2020-12-20

佐藤念腹100句:中矢温抄出

佐藤念腹100句:中矢温抄出


1927年
01 強東風のわが乗る船を見て来たり 
02 シンガポール
  日曜や扉に凭れ昼寝人
03 印度洋
  むらさきの流星垂れて消えにけり
04 土くれに蝋燭立てぬ草の露
05 八方に流るる星や天の川
06 井鏡やかんばせゆがむ昼寝起
07 雷や四方の樹海の子雷

1928~29年
08 渡り鳥わが一生の野良仕事

1930年
09 湯浴みして今日の日焼の加はりぬ

1931年
10 霜害や起伏かなしき珈琲園

1932年
11 瓜盗人野獣ならめとうそぶきぬ
12 野良煙草してひまな手の虻を打つ

1933年
13 雨期あけや地面の黴びの大模様
14 森暑し花仙人掌に雨降れど 
15 又丘の現れて月低くなる
16 豚の群追ひ立て移民列車着く
17 汽車へ来て菓子購へる枯野かな

1934年
18 木蔭より人躍り出ぬ野路夕立
19 投槍に飛びつく犬や蜥蜴狩
20 蜥蜴狩びつこの犬も勢子のうち
21 秋蚕飼うて俳書久しく借りにけり
22 顔のせて芭蕉葉食めり親子山羊
23 日雇いの乗り来る馬も肥えにけり
24 雨来とて犬すり寄れど棉を摘む
25 処女林の紅葉の下に耕せる
26 豚の親春霜の藁くはへ居り
27 春の風耕馬を叱る口中へ
28 夫婦して稼き餓鬼なり野良遅日

1935年
29 足裏を砥め去る豚や庭昼寝
30 切株に木菟ゐて耕馬不機嫌な
31 煉瓦工みな少年や春の風
32 春雷や二人乗ったる馬に鞭

1936年
33 野路夕立乙女に走り越されつゝ
34 瓜盗むみちはるばるとつけてあり
35 日雇いと短き昼寝覚めにけり
36 開墾もその日暮しよ秋の風
37 雇ひたる異人も移民棉の秋
38 森の雲なくなりしより朝寒し
39 冬蝿や乞食よぎる汽車の窓
40 四方より攻むるが如く樹海焼く
41 少し降る雨あたゝかし珈琲畑 
42 汲み終へし深井にもたれ春惜む

1937年
43 ブラジルは世界の田舎むかご飯
44 陽炎へる線路へ汽車を降りにけり 
45 深井汲む女かはりし蝶々かな

1938年
46 稲妻や隠れ家に似て移民小屋
47 日雇も天下の職や月の秋
48 彼の背我を睨める焚火かな 
49 毛布背負ひ目覚時計さげてゆく
50 誤字多き移民の投句瓢骨忌 

1939年
51 日焼子の日臭き頬よ頬擦りす
52 凶作や此処いらいつもバス迅し
53 耳削ぐも風邪の牛の手当てとや
54 移住して東西わかず道落葉
55 犬居りて牛喜ばず牧焚火
56 息白く言葉短かに気むづかし
57 夜逃せる教師に延びし冬休
58 どやしたる耕馬かなしく鼻取りぬ

1940年
59 夏草や投縄牛を獲つつ行く
60 旱魃や牧馬も斃れはじめしと
61 虚子門に無学第一灯取虫
62 汗寒く恐怖なしつゝ争へり
63 開拓のはてが籠編む夜なべとは

1941年
64 馬にのる拍車結へし跣足かな
65 枯野より犬這入り来ぬ汽車の中
66 花珈琲門入りてなほ馬に鞭
67 野焼人沼をわたりて集ひけり


1942~44年
68 騎初を追ふ子伜の裸馬
69 信あれば文は短し秋灯下

1945~46年
70 朝酒のあとの腹減る喜雨休
71 乳しぼる牛にさし来し初日かな
72 蛇蜥蜴からみ搏つなり草の中
73 腹這うて犬も飽きたり蜥蜴狩

1947年
74 汽車に会ひ牡蠣飯に叉日本人
75 毛糸編んで昨日の如しベンチ人
76 クリストの弟子の祠や冬木立
77 投かけて四方の窓に布圏(ママ)干す ※布団の誤植か
78 酔うて脱ぐ大きな靴や春灯
79 移民妻わらびを干して気品あり

1948年
80 没収を免れし和書曝しけり
81 ブラジル陋巷はなし新豆腐
82 襟巻きや神父と競ふ拓士髯
83 墓参して和語を話さぬ移民の子

1949年
84 瓜漬を食ひ結飯食ひ珈琲飲む
85 ズボンの娘モンペの母と井戸端に
86 肉馬車を追うて地を翔つ秋の蠅
87 干布団野飼の牛の戻り初む
88 病人も腹減りしとぞ草の餅
89 貰ひ水朝寝の窓に声かけず
90 老いてゆく夫に朝寝の妻若し

1950年
91 柿の影さして障子といふものぞ

1951年
92 井戸掘つてゐるを見に来し新移民
93 移民船隈なき月に沖がゝり
94 倖せとは世知らぬことか木の葉髪
95 糸瓜忌を明日に俳句の旅終る
96 春夜行くポ語を知らねば聞ながし
97 転耕を見迭るや馬とばしつゝ
98 馬の脊の籠にあたりて燕来る
99 耕や廿五年の切株と

(虚子が序文で引いているが句集に掲載はないもの) 
100 蚊食鳥ニグロ嫁とる灯の軒に

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