さんと何か結びつくものはあるの?

若之●感覚的なことで、樋口さんとの間で具体的に何かあったという記憶はないのですが、鶯谷駅前の定食屋で樋口さんと連句をまいたことがあったんです。樋口さんが捌きで。その時のことがすごく印象に残っているんですよね。何回かお会いしているんですけどその回が一番印象に残っている。たしか、初対面だったのかな。それまでも「ウラハイ」などで樋口さんが書かれているものは読んでいたので、ネットで先に知っていた。そういう人と実際にあって連句まいてということがとても印象的だった。あ、もしかしたら初対面はもうちょっと前にあったかも。でも、今となってはもうわからなくなってしまった。

天気●僕も樋口さんとだいぶ長いのに一番最初がどう出会ったか何も思い出せないんだよね。時間が経つと最初どうだったか思い出せないよね。

若之●そうですね。

天気●若之くんとの最初のことも全然思い出せない。覚えてる?

若之●ちょっと覚えてます。最初に会った時は、天気さんのご自宅でした。誰と来たかは覚えていないけど。

天気●ふーん。由穂さんのこともそのうち最初がどうだったか忘れちゃうよ。

由穂●その時、私が今日のこと話しますよ。でも、記憶って過去になるほど平たくなって、出来事の記憶の順番も前後してしまったりしますよね。

祐子●由穂さんと天気さんは今日が初対面ですもんね。ところで、樋口さんとは長いお付き合いだったんですよね? 最初のきっかけは覚えていますか?

若之●最初のきっかけは忘れてしまったけれど、知り合ってからはそれなりに長かった。ただ、「いつからですか?」って聞かれると明確な時間感覚がない。たぶん、やっぱり鶯谷がきっかけだと思う。

祐子●こういう話を聞くと、ペンタクル9の女性が樋口さんに見えてきてしまいますね。

若之●タイミングを見計らっていました。この話をしちゃうと他の話ができなくなると思ったので。

(後篇に続く)

2026-04-26

前川友萌香【パティオ北白川ルポより】 振付としての俳句展

  振付としての俳句展ーパティオ北白川ルポよりー 

前川友萌香


荒川修作+マドリン・ギンズによる「意味のメカニズム」というプロジェクトがある。絵画、ドローイング、建築模型など127点の作品群から成り、日常的に何気なく用いている「言語」に疑いを与え、観察者に「自分だったらどうするか」と問いを投げかけ、理解と実行を促す仕掛けだ。

今回、パティオ北白川ルポについての評を依頼された。しかし正直に言えば、私はこの展示を実際に訪れていない。そのため、展示期間中に行われた吟行句会がどのような雰囲気であったのかを知ることはできない。ただし、展示されたすべての作品が建築と絡み合い、純真な装置として成立していたことは、残された記録から十分に読み取ることができる。

私は踊りをしているが、ダンサーとして見ても建築と詩はきわめて相性がよいと感じている。振付が〈動かす装置〉であり、詩が〈発話させる装置〉だとするならば、建築は〈居させる装置〉だ。鑑賞者がそこに居て、発話することで、イマジネーションは急速に拡張する。そして、そこに実在する俳句を成立させるために、鑑賞者は壁に寄り、椅子に座る。そうして再び俳句を思い出し、意味が纏っていたイメージを跳躍させる。まさにこの展示は、1「意味のメカニズム」として成立していたのではないだろうか。

では、パティオ北白川ルポそのものを意味のメカニズムであると仮定し、もし私が鑑賞者として参加していたなら、身体はどのように動いただろうか。以下は、そのための思考のエクササイズであり、振付である。

梅雨を祝う椅子の回転を使って/佐藤智子『ぜんぶ残して湖へ』

ゆっくりと踵へ重心をかけていく。じっとりとした疲労感をすべて仙骨に集める。下腹部の奥が、いつもより重たい。椅子に座る。深く腰をかけたかと思えば、瞬時にその重たさから解放され、座り直す。ほんのわずかにお尻を持ち上げただけなのに、緩和は上半身へ、胸へと移動する。大きく息を吸い、吐いた瞬間、頭がスピンを始める。ハンマー投げだ。踵は少し床から離れる。___浮いたった(他力もイエス)

僕のほかに腐るものなく西日の部屋/福田若之『自生地』

向こうを見る。
壁がある。白い。
枠がある。大きい。
道がある。眼球が真下に移動する。じっくりとその先を見る。靴があった。どうやら一足ではない。四足だ。四足あるが、片方が見当たらない。玄関がある。白い。
(この間の私は地面に歩かされている。)

白い玄関は、たちまち大きくなる。後ずさる。ふと右目が少し細くなる。手は拳になる。呼ばれた気がして、左の顔から後ろを見る。車が一台、通り過ぎる。

壁倒立ただし雷春には弱い

踏ん張れ、血管!
筋肉が痙攣したら手のひらを右、左と地面に大きく打ち鳴らし、足を振り上げ宙を蹴る。ドキュンと血管が急速に流れ始めるのを感じる。足が地面に戻ってきたらザパッと両手を振り上げ「弱くない」と叫びおわりながら、肩を右左と上げ、再度右を上げるときに、真横に雷が堕ちる。尾っぽを踏まれた猫ごとくそこら中に怯え威嚇する。

次回があればぜひ参加したい。

【参照】

2025-05-25

小野裕三 haikuを愛する元・EU大統領 ファンロンパイ氏に通訳同行して

 haikuを愛する元・EU大統領 ファンロンパイ氏に通訳同行して

小野裕三



元・ベルギー首相でありEU(ヨーロッパ連合)の初代大統領でもあるヘルマン・ファンロンパイ氏は、haikuの愛好家として知られる。彼は今年の五月に来日して日本政界の要人と次々と面会したが、多忙なスケジュールを縫って、千葉の御宿で開かれた句会に一日だけ参加した。国際俳句協会からの依頼で、僕が当日の通訳をすることとなり、彼に終日同行した。このエッセイはそのレポートである。


御宿行きの特急列車は、朝早くに東京駅を出発。僕は彼の隣の席に座り、句会の進行などを軽く打ち合わせ。ひととおりの手続的な確認が終わったあとで、雑談がてらに質問をしてみた。

「そもそも、どういうふうに俳句に出会ったんですか?」

「いやそれはね、まったくの偶然なんだよ」

曰く、あるパーティの席で、彼が卒業したルーヴェン・カトリック大学の同窓生と同じテーブルになった。その人がhaikuを作る人で、句集を手渡された。しかしそのときには興味もなく、自宅の本の山の上に積んでおくだけだった。それから数年して、その本を手に取って読み始めた。それが彼にとってのhaikuの始まりだったらしい。

「積まれた本の山の中から、そのときにその句集を手に取ったのは、何か理由があったんですか?」

「いや、それも何も理由はないんだよ。だから、ほんとうに偶然なんだ」

もともと詩には関心があったということだが、それからhaikuにのめり込んでいったのは、どこか彼の気質みたいなものにも合っていたのだろう。そのうちに彼がhaikuを作ることが日本のメディアにも知られるようになると、政治家としての記者会見の場でも「haikuを詠んでみてください」と言われることが出てきて、そこでhaikuを披露すると記者たちにも喜ばれた、という。そんなことも、彼がhaikuを続けることを後押ししたのかも知れない。

「俳句は頻繁に作ってますか?」

「いや、残念ながらあまり作れてないね。私はいろいろやらなきゃいけない仕事が多い。だから俳句を作る充分な時間もないし、それに、俳句を作るには心のゆとりみたいなものも必要だからね」

そんな我々を乗せた特急列車は御宿に到着し、待っていた御宿の俳句会「若菜会」の人たちから大歓迎を受ける。星野高士氏が講師を務めるその句会に、ファンロンパイ氏がゲスト講師として参加する形だ。ちなみに三年前の夏にも、氏は御宿を訪れている。ぜひ再訪して、という熱烈なラブコールを受けての今回の訪問となったようだ。


句会には約四十人の日本人が参加。事前投句された句は前もって僕が英訳して、あらかじめファンロンパイ氏にメールで送付済み。当日の句会では、星野氏、ファンロンパイ氏、がそれぞれに採った句を講評していく。ファンロンパイ氏は冒頭にこう語った。

「まず、自分がどのように採る句を選んでいったのかの方法論を説明します」

最初は、約七十句ある全句を読む。それから自分が「好き」と感じる十句を直感的に選びとり、その後で、なぜ自分がその句を「好き」と思ったのか、という基準(criteria)について考えた、という。

句会休憩時の歓談 ※写真は千葉日報から引用

「私にとっての基準は三つありました。簡潔さ(simplicity)、対照(contrast)、擬人化(personification)、の三点です」

簡潔さとは、言葉、観察、思考、などの点において簡潔であることだ、とする。対照についても、彼が例句として挙げたものは五感の対照であったり、社会的な出来事だったり、と幅広い視点が見られた。また擬人化については、蛙の表情を人間に喩えるなどいくぶんユーモラスな内容のものも含めて、彼は自身の気に入った例句を示した。

興味深いことに、ファンロンパイ氏の選んだ十句のうち、半数の五句が星野氏の選とも重なった。俳句的な美意識がそのように日欧の間で共有されたことは、ファンロンパイ氏にも印象的だったようだ。

句会の最後に、彼は自身の俳句観について語った。俳句の特徴として彼が以前から強調しているのは、自然などを観察して描くことで、意識の力点(attention)を自分ではなく自分の外に向けること。それは自分のエゴみたいなものに囚われない心を作る、と彼は力説する。

一方で彼は、長く俳句を作っているが「俳句は簡単ではない(not easy)」とも繰り返す。やはり訓練を重ねた上での高度なテクニックが必要だ、と捉える。


句会の中で、ウクライナを詠んだ句があり、彼がそれを講評する中で、ウクライナだけでなく、ガザ、スーダンなど世界の紛争地域の名を次々と挙げていったのには、まさに平和をテーマに尽力してきた実務者としての重みを感じた。二〇一二年、EUはノーベル平和賞を受賞したが、その授賞式に参列したEUのトップはまさにファンロンパイ氏だった。

その彼が、「俳句を作る心は、世界平和に貢献する」と繰り返し主張する。俳句がもたらす穏やかで澄んだ心のあり方、自分(彼は「エゴ」という言葉をよく使う)ではなく自分以外のものに心の焦点を向けるあり方、それらの特性は間違いなく平和な世界を作るために必要な条件だ、と彼は考える。

列車の中での雑談で印象的だったのは、彼が御宿で起きたある歴史的な事件をよく知っていて、そのことを熱く語ったことだ。今から約四百年前に、当時スペイン領だったフィリピンからメキシコに向かう帆船が、嵐のために御宿沖で座礁する。これを見た当時の御宿の人たちは、遭難者を救い介抱した。そのことを記念する塔も御宿には建てられている。そんな心温まる歴史を持つ御宿で句会をすることにも、氏は意義を感じていたのだろう。

俳句と世界平和、という繋がりは、突拍子もない夢想とも思える。だが、ノーベル平和賞をEU代表として受賞した経験を持つファンロンパイ氏が真顔でそのことを語る姿には、リアルな重みを感じた。そうやって彼と会話するうちに、この繋がりを夢想だと思わないことから何かが始まるのでは、とそんな気がしてきた。


句会終了後のスナップ


※本句会の概要については、下記のニュース記事もご参照ください。

 EU初代大統領、御宿で句会に参加「俳句の心は世界平和につながる」(産経新聞)



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小野裕三 おの・ゆうぞう

「海原」「豆の木」所属。英国王立芸術大学(Royal College of Art)修士課程修了。現在、国際俳句協会評議員および英国俳句協会(British Haiku Society)会員。

http://yuzo-ono.com



2024-04-28

小野裕三+ガートルード・ギボンズ haikuをテーマとしたロンドンでの現代アート展に参加して

haikuをテーマとしたロンドンでの現代アート展に参加して

小野裕三+ガートルード・ギボンズ


背景説明

小野裕三


2023年10月〜11月に、ロンドンのアートギャラリーで開催されたアート展に、俳句作品およびワークショップ講師として参加した。

このアート展は、haikuをテーマに現代アート作家たちが作品を制作し、英国の詩人数人と私がそのアート作品に呼応するhaikuを作って会場で音声として流す、という構成のものだった。

そのアート展について、私の友人である、ガートルード・ギボンズさんが展覧会評を書いて英国のオンラインマガジンに掲載してくれた。文中では「参加した小野裕三に質問をする」という趣旨で、私のコメントも引用されている(青字部分)。異文化・異言語そして異ジャンル(=アート)の視点から見た俳句、という内容は日本の読者にも興味深いのではと考え、その和訳をここに掲載させていただく。

なお、参考までにこのアート展のために私が作った俳句を一句引用しておく。

 蝸牛に一切合切という雨  小野裕三

 for a snail

 the rain as

 anything and everything  Yuzo Ono


以下が、ガートルードさんの文章である。


「SPLASH !  The Haiku Show」(White Conduit Projectsギャラリー)について

文: ガートルード・ギボンズ

 ※文中後半は小野裕三からのコメントの引用(青字部分

和訳: 小野裕三 


「SPLASH ! The Haiku Show」は、ポール・ケアリー=ケントと三宅由希のキュレーションにより、2023年10月6日から11月11日まで開催された。オリヴィア・バックス、マリサ・クラット、アビ・フレックルトン、市田小百合、稲岡亜里子、リサ・ミルロイの6人のアーティストによる「haikuの精神」を視覚的に表現するアート作品を展示。また、リチャード・メイヤー、小野裕三、タマール・ヨセロフ、ポール・ケアリー=ケントの詩人によって作られたそれらのアート作品に呼応するhaikuも音声にて展示された。


White Conduit Projectsギャラリー
屋外からの展示風景(ロンドン)

本展覧会は、日本古来のものとその西洋的展開との間で、俳句の定義、それと視覚性との関係、そこでの交流、について考えることを鑑賞者に要求する。そこでは、「(俳句の定義を)簡単に言えば、三行で構成され、時間の移ろいに言及する凝縮された詩である」として、松尾芭蕉(1644-94)の「古池」の伝統的な例が引用される。

 古池や 

 蛙飛び込む 

 水の音

英語の翻訳は下記。

 An old silent pond(古い静かな池)

 A frog jumps into the pond –(一匹の蛙がその池に飛び込む)

 Splash! Silence again.(ぱしゃん! 再び静けさ)


この「ぱしゃん(splash)」(ただし、英語の翻訳に表示されるこの言葉は、日本語の原句では直接的には書かれていない)を題名に冠した本展覧会は、俳句の精神を学際的かつ国際的に探求する。伝統的な定義はともかくとして、俳句を俳句たらしめるものとは何か? 他の芸術形態はどのように俳句の感覚を捉えることができるのか? 俳句にある抽象的な感覚を明示するのは困難だ。だからもっと簡単なのは、俳句を作る規則に触れたり、あるいは俳句に見られるより一般的なイメージや考え方を挙げたりすることだろう。英語の「ぱしゃん」というオノマトペは、音とイメージの両方の意味合いを含むが、その実態は掴みにくい。水がなければ起きないことで、生物であれ非生物であれ、何かの硬い物が水にぶつかることによってそれは起きる。そして「ぱしゃん」の後の感嘆符(!)は、中断や途絶、そして出来事の前と後にある水の静けさを仄めかす。


会場風景。手前: アビ・フレックルトン、
奥(左から右へ): オリヴィア・バックス、リサ・ミルロイ、稲岡亜里子

会場風景。手前: アビ・フレックルトン、奥: 市田小百合

この展覧会は、文章芸術と視覚芸術の両方で、俳句の形式と精神との間を行き交うものを国際色豊かに探求する。俳句の精神を受け継ぐ本展のアート作品は、時間、断片的で繊細なもの、変わらないものと変わるものの循環、郷愁や憧れ、といった観念を考察する。

市田小百合による官能的な写真は、欲望と静寂、そして自然における人間の居場所を表現する。稲岡亜里子による喚起的なプリントもまた、光に細心の注意を払い、アイスランドを舞台に一卵性双生児のペアを描くことで、同様の関係を問いかける。オリヴィア・バックスは、古新聞や絵の具、作り直されたオブジェの使用を通して、再利用と反復のことを考察する。アビ・フレックルトンの陶器は、その素材は親しみやすいものながら、そこで再構成された形は人の認識を拒む。リサ・ミルロイの絵画では、思いもしないパターンがフレームに収められ、鑑賞者の心の中にそれらの断片をつなぐ物語が形作られていく。マリサ・クラットの写真には季節を反映する題がつけられ、自然によって作られたパターンを捉える。それらの作品に寄り添うタマール・ヨセロフ、小野裕三、リチャード・メイヤー、ポール・ケアリー=ケントの詩は、丁寧かつ繊細にそれぞれのアート作品に呼応しており、その中には、アート作品を引用するテキストとして直接的に理解できるものもあれば、アート作品がもたらす感覚をさりげなく反映しているものもある。そう思えば、ギャラリーのアート作品の横にキャプションを置くという一般的によくあるやり方ではなく、このように作品に呼応する俳句を置くのもいい方法かもしれない、と考えさせられた。

俳句は視覚性との親和性が高いと言えそうだ。以前、私(ガートルード)が小野裕三とコンクリート・ポエトリー(訳註: 詩における視覚性を重視した前衛詩の手法)について議論した際に、彼は日本語にはさまざまな文字の系統があると言い(訳註: 漢字、ひらがな、カタカナのこと)、そのためいろいろな書き方の方法が選べて、たとえ同じ言葉であっても異なる書き方で書かれることがあるし、結果として視覚的な見え方も異なることがあると語った。

詩の文章が一般的にそうであるように、ページ上での位置、その周囲の空白、句読点の使い方は、言葉の意味や感じ方にとって重要なものだ。英語で言えば、ダッシュをどこまで伸ばすかであったり、あえて句読点を打たずそのまま空白へと続く行もあるし、行の中央あるいはそれ以外で区切ることもある。どの単語が句読点で区切られ、どの単語が剥き出しで空白へと続くのか?

私は、俳人である小野裕三に、文章と視覚性との関係や、俳句の精神が異なる芸術形態の間で翻訳可能かについて、この展覧会における彼のコラボレーションに関連しつつ聞いてみた。

英語の俳句の世界では「写真を見てそれに呼応する俳句を作ってください」と言われる機会はけっこうある。しかしながら、日本語の俳句の世界ではそれはほとんどない。日本語の俳句では、「季題」「兼題」と呼ばれるやり方が一般的で、ある言葉を提示されてそれを俳句の中に入れて俳句を作ってください、と言われるのが通常だ。

その意味で、今回の展覧会でアート作品の写真を見ながらそれに呼応する俳句を作るのは私(小野)には新鮮な体験であり、難しい作業でもあった。というのも、俳句という形式はある種の具体性を通常はその出発点とする。だからこそ、季題・兼題という具体的な言葉を使ったシステムが力を発揮する。そしてこの具体性が結果として微かな抽象性を生み出す。そういう仕組みが俳句の美であり、俳句の美学だ。

だが、この展覧会での作業はそれとは違うものとなった。一般的に言って、アート作品、特に現代アートの作品はきわめて抽象的である。したがって、そのアート作品に向き合って俳句を作るには、まずその作品の持つ抽象性を的確に掴み、次にその抽象性を俳句という具体性にしなくてはらない。つまり、ここでは具体性と抽象性の順序が通常とは逆になる。なので、非常に作りにくかった半面、結果としてできた俳句は抽象性の純度が非常に高いものができたと感じている。その意味で、今回の展覧会での俳句とアートの出会いを私はとても楽しんだ。

またその一方で、俳句の歴史をあらためて考え直すことになった。アートと俳句の関係は常に複雑なものであり続けた。特に、西洋のアートとの関係は、だ。

日本の俳句史上に有名な「第二芸術論」と呼ばれるものがある。日本が第二次世界大戦に負けて自分たちの文化にも自信を失っていた時、西洋文学を専門とした当時の高名な学者が、西洋の崇高で壮大なアートに比べれば、俳句のように些細で日常的なものは、アートと呼ぶに値しない、と主張した。それはせいぜい「第二芸術」とでも呼んでおけばいい、と彼は言い、この主張は当時の日本の俳句界を大きく揺るがした。皮肉なことに、この論への心理的反発が、日本の戦後俳句史を活性化したひとつの要因になった。

西洋美術の影響は技術的にも俳句を変えてきた。百年以上も前に、日本の近代俳句の基礎を作ったとされる正岡子規は、「写生」の概念を導入することで俳句を革新したが、その「写生」とは西洋美術の影響から生まれた手法だったとされる。また、1960年代には「前衛俳句」という新しい運動が俳句界を揺るがしたが、言うまでもなく、その「前衛」という言葉自体が西洋美術からもたらされた。19世紀末以来、日本の俳句は絶えず西洋美術の影響を受けることでその姿を変えてきた、と言っても過言ではない。

そのことは、俳句がそれ以前の本質を捨てたことを意味はしない。俳句の古い美の本質と西洋美術的な概念や技法をどう調和させて、現代にふさわしい俳句の形を作っていくか。それがこの百年以上の間の、日本の俳句の不変の問いだった。

その視点から興味深いのは、幾人かの西洋の偉大なアーティストたちが俳句への関心を示していることだ。例えば、米国の音楽家ジョン・ケージは「haiku」と名づけられた楽曲やアート作品を作っている。彼自身の著作の中でこんな言及もする。
山を心地よく照らす火は、遠くは照らさない。同様に、美しい形式は短い瞬間を照らすだけで充分だ。(中略)そう考えれば、ブライスが著書『俳句』で書いた〈芸術家の最高の責任は美を隠すことだ〉という言葉が納得できるだろう。(John Cage, Silence, London: Marion Boyars, 2017, p.131)
例えば、ジョン・ケージの「4分33秒」は、俳句的な作品なのだろうか。直感的には、その答えはイエスのように感じる。

ここまで見てきたように、俳句とアートとの関係は複雑だ。ひとつだけ言えるのは、美というものが具体性と抽象性との間の関係やバランスにおいて成立するものだとするなら、その三つのものの相関は、西洋の美術と、俳句では、明らかに何かが違う、ということだ。だからこそ、崇高な西洋美術に比べて俳句は些細で価値がないと非難した日本の学者もいる一方で、西洋美術にはない美の考え方を俳句に見出してそれに着目した西洋のアーティストもいた。それはおそらく、ひとつのコインの両面なのだと思う。

この展覧会では、タマール・ヨセロフによる現代俳句の実作ワークショップと、小野裕三によるイントロダクション・トークが行われた。この展覧会は、鑑賞者に俳句の精神に対する自分自身の理解や関係を考えるだけでなく、文化、言語、芸術形式がどのように互いに協力しかつ互いを通じて機能できるかを考えることを促す。

会場風景。手前: アビ・フレックルトン、
奥(左): マリサ・クラット、奥(右): 市田小百合


会場風景。稲岡亜里子、マリサ・クラット、アビ・フレックルトンの作品



写真はアーティストおよびWhite Conduit Projectギャラリーより提供

原文掲載のウェブサイト https://www.soanywaymagazine.org/issue-sixteen



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小野裕三 おの・ゆうぞう
大分県生まれ、神奈川県在住。「海原」「豆の木」所属。英国王立芸術大学(Royal College of Art)修士課程修了。句集『メキシコ料理店』(角川書店)、『超新撰21』(共著・邑書林)。現在、国際俳句協会評議員および英国俳句協会(British Haiku Society)会員。

ガートルード・ギボンズ Gertrude Gibbons
ロンドン在住。英国王立芸術大学およびヨーク大学で文学を学ぶ。フランス文学や演劇等のレビューを各誌に寄稿する他、著書に『The Phaistos Disk』『The Silent Violinist』がある。美術、小説、演劇、音楽、オペラ、建築と幅広い領域に関心を持ち、リサーチ・創作活動を続ける。


2024-04-07

タロット占い×俳句=?

タロット占い×俳句=?

記事化:岸田祐子
補足説明:西原天気


〔前口上:西原天気〕

タロットカードで俳句を占う、と聞いて、頭の中が「?」だらけに。カードを繰るのは岸田祐子さん。こちらのウェブサイトの随所で「占い」が実践されているが、これを見ても、私の頭の中はまだすっきりしない。そこで、実際に目の前でやってもらうことにしました。
2024年3月9日(土)
参加者:細村星一郎、西原天気、太田うさぎ
占う人:岸田祐子
この日、祐子さんに占ってもらう俳句は2句。細村星一郎作と私・西原天気作から、それぞれ1句ずつ。まずは、どの俳句を占うかを決めるわけですが、せっかくだから当季がいい。かつ、偶然の要素があったほうがいい。そこで、私は、『はがきハイク』の既刊から春季のものを3通用意。数字を適当に言ってもらい(2枚の5句目、といった具合)、この句に決まりました。

(な)よねむれ巴芹に水のゆきわたる  西原天気

カードの山から出現したのは、次の3枚。

1枚目「魔術師」・2枚目「女教皇」・3枚目「ペンタクルキング」


祐子●最初からどう読もうかなっていうカードが出ちゃってますけど……。

うさぎ●このカードって王様?

祐子●はい。タロットカードは大アルカナの22枚と小アルカナの56枚で構成されているんです。大アルカナは物事の本質的な意味を象徴するようなカードで小アルカナはもう少し具体的な現実的な世界観を表すカードと言われています。今回出たカードでは魔術師と女教皇が大アルカナ、ペンタクルのキングは小アルカナ、キングだから王様です。

天気●カードに数字が書いてあるのが大アルカナ? このカードは猫の絵なんだね。

祐子●そうです。数字が書いてあるカードが大アルカナ。猫が好きなのでこのカードを使っています。

うさぎ●カードが出てきた位置も関係あるの?真ん中に出てきたらどうかとか。

祐子●このスタイルは私が考えたものなので、位置は決めていません。タロット占いは絶対にこう占わなくてはならないっていう決まりはなくて、自分で決めればいいだけなので占う人や占うことによってスタイルは様々です。例えば、三枚カードを引いて一枚目が過去、二枚目が現在、三枚目を未来というようにすることもあります。

天気●ペンタクルって?

祐子●ペンタクルは金貨です。小アルカナはワンド、ソード、カップ、ペンタクルの四つのスート(シンボル)からできていて、トランプのクラブ、スペード、ハート、ダイヤに対応しています。あと、西洋占星術の火、風、水、土の四つエレメンツにもリンクしています。ペンタクルは物質的なことが管轄です。

天気●土の範疇かな。

祐子●そうです。そうです。

星一郎●トランプの枚数と大アルカナで構成されて78枚ってことですか。

祐子●トランプは一組52枚、小アルカナは一組が56枚だから、全く同じではないけれど似てますよね。一枚目の魔術師は「準備ができています」っていうカードなんです。数字も「1」ですし。カードの絵を見てもらえるとわかると思うのですが、机の上にいろいろな道具がそろっていて、「もうスタートできますよ」というカード。この句は「汝よねむれ」って言っているんですけど、ねむった後に何かが始まるのかなって思いました。

うさぎ●「巴芹に水のゆきわたる」っていうのも始まる感じ、準備ができている感じがあるよね。

祐子●ですよね。二枚目は女教皇というカードで、これは「知性」とか「直観」のカードなんですけど。これどういう風に読めばいいのかな……。

天気●「巴芹」という表記には「知的」な処理がありますよね。「巴芹」という漢字からは中原道夫さんの『巴芹』という句集が思い浮かびます。パセリという表記にはこの漢字を当てはめるとは限らないのだけどね。

祐子●カタカナの場合もありますよね。

天気●カタカナが一般的ですよね。あとこの句の「ねむれ巴芹」までは金子光晴の『ねむれ巴里』なんですよね。「芹」を「里」に変えれば。だから『ねむれ巴里』とか「中原道夫」を入れ込んでいるというところに知的な遊びがある感じがするのかもね。自解になっちゃうけれども。

祐子●なるほど。そっか、そういうことなのかな。

天気●他の句に比べて知的な処理が多いですよ。

祐子●そうなんですね。あともう一つ女教皇のカードはスピリチュアルな感じもあるんです。知的なんですけど言語化できないみたいなところも含まれている。ここからは占いというより私の感想ですが、この句にはちょっとふわっとした不思議なイメージがあると思うので、そこに女教皇の感じがある気がします。三枚目のペンタクルのキングは「上がり」のカードなんです。キングはそのスートの一番最後のカードなので、一旦の結果となるカード。ペンタクルは現実的な利益などを表すので、このパセリがどんどん育ってゆく暗示、水がすごくゆきわたっているのかなって。

一同●あははははは。

天気●雨が降って?

祐子●雨が降っているのかどうかはわからないですけど。

天気●まぁ、二通り考えられるよね。一つは台所で食べる前のパセリを水で洗っている。

うさぎ●植えてあるパセリだとは思わなかったなぁ。

星一郎●僕も使う前に洗っているのかなって思った。

天気●じゃないと畑でねむることになっちゃうからね。

祐子●あ、あの、植木鉢とか。

天気●なるほど。プランター。どっちにしろ食べる手前だね。

祐子●キッチンにパセリの植木鉢があってそれがよく育っちゃったとか。

天気●あはははは。それが3枚目のカードってこと。

祐子●はい。私はこのペンタクルのキングが育ち感を出しているのかなって。

うさぎ●そうすると、寝る子は育つ的な。

祐子●うん、そうじゃないかなって思っちゃった。でも、ちょっと詩的な解釈とは言えないかもしれないけれど。あと、キングは最後のカードなので「結果」の状態と考えると、このパセリはふさっとしている。小さくちょぼちょぼ生えているのではなくて、今ちょうど食べ時ですよという頃合いなのかなって。

天気●美味しそうですよね。パセリが好きなんですよ、僕。残しているのって意外だなって。パセリって美味しいじゃないですか。

祐子●少し深読み過ぎるかもしれないのですが、魔術師のカードが出ているのでちゃんと設備が整っているところで育てている感じがします。例えばペヤングソース焼きそばを食べ終わったあとの容器に土を入れて育てているとかじゃなくて。

天気●あー、話がどこにいくのかと思った。ちゃんとした、ちょっとおしゃれな、ね。

祐子●おしゃれかどうかは分からないのですけど、相応しい道具というんですかね。植木鉢なりに植えられているのかなと思います。ところで、なにか質問とかありますか?

天気●質問って言われても(笑)。

祐子●例えば、このカードの意味ってなに? とかあれば。

天気●二枚目のカードってなんでしたっけ。

祐子●これは「女教皇」というカードです。私もこのカードはいつもどう読もうかなって思うカードなんですけれど。タロットカードの大アルカナは0から始まって22で終わるのですが、人の成長と同じような流れなのですよ。だから0は生まれたばかりの赤ちゃん。次の1はこれから歩き始めますよみたいな感じ。

天気●0から22なの?

祐子●はい。大アルカナは。

天気●あ、これは1と2が出たわけ?

祐子●そうです。

天気●すごい。僕は1から3くらいまでしかないのかと思っていた。あ、じゃあ23枚のうちの1と2が出たんだ。

星一郎●へーー。

祐子●だから成長の段階という感じがします。

うさぎ●ほーーー。

天気●「始まる」という感じですよね。なおかつ、魔術師で準備が整っていると。

うさぎ●良い環境で育っているってことなのかな。

祐子●女教皇は「知識」とか「知性」のカードなので、人間の成長でいうなら言葉を覚えはじめるとかそんなタイミングかなと思います。タロットカードの大アルカナは0の愚者から始まって21の世界でお終いですが、これは、人がこの世に生れ落ちていろいろな経験をしながら成長してゆくという物語になっていて、21まできたらまた0に戻る。これを何回も繰り返します。占いではこのサイクルは螺旋状に繋がっていると考えられているので、同じテーマが巡ってくるけれども、受け取る場所の階層は毎回違うという考え方。小アルカナも「1」から始まって「キング」で終わり。キングまできたらまた1に戻って、それを繰り返します。占いではだいたいこんな考え方をしています。

天気●そう聞くと、寝顔もわりとイノセントなというか。大人にせよ子どもにせよ無邪気な寝顔に見えてきますよね。

祐子●ですね。「汝よ」ってことは「誰か」ですよね。

天気●うん。「あなた」ですよね。ま、実際には文字数をどうするかということがあったんですけどね。「ねむれ巴里」というところから作り始めたから。

祐子●カードから見ると、この寝ている人はまだ若い、若いというか幼い。それは生物的に幼いのか精神的に幼いのかはわからないけれど、いずれにせよまだ幼い感じがします。私はペンタクルのキングはもりもり茂っているパセリのことかなと思って、魔術師と女教皇はねむっている人のことを示しているのかなと思いました。

天気●ねむっている人は始まりだけどパセリは完成しているってこと?

うさぎ●成長のはじまり?

祐子●はい。もしかしたらロマンティック過ぎる解釈かもしれませんが、水がゆきわたってパセリが大きく育ったように、ねむっている人にもこれから大きく成長してほしい。そういう願いみたいなもの。

うさぎ●じゃあ、祝福の感じかな。

祐子●そうです。そうです。

天気●祝福の感じはすごく嬉しい。「汝」に対して安心して眠りなさいという。それは嬉しいですね。

うさぎ●なんかララバイみたいですね。子守唄みたいな。

星一郎●この句は充実している感じがします。準備のカードもあるし。

祐子●ですよね。私もそう思います。

天気●準備から最後まで。

祐子●そういうカードがでています。

うさぎ●なんだろうな、俳句を鑑賞するときにいろいろな鑑賞のやり方があるのだけれども、タロットに頼る、頼ると言うと少し違うけれど、タロットで出たカードを読み取ってみて、一瞬自分を無にしてみる。そうすると思わぬ読みにたどり着くねっていうのもやり方の一つとして面白いかも。

祐子●私もそこがちょっと面白いかなと思っていて。俳句を読んで自分が感じたこととは全然違うカードが出ちゃうことがよくあるんです。でも占いって自分がほしい答えを求めてしまうと占いをする意味があまりない。出たカードはなるべくそのまま読むことがいいというのが私の占いに対する考え方です。タロットカードの意味は象徴なのでいろいろな解釈ができるし、解釈の幅は広いのだけど、ハッピーなカードはハッピーに読むし、厳しいカードは厳しく読む。そうしないとあまり当たらない気がします。まぁ、俳句を占って当たるってどういうこと? というのはありますが……。

天気●無理に引き寄せたりはしないってことですね。

祐子●そうじゃないと占う意味がないなって、私はそう考えています。

天気●僕がひとつ思ったのはね、言葉はまだ鳴ってなくて、器、器というか楽器みたいな感じに存在していて、カードを並べることによって、そこから初めて音が出て鳴り響くみたいなね。読者の中でね。とくに俳句なんかそうだと思うのだけど、文字が書かれていて意味はわかる、だけど言葉はまだ鳴っていないということがある。でも、鳴り尽くしている句っていうのは言い過ぎていると言われたりすることがあるじゃないですか。

祐子●鳴り尽くしているというのはどういうことですか?

天気●そこでもう言い尽くされている。

祐子●多くの人に鑑賞し尽くされているということですか?

うさぎ●その俳句自体が自己完結している。

天気●そう、書き尽くされているというかね。

祐子●説明が多い句ということですか?

天気●説明というか明瞭。

うさぎ●余韻、というか余白がないということかな。

天気●句会などで、ここまで俳句で言ってしまうことが良いかどうかという意見がでることがあって、鳴り尽くしている句はあまり良い句とはされないことが多いのだけど、分かりやすい句でもまだもっと鳴りそうな句というのがあって、そういう句は人に印象を残しますよね。

祐子●なるほど。

天気●いや、わかんないですけど。ふふふふふ。

祐子●ふふふふ。

天気●例えば虚子の分かりやすい句にしても全部すごく明瞭で十人いれば十人に同じことが伝わるけれど、まだ鳴り切っていないというようなことがあるのかな、とか。どうなんですかね。

祐子●こういうことやるのは今回が初めてなので。

天気●はじめてなの? え、どういうこと、どういうこと。でも俳句は占っているんでしょ?

祐子●俳句は占っていましたけれど、今まではひっそりと自分一人で占っていました。

天気●あー、セッションが初めて。

祐子●はい。

天気●そう、でもそれはいいかも。聞き手がいるっていうのが。

祐子●ずっと一人で占っていたんですけど、セッションでやってみたいなって思い始めて。それで、今回お願いしました。

天気●それ、意味があるかも。

祐子●え?! 意味がありますか?

天気●だって、一人の読みよりも聞いている人、タロットの岸田さんの説明を聞いている人があるというのはすごく意味があると思う。

祐子●よかった。

天気●ここに集まった三人もみんな違うことを思うだろうし。

うさぎ●うん。

祐子●やっぱり、いろいろな方に来ていただいて良かった。なんとなく二人っきりでやるより他に人がいてくれた方がいいかなとは思っていたんですけど。

天気●それはいいと思う。作者と岸田さんだけだと作者はどうしても自解になるから言いにくいところあるしね。でもこの句は引用元を言いたくなるようなところがあるから、言っちゃうけどね。

祐子●解説?

天気●解説というか、ここはこういう風に仕掛けたんですよって。この句は仕掛けの多い句だからね。

祐子●「ねむれ巴里」のところですよね。

天気●「ねむれ巴里」から作り始めて、「ねむれ」で切りたかった。そうするならどうしたらいいかってなって、上にも文字をつけて、巴里ではないものを探したら巴芹ぐらいしかなかった。それで巴芹となった。

祐子●あ、だとしたら、カードに照らし合わせると二枚目の大アルカナと三枚目の小アルカナの間が「切れ」だということになりませんか。ちょっと無理矢理かな。

天気●おー。

うさぎ●へー。

星一郎●確かに。

祐子●一枚目と二枚目は「1」と「2」で続きの番号できているし、そもそもこの二枚は大アルカナなので、小アルカナとは分類が違うし。大アルカナと小アルカナの間に切れが入っているのかも。大アルカナの方は小アルカナより大きな時間軸なのかもしれない。

天気●大アルカナの二枚を一組で考えるというのは面白いかもね。この句は意味的には「汝よねむれ」で切れて「巴芹に」と続くわけだけど、作り方の仕掛けとしては『ねむれ巴里』があるから「ねむれ巴芹に」までが一つというね。「水のゆきわたる」は後で意味が通じるように付けたぐらいのあれだからね。そういう意味でも外観上の切れと作る時の手順の切れが違うという句だよね。

祐子●今回、初めて俳句の「切れ」をタロットカードが示すのを見ました。

一同●あははははははは

祐子●天気さんの話を聞きながらカードを見ていたら、カードでこんなふうに「切れ」が現れるのかって思いました。こういうことを見つけると占いって当たるなって思っちゃう。当たるっていうか、まぁ、妄想なんですけど。

うさぎ●なんか納得するというか、合点しちゃうというか?

祐子●はい。占いのこういうところが楽しいです。

うさぎ●これ、大アルカナの1と2で始まって、小アルカナではキングが出て、キングが「終わり」っていうのがちょっと面白いなと思って。

祐子●そうですね。大アルカナの方は「汝よねむれ」と言われている方の人生というか、長い時間というようなことを表している気がします。大アルカナは人の人生を表していると私は思っていて、小アルカナはもうすこし具体的なことというのかな、身近なところを細かく見てゆくというカードなので、そこにも「切れ」がある。

うさぎ●うんうん。

祐子●「水がゆきわたる」というのは具体的な感じがします。「汝よねむれ」も具体的なことだとは思いますがイメージ的なところもあるので、「水がゆきわたる」は具体的なことを示す小アルカナっぽさがあるなと思いました。ちょっと無理矢理な解釈かなぁ。

天気●まぁ、「汝よねむれ」はムードだものね。

祐子●ムードがありますよね。あと、一晩だけではなくて、そこから繋がってゆく時間、来年も再来年も十年後もずっとという長い時間を感じました。「汝よ」と言われている人の人生はこれから始まるんだよというのが二枚の大アルカナで示されているのかなって。えへへ。

うさぎ●なるほど、面白いね。

祐子●もちろん、この解釈が正解ですというようなことでは全然ないです。

星一郎●なんか、新しい読み方みたいな感じですね。

祐子●ね。「ね」って言っちゃった。


さて、次は、細村星一郎さんの句です。「放蕩」10句から、次の句です

放蕩のわたしに水の汽車が来る  細村星一郎

出たカードは、次の3枚。

1枚目「ワンドの2」・2枚目「カップのペイジ」・3枚目「ソードのナイト」


うさぎ●あら、みんなかっこいい猫たち!

天気●小アルカナだけが出たということ?

祐子●はい。今回は全部小アルカナです。

うさぎ●ローマ数字じゃなくてアラビア数字のカードもあるんだね。

祐子●えっと、二枚目と三枚目のカードは小アルカナの中でもコートカードとか人物カードと呼ばれていて、ペイジは小姓のことです。ペイジの他はナイト、クイーン、キング。小アルカナは1から10までの番号のカードと四種類のコートカードからできています。ワンドの管轄は情熱とか勢いとか。カップは気持ち、情緒、感情。ソードは知性や決断です。今回、私が最初に思ったのは、水という文字がある俳句にカップのカードが出てきたってところですね。

一同●ほーーー。

祐子●カップは水を表しますし、カップのペイジに描かれている絵を詳しくみると、背景に海もあります。まずそこがこの俳句にある「水」とリンクしているなって思いました。あと、ワンドの2ですがこのカードはちょっと立ち止まる感じがあるんですよね。かなりざっくり言ってしまうと、タロットカードの数字は奇数が動く、偶数は止まるとして考えることが多いです。ナイトは騎士で、肉体的に一番充実している時期の男性が描かれているカードなので壮年期の人、活動的というイメージです。カードを見て「放蕩のわたしに」というところに少し立ち止まった印象があるように感じました。ワンドの2はちょっと迷っているというカードなので、「放蕩しているわたし」は小さな迷いを持っている人なのかなと思いました。

うさぎ●ほーー。

祐子●水は占いでは気持ちや情緒を表します。ペイジは少年でまだ成熟していない。だから気持ちのコントロールが危ういとかそんな感じがあるんじゃないかなって。私がそう思ったってだけですけど。言い換えれば、無垢とか純粋な人とも言えるので、出てきたカードから考えると「放蕩のわたし」は若い人なのかなって思います。作中主体が誰なのかはわかりませんが、作者を知っていることもあって若い人なのかなって。でも、それを抜きにしてもわりと若い人なんじゃないかな。十代か二十代の前半くらいまでの感じ。「水の汽車」というのがどういう汽車なのかがよくわからないのだけど……。

天気●ちょっといいね、「水の汽車」って。いいよね。

祐子●カードから考えると、気持ちや感情のイメージとしての汽車なのかなっていう気がします。水の上を走ってくる汽車とかいうのではなくて。

天気●機関車って水を積んでいるからね。

祐子●えっ、そうなんですか。

うさぎ●機関車って石炭を燃やすのではないの?

天気●石炭を燃やした熱で水を沸騰させて、水蒸気の力で走る。水のタンクを積んでる。「水の汽車」という言葉には、機能的なこととイメージ的なことの両方があるね。

祐子●ソードは考えとか知性を管轄するので、考えながら放蕩しているという感じもあります。

うさぎ●この句自体が知的な作りっていうのがあると思うので、そうなるとソードはこの句自体を表しているのかなって。ちょっと思ったり。

天気●あとちょっと嫌味っぽくなっちゃうけど、「放蕩」っていう言葉は放蕩をしたことがない人が使いたがる気がするよね。

星一郎●へへへへへ。

うさぎ●あははは。なるほど。

天気●本当に放蕩をした人がつくる句ではないようなね。

うさぎ●「放蕩」というと「とうじん」っていうかね。

祐子●「とうじん」って?

うさぎ●放蕩の蕩に尽すで「蕩尽」。使い尽すとか溢れるとか、そこも水っぽいイメージがあるのかなあ。

祐子●出てきたカードは少し矛盾があって。ワンドの2は立ち止まるとか一旦考えるという意味なのだけど、ソードのナイトは動いているカードなのですよね。

うさぎ●矛盾を孕んでいるんだ。

祐子●矛盾というか、反対の要素のカードが出ています。うーん、例えば気持ちは止まっているのだけれど体は動いているとか読めばいいのかな?

天気●ワンドの2のカードで「放蕩のわたし」が立ち止まっているとするなら、対応していますよ。

うさぎ●「汽車が来る」のだもの。

祐子●あーーーーっ、汽車!!! かっ!!

天気●うん。「汽車が来る」ってね。

星一郎●この句の後半は動きがある。

天気●この句は「来る」がいいよね。「行く」じゃなくてね。

祐子●あと、汽車って、まぁゆっくり走る場合もあるかもしれませんが、基本的にはスピードがあるものなのでそこにもナイトの感じがあります。

天気●あのね、馬上と汽車は視線の高さがと同じなの。

祐子●ええっ!

天気●昔はある程度身分のが上の人だけが体験できた視線の高さを一般大衆が経験できる、汽車にはそういう意味があるんだよね。馬にのってその視点から景色を見ることができる人っていうのは、位が上の人じゃないですか。一般大衆ではないよね。汽車っていうのは大衆が上流階級の視点を体験できるという捉え方。そういう捉え方をしたら面白いよね。

うさぎ●ほーーーーう。

祐子●だから馬に乗っているんだ!

星一郎●馬も象徴的な感じですね。

天気●馬と汽車はすごく対応する。

祐子●やっぱりこのソードのナイトは汽車を表してるのかもしれないですね。

天気●視線の高さという意味で汽車と馬はイコール。

祐子●汽車にそんな意味があるなんて全然知らなかった。

天気●そこは僕の解釈ではなくて、むかし記号論とかの本で読んだ。発明や新しい事物というものはいろいろなものを大衆化するじゃないですか、塔や気球は神の視座の大衆化だし。

うさぎ●「水の汽車」というのはソードのナイトに対応しているのね。

天気●すごく合ってる。

祐子●ばっちり出ましたね。なんか嬉しい。

うさぎ●「放蕩」というのも情熱がないとできないしね。

天気●あはははは。逆のような気もするな。放蕩息子に情熱があるとは思えない。
裏腹もあるかもしれないけどね。

祐子●ワンドは冒険でもいいかなと思います。ワンドって、わりと能動的なんですよね。

天気●「ワンド」ってどういう意味なの?

祐子●棒。

天気●棒? あっ、杖か。

うさぎ●魔術師の杖というか?

天気●魔術師とは限らないんじゃないの。

祐子●うん、魔術師は関係ないです。

うさぎ●あ、そっか。魔術師はさっきの句に出てきたんでしたっけね。

祐子●星占いでワンドに対応しているのは火のエレメンツです。火の管轄は情熱とか冒険とか、あと戦いとか。なんていうのかな、ガツガツしてる感じです。

うさぎ●ガツガツしている、まさしく放蕩。

祐子●放蕩ってガツガツしているのかなぁ。

うさぎ●ガツガツだよー。

天気●放蕩のイメージがすごくまちまちだ。人によって全然違う。

うさぎ●放蕩、放蕩、放蕩息子。

天気●放蕩って女性に使う?

うさぎ●放蕩娘とは言わないね。

祐子●そういえば言わないですね。

天気●放蕩は女性性と結びつかないね。

祐子●放蕩ってもともとはどんな意味ですか?

天気●放蕩息子を一番わかりやすく言えば、親のお金を遊びで使い果たしちゃう。

うさぎ●身上潰しちゃうとかね。

祐子●そっかー、でも情熱がこの句にどう繋がるのかがよくわからないなぁ。

星一郎●真ん中のカードのカップのペイジにある「精神的な幼さ」っていうのは「放蕩」に少し関係ありませんか。そして情熱にも関係していて、どっちにもかかっている。

天気●あと、カップのペイジは「わたし」という一人称にもかかってくるよね。自意識っていうかね。だからすごく対応している。

祐子●ペイジには幼いというイメージの他にフレッシュとか無垢、純粋というようなイメージもあります。

天気●そういうイメージに「わたし」という一人称が結びつくよね。

祐子●ぴったりですね。

天気●あとは「放蕩」と「棒」か。

星一郎●なんか、おもしろいですね。

天気●うーーーん。でも、放蕩と棒ってイメージ的に結びつかないわけじゃないよ。

祐子●結びつきますか?

天気●うん、僕は結びつく。ところで、「棒」ってなんなんだろうね。

祐子●棒は、真っ直ぐで投げればぴゅーっと行くというイメージがあるので「勢い」とか「パッション」と解釈しています。

天気●このカードの人は何のために棒を持っているの?

祐子●何のために棒をもっているか。うーーーん、それは考えたことがなかった。

天気●なぜ持っているかは関係なくてただ棒のカードということなんだ。

祐子●そう思ってました。小アルカナは棒とカップとペンタクルとソードという四つのものからできているっていう以外に考えたことなかった。

天気●棒はなんのエレメンツなんだっけ?

祐子●棒は火のエレメンツです。

天気●あ、なるほどねー。

祐子●世界はこの四つのエレメンツからできているってことになっています。

天気●じゃあ、「放蕩」「蕩尽」に結びつくじゃないですか。「蕩尽」の一つの方法って火にくべるんですよ。

祐子●え? なになになに?

天気●「ポトラッチ」ってありますよね。

うさぎ●あっ。

祐子●ポトラッチってなに?

うさぎ●贈り物し合うことよ。二つの部族がお互いに競い合って贈り物をし合うの。

天気●贈り物もあるんだけど、火に放り込んじゃうんですよ。どちらがより大切なものを火に放り込めるかで勝負が決まるの。

祐子●自分の一番大切なものを燃やせることが強いっていうことですか? それが放蕩?

天気●それが蕩尽。マルセル・モースの贈与論とかの世界ですね。

祐子●へーっ。

天気●だから、気持ち悪いくらいに関連付けはできた。

うさぎ●ふふふ、天気さんもタロットにはまるかも。

天気●ふふふ、はまらないけど。タロットで俳句を占う時は知識のジャンルが違う人に来てもらうのがいいかも。僕は社会科学系、うさぎさんは外国語系。

うさぎ●外国語に詳しくないよぉ。

天気●ああ、すっきりした。放蕩と火はリンクしている。

うさぎ●そして、火と水っていうのがまた対照的よね。

天気●そうだよね。「水の汽車」が来るってね。

祐子●あと、ペンタクルが出ていないというのがひとつの鍵かなって気がします。この句って実のあることが何もない感じなんですよ。ちょっと言い方がよくないですが。

星一郎●いや、わかりますよ。イメージの世界というか。

祐子●「物が出来上がりました」とかそういうことがなにもなくて。ペンタクルは現実的成果のカードなので、出なかったということがこの句にあってる気がします。

うさぎ●ちゃんと反映されてるね。

祐子●あ、あの、成果がないというのは悪い意味で使ったわけではなくて、イメージっていうのもネガティブな意味ではないです。

星一郎●あ、はいはい。実態としては詠んでいないという。

祐子●えっと、俳句をどういう風に作っているかということではなくて。汽車は来るけどその後どうなるのかは何も言われていないっていうか。「来た汽車は西国分寺まで行きます」みたいなことが何もわからないという意味で、この句の中には現実的な成果といえるようなものがないなって。だけど、気持ちや知性、情熱みたいなものはギュッって詰まっていて、そこが面白いです。ペンタクルは出てこないんだねぇって。

天気●余談の冗談だけど、消しに来たんじゃないの。水で。

星一郎●火を?

うさぎ●そんな感じもちょっとあるよね。水の汽車が来るってね。

天気●タロットと俳句がクロスしている。

祐子●三枚目のカードから見ていくと汽車は右側からやって来る感じがありますね。

うさぎ●そうね。絵柄的にも左側に向かって進んでいる感じがあるね。

星一郎●馬が左側を向いてますもんね。

うさぎ●他のカードの人もみんな左側を向いているよ。

天気●カードの並びや絵柄の右左は偶然だけど偶然を楽しむ遊びなんだよね。解釈もね。

祐子●そうです、そうです。偶然を楽しみます。

うさぎ●おもしろいね。

祐子●あと、タロット占いはカードの持つ意味も大切ですけど、どんなものが描かれているのか絵をよく見るということも大切と言われています。どっちを向いているのかとか、背景に何があるのかとか。

天気●カードの色が赤と青。火と水だよね。

祐子●わ、わ、わ、ほんとだ。ワンドの2が赤い服でカップのペイジは青い服。「気持ち」という点では、私はこの句に暗さや不安はほとんど感じないのだけど、句全体としては少しざわざわした印象を持ったんです。暗さや不安が控えめなのはペイジの背景にいるイルカが可愛いからかなって思ったりして。でも、海は波が立っていてそこには少しざわざわの感じがあるし、ナイトの背景の雲が紫色なのもちょっとざわざわした感じがする気がします。

うさぎ●これはなに? ワンドの2の床にある染みみたいなもの。

祐子●えー、なんだろ? 影?

うさぎ●水の染みみたいにも見えるね。

天気●それ、おもしろいね。思わせぶりなこといっぱいでてくるね。

星一郎●赤と青を混ぜたら紫。

うさぎ●そうだーーーー。

星一郎●絵具だったらそうなりますよね。

祐子●紫って水の色っぽい感じがしますね。あ、汽車と黒い馬も。

うさぎ●そうだよね。

祐子●汽車は黒い気がしますね。電車ではなくて汽車ってところが。

うさぎ●汽車っぽい。黒い、黒い。

祐子●やっぱり占いって当たるね。

一同●あははははは。

天気●解釈とかもセッションでするのがいいみたいだね。

うさぎ●ね、みんなで考えて。

祐子●ねー、おもしろい。ありがとうございます。

星一郎●いや、なんかおもしろかったです。あと、占いっていうか、別に狙ったわけじゃないんですけど、なんか今日占った句は形が似ていますね。

天気●水が多かったね。

星一郎●「に水の」が二句に共通。

うさぎ●ほんとうだ!

天気●「眠れ」と「放蕩の」というのは観念の捉え方ってところが似ているし。

祐子●どっちの句もふわってしてますよね。



〔後記:西原天気〕

俳句には偶然の要素が少なくない。語を選び、並べているうち、思いもよらなかったかたちになることもあって、自分の操作の外側から何かが訪れて、一句をもたらした格好です。

偶然は、〈読み〉にもあっていいのではないか、と、うすうす思っています。読解というとおおかたがコントロールされた状態にも見えますが、思わぬ方向から〈読み筋〉が到来することもあるのではないか。

今回、3枚のタロットカードが、私たちの〈読み〉とは別の場所から、新たな〈読み筋〉をもたらしてくれたのかどうか。判断は読者諸氏に委ねますが、参加者の一人として、《タロット占い×俳句》のセッションをじゅうぶんに愉しみました。




2024-02-04

小笠原鳥類 イベント「今、日本語の詩を書くこと」記録

イベント「今、日本語の詩を書くこと」記録

小笠原鳥類


佐藤文香詩集『渡す手』/句集『こゑは消えるのに』、佐峰存詩集『雲の名前』刊行記念イベント「今、日本語の詩を書くこと」(2024年2月3日土曜日、西荻窪・今野書店)、佐藤文香・佐峰存・岡本啓のトークをZoomで聞いて、思ったことを書きます。私が間違っているところがないと、いいと思います。変なところがあったら急いでメモをしていた私が悪いです。3人は他のこともたくさん話していたので、大事なことが欠落しているのかもしれません。


アメリカにいた時期がある人たちである、という話から。他のところにいたから、日本語の詩について、わかること。
佐峰「作品と作者は切り離したい。だが作品だけではわからないことが、作者と会うとわかる」
佐藤「作品と作者を切り離さず、自分のことを書く、という流れがある。リーディングの声で、内容より、わかること」
作品と作者を切り離すような文学理論を書く人と会うと、細かい理論を組み立てる仕事の人のおもしろさがあったりします。人間ではないものの背後に、それをしっかり作っている人間がいる。

アメリカには虫の声が少ない、という話。
岡本「アメリカには、見たままを提出する詩がない。物語の意味、主張がある。日本の俳句は、そのままでいいんだ、という提出(という主張)。もっと長い日本の詩も、いろいろなものを並べて書いていて、アメリカの人から〈長い長い俳句じゃないか〉と言われる。日本の詩は俳句に支えられている。論理的な意味づけをしなくても成立する」
西脇順三郎や吉岡実も、書いたものは、すべて俳句だと思います。ジャンルをムリに分けなくていいです。でも私は575では書かない。音の数を数えるのが面倒。

アメリカで書かれている〈俳文〉の人気の話。
佐藤「アメリカでは芭蕉、蕪村、一茶が(禅とともに)読まれて、そのあとの近現代俳句は…」

佐藤「ケルアックが俳句らしい俳句を書いている。短くて、日本語の俳句と同じくらいの情報量」

佐藤「佐峰詩集の題名『雲の名前』。雲は、どこからどこまでが雲か、わかりにくいもの。この詩集も、そうである。どう名付けるか」
賢治の詩で、ひらがなで〈くも〉と書かれていて、雲でも蜘蛛でも意味が通るところがあったと思います。朗読批判で〈同じ音の単語が多いから、そこの意味がわからない〉がありえますが、そこに可能性がある。
佐藤「佐峰詩集は天国っぽい。この地平にはない。でも、見えているものは地球のもの」
最近、キジが予想していなかったスピードで飛んでいるのを近所で見て、ここはどこなのだと思いました。
佐藤「詩を読んでいて、そこに季節があると、とっかかりになる。季節がわからないと…」
岡本「現代詩と俳句の分かれ道?」
ムリに分かれなくていいです。私は俳句歳時記を少し集めているので、季節、いいなあ、と思います。でも、なぜだろう。鳥の図鑑も集めていて、鳥が季節とともにあるから?
佐峰「〈私〉の捉え方。人種や生まれた所や文化などの属性によって見られる〈可分な私〉と、1人1人が別で平等な〈不可分な私〉が、とっくみあっている」
私は自分が(現代)詩人であると言うのが、つらい時があって、他の人とは全然違う、小笠原鳥類というものでありたい。どうすれば別のものになれるか、そこで自分が書いたものを誰が読むのか。別のものになりすぎることの恐怖(の、おもしろさ)。
佐藤「佐峰詩集の〈よく燃えるよ〉の〈よ〉のような終助詞が、ほっとする。具体的で、とっかかりになった」
松山の白塩 言語神変だよ(閑吟集は現代詩集?)
佐峰「実感を伴ったものを書く。体の中で感じ取ったものを書いたら、通常の日本語とは違った感覚に」
今の学校や辞典や新聞のような〈正しい〉日本語は、これでいいのだろうか。生きることから離れてしまった、〈通常の〉言葉? 詩が新しい、生きる言葉を作る?
佐峰「意図ではなく、結果、出てくるもの」
こういうものを書くのだと最初から決めず、書いたものが、予想を超えて、大事なものになってきた。
佐峰「詩の題名の〈頬の季節〉は、4つの季節のどれか、と区分されるのではなくて、自分の中で、ほっぺたで感じる季節」
角川文庫の分冊の歳時記に新しい1冊(そして、何冊も何冊も)? 新しい季節、おもしろいです。
佐藤「自分は読書家ではなくて、勉強したというより、野原で定型詩に触れてきた」
野原、と聞こえたのですが、違っていたら、すみません。
岡本「英語からの影響。アメリカだけ読んでいていいのか。いろんな国のものが同時代的に日本に届いていない。現代詩手帖でもっと特集を」
俳句雑誌や短歌雑誌で詩の特集があったら、おもしろいだろうなあ。しっかり書きますよ。
佐峰「英語と日本語の感触の違い。英語は小石を並べて、日本語は粘土」
中間にフランス語があるのかなあと思っていました。英語よりも平坦な発音で、1つ1つの音を粘土のように繫げていくようで、でもアルファベットの乾いた形でもある。
佐藤「ファーマーズマーケットは音が10個で俳句で使いづらいので、アルファベットでFarmer’s Marketと俳句で書いて5個くらいで発音できるようにした」
音の数を数えるのが私は苦手で、俳句のおもしろさは別のところにあると思ってしまっています。音の数とは別の、言葉の出現のおもしろさ。

2023-02-11

「ことりと楓と俳句」イベントレポート 友定洸太

「ことりと楓と俳句」イベントレポート

友定洸太


水位が上がってくるのを待つ

2022年11月19日、小川楓子さんの句集『ことり』出版を記念するトークイベントが 鎌倉のカフェバー Platero  にて開かれた。レトロな洋間でコーヒーやワインを飲みながら、作家の肉声を聞くことができる貴重な機会だ。小川さんが自身の俳句の作り方について、『ことり』の収録句を引きつつ振り返っていくところから第1部が始まった。
小川 私はほぼ100%吟行で作っています。私の場合、俳句を作る回数が少なく、うっかりすると2か月半くらい作っていなくて、「俳句の作り方を忘れちゃったな」ということがよくあり、まわりの人に驚かれます。自分のなかの水位みたいなものが満ちてこないと俳句を作る気持ちにならないので、絵を見に行ったりとか、俳句以外のことをして、「今いいぞ」ってときに俳句が向こうからやってくるのを待つみたいな感じで作っています。

わたくしもこころのやうで柿の照る〉も吟行の句です。神奈川県の西のほうにある(足柄上郡大井町)篠窪という窪地に行ったとき、そのお椀状になっているところのへりに立ってすーっと下を見たら、家が3軒くらいあってそこに吊るし柿があったんですね。遠くに小さくぽつぽつぽつと吊るされているのがすごく鮮やかに見えて、「ああそうか、あれは、こころだな」と。何の根拠もないんですけど、あんな遠くに「こころ」があるな、と。

すごく気持ちのいい日で、風が窪地を回るように吹いていたので、窪地自体も陽に浸かった「こころ」みたいな気がして、へりに立っている私ももしかしたら「こころ」かもしれないと思いました。

20代の頃で空虚な気持ちがあったんですね。私とは何かというのがうまくつかめない時期だったので、景色に受け入れられるみたいな感じでこの句は作っています。

素足ですし羊歯類の王ですわたし〉は吟行の最中、土を感じながら歩いていて、足が地に触れている感じが勇気づけられるものだなと思って作りました。「私は今この時点であれば羊歯類の王になれるかもしれない」と。ふだんから「日常のなかの非日常」で俳句を作りたいと思っていて、この句も非日常がすーっと差し込まれたときに作る感じでした。
どちらの句も「私」の心や身体が一人の人間の範囲を超えて外の世界と連関したように思われた感覚を捉えている。小川さんはその感覚を東京芸術大学名誉教授だった野口三千三が考案した「野口体操」の考え方にヒントを求めながら掘り下げていく。
小川 野口体操は、身体の力を抜いてリラックスした状態が最もよい状態という考えのもとで実践する体操なのですが、「人間の身体は液体に満ちた袋のようなもので、内臓や骨格はそのなかに浮いている」という発想があるんですね。それは俳句にも通ずると思っています。

俳句って、手のひらに乗るくらいの透明でちょっと光る袋のようなものに思うんです。液体がたぷたぷしていて、中が静かに循環しているのがいちばんいい状態というような。特殊な感覚だと思うんですけど。

吟行で使う私の身体と俳句がさざなみのように呼応していくというイメージがあります。
吟行を通じて外の世界と身体が呼応し、そして身体と俳句が呼応する。そういうイメージを持つと、俳句を作ることは作者の頭や手だけによるものではなくもっと大きな流れのなかに行われているものだと捉え直すことができ、心が軽くなるような気がする。

ぽよんとしている俳句

黒岩徳将さんとの対話形式による第2部でも引き続き吟行や句作をめぐる感覚が話題にあがった。
黒岩 さきほどのお話しの「水位」っていうのは、自分の気分とか俳句受信機がいい状態だってことじゃないですか。どうやったらなれるんですか?

小川 栄養みたいなものが溜まっていかないと枯れちゃう気がするんですよね。俳句をいっぱい作るとどんどん自分を削っていくような感じがして。黒岩くんの場合はすごくたくさん作るじゃないですか。枯渇していく感じはないんですか?

黒岩 僕も目の前にあるものでとか、自分のなかにあるものばっかり出すと、俳句を作るときすごくしんどくなる。音とかリズムが好きだから、定型のリズムに言葉をガチャってはめて「できた!」みたいな、そういうことでたくさん作ります。
黒岩さんは小川さんと一緒に吟行句会をすることがよくあるそうだ。
小川 歩いたりすることで身体が揺れるってことが大事かなと思うんですよね。自分の体液が揺れるじゃないですか。なにかが循環するときに振動って大事で。

黒岩 「液体がたぷたぷしていて、循環しているのがいい状態」というお話しもありましたが、俳句にも揺れる感じってあるんですか?

小川 俳句は、たっぷりしていて、ちょっと「ぽい」って突っつくと「ぽよん」ってなる感じです。

黒岩 いろんな俳句に感じますか?

小川 私が友達のように思っている俳句はそんな感じです。

黒岩 「ぽよん」が面白いですね。〈眠たげなこゑに生まれて鱈スープ〉は「ぽよん」って感じがします。
「ぽよん」という表現が、すとんと腑に落ちた。俳句は非常に短い詩型だけれど、読んだ瞬間に一気に人の暮らしが見えたり、景色が広がったりする。俳句という短い表現から読み手が多くのものを展開させたとき、読み手の心も俳句自身も小さく弾んでいるといえるのではないか。俳句と読者が出会う瞬間を「ぽよん」という言葉は捉えていると感じた。

俳句、すごいな
黒岩 『ことり』という句集の何がすごいか。いつ誰がどこでなにをしたのかをわかりやすく書かないこと、全てを言わないで余白を持たせること。〈内気ですきちきちは鋭角にとぶ〉もそうですね。この「きちきち」はちょっとかわいいなということだけはわかる感じです。

五七五ではない俳句がたくさんあることも魅力のひとつだと思っています。〈ひとりとてもたのしさう臘梅ことり〉の口に出したい感じ。黄色い臘梅がぷわっと咲く感じ。それだけで俳句って楽しいじゃん、という感じがこういう句にはすると思います。

毛糸編むアラスカつてくらい素敵な〉の「つてくらい」とか、〈夜空吸ひこみ嵩張るんよ白菜〉の「るんよ」とか、言葉のドライブする感じはどうやってされているんですか?

小川 私の先輩がこういう感じで作っていたんですよね。

2015年9月の吟行句会の句なんですけど、谷佳紀さんが出されていたのが〈夫婦は突如大声残暑は早足で〉〈金木犀そろそろ終り建替中〉。成田輝子(島田輝子)さんは〈ももハム二枚朝刊も来て敬老わたくし〉〈誰の噂してるの? 昼の虫しししし〉。すごいエネルギーと頭の回転の速さがあって。特殊な系統を引き継いだんですね。

谷さんが亡くなって、成田さんが亡くなって、「ここは一回締めるところだろう」というのが句集をつくるきっかけのひとつでした。港の人から出版したかったのは光森裕樹さんの歌集『鈴を産むひばり』(2010年)の装幀がすごく素敵だったからで、地元の出版社で出したいという思いもありました。
小川さんは20代なかばの頃、心身ひどく衰弱してしまった時期があったそうで、そこから回復するときに俳句に出会ったという。2008年から現在に至る作句期間の半分程度は回復の過程だったそうだ。
小川 私は私自身の回復のために俳句を作っていたのに、『ことり』を読んだ方からは「仕事に疲れて気持ちがささくれ立っているときに読むと心が落ち着く」「介護で疲れ切っているときに読むと気持ちが軽くなる」という感想をいただきました。

俳句は短いし、意味を伝えるものでもないのに、誰かの回復のための力になるんだということが嬉しくて。俳句、すごいなと。出版して正解だったとつくづく思います。
言葉の気配

今回のトークイベントがカフェバー Plateroさんの読書会企画の一環として行われたということもあり、普段から俳句に触れている方だけではなく、初めて読んだ句集が『ことり』という方も会場にいらっしゃった。そういった空間で俳句が人に届いていく様子を間近で見ることができ、とても嬉しかった。

ここでは紹介しきれなかったが、日ごろ関心を寄せている環境問題の話や愛読している永瀬清子の詩の話など、小川さんのバックボーンが窺い知れるお話しがたくさんあった。黒岩さん企画の俳句穴埋めクイズで会場も一体となり、充実の2時間だった。

最後にもう少し、小川さんが第1部で語られていたことを紹介する。
小川 〈胸のなかより雉を灯して来りけり〉。雉の鮮やかな色彩が胸の前のあたりにふわーっと出てくるような、そんな感じの人が来たらいいなと待っている気持ちがこの句には出ていると思います。

水澄むや一駅を過ぎたあなたは〉は、もう会うことはないだろうという人を思って作った句です。会うことはなくても、あなたの点とわたしの点はいくらかは繋がっていて、その繋がりは意外と消えないものだなと感じて作りました。

つぐみ来るから燃えるつてしぐさして〉。私の句って「どういう意味だよ」って言われることが多くて、でも意味はどう読んでもらってもいいなあというか、言葉の手触りや気配で読んでいただけたらなと思っています。俳句だけでなく、ほとんどのことに正解はないんじゃないかなと思います。
イベントのあとで『ことり』を読み返すと、改めて新鮮な印象を受ける。一句一句の言葉の気配がよりいきいきと立ち上がってくるのだ。それはお話しを通して、どんなことを考えながら俳句を作ってきたか、その一端を知ることができたからだと思う。もちろん背景を知らずにひとりで読むのも楽しいし、今回のような機会があるのも楽しい。

(了)

2020-12-20

ブラジル移民佐藤念腹読書会レポート 〔2〕外山一機によるイントロ

ブラジル移民佐藤念腹読書会レポート


〔2〕外山一機によるイントロ

中矢温◆では外山さんよろしくお願いいたします。

外山一機◆はい、よろしくお願いします。20分くらいお話します。中矢さんの方から先ほど念腹についてやその周辺について、いろいろ説明があったかと思います。私がそこらへんを補強するような感じでもう少し話そうかなと思います。先ほど増田恒河の動画が出てくるとは思わなくてびっくりしました。 haicaisitaたちが句会をしている様子は初めて動画で見ました。それでなんというか、対抗するではないんですが、自己紹介がてら私が普段どういうものをネットで見てるかっていうのを紹介しようと思います。


私がコロナのステイホーム中に何をしていたかというと、アラン・ナカガワという人の作品をずっと聞いていたんですね。この人はアメリカのLAの人で、俳句をやっている人ではまったくないんですが、haikuを地域の人に募集してサウンドコラージュを作ったという人です。すべて歌詞が出ているのでよかったら聞いてみてください。先ほど紹介のあったように、haicaistaたちの俳句は独特じゃないですか。そういうところに興味があってですね。最近だとこういうニッチなのを集めています。

では本題にまいります。佐藤念腹以前にhaicaiの系譜があって、それが増田恒河のところで佐藤念腹の系譜と最終的に繋がっていくので、ブラジルでのhaicaiの発生から簡単に説明していきます。haicaiというのは先ほどもありましたけど1919年にペイショットという人の『Trovas Populares Brasileiras』(ブラジルの民謡)という本がありまして、その中でhaicai(haikai)を紹介してるんですね。そこで、haicaiはいわゆる抒情諷詠詩で、三行詩で、515の17のシラブルだと言ってるんですよ。ペイショットがブラジルに俳句を紹介した、といわれることがあるのはこういうことをふまえているんですね。ただ、ペイショットは日本語から直に俳句をポルトガル語に訳したわけではなくて、クーシューによるフランス語の訳をはさんでいる。要は、「ジャポニスム」といわれたヨーロッパでの日本への関心の高まりを受け、一旦ヨーロッパを経由してブラジルに入ってきたわけです。ただし、ペイショットより少し前の19世紀末に、アルメイダが日本を紹介する中ですでに俳句・俳諧を紹介してるんだと指摘する人もいます。あるいはモライスのように(これはブラジルではなくポルトガルの方で流通したんですが)一応日本語から直で訳している例もあるんです。このあたりがhaicaiの系譜の発生にあたるところです。

少し余談になりますが、ヨーロッパには、クーシューを経由して俳句を知るパターンとチェンバレンを経由して知るパターンというのがあります。ヨーロッパのhaicai、haikuを調べていると、チェンバレン、クーシューという名をよく目にするんですね。チェンバレンはかなり早い段階で日本の芭蕉を中心に紹介した人として知られています。一方クーシューはチェンバレンより後になります。具体的には、子規たちが「蕪村句集講義」を「ホトトギス」でやっていましたけれども、それが終わったちょうど20世紀頭ぐらいに、クーシューが日本に来ました。そのときに日本では蕪村の再評価の流れがあったわけです。それをクーシューはヨーロッパに持ち帰っていくわけです。そこからさきほどのペイショットにつながっていく。その流れを考えるとブラジルの俳諧は蕪村系といえば蕪村系なわけです。でも先ほどの増田恒河の動画でやたらと芭蕉の話が出ていたように、ブラジルで芭蕉が軽視されているかというとそんなこともなくて、そこらへんが少し複雑です。それについては後で話します。

haicaiの系譜についてもう少し話します。これは増田恒河さんが書いていたことですけども、まず禅と結びつけて理解しているということが大きい(仏頂和尚と芭蕉の関係、鈴木大拙の著作などを介した理解)。ここのところで芭蕉とのつながりも見えてくる。次に、短詩として理解しているということ。先ほどの動画で3行で俳句が書かれていましたけれども、それだけじゃなくて、例えばアルメイダは、韻をどこで踏むべきなのかというあたりもかなり厳密に考えていたということがあります。(※アルメイダは上五と下五の末尾で同じ韻を踏み、中七の第二音節と最後の音節は同じ韻を踏まなければならない、とした。)この他に、季語を重視する詩、という仕方で理解している場合もあります。季語を重視するかしないかという議論ついては、増田恒河さんの功績が少なからずあると思います。

haicaiの歴史的なことを言いますと、まず1920年代に、あまり知られてないですけどモデルニスモというモタニズム運動がブラジルでありました。外の色々なものをどんどん取り入れていこうという、アーティストたちの意欲が掻き立てられていくような運動があったんですね。大きく見ると、俳句もその流れの中で取り入れられていった。モデルニスモはあくまでアーティストの側の動きなんですけれど、これをより文芸に寄せて見ていくと、ペイショットなどをはじめとする俳句のブラジル化、haicaiを作っていこうじゃないかという動きが見えてくる。その後発表された33年のシケイラ・ジュニオルの「HAIKAIS」、これが1番早めのhaicaiの本だと思います。さらに40年には、フォンセッカ・ジュニオルが日本に来て虚子と会っています。季語重視の詩としてのhaicaiという考え方は、この虚子との対面を通じてフォンセッカの中で高まっていった。季語を重視するという理解の仕方は、例えばこういう流れの中にあるわけです。そして、第二次世界大戦中、日本語の使用制限や日伯で国交断絶などががあってもhaicaistaたちは細々と活動を続けていました。

ちなみに最近の作品としてはコンクリート・ポエトリーというものもあります。haicaiというものはアーティストたちにすごく吸収される。なんだか興味あるみたいです。ナニコレ?というものと俳句のつながりは意外とある。

では次に、「日系移民の俳句」という、ブラジルの俳句のもう一つの路線について話します。ブラジルにはhaicaiだけじゃなくって移民の俳句もあるわけですよね。もちろん佐藤念腹はこっちのケースに入るわけです。私なりの理解ですけども、日系移民の俳句については念腹に重きを置きすぎると見えなくなってしまうものがすごくたくさんあるという気がしています。私見ですが、ブラジル日系移民の俳句は、初期移民の俳句、木村圭石系、佐藤念腹系、その他の4つに大きく分類できるだろうと思っています。まずは初期移民の俳句です。念腹がブラジルに来るのは1927年ですが、ブラジル移民というのはその20年近くも前から始まっていたわけです。念腹が来るよりも前にすでに俳句はあったのに、今はそこのところがあまり顧みられていないというか、なんか軽視されちゃってる感じがします。例えばこういう句があります。1924年ですので、これは念腹の渡伯より前ですね。その年の日伯新聞の俳句欄に掲載されたトランスヴァル俳句會の作品です。トランスヴァル俳句會の句会はブラジルで行なわれた句会としてはかなり早いものになります。その中に「徒々に犬と戯る春の猫」なんてのがあります。正直言ってナニコレというような感じです。あまりレベル高くないんじゃないのという気がします。ほかには「東風吹くや日毎にぬるむ水の脚」というものがあったり、一応題詠にはなっているんですけど、その題に「日永」と「猫」が並んでいたり、彼らの季語の理解は大丈夫だろうかと見ていて不安になります。 

1910~30年代のブラジルの日本語新聞・雑誌の文芸欄に着いては半沢紀子さんがまとめ等れています(「戦前期ブラジル・サンパウロ州ノロエステ地方と日本語新聞 ―香山六郎と聖州新報―」)。ここで気になるのは、念腹が「聖州新報」の選者になっている1933年です。先ほど中矢さんがすごく重要だと仰っていた年ですが、私もすごく重要だと思ってます。なぜかと言うとこの1933年に選者になって、念腹はたった2年後に、クビか自らかはわかりませんが、とにかく選者を辞めちゃっているんですよね。一体何が起きてたのか。「聖州新報」は香山六郎さんが作った日本語新聞です。香山さんは初期移民かつ知識人で自由渡航者です。ある程度自分のお金もあるし(※中矢注:渡航費用の援助などが不要だった)、何よりインテリ層です。念腹はこの香山さんと対立してしまうんですね。なぜかいうと、初期移民は自分たちの好きなように俳句を作っていたんです。「ホトトギス」で提唱されているような俳句を守るとかではなくて、もうちょっと自由な形で作っていた。一方の念腹は虚子の考えに基づいて厳密に行こうとしますから、そこで対立します。こうして35年で念腹は降りて、俳句欄もなくなるんですが、さらに2年後の37年には俳句欄が復活しているんですね。ただし「三水会便り」というものを掲載する形になっている。「聖州新報」と「三水会」という俳句グループとの関わりが出てきていることがわかります。この三水会で香山さんは素骨という名で活動しています。三水会についてはあとで触れますが、知識人の集まりのようなところがあって、念腹は三水会に誘われたんですけれども断ったりもしてます。そのような対立の中に念腹はあった。念腹はブラジル俳壇のヒーローではなくて、初期移民のインテリ層から見れば「新参者の超できるやつ」だった。それが私のイメージです。

次に木村圭石系について説明します。まず圭石とは何者か。彼は「ホトトギス」で念腹と一緒に仲良くやっていて、念腹の結婚の媒酌人まで務めた人です。歳は念腹より約30歳上です。1927年に、圭石は念腹との関係やブラジルに移る前後の念腹の位置がすごくよくわかる文章を書いてます。学生時代から私の大好きな本である「虚子消息」に載っています。「虚子消息」とは「ホトトギス」の消息欄だけを集めた本です。虚子は圭石から手紙を受け取ったとき、ここに載せている。「…唯先生から素十氏に御話ありたる御言葉に励まされ、先輩念腹氏も続て来航せられ、所謂俳句の国を彼地に建設すべき希望にのみ生きて、余生を送り度思ふのみです。…」とある。面白い点は二つあります。まず「畑打つて俳諧国を拓くべし」(虚子)に象徴されるような「俳句の国を彼地に建設すべき」という考えが、念腹と虚子の間だけではなく、圭石も含めたもう少し広いコミュニティにおいて共有されていたということ。もう一つは、歳は自分の方が30歳も上なのに、「先輩念腹氏」と言っているところです。てっきり念腹の方が年上かと思ったら全然そんなことはない。ここからもいかに念腹が「ホトトギス」の中で有力な人間と思われていたかがよくわかる。この圭石は渡伯後の1931年に「おかぼ」、37年頃に「南十字星」を創刊しています。「南十字星」は三水会系の雑誌です。三水会は市毛孝三というサンパウロの領事館のトップの人が主導して、圭石が選者となっていた。この三水会に念腹は入ってこない。先ほどあったように「ホトトギス」以外のメンバーが入ってくることに納得がいかない。ただ私の考えでは市毛孝三や木村圭石がアンチ「ホトトギス」だったのではなくて、明治時代の知識人にありがちな、さまざまな文学形式をどんどん取り入れて幅広く自分を表現していくのが当たり前、という考えのもと、三水会というグループを作ってみんなでやっていこうよという感覚だったんだと思います。ただ念腹はそこが気に入らなかった。そこに念腹という「新人」における、俳句に対するスタンスの新しさがちょっと見える気がします。ちなみに39年の『圭石句集』が私が知る限りでは移民の人が作った句集としては最初のものになります。でも圭石自身は38年で亡くなっちゃうんですね。

次に念腹系について。先ほど中矢さんのほうでだいぶ触れられたのでここでは念腹らしさがよくわかるものを軽くご紹介します。念腹は1937年に「ブラジルは世界の田舎むかご飯」を含む4句で「ホトトギス」巻頭をとるんですが、雑詠句評会で素十が「念腹君が巻頭を占めたとあつては一言挨拶せねばなるまい。どの句も立派な句であつて念腹君の俳諧を祝福した訳であるが、この句なども誠に面白い。…とに角私はかういふ念腹の旺んなる心意気を尊敬して衷心から君の健闘を祈る次第だ。」とあります。これは当時の念腹のいたコミュニティの雰囲気がよく分かる一文だと思います。念腹が 「ホトトギス」同人となったのが1930年で、その前に巻頭を取ったりとかしてるわけですね。その時代って昭和の初期で、4Sとか言われている人たちが同列で雑詠に並んで、有名な作品がどんどん生まれてる時期なんですよ。素十は念腹より5歳か6歳くらい上ですから、念腹にしてみれば教えを請うみたいなところがあるんですけど、素十からすれば一緒に雑詠欄をしている仲間なわけです。でそんな期待できる自分より若い「念腹君」がブラジルでがんばっていると。でそれを応援せねばなるまいという素十。素十はこれから念腹に様々なバックアップをしていくわけなんですけど、彼らの関係が非常によくわかる一文です。圭石からは「先輩」と呼ばれて素十から「念腹君」呼ばれてですね、「巻頭を占めたとあつては一言挨拶せねばなるまい。」というそういう同期のよしみみたいなフレーズが出てきちゃう。念腹がどんな人だったかよくわかります。

その他の日系移民の俳句としては「曲水」系があります。渡辺水巴の「曲水」にもともと投句していた、渡辺南仙子という人がいます。力行会を通じて1928年に渡伯し、49年に創刊した「青空」は、「木蔭」という念腹の作ったすごく大きな「ホトトギス」系のグループに対抗できるほぼ唯一の雑誌といわれていました。63年に創刊した「同素体」は2011年になくなりました。

あともう一点、スライドには入れられなかったのですが、日系社会には臣道連盟を中心とした勝ち組と負け組の対立がありまして、その中で様々な雑誌がつくられ、そこに載った俳句というのがあります。少しだけお見せします。私が20代前半に何をしていたかというと、こういう雑誌に載っていた俳句をひたすらエクセルに打ち込んでいたんです。臣道連盟は日本が負けたことを認めない1940年代半ばにあったグループで、テロリスト集団としても有名です。その機関誌の「輝号」だったり、その前は「光輝」といった雑誌でも俳句が作られていました。ここに載っていた俳句は、たとえば、「白南風や金魚の鉢の藻の緑り」、「昼静か金魚の鉢の一つあり」とか、およそテロリスト集団とは思えない普通の句が並んでいます。しかしこれは当たり前のことです。これは、日系移民のことを調べるとよくあるパターンなんですけども、調べてもたいして面白いことがでて来ないってことがよくあります。なぜかというと、いかにも「日本らしいこと」を好むのが日系移民だからです。ましてやめっちゃ右寄りの臣道連盟の俳句がなんかすごく自由律になっているとか、戦後の「海程」のように最新のテクニックを使ってるとか、そんなことはあり得ない。もっともっと保守的なものを好むわけです。初期移民がブラジルにやってきたとき、とりあえず不格好ながら俳句を作ってみたという感覚に近いものですね。そういった俳句に対する感覚が時代を経て敗戦後にはこういう形で出てきたわけです。

私の話はこの辺で終わりにします。まとめると、様々な俳句のありかたがブラジルにはあったと。大きくわけて言うとhaicaiと移民の俳句というのがあり、移民の俳句は初期移民に始まり、先に木村圭石が来て、その後にすごいエースとしてやってきた念腹が場を制圧していく。念腹としては圭石が亡くなったってこともちょっとラッキーだったんじゃないかなと思います。そういう流れの中で念腹は政治的には勝ち上がっていくわけです。そして念腹の周りに衛星誌が様々にできて、それに勝てるものってなかなかいなかったというのが実際のところかなと思います。そこには、俳句形式という「日本らしい」ものに思いをぶつけたいという移民達の気持ちもあったんだろうと思ったりもします。はい、私からは以上です。ありがとうございました。

中矢温◆はい、ありがとうございました。めちゃめちゃ面白かったです。なるほどなと思いました。私が今回資料を作る上で参考にさせていただいたのが、この今年出された『畑打って俳諧国を拓くべし-佐藤念腹評伝-』でした。著者は新潟にある結社「雪」の主宰の蒲原宏さんです。念腹とも句友でして、まあ蒲原さんの方が年下です。蒲原さんは1923年生まれで、ご職業はお医者さんです。 高浜虚子、中田みづほ、髙野素十、浜口今夜に師事していて、「ホトトギス」、「まはぎ」、「芹」に投句されていたそうです。で、私が何がいいたいかというと、この本は大変豊富な内容ですが、あくまでも念腹の味方として、念腹に寄り添った本であるということです。念腹の死後誰も本を出さないから僕が書くしかないと思って書いたというような温かく、同時に少し残念そうなお言葉が冒頭に書かれています。つまりこの本を読むだけでは念腹の外からの視点や評価は知り得なかったと思います。そういった意味でも外山さんの講演は大変ありがたかったです。どうもありがとうございました。

ブラジル移民佐藤念腹読書会レポート〔1〕中矢温によるイントロ

ブラジル移民佐藤念腹読書会レポート

〔1〕中矢温によるイントロ

ブラジル移民・佐藤念腹の視点から、「ホトトギス」の信念がいかにしてブラジル俳壇に普及し、また同時に反発を受けたかという歴史の理解を試みた。

前半は中矢と外山一機氏によるイントロダクションを行った。後半の読書会では、参加者それぞれの五句選を基に鑑賞を深めた。

佐藤念腹(さとう・ねんぷく)
本名・謙二郎。明治31(1898)年に新潟県生れ。大正2(1913)年より「ホトトギス」に投句開始。昭和2(1927)年ブラジルに渡る。昭和54(1979)年に永眠(80歳)。
読書会テキスト:
参考文献:
細川周平『遠きにありてつくるもの 日系ブラジル人の思い・ことば・芸能』(2008/みすず書房)
栗原章子『俳句&ハイカイ~自然探訪~ HAIKU&HAICAI Descobrindo a Natureza』(2014)
蒲原宏『畑打って俳諧国を拓くべし-佐藤念腹評伝-』(2020/大創パブリック)
2020年10月31日(土)13時~17時 俳人による佐藤念腹読書会をzoomにて開催。
参加者:
生駒大祐、岡田一実、小川楓子、樫本由貴、木塚夏水、ぐりえぶらん、黒岩徳将、西生ゆかり、外山一機、中矢温、三世川浩司、ゆう鈴(五十音順・敬称略)

中矢温◆初めに挨拶がてら、この読書会に至った経緯をお話します。私は現在学部3年生なのですが、そもそもブラジルという地域を専攻するというところも入学直前に決まりまして、何かビジョンがあったわけではありませんでした。そうなんですけれど1年生の2月に大学主催の1ヶ月の短期留学でリオデジャネイロを訪れました。リオデジャネイロはサンパウロより日本人移民の数は少ないのですが、ICBJ(日伯文化協会)という日本の文化センターとコンタクトを取ることができました。そこを訪れたときに、ブラジルと俳句のアウフヘーベンの先にブラジルでの俳句っていうのがあるのかなと意識しました。

あとはそこで出会ったペドロくんという友達が、去年の夏に日本を本当に縦断・横断するような長い旅を日本で一か月以上しました。そのときに東京で句会をしようとなって、外山一機さんに来ていただいたりだとか、あと私が東京にいないときにもう1回句会をした際に西生ゆかりさんが主催してくださったりとか、ペドロ君が松山に訪れた時には岡田一実さんが案内してくださったりとか。日本とブラジルの俳句というのをぼんやりとずっと考えていました。今年大学でゼミの方に入って12,000字ぐらいでゼミ論(プレ卒論)も書かなきゃいけない時に、なんかこう自分だけで考えて書くよりも、皆さんに読んでもらって一緒に考えていただけたら私も嬉しいし、ブラジルの俳句の紹介にもなるのかなというふうに考えて、今回企画したというところです。資料を探す中でサイニーで外山さんの文章(※児島豊 氏著:「勝ち組」雑誌にみるブラジル日系俳句--日本力行会資料調査から--)を見つけたりしてこれは外山さんにお話いただいたり、お誘いもしようというところなども思いついて、こんな形の読書会となりました。

はい、では早速ではありますが私の方からお話をさせていただこうと思います。画面共有します。私の作った年譜を見ながら、30分ぐらいに収めたいんですがお話の方をしたいと思います。

(※以下の大部分は蒲原宏氏著『畑打って俳諧国を拓くべし-佐藤念腹評伝-』(2020・大創パブリック)に拠る)

念腹は1898年に新潟県北蒲原郡笹岡村で生まれました。次男として生まれたんですが長男が早世しているためほぼ実質長男のような形で育ちました。で、突然さしはさみますが、1908年に神戸港より笠戸丸が出航して、日本人が初めてブラジルに移住した年になります。移住の経緯としてはそもそもブラジルに移民する前に例えばアメリカだったりとかカナダだったりハワイだったり移民の形があったんですけど1924年にいわゆる排日移民法っていうものが発令されてアメリカへの移民ができなくなったっていうところで次の場所としてブラジルが考えられました。なんで排日移民法が起きたのかっていうところはちょっとあの私も十分に調べきれてはいないんですが、だんだんと現地で日本人移住者が増えてくることによる、侵略ではないですけど黄禍という、黄色は肌の色のこと言ってるんだと思うんですけどそういうのもあったりして。それでも日本の中では例えば土地を相続しない農家の次男三男や、都市の失業者対策としての出稼ぎっていうものが考えられたりして。日本からの移民の需要はあって、でも行き先がないところで次はブラジルというところを国を挙げて注目するようになりました。

念腹は15歳の時(1913年)に尋常高等学校を卒業してそのまま家業を継ぎます。ここでは「稼業の傍ら」と書いてるんですが傍らどころじゃなく本当に俳句ばかりをしていると言うか、文学青年でありました。実家は海産物商だったようです。この頃から「ホトトギス」に投句し始めて俳号も自分で名付けたもののようです。21年に初入選します。

22年に中田みづほという、今でいう東大医学部で、東大俳句会の主要メンバーであったみづほが新潟の医科大学に赴任してきました。そのことを念腹は「ホトトギス」の名前のところに「新潟 みづほ」って書いてあるを見て知りました。そして封筒の宛名に「新潟市俳人醫學士 みづほ様」とだけ書いて、この時は郵便局員が頑張ったのかわかんないんですけど、無事みづほに手紙が届いて面会を果たし、師事することになります。みづほはこの時医学部の方の仕事が忙しかったのもあるし、東京から離れちゃったというところもあって俳句に対しての情熱もちょっと落ちていたんですが、念腹からの熱い手紙があったりして、24年に二人で虚子を招いて、虚子が来越、越後を訪れることになります。その際に句会に「眞萩会」と命名してもらいます。

ちょうどこの年の12月からみづほはドイツ留学に出かけてしまいます。で、26年にはキヨ、確か5歳年下ですね、と結婚して、この年にちょっとまた新しい登場人物なんですけど、「ホトトギス」の木村圭石が渡伯(※ブラジルに渡ること。)します。木村圭石も新潟の人なんですけど、歳は念腹より31歳年上で、「ホトトギス」に投句を始めたのは念腹より後という。歳としては念腹より年長の先輩なんですけど、俳句では念腹の方が先輩っていうお互い尊敬し合うような間柄だったということが書かれていました。

圭石の渡伯理由というのはちょっと本によって異なっていて、例えば歳をとってから日本に迷惑をかけることを心苦しく思って渡伯したともあるし、勤務先の新潟水力電気会社が合併のときに人員整理、リストラを行ったから困窮により渡伯したともあってそこは色々なんですけど。圭石はこのとき虚子に手紙を残していて、文化や風土の違いを心配していることを書いていたり、成功は望まないけど後生のために役立てたらなというようなことを書いたり、で出発します。どちらの理由が本当とかではなく、両方少しずつ真実なのかなとか。

翌年27年に念腹も渡伯を決意します。念腹の渡伯の裏には家業の失敗と言うか、 念腹の父も俳句が好きだったりまた商売下手だったりしたんですけどそれに加えて父親の要作が政治活動を始めて、選挙に出ては落ちてというところで、 選挙費用などもかさんで念腹は家を手伝うよりも、東京にしばしば上京して「ホトトギス」の出版所で雑用をしたりするの方が楽しいしというところで、ちょっと家の傾きっていうのがあったそうです。後は弟の彰吾というのがいるんですが彼がブラジル移民の講演会みたいな、「みんなも移民しよう。」というような成功者講演会のようなものに出席したことで触発されて「我が家も行こう。」ということを持ちかけたというのは結構大きな要因としてあるようです。念腹の渡伯はお父さんとお母さんと妻のキヨと後は妹と弟とを連れて、一人だけ弟は新潟に残して出発しました。

横浜港から出港だったのでその直前には東大俳句会の、多分今の東大俳句会とは違うんですけど、秋櫻子とか素十とかと一緒に句会をしてから渡伯したようです。年譜の渡伯が3から6月となっているのは、当時の船旅だとこれぐらい時間がかかったというところですね。 なんですけどさっき念腹一家に渡伯を持ちかけた彰吾が、ブラジル到着直後の列車事故で死んでしまうんですよね。彼はその働き手という意味もあったし、実の弟でもあったんですけど、農学校を卒業したてで、これからブラジルで農業するっていう意味ではとそういった農業の知識としても念腹たちにとって重要な人でした。そのまま一家は埋葬を済ませ、1年前に渡っていた圭石を頼って彼の近くのアリアンサというところに入植するんですが(※圭石は第1アリアンサ、念腹は第2アリアンサ)、「おかぼ会」を作っていてそこで句会をともにしました。「おかぼ」は陸稲のことですね。 念腹と圭石そろって、「ホトトギス」と新潟の「まはぎ」への投句を続けました。

で、念腹は28年の3月号に初めて巻頭を飾ります。この句は後半の選評会の方で年腹句集の方に掲載があるのでそこで紹介するんですが、ここでなんかちょっといいなと思った話があります。みづほがドイツ留学してる間に念腹は渡伯を決めて行くことになってしまったわけなんですけど、みづほが初めて巻頭をとったのもドイツ留学中で、なんかその時の手紙に「次は君の番だ、海外から肱を伸ばして、ぎゅっと巻頭を握る気持は何とも云へないよ」っていうのをもらっていたんですけど、それを自分もブラジルという地で初めて巻頭をとってという。みづほはドイツから、念腹はブラジルから初めてお互い巻頭をとった。念腹はみづほが言ってたこの「肘を伸ばして肱を伸ばして、ぎゅっと巻頭を握る」という感覚がすごく分かったっていうのを嬉しく手紙に書いています。30年に「ホトトギス」同人となって、31年に「おかぼ会」から離脱します。これは後の37年のところで話そうと思います。

で、突然年譜の33年のところに上塚瓢骨(※瓢骨は俳号で本名は周平)という名前があるんですが、彼について説明しようと思います。最初の日本人移民はブラジルで奴隷解放令があったことでコーヒーの摘み手がいなくなったというところを労働力を補充したいっていう話でヨーロッパからの移民もしていたんですけど、奴隷として扱われるっていうところからヨーロッパ諸国はそのブラジルへの移民っていうのすごく危惧し、禁止していました。そこで日本から試験的に移民が渡ったんですけど、その年はちょうどコーヒーも不作だし、船が着くのも遅れてほとんど摘めないから収入もあげられないし、ブラジルに行ったらこんなに稼げるという宣伝文句は嘘だったのかっていう移民による暴動もあったり、 現地で病気にかかったりっていうところで、ほとんどの移民がコーヒー農園から逃げ出してしまいました。それは1908年とかの話で、27年に渡伯した念腹はそういう契約移民ではなくて、わたる前に日本から土地を買ってから渡っていて、小作農ではなく自作農として渡伯していました。で、話を戻すと上塚瓢骨は最初の移民とともに移民会社のお世話役として渡伯した人で、「ブラジル移民の父」と呼ばれるようなブラジル移民の中で認知度もありました。そういう功労者なんですけど、上塚が念腹の弟子になるんですよね。上塚のコネクションというか紹介によって念腹は選者になるんですけど、私結構33年は大事な年だなあと思っています。なぜかっていうと、虚子に師事していた、誰かに師事していた弟子である自分じゃなくて、選者としての選ぶ自分であったり弟子がいる自分っていうような形で、念腹が先生になった年とも言えるんじゃないのかなと思っています。35年に農耕ではなく牧畜に転向したことで生活が安定したようです(後記注:『念腹句集』跋文によると、ここでの「牧畜」に豚は入らず牛のことだったよう。)。

で、年譜の中でも一番大事かなと思うのが37年なんですけど、先輩であり後輩でもある圭石とのここで対立というのがあるんですけど、圭石が「南十字星」という雑誌を作ろうとしたときは、ブラジル移民の中に「アララギ」からの歌人(※岩波菊治)がいたりして、短歌もするし「ホトトギス」だけじゃなくてもいいし、俳句や詩を書きたい人は皆ここに投句していいことにしようって言ったんですけど、 師系のない師匠のいない雑誌に違和感というか反発があって、てか反発があって創刊の時のメンバーだったんですけど、創刊前に抜けちゃうんですよね。そのまま圭石は翌年死去してしまうんですけど、なんというかブラジル俳壇って一枚岩ではなかったのかなっていう、お互いにブラジルに俳句を広めたいっていう気持ちはあったんですけど、その師匠がいるいない、何を是とするかというところでちょっとずれが生じてたんだなっていうのがここでわかるかなと思います。

41年からは戦争色っていうものが濃くなってきて、外国語新聞が発行できなかったり公共の場での日本語の使用が禁止されたりということで、俳句を広めるだとか句会をするっていうことがどんどん難しくなっていきます。ちょっと勝ち組負け組については後で外山さんからお話いただこうと思います。この日本語での新聞が許可されていなかったということもあって、ラジオで終戦を知ったんですけどその時に日本が負けたっていうのが上手く電波が入ってなかったのか、日本は勝ったというデマが流れます、で、勝利を信じている人を勝ち組、負けたと思ってる人が負け組っていうことで日本人移民の中に対立が生まれてしまいます。念腹は負け組に分類されたようなんですが、弟子の中には勝ち組の人もいて、その人はしばらく疎遠になったりもしていました。日本の勝ちを信じないっていうことで負け組は非国民扱いされる。でもだんだんと情報が入ってくると勝ち組の方が間違えているとわかってくる。勝ち組が負け組の人を殺した事件もありました。これは傾向としか言えないんですけど、負け組の人は情報を得られていた人で、 情勢を理解出来ていた人というか、割と教養のなる移民たちのまとめ役のような人、あるいは新聞記者だったいうような傾向はあったかと思います。あくまでも負け組は少数派です。私が念腹自身の書いた『念腹俳話』を手に入れられてないこともあるんですけど、念腹自身があんまり戦中のことを書いてなかったりもして、念腹にとっての勝ち組負け組がどうだったのかっていうのは想像でしか私は言えません。ですけど念腹にとっては戦後の民主化によりもう一度俳句の行脚ができるっていうことの方が大きかったのかなという風に想像しています。 

48年に俳誌「木蔭」を創刊して、題字は確か虚子が書いています。『ブラジル俳句集』を刊行したりして、この年に各地に40回の俳句指導の行脚をしたりしています。ちょっと地図をね作ったんですけど、(グーグルマップを見せながら)点の数が40ないのは、念腹がカタカナで訪問地を書き残しているのを見ても、私がそれをブラジルの地名の綴りに頭の中で変換できなくって…。わかった地名を点で打ったという感じです。かなり手広く行脚していたことは見えるかなと思います。で53年に今回皆さんに選句していただいた『念腹句集』っていうのが刊行されて、この年に星野立子も来伯していたり。戦後になってから今までは手紙や句のやりとりだったのが、人の移動っていうのもできてきたんだなあと思いました。

61年にはとうとう念腹が虚子三回忌に訪日することになります。訪日中に『念腹句集第二』も刊行されます。で、63年には髙野素十も来伯します。素十について全然話していなかったんですけど、みづほと東京時代から友人だったことから、念腹とも深い交流がありました。念腹にとっての師匠はみづほと素十と虚子という感じでした。

ちょっと私も資料を読んでいても意味がわからなかったんですけど、64年に念腹は日本の俳人協会創立創設に異議を唱えていました。何でこれを年譜に入れたかというと、私は現代俳句協会青年部の勉強会にお世話になることが多くて、ここら辺の歴史も知らなきゃなという自戒を込めて入れたところがあります。ちなみに私は特に結社とか入っていないので念腹からしたら師系のない人間にはなりますね…。

68年に俳句仲間・門下の寄附により念腹庵が改築されたりしていますね。73年は日本最後の移民船が出航されて、以降の移動は飛行機になります。そもそもここら辺で日本の高度経済成長期と重なっていて、送り出す要因の一つである働き口のなさそのものも減っています。なので1908年に始まって、戦時中に途絶えて戦後再開されるんですけどそれと同時に日本に高度経済成長期が訪れるので移民の数も減っていくというのがざっくりとしたグラフになるのかなと理解しています。

78年7月に念腹が発病して、『移民七十年俳句集』刊行されます。ここらへんは実はちょっと繋がりがあって、念腹が発病する、高齢を迎えるということは移民全体の、その移民1世の日本語ネイティブの人たちも同時に高齢化を迎えてくるっていう中で、ちょっとお金の話になるんですけど「木蔭」の運営っていうのもどんどんメンバーが減っていくというところで困難を迎えていくわけですね。 ブラジルは結構物価の変動が激しく、紙幣も何度も変わったりしています。この時にかなりインフレが起きていて、年会費もすごく高騰してしまって、そもそもメンバーは高齢とか持病とかで亡くなっていくなかで、ブラジルも物価が上がってしまって。内憂外患というか。念腹はブラジルに俳諧王国は築けたんですけど、それと同時に終わりも見えてきてしまっているというところかなと思いました。

「木蔭」は念腹の引退とともに休刊して、79年には末の弟、念腹と15歳が離れてるんですけど。牛童子が「朝蔭」として引き継ぎます。79年に念腹は死去します。84年に妻のキヨが『念腹俳話』を刊行します。これすごく読みたいんですけど、日本の古本屋で永遠にリクエストを出して待っているという状況です。2011年には牛童子も死去して、17年には牛童子の後妻の佐藤寿和が『朝蔭』を継承というところです。すごく駆け足で話したんですが大体こんなところで念腹の一生をざっくり話終えたかなと思います。

ここで外山さんにバトンタッチする予定だったんですけど、私がリオに短期留学した時に、ICBJでポルトガル語の動画を見せてもらって、この動画どう?って言われたんですけどさっぱりわからなかった動画があって。それを今ならちょっとわかったりして、文字起こしも出来たりしたので皆さんと見ようと思います。虚子の弟子である念腹の弟子である増田恒河という人のドキュメンタリー動画です。 ブラジルの俳諧についても話しています。せっかくなのでそれを見ようと思います。恒河の孫のフランシスコ・マスダのユーチューブチャンネルに載っていました。同時通訳めいたものをします。

≫Masuda Goga - Um discípulo de Bashô
https://youtu.be/qdj_mIEm09k

[A nossa vida, inclusive todos esses acontecimentos naturais, nunca fica no mesmo lugar, ao mesmo tempo, sempre tá mudando. Essa mudança é o espírito do haicai.]
私たちの生活・人生は、自然に起きる全てのことを含め、同じ場所に留まることは決してなく、同時に常に変化しているのです。この変化が俳諧の魂です。

中矢温◆恒河の書いている短冊に「動くとも動か」くらいまでは読めますね。続きが気になるところです。画面に「増田恒河 芭蕉の弟子」と表示されました。haicaistaたちが句会をしていますね。

[Hoje escolhi oito haicais, todos bons. Número 17: 
Vento na folhagem
responde ao cantar do inseto
um galo estridente]
今日は8句選びました。全てよかったです。17番
葉に風や虫に答へて鳴ける鶏(※おそらく恒河の句。中矢が無理やり五七五にした)

[Esta cena é muito interessante e haicaístico.
この場面はとても興味深く、俳諧的ですね。
Porque um cantar do inseto esse delgado muito quietinho, mas contra este o galo gritou estridentemente.]
何故なら虫の歌がか細く、とても静かなのに対して、雄鶏はけたたましく鳴いている訳ですから。

[À noite...sozinho...
me deixam mais pensativo
os cantos de insetos]
夜…孤独…
私はさらに考えるのを止める
虫たちの歌
→夜の孤独思考を止めて虫の声

[Haiku é o poema mais curto do mundo com 17 sílabas que canta a natureza. Por isso, pra mim, o haiku é universal.]
俳句は17音と世界で1番短い詩で、自然を詠うものです。なので私にとっては俳句は世界的なものです。

[Número 8:
O outono chegou
mais distantes e azuladas
as mesmas montanhas]
8番
秋が来た
さらに遠く青い
同じ山々
→秋の来てより遠く青き同じ山
(後日注:少なくともこの句は後に登場するパウロ・フランケッチ氏の句のようです。恒河訳は、「秋来る山なほ遠く青く見え」でした。)

中矢温◆改行のタイミングでポーズをおいて詠んでいるのが興味深いですね。

[Este autor está observando bem todo dia as montanhas em ao redor da sua vida. E qualquer um não descobre esse fenômeno.]
この作者は生活の周りにある山々を毎日よく観察しています。どんな作者(俳人)でもこんな現象を発見はしないでしょう。

[Flores silvestres
pequeninas e sem brilho
à espera de abelhas...]
野生の花
小さくて輝きがない
蜜蜂を待っている
→野の花小さし輝きもなく蜂を待つ

[Observa bem a transitoriedade de natureza. Só, nada mais que isso aí. Quem não sente nada, não há haicai.]
自然の儚いものをよく見ること。それ以上のことはなく、それだけです。全くなにも感じない人に、俳諧はありません。

[Libélula voando
pára um instante e lança
sua sombra no chão]
飛んでいる蜻蛉
一瞬で向かう
地面の自分の陰に向かって
→一瞬に蜻蛉の己が影に飛ぶ

[Eu nasci no dia 8 de agosto de 1911, meu lugar do nascimento é o Zentsuji na província de Kagawa. 
私は1911年の8月8日に生れました。私は1911年の8月8日に生れました。出生地は香川県の善通寺というところです。
quando era criança, idade de 12 anos Eu já tinha o sonho de para vir para o Brasil, 
12歳の子どもの頃私は既にブラジルに行くという夢がありました。
agora esse sonho foi completada quando eu tinha a idade de 18 anos. 
今ではその夢は叶えられました、私が18歳のときです。
Assim para mim o Brasil não é um o país estranho, desde criança eu estudava bastante sobre o Brasil.]
なので私にとってブラジルは外国ではありません。子どものときからブラジルについて十分に勉強してきたのです。

[A serra lá longe
dá ares de minha pátria:
névoa transparente]
はるか遠くの山は
私の祖国のように見える
透明な霧
→遠き山祖国のごとし霧透けて

中矢温◆「:」を使うのは日本語の俳句と違って面白いですね。これが切れを示しているのではと睨んでいます。

[O Porto de Santos era um lugar bem sossegado, eu gostei muito. Tranqulidade e hospitalide. Os funcionários da alfândega também eram muito bonzinhos pra mim.]
(入植した)サントス港はとても静かな場所だった。私は大変気に入った。落ち着いていて、親切だった。税関の職員たちも私にとってはとてもよい人たちだった。

[As nuvens douradas
Flutuam no pantanal
- florada de ipê]
続く雲が
大きな沼地に浮かぶ
イッペイの花

[Eu comecei a escrever haiku em japonês em 1929. 
私は1929年に日本語で俳句を書き始めました。
Na viagem para o Brasil tem alguns registrados no meu diário. 
ブラジルへの旅の中でいくつか日記に記録する。
Em 1935 encontrei com o mestre Nempuku Sato. 
1935年に佐藤念腹先生にお会いしました。
Eu comecei a escrever o haiku tradicional. 
伝統的な俳句を書き始めました。
Jorge Fonseca Júnior já fazia haicai em português, importado pelo Afrânio Peixoto.]
ジョルジェ・フォンセッカ・ジュニオルはポルトガル語での俳諧を始めました、アフラニオ・ペイショットにより持ち込まれたものです。

中矢温◆次に話すのはカンピナス大学の文学評論科のPaulo Franchetti (パウロ・フランケッチ)教授です。

[É preciso ver que o haicai entrou no Brasil de duas formas diferentes. 
俳諧が異なる2つの形でブラジルに入ったことを見るのが必要です。
Uma forma foi a forma de importação de um objeto exótico no fim do século passado e começo desse. 
一つの形は前世紀の末(19世紀末)に外のことの輸入の形で、始まりました。
Em toda a Europa aumentou muito o interesse pela "Japonaiserie", pelas coisas ligadas ao Japão,
ヨーロッパ中で「ジャポネズリ」、日本に関するものへの強い関心が高まっていた。
e pela "Chinoiserie", as coisas ligadas à China, também. 
中国に関するものへの強い関心「シノワズリ」
E o haicai veio assim para a França e da França para o Brasil como uma forma importada de uma poesia minúscula, delicada, uma coisa exótica.
そして俳諧がフランスに来ました。フランスからブラジルへ小さな(些細な)、丁寧な(繊細な・洗練された)、外国の詩が輸入されました。
Mas no Brasil há uma coisa que é um pouco diferente.
しかしブラジルでは少し違うものがあります。
É que nós tivemos também na mesma época uma a enorme imigração de japoneses e esses japoneses trouxeram para cá uma prática cultural que incluía a produção de poesia entre elas o renga, o tanka que é um poema amoroso, e o haicai.
私たちは同様に同じ時代に膨大な数の日本人移民を得ました。そして彼ら日本人は文化的習慣、連歌や愛の詩である短歌、そして俳諧を持ち込みました。

Mas esses dois lados da produção do haicai no Brasil, o lado digamos assim ocidentalizado, exótico e o lado oriental e digamos assim, mais próprio mais legítimo da cultura ficaram separados.]
しかしブラジルの俳諧のこれら二つの側面、西洋とエキゾチックな東洋的と言ってみましょう、これら文化のより適切で正当な二つの側面が分離されてしまった。

[Em 1936 quando eu conheci o Jorge Fonseca Júnior, já aqui no Brasil tinha o haicai, já bem divulgado, mas diferença grande é o sem o kigo. O kigo é o termo da estação do ano, esse é o espírito do haicai.]
1936年に私がジョルジェ・フォンセッカ・ジュニオルに会ったとき。既にブラジルに俳諧はあり、既に普及された。しかし大きな違いは季語のないことだ。季語は1年の季語のテーマで、俳諧の魂です。

(中略)

[O nosso haikai
tem sabor maravilhoso
qual caqui bem doce!]
私たちの俳諧
素晴らしい味がする
どの柿もとても甘い!
中矢温◆柿も日本から持ち込まれたもので、caquiは発音もそのままカキです。

[Primeiro: amar a natureza. Segundo: observar bem a natureza. Terceiro: não colocar o sentimento barato de cada pessoa. Agora, quarto: escrever o haiku com as palavras fáceis e simples. O haicai é o poema não artificial, por isso depende da sensibilidade do haicaísta. Nasce o haicai, não fazer o haicai, nasce o haicai.]
最初は自然を愛する。次に自然をよく観察する。3つ目に一人一人の安っぽい感受性に重きを置かないこと。4つ目にシンプルで簡単な語彙で俳句を書くこと。俳諧は人工的な詩ではなく、俳人の感覚による。俳諧は生まれる、俳諧を作るのではなく、俳諧は生まれる。

中矢温◆日本で売られている句作の入門書と通ずるものありますよね。

(中略)

[Em cima do túmulo, 
cai uma folha após outra.
Lágrimas também...]
墓の下
他の葉の後に葉が落ちる(葉が続いて落ちる)
涙も同様に

中矢温◆登場した中で1番美しいなと個人的に思った句です。

[Eu gosto do haicai. Namoro o haicai. Fazendo todo momento fazendo o haicai. Bons, maus, isso não tem importância. Minha vida é o haicaística. Como mostrei, eu sempre tá carregando um papel com lápis. Todo momento quando é o tenho transitoriedade, fixa aqui agora um verso com kigo.]
私は俳諧が好きです。俳諧を愛しています。全ての瞬間、俳諧を作っています。よい、悪い、それは重要なことではありません。私の人生は俳諧的でした。さっき見てもらったように、私は常に紙に鉛筆を走り取ります。一過性の全ての瞬間は季語と共に韻を見つめます。

(中略)

[A natureza muda sempre, igualmente, a minha vida também muda a todo o momento. Então como o haicaísta fixa aqui e agora, estou vivendo aqui e agora.]
自然はいつも平等に変わり、私の人生も全ての瞬間変化しています。そして俳人が今ここに見つめるように、私は今ここに生きています。

[O ano fenecendo...
preocupação nenhuma: 
só penso em haiku !]
年の暮
何の懸念もない
ただ俳句のことを考えている

中矢温◆「…」、「:」、「!」とか使うのは日本の俳句との表記の違いとしても楽しいですね。

[Amigos me tratam de mestre, mas eu não tenho capacidade para ser o mestre. Apenasmente sou discípulo fiel de Bashô.]
友人たちは先生として私を気にかけてくれたが、私は師匠でいるだけの能力はありませんでした。私は芭蕉の忠実な弟子でしかありません。
[Muito obrigado]
ありがとうございました。

中矢温◆念腹ののちは日本人移民自体も減っているし、移民2世にとってきっと日本語っていうのは俳句としてやるものではなくなってしまっていたんですけど、このようにポルトガル語での俳句とつながり、haicaiとなることによって系譜として今にいたるのかなっていうのが私のざっくりとした理解でした。長くなってすみません…!


佐藤念腹