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2025-06-15

上田信治【句集を読む】俳句の中で「自由」 黒岩徳将『渦』

【句集を読む】

俳句の中で「自由」
黒岩徳将『渦』 


上田信治 

 

書きたいと思った句集が、たまってしまっているので、少しずつでも書いていこうと思う。



黒岩徳将句集『渦』(2024・港の人)

上田「句集よかったです、「週刊俳句」に書きたい」
黒岩「いや、でも、信治さんが考える俳句の未来について書くことを、優先してください」
上田「何言ってるんですかー、書きますよー(笑)」

と、先日、そんな会話があって、その時は、ただ「黒岩さんは世慣れているなあ」と思った。
つまり上田のことを嬉しがらせつつ、謙遜をされているのだ、としか思わなかったわけですが。

よくよく考えると、彼は「自分の俳句は、信治さんの評価軸から、はずれてるでしょ」ということを、言っていた気がしないでもない。

たしかに、以前、

生駒大祐『水界園丁』
https://weekly-haiku.blogspot.com/2019/09/blog-post_44.html
藤田哲史『楡の茂る頃とその前後』
https://weekly-haiku.blogspot.com/2021/02/blog-post_20.html
安里琉太『式日』
https://weekly-haiku.blogspot.com/2021/03/blog-post_73.html

について、続けて書いたときは、その三冊に共通する方法について書いていたし、
黒岩徳将さんの『渦』と、それとは、ベクトルが違うかもしれない。

しかし、誰かのやっていることをいいと思ったら、それは「その試行」のための評価軸が生まれた、ということであり、
また、何をいいとするかの更新を求められるのが、本当に面白いということなので。

一句ずつを読みながら、黒岩さんのどういう句が、どう面白いのか、
この人が何をしていることに、自分は可能性を感じるのかを、かたちにしていきます。


1.物語と俳句の接続

私見だけれど、俳句に物語を接続することが、黒岩さんの所属する『街』と今井聖主宰の方法だと思っていて、この句集の主軸もそこにあるように見える。

司書さんが栞をくれしクリスマス 

○○さんといえば「龍の玉升(のぼ)さんと呼ぶ虚子のこゑ 飯田龍太」があるけれど、それはしゃべり言葉としての「○○さん」。
地の文で「司書さん」と書けば、それは私との関係性にどっぷりと染められた「司書さん」その人のこととなる。
それは、半分、固有名詞であるような呼び名の俳句への持ち込みである。

町の図書館でも、学校の図書館でもいいのだけれど、その人を「司書さん」と呼ぶことで、エピソードの感情が確定する。
それはやさしい思い出、といったものだろう。

この「司書さん」は、ワンフレーズで、一句を人生の場面として、立ちあがらせている。
非常にエレガント。

雪搔のフードを脱げば友の母

「雪搔のフードを脱げば」は、季語に無理なく場面を呼び込んで、小さな成功は約束されたような、それだけに常套を感じさせるフレーズでもある。
けれど、この「友の母」には、あ、と思わせる美しさがあった。

なんでだろう、と思ったら「雪搔」と「友」が同じ空間にあって、だとすれば、これ実家で地元なんですよね。

この句の物語を語ろうとしている人が、人生上のどの地点にいるのかはわからないし、この句自体、記憶であるか現在であるか分からないけれど、
地元で「友」とくれば、語り手のごく若い年代の感情が、この場面に重ねられていることは確定している。

つまり、この句の映像のなかで、主人公は若く「友の母」もそれなりに若い。フードを脱いだら、上気したその人が「あ、黒岩くーん」とか言うわけでしょ。雪晴れでさ。なんとも、晴れ晴れと美しい、幸福な光景だなと。


幸福といえば、この句集には、いくつかの恋の句がある。

冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ
どちらからともなく凭れ冬の海


ちょっとアニメの恋愛みたいだ、と思ってしまったのは、ここに、あまりにも「恋愛」しか描かれていないからなんだけど。

水仙や電車が見えて小走りに
椎茸やパーマがかつこいいつてさ

こういう句は、逆に「恋愛アニメのように」きれいな俳句になってると思う。自分の恋愛だけではなく、もうすこし広いところまで、理想化しえているというか。

ごんずいを眺めて胃腸薬が効く

へんな句。でも、しっかり腑に落ちる句でもあって、この人は、胃腸の不調(たとえば胃痛)をなだめようとしている。「ごんずい」というのは、その「なだめ」の対象でもあるわけですよね。背びれに毒があって、暴れてほしくない、黒いかたまり。

それを「眺め」る時間が薬の効き具合をたしかめる時間とパラレルになっていて、白いぱらぱらした胃腸薬との対称で、黒くて暴れだしそうな対象の実在に触れている。

物語と俳句の接続といいながら、自分は、物語よりも、その接続部分が、言葉としてどうなっているかばかりを気にしているわけだけれど。


2.素材主義に対する批判

ここで、ちょっと脇道にそれる。

X(ツイッター)で「「街賞」受賞作を起点とした、おもしろみの隘路について」https://posfie.com/@h0sseu/p/o5Z85n4?page=4 というまとめを知った。

谷村行海さんの『街』賞(結社誌の同人賞)受賞作に、岩田奎さんが「おもしろくない」とずいぶん直截な絡み方をして、一連のやりとりがあったらしい。

岩田さんの批判は「おもしろすぎておもしろくない」「ここがおもしろいでしょう?というポイントがあまりに明確」「こういうタイプのおもしろさを目指すのが果してどうなのか」ということで、それは、作品の未熟さを指摘しつつ、『街』や今井聖の方法論についても、届いてしまうような批判でもある。

岩田さんはまったく「そう」は言っていないのだけれど、「おもしろすぎておもしろくない」を、自分がより広く敷衍するなら、素材を評価の入り口とすることに対する批判ということになると思う。

目に見ることのできるナマの「現実」を起点とすること(…)そこに「今」と「私」を滲透させたい。そう思って作っている。

(今井聖句集『九月の明るい坂』(2020)「あとがき」より)

『街』主宰・今井聖の句の「現実」は、しばしば素材を突破口として「現実」の写像たろうとする。

「私の現実」「今の現実」の唯一性を求めて、面白すぎる領域に踏み込むことも多い。〈夏逝くや勝利のごとくブラ干され〉とか。こうなってくると、面白すぎておもしろい。今井さんが(『九月の明るい坂』も面白い)。

しかし、誤解をおそれず言えば、俳句に限らず、表現において素材主義は、第一級の方法ではありえない。

表現行為というものそれ自体が、原理的にメタな価値を志向するように出来ているからだ。
素材も言葉も、もう一つ別次元の何かを実現することに、奉仕するためにあると、自分は考える。

しかし同時に、今井聖や黒岩徳将の書くものを、自分は面白いと思う。

それは、たぶん、彼らが俳句の中で「私」であり「今」であろうとするとき、
その欲望が無理なお願いに過ぎれば過ぎるほど、
言葉は軋み、俳句は拡張され、そこに立ち現れる作者の実存などを含めて、何か素材以上のものが、実現されているからだ。



3.その人の「自由」が見たい

俺と牛の頬に黒子や冬青空 黒岩徳将

同句集の巻頭句として〈泣き黒子水鉄砲を此処に呉れ〉があって、自己の戯画化が面白いし、俳句ジャーゴンとしての「呉れ」もオシャレだ、と思ったけれど「水鉄砲」が季語であることが、不自由だとも思った。見るからに席題の句で、趣味性が強く、らしくない。

でも、同じ黒子のこの句には、俺と牛が顔を並べていること、そして、この冬青空がじつにどうでもいいことの、自由を感じる。

「俳諧自由」今井さんの言う「諧諧、諷逸、風雅、枯淡などの意匠から「写生」を先ずは解き放ち」(同あとがき)も、畢竟そういうことではないか。

その人の才質のおもむくまま、やりたい放題を見せてくれるのでなくては、何も面白いことはない。
私たちは、俳句というしばりの多い奇妙な詩型で遊びながら、
それでも、こんなにも自由でありうる、というかたちで、人間にとってよきものを示そうとしている。
そうでしょう?

自分は、句集『渦』を読みながら、その人の「自由」を見て楽しんだ。

というか、自分が、そういう俳句の読み方、書き方をしていたことを発見した。俳句の中で、どれだけ人が「自由」であることを、見せられるか。

青胡桃木登りをせず死ぬだらう

何を言っているんだ、君は。すれば、いいじゃないか、木登り(笑)。

でも、彼がそう言ってるんだから、仕方がない。
ここには、きっと何か深い悲しみがあって、
うわごとのように他人に分からないことを言うという、身ぶりを通して、彼はその感情を表現している。

青胡桃は、単なる青春性という以上に「人にまだ手渡せない何か」の表徴でもあろう。

自転車のハンドルに鷺立ちゐたる

それは、きっと詩ではなくて、ただの偶然なんじゃないかな(笑)。めちゃくちゃ、面白い、不安定で。「ゐたる」の未定っぽさ、くねくねしてる字形もぴったり。

神々が跳び箱を待つ立夏かな
電線のある日本の芋嵐
噴水が何も濡らさず落ちにけり
春昼の貝の散らばる地蔵かな


ふつうにいい句はいくらもある。
とはいえ、たとえば、裕明ばりだと誰もが思うような句は、彼の体現する「自由」だとは思えないから、ひかれない。

けれど、上にあげた四句のような句は、非人称的で匿名的な(つまり、黒岩くんの顔が浮かぶわけではない)語りでありつつ、ある時、ある人が、こう書きたくて書いたのだ、という感触を伝え得ていると思う。

神々が跳び箱を待つ立夏かな

学校の体育の授業風景を、まず思えばいいか。つぎつぎと跳躍をするために、並んでいる子ども。
宙に放たれるように、ぽーんぽーんと跳ぶだろう、その運動の可能性を、書き手は「神々」と呼んだ。
なんて、きれいで、健康な認識なんだろう。

電線のある日本の芋嵐

里芋の大きな葉が強風にひるがえれば、これが「芋嵐」かと思う。

モンスーン気候も芋も、その言葉が生まれた当時から、ずっと変わらないものだけれど、今は、空中を電線が通っていて、家でテレビが見れたりするのだ。

作者がこう書くとき、かつてあった「電線のない日本」が、今この空間に二重写しになるのだけれど、
「芋嵐」はある大きさの空間(芋畑の連なりとその上空)を連想させる言葉なので、
その範囲が「きっちり二重になる」という、あまりないイメージ上の経験ができる。


4.物語と、その人の現実

以前、松本てふこさんの俳句について、「本人いいやつだ」っていう内容の文学作品があったっていいじゃないですか、ということを言った(『俳コレ』合評座談会)。

俳句に物語が接続されるとき、今井聖のいう俳句の「カメラアイ」は、何らかの形でその人を映している。

不可避的に自己演出とか演技性というものが、発生するわけだけれど、そこでカッコをつけてほしくないというか、カッコをつけることの馬鹿馬鹿しさも含めて、読む人のお楽しみに供してほしい、と自分は思う。

黒岩さんは誰よりもクレバーで、如才ない人だと思うけれど、同時にめちゃくちゃ人がいいというか、自分の「抜け味」をよく知っている。自分の可笑しさを、読者といっしょに笑ってくれているのが、気高いというか、一周回ってかっこいい、そういう書き手だと思う。

俳句が、言葉遊びにとどまることに対する拒絶が、楸邨に連なる人たちの原点にあり、
『街』の俳句は、俳句の言語空間の外にある「現実」を導入することで、「今」であり「私」であろうとする。

とはいうものの、書かれた「現実」は、十中八九、既成概念の域を越えない。

今井さんが「街宣言」で拒絶する「俳味、滋味、軽み、軽妙、洒脱(以下略)」といったものは、
俳句にあっては、無人称的な具体の把握として実現される。
そういう蓄積があるゆえに、俳句の外の「現実」の持ち込みは、しばしば(人らしきものが登場するというだけの)単なる「お話」に見えてしまう。

けれどそれが、他でもない「黒岩さんの現実」だという手ざわりを、俳句の言葉が伝え得たとき、
そこにウソっこではない「人らしさ」が生まれる。

それが楸邨の言う「俳句の中に人間が生きること」なんじゃないか。

名句に学び無し、なんだこりゃこそ学びの宝庫 (24)今井 聖 
https://weekly-haiku.blogspot.com/2016/04/24.html

 

スイミングキャップ撫づれば毛の痛し

ほんと、どうでもいいんだけどさ、あなたの髪が、短くて硬いっていうことは(笑)。
でも、誰かの髪が短くて硬いっていうことは、それこそ、生の一回性でもあって。
 

俳句の物語性というのは、小説とか、流行歌の歌詞のような、振れ幅の大きな感情のことでは必ずしもなくて、
「その人の現実」のまぎれもなさが、フィクションに見まがう豊かな生活史への接続を予感させるとき、
人はそれを「物語」があると感じるのだ、と気がついた。

土手は春野球の声におーと言ふ

「土手は春」と切り出したということは、そこで野球をやっていることは、たぶん、さっきから見えている。
そして、あらためて「野球の声」があがるのをきいて、心動かされたこの人は「おー」と言った。

これ、俳句に、よく書かれる光景であり、感情だと思うのだけれど、それでもこの句は「その人の現実」って感じがするでしょう?

とぼけていて、人よさげで、微量の淋しさがあって。

むこうは集団で、こちらは一人で。この人は、自分にだけ聞こえる声で、独りごちたのだけれど、
どちらの声も、大きな春の空間に消えていく。

その構図がいいのと、平凡な風景を描こうという、ある種の無防備さがいいのだと思う。


黒岩徳将『渦』は、読んでいて楽しい句集で、前々から思っていた黒岩さんのいいところを、たくさん見ることができた。

人のよさとか、向日性とか、笑われやすさとか。

けっこう、いろいろの傾向の句が入っているので(これは多くの人の句集に思うことだけれど)自分が見ている可能性を、作家が自分の方法だと思っているのかどうか、正直、分からないところもある。

けれど、俳句に人間とか内容があることは、やはりいいものなのかしら、と、新美南吉の狐のように思ったことだった。


2024-06-02

中矢温 句集レビュー:黒岩徳将『渦』

句集レビュー:黒岩徳将『渦』

中矢温


2024年5月、黒岩徳将氏の第一句集『渦』が港の人から刊行された。あとがきによれば「二〇〇六~二〇二三年の三三〇句を句集に収めた」とのこと。句集を一読したあと、秘めた闘志とでも言えばよいのだろうか、確かなパワーを受け取った。一瞬と日々から目を逸らさない強さを感じた。

1. 静かな熱のある句

LOVEと背に描きたるデモの裸かな

書く前の手紙つめたし夕桜

夜の雲を祭太鼓が押し返す

風吹いて人来てゴーヤチャンプルー

噴水が何も濡らさず落ちにけり

マシュマロを全球炙る朧かな

たくさんの手を山霧に翳しゐる

一句目、アイラブユーのラブではなく、ラブ&ピースのラブだと思う。一筋伝う汗が見えた。二句目、書いたら手紙はふっくら厚くなる。抒情ある「手紙」という素材には、詩情の強い「夕桜」を合わせるがちょうどいい。三句目、これから深まろうとする夜と時間への抵抗。四句目、屋外でずらっと料理と人が並べたテーブルが見えた。「ゴーヤチャンプルー」の湯気。五句目、「噴水」の水は宙を切るのみ。六句目、この「朧かな」は所謂〈手をつけて海のつめたき桜かな〉(岸本尚毅)の「桜かな」の句型だろう。「全球」の「球」という単位が巧い。七句目、非日常の「山霧」を確かめる仕草がどこか儀式めく。どの句も静かなようで、その奥に体温や気温や熱を帯びている。

この「静かな熱」は他者との交流にも言える。

たんぽぽは僕が発見すみれは君

とろろ汁俺が言ふのもあれやけど

追伸に雪だよと書き投函す

野の花の発見を君と半分こにして分かち合うこと、君に言わないではいられないアドバイスがあること、君に見せたい雪があること。どれもさりげなくじんわり温かい。

2忌日の句

『渦』には一般的にむつかしいとされている忌日の句が果敢に所収されている。

手に指に熱し子規忌の飯茶碗

一茶忌の馬穴を蹴れば星生まる

子規の忌の饂飩が繋ぐ皿と喉

夢二忌のシャワー弱めて稲穂めく

賢治忌の子は鳥の名を言ひ当つる

波郷忌の仰臥思はぬ骨の鳴る

波郷忌の切られし髪の掃かれけり

なかでも私が目を留めたのは〈子規の忌の饂飩が繋ぐ皿と喉〉。

適切な比較対象ではないかもしれないが、〈広島や卵食ふ時口ひらく〉(西東三鬼)のような、美味しそうではない食べ物の一句である。食べ物が舌を悦ばすものではなく、エネルギーであり、図像的である。健啖家で知られている子規を通じて、根源的な食の意味が問われている。

そしてもう一句、〈波郷忌の仰臥思はぬ骨の鳴る〉。

長く横になっていたのか、体勢を変えた表紙に身体の内側から「思はぬ骨の鳴る」という応答があった。闘病を続けた波郷の忌を冠することで、鳴った骨によるじんわりとした鈍痛が一句に残る。

以上の所感は、黒岩さん個人への礼状に留めるつもりだった。しかしこの拙い鑑賞文がインターネットの海に乗れば、この日本のどこかで『渦』が新たに発生することだってあるかもしれない。そうして私は『週刊俳句』の西原天気さんに掲載を依頼した。

とはいえ、私にしか書けない『渦』の鑑賞文などない。『渦』の良さの数パーセントも書けていないと思う。しかし私にしか書けないこともあって、これを書くことは句集についての語りを放棄してしまうのだけれど、黒岩さんへの感謝の気持ちである。

黒岩徳将という俳人との思いがけない邂逅は、地方の高校生だった私が東京で俳句を手放さずにいられた奇跡の始まりだった。何故なら進学や就職といったライフステージの変化などを機に、他の様々な理由も含めて、もう新作を読めないかもしれない惜しむべき若手俳人たちを、私は既に幾人も挙げることができるのだから。

2018年春、松山から誰一人知り合いのいない東京に来た私を、黒岩さんは様々な句会に連れていって、沢山の俳人と繋いでくださった。私のことを知る俳人の多くは、私と初めて会った場に、きっと黒岩さんもいたはずである。更に凄いことは、このように多分にお世話になったのは、何も私だけではないのだ。氏が「体操のお兄さん」ならぬ「俳句のお兄さん」たる所以のひとつである。この並々ならぬ活動には、氏の人徳のほかに、『渦』のあとがきで触れられている夏井いつき氏のイズムも感じる。

最後に改めまして『渦』の上梓、誠におめでとうございます。皆さん『渦』を是非読んでください。


2024-04-21

ゴリラ読書会〔16号~20号〕最終回

ゴリラ読書会〔16号~20号〕最終回

実施日:2023年2月11日 13時~17時
参加者:小川楓子 川嶋ぱんだ 黒岩徳将 外山一機 中矢温 中山奈々 三世川浩司 横井来季

十句選と選評をあらかじめ作成し、当日は主に評論について話し合う会とした。

 ≫評論要約 小川楓子 黒岩徳将



16号から20号感想及び総評

小川楓子

Ⅰ とくに気になった俳論

01久保田古丹俳論「奇形個室ー崎原風子に寄せてー」(16号)

崎原風子についての理解が深まる評論であった。未読の方はぜひ崎原風子読書会をご覧頂きたい。



02原満三寿「パチン考」(16号)

02-1 大石雄介の俳句(記事内の小見出し)

「海程」の全盛時代を創り上げた代表的な俳人で主宰誌となるに伴い退会した大石雄介について述べている。「海程」所属時代の作品として、

〈青柿打ちつづければかがやく放蕩〉
〈口吸えば産卵期のひかりの漁港だ〉 『大石雄介句祐』(海程新社)より

などを上げ、退会後の作品として

〈天体の騒ぎを鼬の子と見ていた〉
〈毛も見えたりする向日葵に空気ぞ〉

等を上げ、海程時代は言葉がいつも緊張関係にあって一行詩として立っていたが、それがなくなって、表現する主体そのものへののっぴきならなさに集中していると、原は述べている。「するといよいよ自分の生き方即存在そのものということになり、それでなくても厳しい生き方をする人だからどこまでいくんでしょうね。」と書かれた大石雄介の今については、今後別の機会に紐解いてゆく予定である。

02-2 偶然ということ(記事内の小見出し)

本稿は、対談形式となっているが登場人物はいずれも原自身であると思われる。本物の偶然について「この大自然界を賭場とし、五七五という定型の壷を振ってみる。そこから飛び出す宙にほうりだされた言葉が偶然という力を借りて、われわれの前に現出する。そのときはじめてわれわれはある言葉と遭遇することになり、はじめて新しい意味の関係を持つことになるのだ。亀甲占いのようなものだ。天に祈って亀の甲羅を焼くといろいろなヒビが入る。それによって神意を読むのが亀甲占いだ。まさに偶然の亀裂としての遭遇をとうしてか、新しい意味は現出しないんだね。」と述べる。「偶然の亀裂としての遭遇」のみによって出会うことのできる意味について考えさせられる。

03原満三寿「詩人が俳人になる時ー阪口涯子俳句逍遥ー」(18号)

「詳しいことは今は書かないが、大会では、金子兜太さんと大石雄介さんの確執が表面化しはじめてきたところで、兜太さんがしきりに大石さんにいらだった。また、ベテランのО氏が「海程」新人賞の選考のことにつき、不明朗がある、というふうなことを発言したものだから、若い選考委員達が怒りだし、会がしらけだした。そのとき隅で静かに聴きいって座っていた痩身の老人が、座をとりなすような発言をした。坂口さんであった。」と原は同人大会の様子から涯子との出会いを記している。涯子については、今後取り上げたいと思うので、原の引用句のみ記す。

〈蒼穹に人はしずかに撃たれたる〉
〈草原に人獣はすなおに爆撃され〉『北風列車』
〈れんぎょう雪やなぎあんたんとして髪だ〉
〈からすはキリスト青の彼方に煙る〉『阪口涯子句集』
〈灯の海冴えて遠いそこからまだ遠い〉『雲づくり』

Ⅱ「ゴリラ」読書会を通して

谷はなぜ前衛俳句時代の作品を「もう過去のことだ」と私に教えたがらなかったのだろうという問いを解くために『ゴリラ』を読むことにした。当時の俳句や文章は「海程」に所属していた私でもしばしば頭を抱えてしまう読みづらさだった。みなさんのご協力で共に乗り越えることが出来そうです。私の問いは実はまだ解けていないので、これからも他の資料を読み進めて行きたいと思います。毛呂篤の晩年の作を読めたのは私にとって収穫でした。

谷佳紀という作家がどのような活動をしていたのか知りたいと始めた読書会であった。「海程」の主宰誌移行に伴い退会したにも関わらず、後になぜ「海程」に復帰したのか。それは「ゴリラ」を読み金子兜太周辺を知るほどに金子兜太の存在がどんどん巨大に感じられたことでなんとなくではあるが理解できたような気がする。退会した同人は多いが戻って来たという同人は私が知る限り谷のみなので、やはり金子兜太という作家を骨の髄まで知っていたからだろう。当時の勢力図などわからないままに読書会を始めたが、やはり金子兜太は同人誌時代から頭一つ抜き出ていたようだ。読書会では、便宜上、金子派と阿部派という言い方をして、少し気になっていたので大石雄介氏に尋ねたところ、阿部完市は「海程」内部でも理解しない人も多く傍流であったとのことであった。当時のことを知るのはまだまだ読書会を重ねていかなくてはと思っている。17号の編集後記にあった谷の言葉を引用して終わりとしたい。

「所与のものとしての定型はどこにもない。一句を書くたびにその定型は自立し消滅する」


黒岩徳将

Ⅰ 要約を行なった評論の感想

■多賀芳子「ゴリラ圏股覗き その三」(ゴリラ16号)について

多賀の山口蛙鬼・在氣呂・妹尾健太郎評は私の「読者としての「ゴリラの句にどう相対すればよいのか?」という疑問に一つのヒントを与えてくれたように思われる。

三人、特に山口句に顕著であるのだが、俳句のために取材する対象・素材そのものは生活実感を備えた身辺的なものである。しかし構造・韻律、言葉と言葉の微妙な距離感などは「ゴリラ」ならではの姿を見せてくれる。

あせてゆく葉っぱのこゝまでひびき洗濯機 山口蛙鬼

梅雨の家洗濯機放し飼いのごと走る 同多賀は「”ここまで”に、こう詠わずにいられない思い入れのふかさ、上っ面の知ではかれない一途な人間性」を認め、「“洗濯機”くんのご機嫌なさまが彷彿としてくる。」とシンパシーを隠さない。「彼の体内から無辜的(可笑しな言い方だが)に湧出される生活のリズム」を認めつつも「一方で、この人の「修羅」を垣間見たくなる」と対極の方向性を夢想することにオリジナリティの読みを期待させる。

感受性を前面に出した句には評者の感受性をもっと迎えうつべしと言わんばかりの多賀評を楽しく読んだ。一方で妹尾健太郎句の「あした咲く白木蓮の息吹き好き」について、「素直な抒情に充たされている」と後押しつつも「俳句の本道ともいいたい日本的美意識に忠実な軌道を歩いていったら楽々と”正道”を闊歩出来ると思う。」と欲を出すのだが、この欲の出し方については「そもそも”正道”を意識していたら「息吹き好き」とは書かないのではなと疑問が残った。多賀の立場からすると妹尾の「素地に伝統的な俳句理念がゆたかに在るらしいことは想像出来る」と感じられるのかもしれないが、曖昧な「伝統」という象徴一つとっても立脚する足場によって見えるものが違うのではと思わされた。このバイアスを一人一人の評者の評言からつぶさに見ることもまた「ゴリラ」を読む楽しみなのではと再認識した。

総じて多賀評は逐語的な精読分析ではないためにどのような思考プロセスでその評に至ったのかの道筋が時に見えないのだが、それでも「ゴリラ」に掲載された句評の中では一句読解から受けた印象をわかりやすく示しており読みやすい評言であった。

■原満三寿評論「詩人が俳人になる時―阪口涯子俳句逍遥―」(ゴリラ18号)

『阪口涯子句集』「LONGS之章」の次のような句を、阪口自身は最終的にどのように位置づけたのだろうか。

門松の青さの兵のズボンの折目の垂直線のかなしい街
海峡はいちまいのハンカチ君の遺髪ぼくの遺髪をつつむ 

上記二句を読んだだけの印象であるが、私には、最終成果物である句は、阪口自身の身体から出力することで得られる経験値のようなものを活かして作っていたようには思えず、成功していないと感じる。「門松」と「垂直線」は形状イメージとして繋がるが、言葉の持つサイズ感の伸び縮みに読者としてなかなか整理がつかない。

原の論の中で、阪口の代表句として挙げられている句について。

れんぎょう雪やなぎあんたんとして髪だ
生きづくり激浪その他すべては散り
アフリカのこぶ牛などもみてしまいぬ
海辺にてあしたのことも解りますの

「LONGS之章」と比較すると確かに、阪口が自分のスタイルを定めたような書き方をしているように感じられる。

正直なところ連翹や雪柳の連なるイメージから「髪」へ帰着する比喩にはさほど飛躍はないのではないか。そうすると一句の眼目は「暗澹」ではなく「あんたん」であることとリズム感である。表記が作るバランス感覚が内容にとどまらずリズムに影響を及ぼしている点が興味深い。この句は明るいのか暗いのか、口誦性により撹乱される。

「海辺にてあしたのことも解りますの」についての原「おどけたユーモアばかりが目について、もっともらしいことを、いかにもなにかありそうに見せたまでのことで、とるにたらない」は、必要な議論ではあると思うのだが、正直なところ「の」に気を取られすぎな気がする、もしくは一句に具体物が見えづらい描き方のため”の“に全体の負荷がかかりすぎていることの方を議題にするべきではないだろうか。

からすはキリスト青の彼方に煙る
空に鳥たち茗荷はうすく礼装して
凍空に太陽三個死は一個
胸にラッセル逃亡の一群獣写り
老ゲリラ無神の海をすべてみたり

原が「口語俳句に決別すると、次のような句が立ち現れる」として挙げているこれらの句は、何を象徴しているのかはわからないものの、一句の中での目指している世界観や方向性は空中分解せずに結晶化されているように思われた。一方で、原は上記の句よりも、「哀のアフリカ海に落葉がふりしきり」「うめさざんかの快楽はあり海辺」の方を評価しているのだが、筆者にはこれらの句の放埒さを魅力的に感じる部分があるものの、原の比較軸が曖昧なのではと感じる。

若夏(うりずん)という居酒屋のこの白花
灯の海冴えて遠いそこからまだ遠い

原が言う「いわんとすることの前に」ある「心地よさ」をびしびしとは個人的には感じられなかったが、特に「灯の海冴えて」の句には、対象物があってそれを表そうとする書き方ではなく以前に、ある対象に立ち止まることで自分の中に無意識に立ち現れる感覚を素手でつかみとるような感覚を句から得た。力の抜き加減や、原が評論内で否定する「客観写生などという、いいかげんな手法」とは一線を画していることは納得できる。

原の評にも丸ごと納得することはできないのだが、自分の感受の仕方にも強い芯を持てないことが悔しい。

■阿部鬼九男「トゲの刺さった俳句あるいは戦後俳句の一断面〈多賀芳子掌論〉」(ゴリラ19号)

90年生まれの筆者にリアルな時代の空気感を掴むのは難しい。しかし、たとえば次のような句に、阿部が「多賀芳子が戦中・戦後をくぐり抜けてきたゆえに、その興味が現在につながるのだ」「その(=多賀、筆者補記)の里程を、あるいは傷跡の方になるかもしれないが、見届けたいと思ったのだ。」と言いたくなるようなムードが漂っていることはわからないでもない。

鳥ら地を産みまっすぐにくる車椅子(『餐』、1959〜1975年の作を収録した第二句集)

締めくくりとして、阿部は多賀の傷のある俳句を「世間にざらにある晴朗俳句や健康俳句」よりずっとましだと断じるが、これはたとえば川名大が言うような「俳句のホビー化」と≒な現象に警鐘を鳴らしているのだろう。

半旗かかげる河馬一丁目のほてり
赤ん坊のまんかなくらし(※ママ)夏の月
車椅子地球をころげ落ちむか麦秋

全体には素直さ→混迷と喧騒→安定への多賀の句の性質の移行が語られたが、作家論としては割合挙がっている句の数は少なく、さらなる資料収集が望まれる。


Ⅱ ゴリラ全体感想

16-20号を読み終えても、何の能力を鍛えたらこれらの作品を噛み締めて深く読むことだができるのだろう、という思いに囚われていた。創刊号を読みはじめてから浮上したこの疑問は拭えない。おそらく「学習」や「習熟」という発想自体がよりよい句の鑑賞に直結しない。

最初は、A「主述の関係をある程度類推できるが、物理法則や通念からの飛躍がある句」とB「主述の関係が明らかでない句」では手触りがまるで違う。たとえばAの例として「ほうれん草になりそう石に耳が湧く/谷佳紀」、Bの例として「あ・い・うインク壺から独逸/早瀬恵子」が挙げられる。〜」などと考えてしたのだが、構造的に捉えすぎることも馬鹿馬鹿しくなってきてやめた。

16号にはゴリラ参加者の一句評が書かれている。「朝はじまる海へ突っ込む鷗の死/金子兜太」「しんしんと肺碧きまで海のたび/篠原鳳作」など、ある程度俳句の界隈で評価の定まっている句であり、「ゴリラ」諸氏の句の方が全体に難解であると思う。しかし萩原久美子が「しんしんと」の句に付している評「束の間、形而上的な清らかさの中に〈自己を〉凍結させてみようではないかー過去・現在・未来を繋(つな)ぐ水の上に…」は美しく、こういった美意識の上の延長線上に萩原句「うとうとと母が目を欲る十三夜」などがあるのかもしれないと考えることは実に楽しい。


外山一機

Ⅰ 評論について

01「パチン考」(16号)

90年前後の大石雄介の作家的なありかたがうかがえたのがおもしろかったです。
 
02「行動の時期がずれた草城」(17号)

概ね賛同しました。草城の句の革新性と限界、また新興俳句運動における立ち位置が過不足なく論じられているように感じました。ただ、これを谷さんが書く意味が谷さん自身にどれだけあったのかという点がわかりませんでした。
 
03「編集室酔言」(17号)※谷さんの文章

ささやかな文章ですが、谷さんの定型詩との向き合いかたがよくわかる文章だと思いました。季語・定型を自明のこととして書くということへの疑問や、定型を疑う者がなぜ定型詩を書き続けているのかという問い自体はこれまで何度も繰り返されてきたものであり、その意味ではこの問いそのものには新しさはありません。しかしその時代時代によってその問いを書き手のうちに醸成せしめる状況が異なっていたように思います。したがって谷さんたちと現在の書き手とでは、たとえ問いそのものは同じであっても、その問いを持つ動機が異なっているような気がします。その違いも含めて、検討の意味があるように思いました。
 
04「詩人が俳人になるとき」(18号)

阪口涯子概論として明快な文章だと思います。末尾の、晩年の涯子の作品に対する肯定的な評価は、当時の原・谷両氏の目指していた俳句表現の方向をうかがわせます。

Ⅱ 全体の感想

「海程」を外から見ている僕にとっては、とくに「海程」が兜太主宰になって以降の「海程」の作家たちの動きが見えにくく、その一方で兜太論が数多く流通しているために、ともすれば「海程」という場の持っていたポテンシャルと兜太や数名の書き手から推測できる作品の振り幅とを安易に重ね合わせていたように思います。いま思えば、ずいぶん目の粗い見方をしていたような気がします。今回「ゴリラ」を全号通読して、海程がその変質とともに失っていったように思われるものが、良くも悪くも多分に変質的な形で飛び出していって「ゴリラ」というかたちになったのではないかと感じました。それだけに熱量が大きく、また危うさもありますが、それは、たとえば同時期の「俳句空間」が体現していた危うさとも違い、これもまたおもしろいところだと思います。こうした、小さくとも熱い表現の場というものは当時他にもあったのではないかと思います。だから、安易に「平成無風」などと言う前に、せめてこうした場を一つ一つ拾い出して、当時何が起きていたのかという同時代的な状況を洗い直していく必要があると思いました。とはいえ、こうした検証作業は当時活動していた方々でないとわからないことが多いと思うので、なかなか厄介だとも感じます。


中矢温

Ⅰ 評論

説明不足で難解だったという点で印象的だったのは19号の阿部鬼九男の「トゲの刺さった俳句あるいは戦後俳句の一断面―<多賀芳子掌編>―」である。抒情に流されて書いているように思った。阿部が多賀の俳句をどのように取り上げて論じているかについて一部引用する。中矢の思う疑問点〔*n〕はコメントで付した。
振り返れば、第一句集『赤い菊』(一九三七―一九四七年)はもっと素直だった。その身のほてり〔*1〕を抑えるようにしながら、つまりは俳句形式に身を添うようにして

  烈日のしんしん昏き桔梗かな
  あなうらのあつきに佇てり霧の海

と詠った。自分の熱き身〔*2〕を予定調和風な季語〔*3〕に包んでいくような詠いぶりだった。第二句集は晩年の北原白秋から「あつき」より「ぬくき」の方がよいと言われた句だろうだが、ここは多賀に加担する。青春の身は「あなうら」でさえあついのだ〔*4〕。多賀芳子はそういう〔*5〕人だったと思う。

一九六七年以降の未完句集「双日抄」(仮題)からは次の句を抜く。

  ゴリラほどしずかに紅葉の山下る
  半旗かかげる河馬一丁目のほてり
  赤ん坊のまんかなくらし夏の月
  車椅子地球をころげ落ちむか麦秋

ようやく〔*6〕喧騒さ〔*7〕がひそまり、彼女はここでは呼吸を整えて来た〔*8〕ようだ。ただし、これは抽出だからそういえるのであって、まだまだ世間に未練がある〔*9〕。依然俳句定型をゆすって考えている〔*10〕のもそのひとつ。五七五などにはぼくも拘っていないが、定型をどこで差焦るかは、評者よりもむしろ実作者の最も重要な課題なのである。早い話が、ここでの初句では下五にこだわらず、「山を下る」とした方が呼吸を整える〔*11〕には適していると思う。

他の評論にも説明不足論の飛躍や、比喩表現故の難解さ(かつ魅力)を感じることはあった。しかし大体においてそれは評する作家の作品を肯定する文章であったために、それらのある種の傷(と魅力)は気にならなかった。
〔*1〕何の比喩?
〔*2〕作中主体という発想はなく、作者=作中主体?何の比喩?
〔*3〕「烈日」の激しい太陽に、秋の涼しげな「桔梗」を合わせるのは意外性があるのでは?
〔*4〕理由は本当にこれか?
〔*5〕どういう?
〔*6〕ネガティブな評価を感じる
〔*7〕「俳句形式に身を添」わせていたのでは?
〔*8〕どういうこと?
〔*9〕この句を挙げていないので、実証性に欠ける。
〔*10〕「ゆする」とはどういうこと? 定型に捕らわれているということ?
〔*11〕どういうこと?

Ⅱ ゴリラ読書会全体を通しての所感

俳句

定型や季語という装置に無批判に依存するのではなく、毎回再検討して句作しているという印象を受けた。それぞれ作風は異なるのだろうが、全体としてそういった句作における問題意識を共有している緩やかな共同体だったのでは。

評論

力や気持ちの乗った文章で読み応えが凄いと思った。ただ、私の現在の読解能力や俳句の知識の不足のため、谷佳紀や原満三寿の評論を十分に理解はできなかったと思う。

移民俳句に興味のある人間として、アルゼンチン移民の久保田古丹の作品を読むことができ、かつ久保田の語る崎原風子論を読めたのはとても貴重な機会だった。なお、井㞍香代子先生の『アルゼンチンに渡った俳句』の第一章「日本人移民の俳句普及活動」に久保田古丹と崎原風子の二名が立項されているが、参考文献として『ゴリラ』は挙げられていない。久保田古丹の主宰誌ではなく、普通に検索するのでは見つけづらいだろう資料だろうと思うが、惜しまれることかもしれない。両者が互いに評したという点で、特に6号の崎原による「久保田古丹さんのこと」と、16号の久保田による「奇形個室―崎原風子に寄せて―」が必読だろうか。本文中での崎原の俳句開始の契機についての説明にもより厚みが増すと思うし、久保田と崎原が日本との繋がりのなかで俳句を書いていたことがより見えると思うし、両者の代表句の紹介句も変化したかもしれない。久保田と崎原の両者の、師弟でもなく、親子でもなく、友人というか同士というか名状こそしがたいが、よい関係であることが見えると思う。

■ゴリラを読んで良かったこと、気になったこと

良かったことは、『ゴリラ』を読まなければ、一生名前も作品も知らないままの作家と作品に出会えたこと。気になったことは、終刊の経緯。

■新たな課題としてやってみたいこと

・『海程』を読む

・ゴリラの人々の句集の読書会
→谷佳紀、原満三寿、毛呂篤、早瀬恵子、大石雄介は見つかったが、他の例えば鶴巻直子や多賀芳子(19号の阿部鬼九男によると第一句集『赤い菊』があるらしい。多賀よし子の名義かも。)、山口蛙鬼、久保田古丹、猪鼻治男は句集を出していない?(リサーチ不足かも)


中山奈々

これは全体的感想でもあるのだが、「ゴリラ」は、

①定型を疑うこと
②日常を疑うこと
③季語が絶対的友達であるかを疑うこと
④そもそも俳句というジャンルを疑うこと

のスタンスが、各人の作品や評論を面白くしている。しているというか、わたしたちが、なんだこれは!! と面白がれる。わたしたちのなかからも出てきてもいいはずの発想(ニンゲンはまあまあ疑り深いじゃないですか)だが、それを糧に実践、つまり作品にしたり評論にしてこなかった。うーん、主語が大きいか。とにかくわたし個人でいうと、そういう目線はあったはずで、いくらでも出来たはずだ。と、後だしじゃんけんをする。

で、こんな後出しじゃんけんをするようなニンゲンにも、ああいいよ、やってごらんよ、ぼくらもやっていたんだしと明るく言ってくれている。気がする。

さて、定型を疑うこととは、定型をやめることではない。まして、定型を否定することでもない。生まれ来て、何故自分は生まれたのか。何故生きているのか。どこに向かうのか(死とはなんだ)と考えるのに似ている。決定的な結論は出ないのだけれど、それをするかしないかの差は大きい。なんとなく生きているのと、探り探り生きているとが違うように。しかも探り探りを面白そうにやっている。

定型を疑うなかで、本当に中七や下五がオーバー字数、音数したらダサいのかというのが出てくる。わたしはダサくないと思う。むしろ定型に収めるためにもぎ取られた言葉が痛々しく見えるときがある。オーバーを余裕といいたい。余裕のある句といいたい。「ゴリラ」の句にはそれが多い。必要な長さ。と少し異なるのだが、

 ひょっとしたら来るかもしれない秋雲 久保田古丹 
 青空をたべて消化しきれない木馬   久保田古丹 
 解体されてもしようのない死体は冬だ 久保田古丹 

「秋雲」「木馬」「死体(は冬だ)」に向けてしずかにゆっくり語っているのに、それぞれが末にぽんと置かれたことにより急に引き締まる。というより縮みあがる。ひとによっては余裕とは反対に窮屈ではないかと捉えるだろう。これは微妙な緩急の取り方なのだ。定型のリズムを残しつつ、その上で緩急をつける。セッションだ。

古丹さんの句に惹かれるのは「ない」という否定の形が多いからだろうか。否定といったが、「ない」の対は「ある」である。存在するものを認識して、「ない」という。つまりこの世には「ある」のだ。しかもおそらく「ある」世界のほうが圧倒的前提なのである。これに「ない」世界を見る。前提のマテリアルはいつだってみんなと同じように見えるわけではない。十一面観音が十一面かどうか、そして面がきちんと面として見えるのか、わざわざ確かめることなんてしないが、それが必要なのだ。本当にそうなのか。見すぎて変になるなら、本望である。

 精液薄いぞ馬とも石ともつかぬ 谷佳紀 
 服はほとんど刃物で精液のこのまぬけ

〈途上はすでに〉と題された作品は十句中八句「精液」であり、最後の二句も「精液」は出てこないが、それに関連した句である。精液をとことん見つめたといえるかどうかわからない。ただマテリアルの精液が、モチーフにまで昇華していることはわかる。ときに新しい句を、ひととは違うものを求めるとき、素材を奇抜にしてしまうことがある。「精液」はどちらかといえば奇抜かもしれない。が、精液を要する性の生き物にとれば、日常の範囲内なのだろう。何が日常か。日常という素材の、何が句を誘因してくるか。意欲を掻き立てるか。掻き立てられて思考は駆けて、広野を掴んでくる。

その広野において、わたしたちは季語を杖としている。確かにぬかるみにいても、季語はしっかりして頼れる。季語に頼りすぎてぬかるみで安堵している句がいいとは限らないが。俳句人口の大半が季語といる。俳句の絶対的友達という認識である。季語を疑うというと、季語が必要か否かと思われがちがだが違う。友達が友達として居心地良くできているか、友達としてあまりにも一方的に利用していないか、信用しすぎていないかと考えることである。あるいは友達なんだからもっとラフに出てきてもいい。

 鯨撃ちの放尿さんたる燈台 原満三寿 

そして「ゴリラ」17号に詩や小説を載せることに、さて俳句とは、と思わされる。それは評論や座談会を読んでいてもそうなのだけど、俳句の話をして、例えでパチンコが出て来たり、連句に触れざるを得なかったり。わたしたちは本当に怠ければどれだけでも怠けられて、ひたすら句を作ることだけをしていてもそんなに咎められることはない。自ら荊の道を行く必要はない。まして、元の所属誌「海程」(という兜太さん)に言及せずとも違う論考はいくつも出来る。しかし触れてこそ進める。俳句そのもの、その俳句を作るひとたちの集団、それを取り巻く状況は一瞬にしてクリアには出来ないが、もがいてもがいてじっくり見つめ直す。優しくも厳しい視点で。それはまさにひかりをたくさん含んだゴリラの瞳のようである。
 

三世川浩司

Ⅰ 今回の号の感想

16〜20号を通じての感想を手短に言うと「掲載された多様なジャンルの文芸作品や論との無意識な相対化により、俳句詩型における韻律・一語の強度・季語の存在理由を考察する良い機会を与えられた」になります。さらに自分にとっての俳句詩型は、なぜ生理的距離感が近いのかということも。反面、詩型や論の多様性が、『ゴリラ』の志向や理念の一貫性ある把握に、混乱をまねいた向きも少なからずありました。

そんななかで個別には、特に19号の「詩人が俳人になる時ー阪口涯子俳句逍遥ー」に多く得るものがありました。以前から阪口作品には、燭に浮かびあがる聖堂伽藍のような精神性により惹かれていたのですが、ときに垣間見せる知的な佶屈さや重さに疑問を懐いていました。これについて、阪口の人間性や詩性など表現行為の背景の提示があり、理解が進んだ次第です。

Ⅱ 全体を通しての感想

主に同人誌時代の『海程』で作られ、一般的に前衛俳句と称された作品の鑑賞において、どんな魅力が価値があるのか、言語化できないこと度々です。そうした状況で『ゴリラ』全20号を通じての作品評に限らず俳論や作家論から、言語化のテキストと指針を得られたことは大でした。これに関連して、主に谷と原の論評にはポスト前衛への志向が読み取れました。ですのでそのコンセプトの具現化として、『ゴリラ』という場での両名その他たとえば崎原風子や前田圭衛子による、さらに叶うなら大石雄介による作品をもっと鑑賞したかったです。

個別には、敬愛する毛呂篤や崎原風子他の作品と俳句シーンやムーブメントに対する、読書会参加のみなさんの多角的な評と考察に多くを教えられました。総じて上記作家等の『ゴリラ』に掲載された数々のーおおよそ前衛俳句と称されるー作品の存在理由を再認識・再確認できてうれしく思っています。

追記として。前回、自分がたまたま口にしたことを記憶されていた中矢さんにその刊行を教えられ、外山さんご尽力の『宮崎大地全句集』を入手できたのは僥倖でした。


横井来季

Ⅰ 16号~20号

普段通りの印象だった。なんというか、「ゴリラ」らしい句が多いと。だから、20号で、「ゴリラでやれることはほぼやり終えたのではないか、これ以上続けてもマンネリズムのだらだらした物になりかねないということ」と書かれているのは、その通りだと思う。というのも、前衛的な句が、「ゴリラ」には多く並んでいるが、その方向性がある程度定まってきたようが気がするからだ。そのため、句はいつも通りといえば、いつも通りだったと思う。評論については、19号にある、多賀芳子論の、「多賀は現実の生活のなかに入り込む社会の混乱を受け止めながら、政治体制の変革だけでは問題の解決にはならないことを体験的実証的に知っていたのだろう」と書かれているのが、どうにも気に掛かった。私は、多賀のことをよく知っているわけではないが、作品を見る限りでは、そうとも言えるし、そうとも言えない程度の指摘な気がした。むしろ、多賀の句は、政治体制の変革だけでは問題解決できない「だから」……と続くような感じがするが、むしろ私は、どちらかというと、多賀は俳句好きなおばあちゃんのような感覚がする。

Ⅱ 全体の感想

「ゴリラ」の俳句は、従来の俳句から、俳句性を取り除く試みが行われているものが多かった。だけれど、それが何か特定の方向に偏っていった結果、マンネリに陥ったような気がしなくもない。俳句は、俳句になった瞬間から、(たとえそれが日常のものを描いていても)日常と非日常のハイブリットとして、作品としては現れる性質がある。そのため、その俳句性を取り除こうと思ったら、そのどちらかだけを抽出する方向になる。だから、「看護婦が襁褓を床にたたきつけ 猪鼻治男」(18号、p8)のような、率直にすぎるものができ、逆の方向では「傷だらけの魚すくわれて廊下をはしる 猪鼻治男」(18号、p8)になる。だけれども、そうすると、句作上の武器が、他には韻律ぐらいしかなくなってしまう。だから、最終的にはマンネリになってしまったのかなという感じがした。

それと、多分「ゴリラ」の句は、評論がセットの方がいいのではと思う。それは、「ゴリラ」の句が、一句独立で成り立っていないというわけではなくて、その良さを理解し、言語化してくれる良き読者がいてくれると、こちらとしても勉強になるところが増えるからだ。実際、最初の読書会では、「これは、何を選べばいいんだろうか」と酷く迷った記憶があるし、毎号掲載されている評論・俳論も、本質論よりはどちらかというと、作品論の方が面白かったように感じる。全体として、とても面白かったのだけれども、欲を言えば、最後、マンネリを理由に終刊するのなら、そのマンネリの理由について、もう少し深く掘り下げて欲しかったとも思います。

ゴリラ読書会〔16号~20号〕評論要約 小川楓子 黒岩徳将

評論要約


■01 久保田古丹俳論「奇形個室-崎原風子に寄せて-」(ゴリラ16号)

小川楓子要約

評者の久保田古丹は、崎原風子とともにアルゼンチンで俳句を作っていた。久保田は、ゴリラ6号から寄稿している。さて、崎原風子の簡単な紹介として数句引いてから進める。

参照:崎原風子読書会「ゆたかな等高線へ」〔前篇〕 〔後篇〕

『崎原風子句集』(海程新社)

Ⅰ 南魚座(1959-61)

野の十字架冬日尽きむとして奢る
向日葵群れ焦点のない焦りくる

Ⅱ 寝棺(1962-70)

わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線
婚礼車あとから透明なそれらの箱

Ⅲ もっとはるかな8へ(1972-69)

い。そこに薄明し熟れない一個の梨
う。夜あけ前のうすい肉親それらの離陸

アルゼンチン移民の風子は、筆者である古丹が選者の邦字紙の選句欄に投句することをきっかけに俳句を始めた。古丹の誘いによって俳会「南魚座」に入会。一見非現実的な彼の作品に、意外に写実性が低徊しているのは、沖縄、内地、亜国を転住し、それぞれの土地の影響を受けたからではないかと古丹は推察する。このような風土性は風子に不安をもたらし、その突破策として三風土の融合を試み、結果として「白色地帯と呼ばれる作品を作り出した」と比喩的に評している。(「白色地帯」という言葉から推測するに、崎原風子句集のⅡ寝棺の時期の作品を指していると思われる)。しかし、白色地帯も三風土の混成した現実であったため、脱出を試みたのだった。

い。そこに薄明し熟れない一個の梨
う。夜あけ前のうすい肉親それらの離陸

等の作品について当時、機能的可能性について論じ合われたが、古丹は、「い」といい「う」というも、つまりは単に「掛声」「気合い」あるいは「呪文」に過ぎない一種の呼吸であると述べる。この試みもまた慣性を招き飽和状態になってしまった風子は、詩をやりたいと興味を移したようだ。古丹は「風子よ、今一度自分の背にある大パンパスを好むと好まざるに限らず、不可避な実在として見直してもらいたい。そこから新しい詩境のパイオニアが生れるものと思う」と結んでいる。『崎原風子句集』の解説を担当した「海程」の元編集長大石雄介に先日尋ねたところ、「崎原さんが作句した期間は短かった。その後のことはわからない」とのことだったので、風子は俳句と関わったのは短期間であった可能性が高い。


■02 「俳諧放談 パチン考」(ゴリラ16号)

小川楓子要約

〈出席者〉鯨丘草波 文司流山 〈コーディネーター〉原満三寿

※対談形式となっているが実際は原の一人語りと推測される。以下に座談会文章の要約を記す。

■02-1 大石雄介の俳句(記事内の小見出し)

「海程」の同人誌時代の全盛期を創り上げ、主宰誌移行とともに「海程」を退会。手書きの主宰誌をわずかな人に配布し、謎の俳人となっている大石雄介を取り上げている。「海程」在籍中の初期作品とその後の作品を比較する。

自我ごうごうと照る白岩か冬の俺は
口吸えば産卵期のひかりの漁港だ
紅葉食らって山犬が吐く空気だ
存在の淋しさ緑便夏の華
寝室はどの塊が秩父往還に
鱧の湯引きを存在のひとすじを吸うよ
河口より黄のトラック群わが戸口に
足長蜂荒れわだかまる鳥の暗さ
昼月しずく花鶏しずく枝に積もらぬ
(『大石雄介句集』海程新社より)

紅葉の山の濡れたまんまかな
大きく大きく汚れきった黄揚羽
腹鳴りも朝寒もちょうどいいな
天体の騒ぎを鼬の子と見ていた
俺だか黄のヘルメットだが分からない日暮
斑の山羊生れたまま大きくなった
轢かれた雀を「きれいだ」といってしまった
毛も見えたりする向日葵に空気ぞ
友来る冬鮒らいらいとあるべし
野犬といて鼻毛があるなと思えり
(『包』1~5号より 1号は1988.2.15刊行)

海程時代は言葉がいつも緊張して一語一語がのっぴきならない関係を結んで息苦しいほどの一行詩として立っていたが、『包』においては、表現されたものよりは表現する主体そのものへののっぴきならなさに集中していると原は述べかつての大石の理論について説明する。
〔補足1〕かつての大石理論

・語彙とは人それぞれの体験と意識の全体に対応する言語体系を単語の面からみたもの。各語はすべて有機的な関係として存在≒語彙体系といってもよい。

・ある一語を選び取る=一語+一語の抜けた語彙体系を選びとること。

・俳句形式=語彙体系から五七五、十七音を抜き取った、その空白としてしか価値づけられない。

・語彙体系は、この空白によって静的な充足を破られ、ひとつの動的な緊張関係に転じる。

・ことばとぼくの関係とは、ぼくらが手段でも目的でもなく、日常的なあらゆる限定を超えて、生の全容になる。

〔補足2〕上記の大石理論に対する感想  小川楓子要約

語彙が、残りの語彙体系と釣り合うものならば、韻文散文をとわず、あらゆる表現は、同価値ということになる。そこには何故俳句なのかが解き明かされていない。

表現された語彙が本来的に生の全容そのものならば、何故いろいろある言葉のなかから一つの言葉を選びとる必要があるのか。

選ぶ作業そのものが人それぞれの生の全容をあらわにすると述べる大石が、選ぶ行為をする大石という存在に目を向け出し、俳人としての全存在をかけている。

小川・追記

『包』は7号までは複数名で発行していたが、8号から現在に至るまで大石雄介の一人誌となっている。
『包』3号「文は人なり」において、大石は森鴎外の史伝『栗山大膳』にたまたま目を通して特別興味はなかったが「そうせずにはいられないことをしている。そのあり方に打たれるのだ。全体重をかけて、無心に。それだけでいい。それが作品の価値というものだ。このときぼくらは「文は人なり」の語をその頁の意味で負い、あるいは受けとめることになる。用を求めてやまない現今の風とは別にぼくらはこういう先人と同じところに立って俳句を書いているのだ」と記している。

■02-2 偶然ということ(記事内の小見出し)

言葉は一語を選ばなくとも天から降ってくることもある。座という疑似的異空間において定型という壷の中で振られると、かぎられた偶然ではあるがなにがでてくるかわからない、その面白さに遊んだのが連歌の文学だった。

時代は変わり、座を今も囲んではいるが、一人一台のパチンコ台で誰が一番玉が入ったかを競っているにすぎなくなった。

ほんものの偶然とは、大自然を賭場とし、定型の壷を振って宙にほうりだされた言葉なのではないか。

■02-3 意味、俳諧について(記事内の小見出し)

俳諧においては、意味も天から降ってくる偶然そのものなのだろう。狂気、無意識等の現象としてその姿は垣間見られる。対して意味世界は俗世界のコードの回路においてのみ受容され、その論理と論理世界の感動を呼び起こし、伝説を古典化することはあっても、これからの人間にとって新しい位相を切り開くことはできない。許容されたコードで俳句を書く行為も古くからの生をなぞっているにすぎない。

諧謔は、共同体物語の破壊として反世界をつくるが、あくまでも意味世界の存在を前提とする。
小川・追記:原満三寿『いまどきの俳句』に俳諧放談〈パチン考〉は掲載されている。

■03 多賀芳子「ゴリラ圏股覗き その三」(ゴリラ16号)

要約:黒岩徳将(以下同)

多賀が過去の「ゴリラ」作品の見渡した評論である。評論対象は山口蛙鬼・在氣呂・妹尾健太郎の作品である。

山口句を5句引用、うち2句を次のように評する。

梅雨の家洗濯機放し飼いのごと走る 山口蛙鬼

「洗濯機放し飼いのごと」といわれると、”梅雨”が滅法明るく野面を駈ける、”洗濯機くん”のご機嫌なさまが彷彿としてくる。

噴水に触れ素手ふとありふと暮し 同

この句の”ふと暮し”にたち止る。”ふと”は何気なくとも”太”とも読める。”暮し”は”黄昏し”を孕んでもいる。”ふと”の重複には、時空雨をこえてある蛙鬼の生のリズムが感じられないだろうか。

多賀は山口を評する際、柄谷行人の「自然(じねん)=どこにも主体がなくて、何か自然というべき働き(傍点柄谷)があって、その結果としてこうなったのだ」や橋閒石の「俳諧の精神=殊更に構えた調子でなく、普段のことを種にしながら書く。それがまた俳諧の精神に非常に近い」を引用して特徴として指摘しつつも、讃辞としてこれらの言葉を送るのではなく、「この人の「修羅」を垣間見たくなるのは、私だけの望蜀にすぎるのだろうか。」と締めくくる。

在句は6句引用、全体に「異界への渇仰を意思で立ち止まらせた残滓が、柔和な表白の裏に見えかくれして、氣呂独自の詩的空間をかもし出している」と、現実からの遊離を指摘。

青葉木兎遠く縫針行くごとし 在氣呂
部屋を馳けめぐるサイコロ部屋自身 同
赤い釘ゆらりと「誰か居ませんか」 同

「青葉木兎」の女族めいた絹糸の怨念。「部屋を駈け」の、無機質な自我表白。「赤い釘」のもつ、ソフトタッチの嗜虐性」と、一句の中のパーツを抜き出して全体的なテーマを探ろうとする鑑賞法である。

飽食日本の現実に生きる者の自己愛の痛痒があるのかも知れない」と在句を物言いたげな風に捉えている。

妹尾句の〈あした咲く白木蓮の息吹き好き〉については、「伝統的な俳句理念がゆかた(ママ)に在るらしいことは想像出来る」「素直な抒情に充たされている。」と述べる。伝統的な俳句理念の「伝統」性については「俳句の本道ともいいたい日本的美意識に忠実な軌道を歩いていったら楽々と、”正道”を闊歩出来ると思う」と言及しており、やや多賀のポジションを示すにとどまっており細かな分析はない。多賀の論旨は、妹尾が「白木蓮」のような「等身大」の句柄を超えて「「現代俳句」への挑戦を敢て決行」している若々しさを感じるというものだが、加えて後の2作の「挑戦」を次のように論じる。

そりやあそあ絶対冬木アキラはさあ 妹尾健太郎

世紀末の俳句圏はこうした舌足らずの表記をやすやすと許容するのだろうか。私には、日本語を完全にマスター出来ない人間の、樹間の悲鳴くらいにしか解せない。」「資質が、ともすると情に棹さして流れやすい純な脆さ、とみる故にいたましさがさきに立つ。

ひとさらいぐらい目映い秋葉原 同

めずらしく自立した作品である。”ぐらい”は良い。”ひとさらい”という喩をこの言葉がぐっと現実にひきつけ、「あきはばら」という街の特異性を十分に活かしている。心理状況もよく伝達された秀吟と思う。

多賀は妹尾句にも山口同様の「自然(じねん)」や「俳諧」の無理のない形態を見出して、「異邦人が街をさまよう如き、新鮮なおどろきと不安を内在させることが出来る」としている。かつて多賀は「ゴリラ圏股覗きその二」で谷佳紀句に「反人間的な酷薄な自他否定の詩的営為と、うらはらな、そこからにじみ出る熱っぽい人間味」があると述べているのだが、妹尾とは相反していると言いつつ妹尾に「言葉の波に翻弄され、言霊の恩寵に見離されかけたときには、極北に在る谷佳紀の孤独な使徒ぶりを想起してほしい」とまとめる。


■04 原満三寿評論「詩人が俳人になる時―阪口涯子俳句逍遥―」(ゴリラ18号)

「海程」の注目すべき作家として、14号で崎原風子、16号で大石雄介を取り上げた原は次に阪口涯子を論じる。「なぜかというと、崎原氏も大石氏も阪口さんに大いに心寄せていたと思われるからである。」とある。海程新人賞選考の際、ベテランと若手の選考委員の意見が割れた際に阪口氏が座をとりなすような発言をしたエピソードを交えている。

阪口涯子は1901年佐世保市生まれ、1925年九大俳句会に参加、のち「天の川」同人。1962年「海程」に参加、1968年口語俳句と決別し「鋭角」を発行、1987年「蒼穹」創刊、顧問になる、1989年死去とある。句集を三冊刊行している。「天の川」の吉岡禅師寺洞が口語俳句運動を推し進めると多くの実験的な口語俳句を創作し、最後にたどりついたのが、いわゆる造形俳句運動をすすめていた金子兜太らの「海程」であったと原はまとめている。

原は阪口を「いつも時代の最先端の俳句運動の渦中にいた」「最後に住いとした「海程」でさえ満足は得られなかったのではないか」と書いている。本評論では、原は阪口の初期の作品も後期のものも、基本的に阪口が作品を作る過程を想像するスタイルで評をしている。句が多くの人にわかりやすく伝達されているような表現になっていないために、書かれた最終形態としての一句の言葉をつぶさに見ていく評がしづらい句が多いように思われる。

なお、阪口涯子『北風列車』は、遺族に許可をとった涯子応援隊による下記のブログで全句が閲覧可能である。

原が「創作順に、世評の高い作品と注目したいもの」として挙げた句が抜粋されている『北風列車』は、「動乱の戦時下から混乱の戦後をくぐっての作品集で、作家の井上光晴が絶賛したことでも有名になった。」とある。

『北風列車』(第一句集)

蒼穹に人はしずかに撃たれたる
草原に人獣はすなおに爆撃され
夕餉の家にきらきらと凍河もちかえる
苦力の流れに身をしみじみとひそめたる
冬天のもとの木椅子に寄らんとす
北風列車その乗客の烏とぼく

厳しい状況に己の身を投じる句が並ぶ。「蒼穹に」の句を原は「虚空に両手をむなしくあげて撃たれる兵士を撮った、ハンガリーの写真家・キャパーの有名な白黒の写真を見る思いがする。」(おそらくロバート・キャパのこの写真のことだろう)とし、「暗い時代とそれに犠牲者としてたえながら、時代にふりまわされる過酷な人間たちを見据えるリアリストの目がある。」と述べる。「「蒼穹に人は…」「草原に人獣は…」の句は、ノモンハン事件当時(昭和十四年)の作といわれているが、すでに一部からにらまれており、涯子も日本にいたならば検挙されていたと考えられるが、国外にいたので難を逃れられた、といったところであった。すでに出征していた俳人の前線の生々しい表現や戦火を想望した俳句が国民一般の厭戦的な傾向を助長するというのが、治安当局のもっとも恐れたことではあったからだ。)」と添えている。思想をやや直接的に表現した『北風列車』を、「自分のいいたいこと(詩)を客観写生という俳句の器にほうりこんだままの不熟な出発ではあった」と欠点を指摘しつつも、「当時の涯子の俳句の特徴は、なんといってもそのリアリズムによる写生手法にあっただろう。観念としてのヒューマニズム思想から引き出されたリアリズムという手法と俳句の方法論として抑制しあいながら居心地のいい混在をなしていた。」「『北風列車』は、句集としてそういう欠点をもっていたとはいえ、その詩人としての時代との対峙、抵抗の仕方は、誰にでもできるものではなかった」と、「リアリズムによる写生」と「抵抗」をキーワードとする。しかし、原が『北風列車』で解釈した阪口句の特徴は、以降「口語俳句」と「定型の否定」により大きく変質すると指摘している。

『阪口涯子句集』

門松の青さの兵のズボンの折目の垂直線のかなしい街
海峡はいちまいのハンカチ君の遺髪ぼくの遺髪をつつむ 「LONGS之章」より

原は阪口の「戦後禅寺洞が口語自然律を提唱し、……ぼくらもそれに反対しながらも四分五裂しながらもそれに従ってその方向での実験実証を重ねていった」(『黒の回想』)という記述を挙げる。禅寺洞の「五七五の古くさい文語定型のリズムを否定し、しかも新興俳句の限界を克服しよう」とした試みを阪口は横目に見ながら、同じ轍を踏まない様にしたいと思い、されど失敗する可能性が高いことを意識しながらも、定型をはみ出した長い句の実践・実験行為に踏み出した。

原は「ダメとしりつつくりかえし作った口語の実験が、意外にも涯子独自の言葉の吐き様、言葉の呼吸の出方を形成していったようだ。そういうものの代表作として喧伝されたのが次のような句であった。」と述べる。

れんぎょう雪やなぎあんたんとして髪だ
生きづくり激浪その他すべては散り
アフリカのこぶ牛などもみてしまいぬ
海辺にてあしたのことも解りますの

原は次のように述べる。「特に、「れんぎょう雪やなぎ…」の句は、涯子生涯の代表作と評判になった。この流れるようなリズム、青海波の西陣をみるような果てしなく連なる詠みぶりは、定型にはない涯子独自のものだ。しかも「…あんたんとして髪だ」という比喩の使い方はまさしく一時の「海程」流ともいうべき作りかただった。

「海辺にてあしたのことも解りますの」についての八木原裕計評「"の“の字による呼びかけは、まさに口語定型の醍醐味というべく、軽くやさしい一字が、むしろ重い内容を伴ってくる。」と評価し、対して原は「おどけたユーモアばかりが目について、もっともらしいことを、いかにもなにかありそうに見せたまでのことで、とるにたらない」と厳しい。

原が「口語俳句に決別すると、次のような句が立ち現れる」として次のような句を挙げている。

からすはキリスト青の彼方に煙る
空に鳥たち茗荷はうすく礼装して
凍空に太陽三個死は一個
胸にラッセル逃亡の一群獣写り
老ゲリラ無神の海をすべてみたり

これらの句について、原は「涯子だけの俳句世界というには未完という気がする。」と言いながら先行する海程作家の句の類似性を挙げたり、上記の句よりも〈哀のアフリカ海に落葉がふりしきり〉〈うめさざんかの快楽はあり海辺〉の方を評価して「いかにも精神が開放されていて、俳句が自由にのびのびとしている」と述べている。

八十三歳の涯子の最後の句集『雲づくり』からは、懇意にしていた海程の作家家木松郎氏との関わりのエピソードも紹介しつつ、もっとも推薦する二句を引いて「俳句を創作するプロセスが一切見えない。いわんとすることの前に言葉が自らある俳句となってできた心地よさ」「詩人が俳人になった」と評する。

若夏(うりずん)という居酒屋のこの白花
灯の海冴えて遠いそこからまだ遠い


■05 阿部鬼九男「トゲの刺さった俳句あるいは戦後俳句の一断面〈多賀芳子掌論〉」(ゴリラ19号)

〈前提〉
過去の「ゴリラ」読書会でも多賀の句については「鳥騒やひとりカルタひとり花骨牌」「砂漠立つ胃の腑のような映画館」など触れてきた。文章については、一例として16号の多賀芳子「ゴリラ圏股覗き その三」要約を参照いただきたい。多賀論執筆者の阿部鬼九男は「俳句評論」のメンバーであり、ネットで見られるものとしては「大井恒行の日日彼是」にしのぶ会の記事がある。

〈要約〉
阿部は多賀作品を通した時代の見え方について書き出す。「多賀の作品を見ているうちに、近頃さしてお呼びがない方々、鶴見俊輔や日高六郎あるいは管孝行などが、日本の戦後期の思想を括った、一昔前の、すでに書棚で埃を被っている本を再読したくなったりする」と述べるがそれらの作者の時代の見方の射程距離の短さに言及し、「知・思考のあり方に対する問い直しも著しい」現在であると述べる。(ゴリラ19号発刊は1991年。)

鳥ら地を産みまっすぐにくる車椅子(『餐』、1959〜1975年の作を収録した第二句集)

阿部はこの句に、「戦中・戦後を負ってきた者でないと、こんな句は作れないだろう。」と「傷跡」を見出すも、「ここの「ら」は言い放ちの口調でもあって、「鳥(たち)よ」の柔軟さからはほど遠く、なんでも採り込むことに性急な時代相」がすでに窺われる」と厳しい。続いて橋本多佳子〈乳母車夏の怒濤によこむきに〉と比較して、乳母車に生命の危機感を見たり車椅子に高齢化社会を想起する読みを愚とする。「この句のなかで車椅子がためらいなく直進して来るさまは、橋本多佳子の乳母車の静止からエイゼンシュタインのそれの動揺を経て、「車椅子」のこわさを引き出している。(中略)周囲の状況を省略し、意識から意欲へ転轍させた手柄だ。」と、作者の感受の仕方については高評価する。

もう一句、〈鱒の晩餐荒縄のごと酔ってくる〉と合わせて、「自覚的でないにしても、社会の発展段階に対する違和感が言葉をきしませている。俳句から時代をみるのは作品論の筋からは外れていくことだろうが、時代が彼女の俳句に映ることはさけられないこととしてあった。」と述べる。

眼路に船さびつき欲しいパンと水
わたしは雲くろい椿に焙りだされ
光る糸編むみどりの馬を夜空にえて

3句に対する阿部評は主題とレトリック両方から攻めている。

これらの生の乾きや深層心理への探りや幻想への希求と抑制からの解放などが、わずかな無理強いと安直な妥協(言葉の上では「眼路」「わたしは雲」「えて」など)によって十分な昇華に至らなかったのを、多賀の足ぶみとみるか時代の混迷とみるかむずかしいところだが、傷つけられた俳句のなかにも良質な詩性が息づいている。

社会的・心理的また階層や性やその他の差別からの解放は一足飛びにはやって来ない」ことを多賀が理解しているのが上の3句に現れていると阿部は決定する。この後に阿部は、多佳子や鷹女といった「女流俳人」が「自分の領域をかなりはっきり設定してそこから出ずに、加えて女の情念のようなものを武器に勝負した。更に三橋は孤絶とまで言い得る境地に達する」ことと比べて、多賀の「意識だけが先行するような句が多い」と結論づけている。

烈日のしんしん昏き桔梗かな 『赤い菊』(一九三七〜一九四七の句を収録した第一句集)
あなうらのあつきに佇てり霧の海 同

自分の熱き身を予定超和風な季語に包んでいくような詠いぶり」であった「素直」な第一句集から、時代の混迷をくぐり、一九七六年以降の未完句集「双日抄」(仮題)から次の句を引用する。

ゴリラほどしずかに紅葉の山下る
半旗かかげる河馬一丁目のほてり
赤ん坊のまんかなくらし(※ママ)夏の月
車椅子地球をころげ落ちむか麦秋

2句目、4句目など慣れない人には性急感があるかもしれない韻律感だが、阿部は「ようやく喧騒さがひそまり、彼女はここでは呼吸を整えてきたようだ」とみなしつつも「依然俳句定型をゆすって考えている」とも指摘。575定型を所与のものとしない人たちの前提が共有されていることがわかりやすく示された。締めくくりとして、阿部は多賀の傷のある俳句を「世間にざらにある晴朗俳句や健康俳句」よりずっとましだと断じるが、これはたとえば川名大が言うような「俳句のホビー化」と≒な現象に警鐘を鳴らしているのだろう。「題とした「トゲの刺さった俳句」を「トゲのある俳句」と読み違えないでほしい。」と念押しをして本論は閉じられた。

ゴリラ読書会〔16号~20号〕十句選

十句選


◆小川楓子

私が『ゴリラ』研究を始めたきっかけは谷佳紀の作品の変遷を知ることであったため、最終回は谷の十句を選びました。

言葉の骨はこのコーヒーの残暑かな 18号 谷佳紀(以下同)

言葉の骨とは、何だろう。俳句の文体か。あるいは「骨のある人」のように自らの信念を貫くような言葉について表しているのだろうか。谷に尋ねれば「言葉の骨は、言葉の骨ですよ」と言うような気がする。「コーヒーの残暑」には気だるい初秋の皮膚感覚がある。「このコーヒー」があるからこそ閃いた一句なのだろう。

残暑の候一掴みの服にバッタ乱れ 18号

「一掴みの服」という措辞は、薄く軽い夏服、さらにはバッタの羽を想起させられる。残暑の候→一掴みの服→バッタ乱れ、と言葉が言葉を追うように作句されているので、意味は追わず言葉の質感を味わいたい。

道路の肉ゆらいで透明昼深し 19号

「ゆらいで透明」なのは陽炎だろうか。肉体を持つ作者が立っている道もまた肉であるならば、母体回帰のような感覚を得たのかもしれない。観念に重きを置く書き方は、その後の谷ならば一蹴したにちがいない。

言葉たち水たち仏画の筋肉たち 19号

平安時代に描かれた普賢菩薩像や孔雀明王像を思い描いた。柔らかな皮膚や脂に包まれたように見える仏の姿であるが、浮くために脂肪を必要とする水泳の競技選手のような筋肉が仏にもついているのだろうか。あるいは、画力のことを筋肉と表しているのだろうか。いずれにしても水に漂う言葉と仏画への想像は自由だ。

ダルマ落としもピテカントロプスもしみじみ引力 19号

たま「さよなら人類」がリリースされたのが1990年。「二酸化炭素をはきだして/あの子が呼吸をしているよ(中略)今日人類がはじめて/木星についたよ/ピテカントロプスになる日も/近づいたんだよ」という歌詞は当時より今の方がリアルに感じる。「しみじみ」がユーモラスである。

私から前方が出て地のすべて 19号

「走るときはウルトラマラソン、歩くときは作句」の谷にとって地面は、何より近しいものだっただろう。風を切りながら道を走ると自分の両側の風景は変わってゆくが、前方はどこまでも似たような地面が続く。私である作者が迫り出して地が生まれるような疾走感が伝わって来る。

梅の木の空腹に凭れとまどう 19号

私の空腹が凭れた梅の木にも伝わって空腹を分かち合っているような気がしているのだろうか。いや、とまどっているのだから違う。作者は、梅を眺め、香りに満足しているが、梅の方には渇望する気配を感じたのだろう。梅の欲のなんと健やかなことか。文体の捻じれ方のレトリックがこの時代の谷にはまだ残っている。

引力は好調僕らの手がつつむ 20号

経済が安定成長期から、バブル景気に向かう時代に引力というのは前向きな言葉としてよく使われていたように思う。トヨタ自動車の1983年「コロナFFセダン」キャッチコピーは「僕らに引力、コロナの引力」であった。「引力は好調」という措辞は、谷の元よりの明るい性質から生まれたと感じるが「僕らの手がつつむ」は、経済や科学の進歩が様々な課題を解決できるという希望のある時代だったからではないだろうか。

山裾の揺らぎは雨中の山高帽 20号

山裾が雨でよく見えないことを揺らぎとして捉えている。山裾さえもはっきりとは見えないのだが、山の全体像を想像して山高帽を思い描いたのだろう。ya-yu-u-u-ya-uという揺れるような音の響きから導かれた言葉として、山高帽がすっと頭に浮かんだのかもしれない。

鳥たちへ川がひじょうに落ちついている 20号

非常に落ち着いている状況が日常なのだろうということを「ひじょうに」という表記から感じる。鳥たちへ/川がひじょうに落ちついている と読むと私信のような独り言のような呟きに感じられる。上五で切って読まないならば、鳥と川の存在が溶け合っているような不思議な風景が見えて来る。歌人の永井祐の作品を彷彿した。


◆川嶋ぱんだ

ゴリラ作品は、この読書会でも韻律が話題になっていたように、口に出して読んでみると独特な調が楽しく感じられます。今回の課題であった『ゴリラ』16号~20号の選をするとき、各号20句前後は抜いてしまい、最終19句に絞ってかなり迷って泣く泣く9句落として10句を選びました。選んだ俳句についていくつか感想を述べます。

馬鈴薯が芽立つ瞬間貴族とは 行田泓

馬鈴薯の芽が出た瞬間の光景を想像するとき、春に下萌のように、やわらかな地中から芽がにょきっと生えてくるところを想起します。「貴族とは」が、下五に出てきますが、貴族的な人物や生活などは想像することがなく、貴族の「貴」という言葉のイメージから、そこに光が降り注いでいるような読みをしました。

あ・い・うインク壺から独逸 早瀬恵子

「あ・い・う」と中黒を使った表現は、インクが滴っているような感覚があります。独逸もここではヨーロッパのドイツを意識するよりも漢字で書いたときの独逸の「逸」という字から、インク壺からインクが滴り漏れるという感覚があります。

後略の三日月 プチブル的に ぬ 荻原久美子

一字空け作品というのが私の個人的なテーマであるので選んでしまいました。一字空けは言葉のイメージを強調する作用がありますが、この句の場合は最後の一字「ぬ」という文字(音)が強調されています。本来的に「ぬ」一文字的には何も意味を持たないはずですが、「プチブル的に」という溜めが効いていて、「ぬ」が小市民の将来の不安というか、人生のまだ見えぬ欠けた部分の屈折が出ているような気がしました。

天の川ロー足かざしてはるばる 久保田古丹

ロー足は、そのままローソクの意味で捉えました。ローソクって上はメラメラと灯っていますが、足元には溶けたローが溜まるじゃないですか。だからこの「ロー足」は上部の火よりも足元の部分に注目が集まる感じがしています。天の川という遥か遠くのものと、ローソクがつながる感覚が面白いと思いました。

軀のうちに樹のうらにまわる霧さむいね 原満三寿

軀から樹、樹から霧へと次々に展開していくのが面白いと思いました。「う」と「き」の音の連続でテンポ良く読めるのですが、最後の「さむいね」でストンと現実に戻るような感覚があります。文字の羅列としては長いのに口に出してみると五七五の定型よりも速い感覚があります。

校庭は影の静寂落し穴 谷佳紀

五七五には収まっているのですが、意味的なつながりがあまり感じられない言葉の連なりで、面白く感じました。「校庭は影の静寂」という日常会話ではあり得ない言葉の結合ですが、「校庭は影の静寂」と言い切られてしまうと静かな放課後の光景をイメージせざるを得ません。そこに出てくる「落とし穴」は人生の落とし穴みたいに、なにかしらの意味として捉えてもいいかもしれませんが、校庭に突如として大きな落とし穴が現れるような虚構の景として読むと静寂が掻き乱されるようで心がざわざわしました。

しんがりや駱駝と分かつ鼻音グー 鶴巻直子

「しんがり」は、「しりがり(後駆)」の音が変化したものだそうです。音が変化したことが関係しているとは思いませんが、後ろを歩いてそうな駱駝、駱駝といえば、鼻、鼻といえば鼻音というふうに連想ゲーム的に広がっていきます。光景としては縦に長く広がった隊列の象徴として駱駝が鼻をピクピクさせているように思いました。

カーテンに目玉が一個目的地 谷佳紀

大きなカーテンから感じる視線。目玉が一個なので片目で覗いている光景だと思います。その目玉が恐ろしいものかと思ったら「目的地」と着地する。「目的地」と言われることで、恐ろしさから、地図上に示されるピンマークのような無機質で安心できるものに変わります。

坑内にしたたる水は血じゃないぞ 在気呂

軽い感じで書かれていますが、発想のなかに、洞窟のような場所から滴る水が血かもしれないということが暗示されています。軽い感じでユーモアたっぷりに書かれていますが、実は軽くなく、ホラー的な句なのかなって思いました。この句を一読した時にやはり小川楓子さんの「にんじんサラダわたし奥様ぢゃないぞ」という作品が思い浮かびましたが、在気呂さんの作品の方が意味的な色合いが強く出ているような気がしました。

泣くから抱くけっきょく揚羽きて哭く 原満三寿

この句を見たとき、音の反復が山口誓子の「たゞ見る起き伏し枯野の起き伏し」のように感じられました。

かなり要素が詰め詰めで、音はつながっているけど、意味は途切れ途切れで前半部の「泣くから抱く」と後半部の「けっきょく揚羽きて哭く」は繋がらない。そこで断絶があるから音的には気持ち良くても簡単には読めないという感覚があります。


◆黒岩徳将

ほうれん草になりそう石に耳が湧く 谷佳紀

「なりそう」の後の中間切れを大きな断絶ととるか、シームレスにフレーズ同士が感覚でつながっているととらえるかで感じ方は大きく変わりそう。そもそもほうれん草になりそうなのは私?石?私の方が面白いか。ほうれん草は石というよりか土に親しい。どんな石か?「湧く」も耳が複数だと思うと恐ろしい。耳はほうれん草になりそうな私の鼓動を聞いているのか。
 
臍にくる過剰の空と水の股間 谷佳紀

臍、空、股間と視点移動がめまぐるしい。無茶な句だが映像ではなく身体感覚で捉えよといっているかのようにも考えられる。

ぽおちどえっぐキリンひとりを裏山へ 荻原久美子

ポーチドエッグとフレーズには何の関係もない。せいぜい卵の暖色とキリンの色味ぐらいだろう。キリンに裏山へ勝手にいかせるのは寂しさと奔放さが1:1である。「ぽおちどえっぐ」平仮名表記はどうか。この黄身が流れ出すゆっくりな速度感でキリンが山へいくのかもしれない。

静脈瘤にふれ鎮守の森のめまい 早瀬恵子

まだわかりやすい水準な気がする。鎮守の森に馴染めていない。感覚の揺らぎを読者と共有できる範疇で句をおさめようとしている。この句がどうというよりも、破天荒な句にある程度慣れてしまったのかこの句がまだ「読める」かもしれないと思っている自分の感覚に不思議さを覚える。

曙を噴きつつタンクローリ母系なる 原満三寿

母系と書かれると父系との対比を思わざるを得ないのだが、タンクローリの中にある液体を想起しているのかもしれない

さるすべり白さるすべり次いで喪主 前田圭衛子

暑さが続く中の色の赤→白→黒の移行。「次いで」と植物と喪に服す人間が同じ地平に置かれていることの感慨などを感じた。

又逢う日までと小さな旗が消えていった 久保田古丹

久保田の句は11-15号よりも素材やリズムの張りが薄れて、さざなみのような郷愁を感じられるものが多い。これも平明と言えなくもないラインの俳句かもしれない。

ハンカチほど濡れて昼星離りゆく しものその・まゆみ

「濡れ」具合で二つの物をつないでおり、抒情的な句のように見えるのだが、リズム感に少しのごつごつ感があり生命感もある。

語を失す潦たえずさざなみ 上田睦子

「言葉」というものが失われた世界の空虚感がぼおっとしたリズムで消えゆくように書かれている。技巧的にも見えるが自然に紡がれた感じを魅力的だと捉えた。

染めても白い髪戦争を観ている 多賀芳子

10句中「カラス浮き雀がのぞくヘイ立春」のような気楽な句もあるなかで落差が大きい。白に黒を入れても白というのは過去の俳句が「白」や「黒」を塗り重ねてきたこととはまた違う虚脱感があるのではないか。観ているのはテレビなどの映像か。


◆外山一機

手があらわれ顔のあたりを降りてゆく 猪鼻治男

具体物というよりも、突然現れるものの不気味さと暴力性を、どうしようもないまま目のあたりにするしかない傍観の感覚そのものを書いているのだと思います。触覚や視覚に訴えるような書きかたに説得力を感じます。

うとうとと母が目を欲る十三夜 荻原久美子

夢うつつの母の様子はいかにも平和ですが、その母に意外な精気が宿っていることを思わせる不意打ちのような一句だと思います。

春魚の目をあけてする共食いや 原満三寿

「目をあけてする共食いや」というフレーズのインパクトが秀逸だと思います。それだけに、上五(あるいは下五)をどうするかが問題になります。「魚」としたことである種の理屈(合理性)が生まれていますが、「春」としたことで共食いの爛れたような美しさが付与されて、さほど理屈が気にならないように思います。

さらさらと川原無尽の蝌蚪のしみ 上田睦子

おたまじゃくしがたくさんいる様子を書いているだけといえばそれまでですが、「さらさらと」というオノマトペが中原中也の「一つのメルヘン」の河原に射す陽ざしを思い起こさせ、何だか水のない川に「蝌蚪のしみ」が無数に残っているようにも見えてきて惹かれました。

焚火して日本とよぶ国のありし 久保田古丹

焚火という、野趣があり数名で囲んでいることをも思わせる火を前に、遠い日本への思いを馳せているのでしょうか。日本への愛憎を感じさせる一句だと思います。

大夕焼匙に吐き出すものの核 しものその・まゆみ

遠景の夕焼と近景の核という構図が美しいと思います。「匙に吐き出す」というところに、ここに描かれている人の慎ましい生き方が見えてきますが、同時に、その人の生々しい身体感覚を見逃さずに描いているところがリアルだと思いました。

立葵ひとり離れて夕べのひとり 山口蛙鬼

一つだけ離れて咲いている立葵のさまを書いているようにも見えますが、どう咲いているかはともかく、立葵の咲いているさまに自らの孤立感を投影しているのだと思います。立葵の発見から投影までの過程が「ひとり」のリフレインによって見えてくるように感じました。

耳鳴りの春雨のさざなみに入る 市原正直

耳鳴り・春雨・さざなみの音としての類似性に着目して詠まれた句だと思います。それだけであれば安直ですが、この「入る」の主語が「耳鳴り」なのか「春雨」なのか判然としないところや、「さざなみに入る」が「さざなみのように聞こえる領域に入る」ということなのか「春雨が(春雨自体がさざなみをかきたてるように)さざなみに対して降っている」ということなのか判然としないところが、かえっておもしろいと思いました。

夜の川早し蓬に手を触れて 大石和子

黒々と流れる夜の川の早さと、その川の思いがけない表情に怖じ気づきふいに触れた蓬の手触りや匂いが感じられました。ただ、この「蓬」に託されているイメージはもう少し深いものがあるような気もします。

かの沖にかのびいどろやうたかたや 荻原久美子

沖の波間に浮かぶ「びいどろ」ではなく、その「びいどろ」を想起しようとしている人間の言葉をそのまま句にしているような句。「かの」「や」の繰り返しが独り言めいていて、その人にはこの「びいどろ」が見えているのだということが伝わってきました。


◆中矢温

質問したいこと:今回私は「好きであること」と「定型でないこと」を判断基準として、十句選をした。次の十句のなかの任意の句について、解釈しやすい・しづらいを三段階で評価してみた。他の参加者の方の印象との違いを話してみたい。

※★が多いほど、私にとって読みやすかったことを意味する。

眼下君の背ひかる川と共に ★★★ 山口蛙鬼
新年であり杭十本蒸発す ★★ 谷佳紀
ひなまつり分別の乳流す ★★★ 早瀬恵子
点線まで死までアイロン軽すぎる ★ 鶴巻直子
青空をたべて消化しきれない木馬 ★★ 久保田古丹
自由の女神のよだれ月と歩く ★★★ 早瀬恵子
ギャと板を泣かせホッホと泣いている ★ 谷佳紀
古本売る日が来た枯野きんきらきん ★★★ 行田泓(ぎょうだ・こう)
アパート借り排水音の多忙のむ ★★ 山口蛙鬼
昨日は茶を欠いて土の虫を掘った ★★★ 大石雄介

眼下君の背ひかる川と共に 山口蛙鬼

『ゴリラ』の句群のなかでは、比較的解釈しやすい句だと感じた。二人の人間が横に並ぶのではなく、少し遠いところから見下ろしていることから、君と作中主体の人間関係のあわいにポエジーがあると思った。★★★

新年であり杭十本蒸発す 谷佳紀

『ゴリラ』の句群のなかでも、解釈の難しい句だと感じた。この世界のある柵から杭が十本消えてしまったのだろうか。かつて2000年問題があったように、新年はデジタル的に言えば桁や数値が切り替わる。人為的暦の切り替わりと、人為的な境界を作る杭の蒸発が呼応していると読むのは、あまりに説明しすぎだろうか。★★

ひなまつり分別の乳流す 早瀬恵子

授乳期において母親は乳の張り具合をコントロールできるわけではなく、「分別」なく乳が張ることもある。ここの「乳流す」は、作中主体が搾乳機から取った乳をシンクに「流」し捨てているのかもしれない。あるいは「血を流す」というように、「乳」を「流」しているのかもしれない。アイロニーのある句だと感じた。女の子の健やかな成長とは何なのだろう。次の17号に野地菁子の小説で乳児を母親一人で育てる話があったので、そこともリンクして今回頂いたかもしれない。★★★

点線まで死までアイロン軽すぎる 鶴巻直子

「点線」から「死まで」ではなく、「点線まで死まで」なのだ。ここの「点線」とは何だろう。またここの「アイロン」は家事のひとつの「アイロン掛け」と理解していいのだろうか。「軽すぎる」に滲む不満の気持ちをどう解釈しよう。★

青空をたべて消化しきれない木馬 久保田古丹

消化不良で苦しんでいる木馬がいると思うと、何だか途端にかわいらしい。身に余る餌に手を出してしまったのだろう。★★

自由の女神のよだれ月と歩く 早瀬恵子

微笑を浮かべて遥か遠くを見晴るかす自由の女神にも、食欲故か、うたたね故かよだれを垂らすことがあるかもしれない。近くの大きな自由の女神と、ニューヨークの夜を散歩する作中主体と、遠くの小さな月との三者が面白い対比を生んでいる。『ゴリラ』の句群のなかでは、比較的読みやすい俳句だと感じた。★★★

ギャと板を泣かせホッホと泣いている 谷佳紀

板は何に使う板だろうか。「ギャ」という声は驚きや苦痛を表していそうだし、「ホッホ」という声は笑い声かもしれないし、そうでないかもしれない。『ゴリラ』の句群のなかでも、解釈の難しい句だと感じた。★

古本売る日が来た枯野きんきらきん 行田泓(ぎょうだ・こう)

古本の査定なり回収なりの来客・車を待っている感じがした。雪のあとか雨のあとかきらきらと大地が光っている。郊外の寂しい枯野を思い出した。『ゴリラ』の句群のなかでは、比較的読みやすい俳句だと感じた。★★★

アパート借り排水音の多忙のむ 山口蛙鬼

キッチンの水やトイレの水、お風呂の水、ベランダの排水口のなかはまっくらで、多忙の日々の忙しなさと重なり合うところがある。ここの「排水音の多忙のむ」は「排水音が多忙を飲み込む」ということだろうか。文法的には違うかもしれないが、個人的には「排水音の/私が多忙を次々と飲み込んでいく」という風に解釈したい。★★

昨日は茶を欠いて土の虫を掘った 大石雄介

「茶を欠く」というのは茶葉を切らしたということだろうか。あるいは茶を飲む機会を逸したとうことだろうか。「土の虫を掘る」という措辞に、あまり農作業という感じがしない。報告的な俳句だが、作中主体の晴耕雨読的な暮らしぶりが透けているようで印象に残った。★★★

今回の号の感想:俳句

十句選には挙げなかったが、新しい参加者の方(例えば18・19号に「しものそのまゆみ」)もおり、最後まで活発な同人誌だったと思った。

詩の寄稿(17号の丈創平の「鈴」や、20号の市原千佳子の「黒い領地」)や小説の投稿もあり、間口が広い俳句雑誌でよいと思った。俳句を広く捉えるゴリラ編集部のお二人の姿勢がここからも読み取れると思った。因みに昔の写真雑誌には写真のコツ等の他に映画情報の欄があったりした。他の俳句雑誌の掲載コンテンツも、過度に俳句に縛られる必要はないのかもしれない。

計二十号を通読するなかで、特に好きな作家が見えてきた。「象の鼻の半径手紙まつしろ」の多賀芳子、「芭蕉忌や遊んで遊び足りないと思う」、「白盲の海よ一私人として泡か」の毛呂篤、「マカロニ並列この夏の空っぽ」「曇天ヴギウギ蟹も来たり」「ひんやりと緋の非売品フラミンゴ」の鶴巻直子の三人が特に好きだと思った。


◆中山奈々

猪鼻治男の10句

妻を呼ぶすでに荒野となりし部屋 猪鼻治男(以下同)

部屋も荒野となったが、呼ぶ人物も荒野となってしまった。妻も一緒に荒野となってくれるだろう。

玄関を海と書いたが時間が不足

導入部を大きくしてしまってそのあとが続かない。時間が足りない。しかし今は。いつかはなされるはずだ。

僕の燃焼しずかに犬の尾を焦がす

僕のなかにくすぶるような燃焼かと思ったけど、他にも影響を与えるようだ。犬だけど。犬だけど。でもこの犬、ケルベロスってことはないかい?

上手ないちにち夕陽みづから断頭台へ

何もかもうまくやれた。誇らしく死ねるぐらいに。さて死は訪れるだろうか。断頭台を燃やしてしまうのではないか、夕陽。

飛行機の胴体が行く窓を買った

窓を買ったというか、この窓がある家を買ったのだ。滑走路が近すぎる家なのだろう。胴体が行くは見えるということではない。胴体の発する振動が窓に来ているのだ。
 
青年の背後で疲労を化粧する

事後のことか。青年はすやすや眠るが、こちらは青年が起きる前までに顔はもちろん身体も化粧しなければならない。

病室のエネルギー兼ポリバケツ

嘔吐を入れているのか。嘔吐はエネルギーを必要とする。そしてあんな疑いようのない青色。嘔吐とポリバケツが出合う。パワー!

象というアスファルトなり水撒かれ

象とアスファルトを重ねた面白さ。どっちにも水を撒いてほしい。はやく。

めざめなり憲法の本いつも裸体で

立派に鎮座していそうな憲法の本が実は裸体。無防備。自分は攻撃されないと思っているか、真面目な顔した変態質なのか。憲法の本と裸体と、わたしはどちらに目覚めたのか。

あき部屋の人骨ひびき合っている

「あき」「ひび」のさみしきひらがなの形、音。秋、日々、罅へつながる。かつて誰かが住んでいた思い出が、肉体の奥の奥のさみしい形で立ち現れる。


◆三世川浩司

草になりそう石に耳が湧く 谷佳紀

感覚の写生句ですね。発語から自発する韻律に導かれ生起する、内面を吟遊するような想念が自覚できれば十分です。

世界は暮色手を合わせど合わせど 久保田古丹

景ではなく、リフレインによる心情が具体的です。生まれる前から定められていたと思わせる、魂の孤独が胸を打ちます。

青空をたべて消化しきれない木馬 久保田古丹

耳が痛くなるほど無音で人の気配がまったくない映像にただよう、憧憬にも似た寂寥感のなんと切ないことでしょう。

指の先は微熱の石であり夜明け 谷佳紀

プロセスそのものも美しい作品です。ひどくデリケートな身体感覚が、純粋な観念へ丁寧に置換されています。

ギャと板を泣かせホッホと泣いている 谷佳紀

内容を負わない突然の「ギャ」から引き出された、作者らしい手つかずの感情である韻律に、ただ心が遊びました。

青空も鳥の空腹どっと梅林 原満三寿

空間おおきな自然からの感応を率直に定着したがゆえの、フリーハンドな感興を好ましく思います。

紅梅かなあたらしい階段は官能 前田圭衛子

中七以後の観念を、ただちに追認できます。季語ではない、オリジナルの紅梅の物証感が強烈に担保していますので。

自動車に虹がはりつき全速全員 山口蛙鬼

日常での偶然の出来事を鋭敏に感覚し、振幅ゆたかな感情へ転換できることに、憧れさえいだいています。

鳥手なずけていたり全部墨染 前田圭衛子

ここでの墨染は、エロティックでもあります。概念性を抉る、ナンセンスでいて必然な世界観に惹かれてやみません。

白牡丹それから酸素不足なり 前田圭衛子

よくぞ白牡丹を把握したものかと。作者の身体経由で再構築された直截な感応により、全面的に生理が更新されました。


◆横井来季

わがどくろならべて医師が雲を刺す 猪鼻治男

医師のキャリアは、助けた患者の数と死なせてしまった患者の数で決まる。この句では、まさに後者の場面に放り込まれた医師が、自分のメスを雲に突き刺している様子が見て取れる。「雲を刺す」には、医師の美しさを感じる。では、猪鼻は何故患者を死なせてしまったこの医師を美しく描いたか。それは、手術の途中で匙を投げる医師に、猪鼻が反感を抱いているからだろう。結果の良し悪しに拘らず、最期までメスを握っていた医師は美しい。

点線まで死までアイロン軽すぎる 鶴巻直子

手が滑り、アイロンが、すっと死に触れてきたら……という句。点線までに軽いのは使いやすくていいが、死まで軽かったら、困る。この句が発表されたのは1990年。ダーウィン賞が出来たのが1994年ということを考えると、もうこの頃には人の生き死を軽んじる風潮も生まれていたのかもしれない。

傷だらけの魚すくわれて廊下をはしる 猪鼻治男

「ゴリラ」の句は、従来の俳句セオリーから離れようとする句が多い。その影響か、「雀海に入りて蛤となる」というような、伝統的荒唐無稽さと重なる俳句も作られている。この句も、その一つと言えるだろう。意味について、特に言及することはない。この魚の勢いを楽しみたい感じの句だ。

言葉の骨はこのコーヒーの残暑かな 谷佳紀

残暑が混じっているコーヒー。考えると、とても不味そうだ。甲虫のすりおろしが、澱のように浮かんでいそうだ。そしてそれこそが言葉の骨である、と谷は言っている。言葉の骨は、谷にとっては、泥臭い膜に近いものだったかもしれない。いつでも折れるが、いつでも治せられるような感じがする。

ドライフラワー脳死に似てるから嫌い 安藤波津子

平明な句。ドライフラワーだけでなく、ドライフラワーが好きな人も嫌っていそうなところがいい。「脳死に似てるから」が率直すぎるところがあるが、現代の価値観に反抗する姿勢がよく見えていると思う。

又逢う日までと小さな旗が消えていった 久保田古丹

こちらも平明な句。「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」を思い出したが、こちらはもっと情緒的だし、どこかノスタルジーを感じさせるところがある。

草笛のみんなびしょぬれとなりつつ一つに 山口蛙鬼

草笛を吹き終わった様子を考える句は数多い。これは、大量の草笛が子供達に捨てられている場面だろう。「びしょぬれとなりつつ一つに」は、うす気味悪さを感じさせる表現である。「みんな」という表現の幼さに隠されているが、この「みんな」は、実は「全体」と言い換えられる類のものだろう。この句の内容を、そのまま評論で書こうとしたら、きっと仰々しいものになるだろう。しかし、それを全く感じさせないところいい。

染めても白い髪戦争を観ている 多賀芳子

社会が発展した結果、現代日本にはカラーが溢れることになった。阿部がいうよう
に、多賀は、戦中・戦後の傷を負ってきた者だ。だから、多賀にとって、戦争といえば、太平洋戦争を映した白黒の映像なのだろう。世界では、既に有色の戦争が始まっており、テレビにもそれが映っているが、多賀にとっては、それらはどこか作り物に見える。だから、この「観ている」には、どこか他人事な感じがある。

二十二時砂だらけの蛇口にひとりいる 市原正直

どうして二十二時なのだろうと、こういう句を見るたびに思う。大抵は、意味自体ない(=語感が重要)ものが多い。この句も、「二十二って、上から見たら蛇口っぽいなぁ」ぐらいしか特に思うことはなかった。二十二時→砂だらけの蛇口→ひとりであるという状況が、うまい具合に噛み合いすぎているきらいもある。だけれど、状況がぽつんぽつんと現れてくる感覚が、嫌いではなかった。

知らぬ部屋では胃は砂袋ぬれて重い 市原正直

基本的に、人間は知っていることしか俳句にすることができない。だから、知らない部屋に放り込まれると、意識がどうしても自分の身体の内側に向かう。俳句や詩が、身体化している人ほどそうなるだろう。だから、「ぬれて重い」のしんどさは、俳句や詩が身体化していることのしんどさでもあると感じる。

2023-02-11

「ことりと楓と俳句」イベントレポート 友定洸太

「ことりと楓と俳句」イベントレポート

友定洸太


水位が上がってくるのを待つ

2022年11月19日、小川楓子さんの句集『ことり』出版を記念するトークイベントが 鎌倉のカフェバー Platero  にて開かれた。レトロな洋間でコーヒーやワインを飲みながら、作家の肉声を聞くことができる貴重な機会だ。小川さんが自身の俳句の作り方について、『ことり』の収録句を引きつつ振り返っていくところから第1部が始まった。
小川 私はほぼ100%吟行で作っています。私の場合、俳句を作る回数が少なく、うっかりすると2か月半くらい作っていなくて、「俳句の作り方を忘れちゃったな」ということがよくあり、まわりの人に驚かれます。自分のなかの水位みたいなものが満ちてこないと俳句を作る気持ちにならないので、絵を見に行ったりとか、俳句以外のことをして、「今いいぞ」ってときに俳句が向こうからやってくるのを待つみたいな感じで作っています。

わたくしもこころのやうで柿の照る〉も吟行の句です。神奈川県の西のほうにある(足柄上郡大井町)篠窪という窪地に行ったとき、そのお椀状になっているところのへりに立ってすーっと下を見たら、家が3軒くらいあってそこに吊るし柿があったんですね。遠くに小さくぽつぽつぽつと吊るされているのがすごく鮮やかに見えて、「ああそうか、あれは、こころだな」と。何の根拠もないんですけど、あんな遠くに「こころ」があるな、と。

すごく気持ちのいい日で、風が窪地を回るように吹いていたので、窪地自体も陽に浸かった「こころ」みたいな気がして、へりに立っている私ももしかしたら「こころ」かもしれないと思いました。

20代の頃で空虚な気持ちがあったんですね。私とは何かというのがうまくつかめない時期だったので、景色に受け入れられるみたいな感じでこの句は作っています。

素足ですし羊歯類の王ですわたし〉は吟行の最中、土を感じながら歩いていて、足が地に触れている感じが勇気づけられるものだなと思って作りました。「私は今この時点であれば羊歯類の王になれるかもしれない」と。ふだんから「日常のなかの非日常」で俳句を作りたいと思っていて、この句も非日常がすーっと差し込まれたときに作る感じでした。
どちらの句も「私」の心や身体が一人の人間の範囲を超えて外の世界と連関したように思われた感覚を捉えている。小川さんはその感覚を東京芸術大学名誉教授だった野口三千三が考案した「野口体操」の考え方にヒントを求めながら掘り下げていく。
小川 野口体操は、身体の力を抜いてリラックスした状態が最もよい状態という考えのもとで実践する体操なのですが、「人間の身体は液体に満ちた袋のようなもので、内臓や骨格はそのなかに浮いている」という発想があるんですね。それは俳句にも通ずると思っています。

俳句って、手のひらに乗るくらいの透明でちょっと光る袋のようなものに思うんです。液体がたぷたぷしていて、中が静かに循環しているのがいちばんいい状態というような。特殊な感覚だと思うんですけど。

吟行で使う私の身体と俳句がさざなみのように呼応していくというイメージがあります。
吟行を通じて外の世界と身体が呼応し、そして身体と俳句が呼応する。そういうイメージを持つと、俳句を作ることは作者の頭や手だけによるものではなくもっと大きな流れのなかに行われているものだと捉え直すことができ、心が軽くなるような気がする。

ぽよんとしている俳句

黒岩徳将さんとの対話形式による第2部でも引き続き吟行や句作をめぐる感覚が話題にあがった。
黒岩 さきほどのお話しの「水位」っていうのは、自分の気分とか俳句受信機がいい状態だってことじゃないですか。どうやったらなれるんですか?

小川 栄養みたいなものが溜まっていかないと枯れちゃう気がするんですよね。俳句をいっぱい作るとどんどん自分を削っていくような感じがして。黒岩くんの場合はすごくたくさん作るじゃないですか。枯渇していく感じはないんですか?

黒岩 僕も目の前にあるものでとか、自分のなかにあるものばっかり出すと、俳句を作るときすごくしんどくなる。音とかリズムが好きだから、定型のリズムに言葉をガチャってはめて「できた!」みたいな、そういうことでたくさん作ります。
黒岩さんは小川さんと一緒に吟行句会をすることがよくあるそうだ。
小川 歩いたりすることで身体が揺れるってことが大事かなと思うんですよね。自分の体液が揺れるじゃないですか。なにかが循環するときに振動って大事で。

黒岩 「液体がたぷたぷしていて、循環しているのがいい状態」というお話しもありましたが、俳句にも揺れる感じってあるんですか?

小川 俳句は、たっぷりしていて、ちょっと「ぽい」って突っつくと「ぽよん」ってなる感じです。

黒岩 いろんな俳句に感じますか?

小川 私が友達のように思っている俳句はそんな感じです。

黒岩 「ぽよん」が面白いですね。〈眠たげなこゑに生まれて鱈スープ〉は「ぽよん」って感じがします。
「ぽよん」という表現が、すとんと腑に落ちた。俳句は非常に短い詩型だけれど、読んだ瞬間に一気に人の暮らしが見えたり、景色が広がったりする。俳句という短い表現から読み手が多くのものを展開させたとき、読み手の心も俳句自身も小さく弾んでいるといえるのではないか。俳句と読者が出会う瞬間を「ぽよん」という言葉は捉えていると感じた。

俳句、すごいな
黒岩 『ことり』という句集の何がすごいか。いつ誰がどこでなにをしたのかをわかりやすく書かないこと、全てを言わないで余白を持たせること。〈内気ですきちきちは鋭角にとぶ〉もそうですね。この「きちきち」はちょっとかわいいなということだけはわかる感じです。

五七五ではない俳句がたくさんあることも魅力のひとつだと思っています。〈ひとりとてもたのしさう臘梅ことり〉の口に出したい感じ。黄色い臘梅がぷわっと咲く感じ。それだけで俳句って楽しいじゃん、という感じがこういう句にはすると思います。

毛糸編むアラスカつてくらい素敵な〉の「つてくらい」とか、〈夜空吸ひこみ嵩張るんよ白菜〉の「るんよ」とか、言葉のドライブする感じはどうやってされているんですか?

小川 私の先輩がこういう感じで作っていたんですよね。

2015年9月の吟行句会の句なんですけど、谷佳紀さんが出されていたのが〈夫婦は突如大声残暑は早足で〉〈金木犀そろそろ終り建替中〉。成田輝子(島田輝子)さんは〈ももハム二枚朝刊も来て敬老わたくし〉〈誰の噂してるの? 昼の虫しししし〉。すごいエネルギーと頭の回転の速さがあって。特殊な系統を引き継いだんですね。

谷さんが亡くなって、成田さんが亡くなって、「ここは一回締めるところだろう」というのが句集をつくるきっかけのひとつでした。港の人から出版したかったのは光森裕樹さんの歌集『鈴を産むひばり』(2010年)の装幀がすごく素敵だったからで、地元の出版社で出したいという思いもありました。
小川さんは20代なかばの頃、心身ひどく衰弱してしまった時期があったそうで、そこから回復するときに俳句に出会ったという。2008年から現在に至る作句期間の半分程度は回復の過程だったそうだ。
小川 私は私自身の回復のために俳句を作っていたのに、『ことり』を読んだ方からは「仕事に疲れて気持ちがささくれ立っているときに読むと心が落ち着く」「介護で疲れ切っているときに読むと気持ちが軽くなる」という感想をいただきました。

俳句は短いし、意味を伝えるものでもないのに、誰かの回復のための力になるんだということが嬉しくて。俳句、すごいなと。出版して正解だったとつくづく思います。
言葉の気配

今回のトークイベントがカフェバー Plateroさんの読書会企画の一環として行われたということもあり、普段から俳句に触れている方だけではなく、初めて読んだ句集が『ことり』という方も会場にいらっしゃった。そういった空間で俳句が人に届いていく様子を間近で見ることができ、とても嬉しかった。

ここでは紹介しきれなかったが、日ごろ関心を寄せている環境問題の話や愛読している永瀬清子の詩の話など、小川さんのバックボーンが窺い知れるお話しがたくさんあった。黒岩さん企画の俳句穴埋めクイズで会場も一体となり、充実の2時間だった。

最後にもう少し、小川さんが第1部で語られていたことを紹介する。
小川 〈胸のなかより雉を灯して来りけり〉。雉の鮮やかな色彩が胸の前のあたりにふわーっと出てくるような、そんな感じの人が来たらいいなと待っている気持ちがこの句には出ていると思います。

水澄むや一駅を過ぎたあなたは〉は、もう会うことはないだろうという人を思って作った句です。会うことはなくても、あなたの点とわたしの点はいくらかは繋がっていて、その繋がりは意外と消えないものだなと感じて作りました。

つぐみ来るから燃えるつてしぐさして〉。私の句って「どういう意味だよ」って言われることが多くて、でも意味はどう読んでもらってもいいなあというか、言葉の手触りや気配で読んでいただけたらなと思っています。俳句だけでなく、ほとんどのことに正解はないんじゃないかなと思います。
イベントのあとで『ことり』を読み返すと、改めて新鮮な印象を受ける。一句一句の言葉の気配がよりいきいきと立ち上がってくるのだ。それはお話しを通して、どんなことを考えながら俳句を作ってきたか、その一端を知ることができたからだと思う。もちろん背景を知らずにひとりで読むのも楽しいし、今回のような機会があるのも楽しい。

(了)

2023-01-01

『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔後篇〕

『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔後篇〕


開催日時2022年5月4日 13時~16時半
出席者小川楓子 黒岩徳将 外山一機 中矢温 三世川浩司 横井来季

『ゴリラ』
11号 1988年10月30日発行
12号 1989年2月15日発行
13号 1989年5月30日発行
14号 1989年9月10日発行
15号 1989年12月25日発行


黒岩後半よろしくお願いします。時間が押してはいますが、「韻律」について扱いたいと思います。そもそも韻律が話題に上がったのは、この前回の読書会で韻律という語の定義について、また韻律をどれくらい重視するのかについて、それぞれ異なるのではということが見えてきたからです。今回中矢さんが「『ゴリラ』で気になる韻律」ということで、八句をピックアップしてくれているので、中矢さんに思っていることを話していただいて、そこから議論を始めるのはいかがでしょうか。


中矢よろしくお願いします。私は日本語について韻律論や音声論を勉強したことは全くないので、そこはどうかご承知おきください。

さて、八句選んだなかで最初に原満三寿の句を二句並べましたが、これは「原が韻律を意識して作ったのでは?」と思った二句を引っ張ってきたので、この二句が原満三寿の句のなかで、例えば完成度が高いか、例えば面白い句なのかと言われると自信はありません。

一句目の原満三寿の《去年今年ヒロヒトヒロシマ墓地勃起》は三つの音の対比が明白なことから、そこから句のメッセージ性も伝わりやすいかと思います。「去年」と「今年」、昭和天皇のことかと思うのですが「ヒロヒト」と「ヒロシマ」、「墓地」と「勃起」です。12号の編集室酔言で天皇についてのアイドル視への危惧の発言をしているのは、原ではなく谷佳紀なのですが、そこと合わせてこの句は読みました。

二句目の原満三寿の《老人性感情失禁ああああ笑う》は心地よい韻律ではなく、心地よいものを意識したうえで崩しているように思いました。「ああああ笑う」ではなく、「ああ笑う」の方が収まりはいいのですが、喃語のような意味を結ばない音とするためには「ああ」では駄目で「ああああ」だったのだろうと思います。

三句目の多賀芳子の《魚紋 ながすねひこのかちわたる》で私が言いたかったのは、漢字と平仮名で生まれる韻律の違いです。漢字で書けば「長髄彦の徒渡る」となって、読みやすくなると思います。平仮名に開くことで、「ながす……ね?」というように、読者が韻律に戸惑うことを期待しているように思いました。この戸惑いと句の内容がどれほど一致してくるかなどはあまり考えが至っていません。

四句目と五句目は同じカテゴリとしてとりました。上五に造語感とインパクトがあり、かつ全体は字足らずで、更に韻律が心地よいものです。鶴巻直子《マカロニ並列この夏の空っぽ》、鶴巻直子《曇天ヴギウギ蟹も来たり》です。この二句は共に四音の既存の言葉を、助詞なしで繋ぐことによる八音から始まっています。後半はさらっと終えてバランスを整えています。

六句目の鶴巻直子の《惜しみなく蝶に油の流れ》の「流れ」はどんな風に声に出すか、抑揚をつけるかで、動詞か名詞かが変わるなと思って取り上げました。例えば、同じ11号の同じ頁の山口蛙鬼の《ひょうひょうと雲吐き雲の流れ》だったら、「吐き」が動詞だろうから、「流れ」も動詞だろうと思うのですが、鶴巻のは確定はできない。まあ「惜しみなく」が副詞だから、それを受けるのは「流れ」で、動詞で読むのが素直だろうとは、今話しながら思いました。

七句目も鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》、これは「ひ」の頭韻が分かりやすいですね、しかも気持ちいい。最後下五は「ひ」ではなく、「ひ」の次の「ふ」にしていて、ちょっとテクニシャンな感じもします。まあこんな風に話すと、句の面白さを半減させてしまっているようにも思うのですが……。連作のタイトルはシンプルに「ZOO」です。動物園吟行は皆が似たような句になりがちななかで、音で面白い句を作れるのはすごいなと素直に思いました。

最後の八句目は在気呂の《赤い釘ゆらりと「誰か居ませんか」》です。これは鍵括弧をつけることで、韻律も変わるのではと思って持ってきました。またこういった口語体だと前半の「赤い釘ゆらりと」と「誰か居ませんか」は私のなかでは違う声色で再生されて、直接韻律とは関係ないかもしれませんが、そこも興味深かったです。

黒岩ありがとうございます。私から一番聞きたいことは、五七五の定型のリズムを共有している読者に対して、定型を崩したりはみ出したり短くしたりすることで、何かしらの違和感や面白みをアテンションさせようとするものということでしょうか。

中矢私はそう思っています。ただこの説明の仕方だと、定型があっての破調という議論からは、逃れられていないですね。私の理解だと、「やっぱり定型がないと新しいリズムの新しさが担保されないんですね」と言われると、厳しいところがあります。

黒岩中矢さんにとって「よい韻律」というのは、声に出したときの心地よさや面白さといった生理的なところが大きいでしょうか。

中矢このなかで一番好きな韻律でいうと、鶴巻直子の《マカロニ並列この夏の空っぽ》、《曇天ヴギウギ蟹も来たり》がぶっちぎりで一位です。「マカロニ」も分かるし、「並列」も分かる、それに「この夏の空っぽ」という夏の暑さのなかの寂しさも分かる、しかしこの三つが並ぶと途端に分からなくなって、韻律の面白さがこみあげてくる。曇天の方も同じような読後感がありました。マカロニが二つ並んでいるのは、理科の実験の並列つなぎのようで、実物を想像しようとするとシュールです。

黒岩私も鶴巻の韻律は面白いと思っています。余計なことを言うようですが、「曇天ブギウギ」は「東京ブギウギ」のもじりかと思います。

中矢「東京ブギウギ」を知りませんでした! 調べます。

黒岩私はそう思ったのですが、三世川さんどう思われますか。

三世川どうでしょう。にぎやかな様子を「ブギウギ」という言葉の音感を使って表現したように思います。

黒岩ありがとうございます。同じく鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》で気になったのは、ある程度以上俳句に慣れている人だったら、この句に対して絶対「ひ」の音と「ふ」の音の話をして回収してしまう鑑賞をしてしまうと思うんですよね。音に根拠があるからこそ、「緋の非売品」という意味の逸脱を、作者も読者も許容するように感じられる。意味と音の話は別別のようで、最後の調整・推敲の段階では、繋がってくると思っています。勿論「緋の非売品」を、フラミンゴは動物園で売ってはいないと捉えてもいいですが、「非売品」の「ひ」の音に読者の興味が惹かれることで、こういった読みを遠ざけることができるというか。

中矢この句でいうと意味のひっかかりは、「ひんやりと緋」にもあると思います。「緋」ってやっぱり熱いイメージがあるとは思うので。

黒岩ありがとうございます。色々な話題があったかと思うので、皆さん何か質問・話題等ありますでしょうか。

三世川話題にあがった鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》は、判りやすいというと語弊があるかもしれませんが、読んでいるうちに意味を追う訳ではなく、リズムに乗って読み進めることができると思います。言葉に乗って行って、「フラミンゴ」という着地点にたどり着く。意味的な側面は薄められているにもかかわらず、最後まで読み通せるということです。

中矢音として読むようリードされているが、実は意味としても面白い、読み通せるということですね。

外山意味とリズムの関係でいうと、鶴巻直子の《曇天ヴギウギ蟹も来たり》は最初に韻律がないと、言葉に音があるという前提がないと、このイメージの飛躍はあり得なかったと思う。例えば始まりの「曇天」は「ど」の音の強さと「ん」の繰り返しがあって、結構印象的な始まりです。そしてその濁音と繰り返しという要素から誘われるようにして、「ヴギウギ」という言葉が出てきたのではないか。それが結果として「曇天ヴギウギ」が出来上がる。最初から「曇天ヴギウギ」があったのではなく、「曇天」があって、「ヴギウギ」が続いている感じを受けました。

また、「曇天ヴギウギ」と「蟹も来たり」の間には、切れと言っていいのか、イメージの断絶があると思います。それは七七の韻律を前提として、自然とそう読んでしまうからで、俳句は五七五ですが、川柳なら七七はありうる形であって、そんなに違和感のあるリズムではないと思う。ここの後半は母音のaとiの形に繰り返しがある。

「曇天」と「ヴギウギ」の間の飛躍と、「蟹も」と「来たり」の間の飛躍を比較すると、やはり前半の方がインパクトは大きくて、後半は割と普通に読めてしまう。両者のイメージの飛躍の不自然な凸凹は何なのかというと、音先行で作っているからではないか。リズムや音から意味を引っ張ってくる感じがある。

同じく鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》にしても、何故「フラミンゴ」なのか、何故「非売品」なのかとこの句のイメージの奇妙なところを考えていると、やはり音とイメージの話は切り離せないのではないかと思いました。

中矢ありがとうございます。些細なことですが、ネットだと「ブギウギ」の表記を多く見かけました。「ヴギウギ」の方が「ウ」の対比がより見えるかもしれませんね。

三世川外山さんの話を受けて思ったのですが、「曇天ヴギウギ」の後ろに、呼応するような濁点の付く重たい言葉を持ってくるのはできないことはないんですね。でもそうすると前半部の面白味を、後半部との関係において意味性に引っ張ってしまう気がします。なので音量としても軽いものを持ってきて、ぽんと読者に放り投げて纏めることを選んだのだろうと思います。

黒岩車で喩えると、「一回アクセルを踏んだから、ハンドルを切って遅くはしたくない」という感じの思いが、「蟹も来たり」をつけるときの気持ちと似ているでしょうか。この句は馬鹿馬鹿しい楽しい句で、イメージをざっくり捉えてもいいかと思うのですが、今回のように真面目に議論して、細かく分析するのも面白いですね。

中矢楽しい句というのは確かにそうですね。曇天の下でブギウギが流れていて、猫も杓子も蟹も踊る感じでしょうか。また、外山さんと三世川さんのお話にあったように、前半と後半の感じの違いは、一見アンバランスさに見えるが、全体としての調和でもあるというところが面白かったです。

横井中矢さんが五七五定型を元にそこから崩して身体のリズムに乗せるというお話をされていたかと思います。しかし鶴巻直子《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》と韻を踏んだり、字余りや字足らずだったりという手法で、韻律が特徴的になるというのは、ある意味当たり前とも言えます。五七五定型で、分かりやすい韻も踏んでいないのに、迫ってくるような心地よい韻律があるものが、どこかにあるのではないか。そう思って、今回の読書会に向けて、『ゴリラ』の句を一句ずつ読んでいたのですが、自分は見つけられなかったんですね。五七五定型に自分の身体を当てはめて行く俳人が多いなかで、『ゴリラ』の人々はそこを外していく形が多かったからかもしれない。今回は見つけられなかったが、「五七五定型だが、そこにその俳人独自の呼吸・韻律がある俳句」を探したいと思っています。逆に質問ですが、こういう句は『ゴリラ』にありましたかね?

小川毛呂篤にはあるのではないでしょうか。比較的定型に近い人だと思います。

黒岩前半で話題になった毛呂篤の《突然に春のうずらと思いけり》とかどうでしょうか。

小川同じく、《鱧の皮提げて祭の中なりけり》とか……これは少し余っていますね。
毛呂篤や金子兜太は定型の意識が強かったと思います。一方で、阿部完市のような独自のリズムを持っている人もいて、そこは「海程」内でも分かれていました。

成功しているかどうかはともかく毛呂篤《古というは時雨のはじめかな》も定型ですね。

黒岩定型意識が強いのは確かにと思いつつ、自分の初読の段階では、毛呂篤についても、「韻律にチャンレンジしているな」という印象でした。音がはみ出しているとか、余っているとか、足りないとか、句跨りとかそういう意味で、チャレンジを感じました。

小川なるほど。ありがとうございます。話が戻ってしまうのですが、《マカロニ並列この夏の空っぽ》、《曇天ヴギウギ蟹も来たり》を見ながらつくづく思ったのは、むかしの「海程」の作家の作品を見るときに、そもそも五七五定型で読もうという意識があまりないということです。余っているとか、足りないという気持をそもそも抱かないという話を、この間、そういえば三世川さんとしたところです。

この二句には、〈海程定型〉とでも呼べばいいのか、その匂いを感じました。特に《マカロニ並列この夏の空っぽ》については、今でも作っている作家はいます。形や内容から宮崎斗士を思ったりします。「五七五から何音ずらして……」とかではなく、自然に〈海程定型〉のなかで書ける。

金子兜太がこの句をどのように読み上げるかと言えば、「曇天ヴギウギ」のあとにたっぷりと二呼吸を置いてから「蟹も来たり」と読むと思います。「マカロニ並列」についても、前後でぱっさーんと切って読むかと思います。

私は、定型を意識して作る時もありますが、普段、調子のいい日はとりあえず自分の体の感覚で作って、あまりに五七五から外れすぎないようにするために、指を折って後から調整するという感じです。そうしてみると、原満三寿はあまり〈海程定型〉っぽくはない。例えば《去年今年ヒロヒトヒロシマ墓地勃起》とか。

こういう乗りや作りはする人がいなくなると、詠み方だけでなく、読み方も失われるんだろうと思いました。「海程」らしさを一つ言語化するとすれば、「切れの強さ」はあるだろうと思います。鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》にしても、「ひんやりと緋の非売品」と「フラミンゴ」の間にはばっさりと切れを作って読み上げると思います。

黒岩質問よろしいでしょうか。先ほど「「海程」は切れが大きいのかもしれない」というお話でしたが、〈海程定型〉の句に出会ったとき、読者は「ここで切れたら読めるな」というのを意識的に探して読むのでしょうか。

小川習慣だと思います。「海程」に一定期間いると、無意識にそう読むようになるというか。

中矢「曇天」と「ヴギウギ」がくっつくことには何も抵抗はないというのが面白いです。

小川俳壇のなかでこういった読み方や詠み方がマイナーなのは自覚していて。こういった方法がどのような句にマッチするか、しないかは個別にあると思います。

三世川韻律効果を考えるには、事例を出さないといけないのですが。身も蓋もない言い方をしますと、ある時期に自分が共感したり惹かれた作品に影響を受け、書いていると思います。「海程」のなかでも定型派もいれば非定型派もいました。それは表現したいことへの意欲によって分かれる故と考えます。自己の表現を優先する作家は、定型を外れることが多いでしょう。しかし韻律は作句の基底にあり、内在律のなかで詳細に調整するように思います。つまり表現したいものがあり非定型になるからといって、韻律を手放すとは限らないということです。

黒岩それぞれに内在している韻律が、共有されているコミュニティであったというのは興味深いです。五七五が絶対視されている訳ではなく、コミュニティのなかの句会や披講で、互いの韻律が磨かれていったものであり、確かに継承は難しいと思います。個人的な興味ですが、〈海程定型〉を浴びまくって、句を作ってみたいです。さて、横井さんも韻律について考えてきてくださったので、そのお話をいただいてもよろしいでしょうか。

横井先ほど言ったこととあまり変わらないのですが、四ッ谷龍の句をいくつか手短に引用します。四ッ谷は定型意識のある作家だと思います。例えば《接吻のごとく木の鳴る》などがあり、定型が並びつつも、突然《シーツみたいな海だな鳥たちは死んでしまった》、《水ぬるくてくらがりのたくさんの家具の足》のような句が並び、また定型に戻る。その落差を考えている。連作単位で見える韻律もあります。

黒岩なるほど、ありがとうございます。『ゴリラ』も連作単位で掲載があって、今回は鶴巻直子がたくさん話題にあがりましたが、鶴巻以外にもたくさんのチャレンジがありました。ここで難しいのは、一人の読者としてそれらの作品を読むなかで、「成功」や「結晶化」という言葉では纏めづらかったということでした。

三世川五七五の定型という形式に限っていえば、定型には再生産が比較的容易だという特徴があり、時代の淘汰に残ってきた強度もあります。それ自体が規律であるから、作品の良否判断もし易いですしね。それに対して、非定型ですとその場で初めて出会い読んでみて、韻律をふくめ良否の判断をすることになります。さらに一つの作品ができるまでの手順は、より複雑でいて一回性が強いと思います。もちろん非定型のなかにも類型はあって、エピゴーネン的な向きもあるのは認識しています。

黒岩確かに非定型についての議論はあまり進んでおらず、定型の一人勝ちというところはありますよね。一回性を楽しむことが読者には要求されていて、言語化は難しそうですね。言語化は難しいけれどあると思いますし、定型の物差しを必ず必要とはしていないと思う。私が探したいと思っているのは、定型への慣れや生理的な気持ちよさに拠らない韻律を探すことです。

外山お話を伺っていて思い出したのですが、十年以上前に現代俳句協会で造形論について話す会がありました。そこで私も発表をしたのですが、『海程』を読んで発表準備をしていたときに、金子兜太が〈海程調〉という言葉を使っていることを知ったのを思い出しました。発表資料が残っていたので画面共有させてもらってもいいでしょうか。私も十年前と今では考え方は変わってはいるので、『海程』にこういう資料があったという引用箇所を見てもらえたらと思います。


何故こういうことが言われるようになったのか。当時の私はここで林田紀音夫を引用し、紀音夫のかつての句に見られたような第二次世界大戦後の貧しい体験を、もはや共有し得ない時代が来てしまったと述べています。

今から言うことがどれだけ理屈として成り立つかはわかりませんが、私がここで気になったのは、「海程」内で世代間のギャップがあるのだな、そして「海程」から俳句を始める世代・人が登場し始める時代になったのだなということです。先行作品もある程度量が蓄積された状態であり、金子兜太の俳句活動もあり、俳句を初めてする世代がそれらを吸収することで、「海程」独特の文体・韻律が出始めるのも肯えることだと思ったんです。

三世川さんと小川さんのお話より、随分前の時代の話でしたが、「読み方が身についているんです」というご発言と、重なるところもあるのではと思いました。

黒岩そもそも座の文芸や共同体で俳句をするなかで、どうやってアンラーンするか、つまり受けた同時代的影響を自覚し脱却しようとすることは、定型のなかでは一層難しいことだと思います。こういった結社独自の韻律が引き継がれるかどうかは、「海程」以外にも起こった議論かもしれませんが、「海程」でもそういった疑問や座談会のテーマとしてあったのでしょう。結果として「海程」の韻律は少数派として現代にも作り手が残っているということには、そこにどういった力が働いたのか、意識があったのか興味があります。

外山大石雄介や大沼正明の句集を読んだとき、異質なものを感じるのですが、彼らの作品がむしろ当然のものとして流通しているコミュニティがあることに違和感を覚えました。彼らへの違和感ほどではないにしろ、私が所属する「鬣TATEGAMI」で、「海程」に所属していた水野真由美の句を読んだとき、リズムに違和感を覚えることも時々ありました。

黒岩角川『俳句』では1962年にリズムに関する論が沸き立った時期で、前衛俳句が少しピークを越えたかな、造形論と草田男の論争のあとくらいなのですが、『俳句』で鳥海多佳男が、彼は髙柳重信の系統かと思うのですが、定型ってそんなに絶対視していいのかなということを書いています。リズムに対しての違和感やスタンダードが話された時期があって、70年代には、例えば大石雄介が「海程」から学んで句を作れる時代が来たのではと思いました。「海程」の韻律をご存じの方と一緒に、「海程」の韻律を考えて行くのは、とても面白そうだと思いました。

三世川最近の「海原」では定型に近い作品が多くなっていると思います。さっき名前が出た水野真由美はほぼ定型で、かつ内容は「海程」的に作れる作家です。

小川今「海原」でかつての「海程」の韻律で作っている人はほぼいないのじゃないかな。私が「海程」に所属していた後期でもどんどん減っていました。

三世川自分個人としては、そういった多寡は一切気にしていません。自己満足できる韻律があればよいという作り方です。定型からも五七五以外の定型からも、そしてその本意とか概念を重視する季語の一般的な使い方からも、結果としては離れることが多いです。また現代という時代のパラダイムをほとんど認識しておらず、我儘な独りよがりの作り方をしているので、他の方から見ればある種の異質性があるのかもしれませんね。

小川作り手が減ると読み方を知る人も減る気はします。

中矢割り込むようで、すみません。さっき三世川さんが仰っていた、非定型のなかのエピゴーネンというお話が面白かったです。非定型のなかで心地よい韻律を探すのは、五七五で作るよりよっぽどエネルギーがいることだと思っています。だから例えば鶴巻直子の《曇天ヴギウギ蟹も来たり》は鶴巻の韻律として扱われるべきだと思っていたのですが、これが鶴巻の生み出した韻律であるという保証もないし、この韻律で書くことは必ずしも「鶴巻の発見を横取りしている」という非難されることでもなく、寧ろ継承という意味を持つのだなというのが気づきでした。

話を変えてしまって恐縮なのですが、『ゴリラ』の14号の崎原風子論の最初に「前衛俳句の最右翼」とあるのですが、これはどういう立場を指すのだろうと思いました。

三世川厳密な定義は別として「前衛」という言葉の捉え方も、「海程」内でも様々であったと思います。先ほど名の上がった大石雄介が捉えていたであろう「前衛」は、「海程」が同人誌であったころも、特殊な俳句論であったと考えます。もっとも大石雄介自身は、「前衛」自体には早くから無関心だったようですね。ところで粗雑な論として「前衛」作品の傾向が非定型であるとするならば、宮崎大地の《直立す蝶も鮃も八月も》という定型だけど内容は突き抜けている作品を思い出さずにいられません。好き嫌いは別として、なんでこのような作家が俳壇から消えてしまったんだろう、という思いがあります。

黒岩
ありがとうございます。皆さん他に取り上げたい散文や評論はありますでしょうか。

外山
第15号の「第三イメージ論」に対する谷佳紀論は、手厳しいがなるほどと思える点もありました。何故赤尾兜子が最期の方に、微妙な句になってしまったのかというところ、書こうとしているところに耐え切れなくなったという指摘は、そうか……という思いになりました。谷佳紀は赤尾兜子を全面否定している訳では勿論ない。これは「海程」は昔と今で何でこんなに変わったんだろうという問いに繋がるのだろうと思います。

黒岩確かに手厳しいですよね。「方法論であるイメージ論を本質論と誤解した」など、痛いところを突いていると思いました。私は「笑いのなさ」による価値観の違いが一番面白かったです。毛呂篤の持っている句の笑いの世界とは全く違う。

三世川イメージが強いことを「前衛」と呼んでいいのかはわかりませんが、赤尾兜子作品がイメージの強さを持っていたとき、評論の題材として選ばれたのかもしれません。

黒岩赤尾兜子の《音楽漂う岸侵しゆく蛇の飢》、《広場に裂けた木塩のまわりに塩軋み》といった赤尾の代表句が韻律に支えられているということは、元々谷佳紀の言いたいところだったのかもしれませんね。

中矢さっき黒岩さんの仰った「笑い」の話は、例えば『ゴリラ』9号の「『ゴリラ』の人々」というなかの、谷佳紀から多賀芳子への評にも表れるんですよね。「面白い、あるいはあははと気楽には笑えない」と評していたり、谷佳紀が作品内で「笑う」という言葉を用いていたりするんですが、谷佳紀の「笑いがない」というのは、一体何を指しているんでしょうか。韻律論から離れてしまうのですが、私はずっとそこを掴みかねているように思います。「笑い」は、面白い、シニカル、にやり、俳諧味という色々なものを含んでいるので、難しいなと。

三世川谷佳紀のいう「笑いがない」は、理屈が先行しているということだろうと自分は思います。感情と理屈を対立軸としたときに、感情に「笑い」が対応しているんですね。赤尾兜子の作品に、方法論や理屈が先行して内在的な表現意欲や生理的な感情が希薄なものが見られることに、谷佳紀は批判的だったのではないでしょうか。

黒岩身体性は否定していなくて、赤尾にもあるかと思うのですが、「感情」という言葉は確かに当てはまりづらそう。「海程」の方たちが俳句を評するときに、「感情」という言葉を度々使用されるのが、私からするとカルチャーショックでした。

小川そうですね、私は使わないけれど、「感情」や「情感」という言葉はよく聞きますね。谷佳紀のいう「笑い」は「感情が動く」ということだろうと思います。一方で、金子兜太の《涙なし蝶かんかんと触れ合いて》に対して、谷佳紀は「あの句はお涙頂戴だよ」と少し否定的になるんですね。「感情」が動けばいいという訳ではない。

外山さん、髙柳重信系だと、「感情」はどんな風に取り扱われるか、あるいは話が戻りますが「切れの位置の共有」についてはいかがでしょうか。

外山重信系といっていいかはわかりませんがお答えすると、彼らも「感情」や「情感」を排除したところに何かが成り立つとは思っていないでしょうね。ものすごく個人的な体験から句を立ち上げる、あるいは「敗北の歌」と断じる、そういうところがあると思います。それだけ個人的なのに、一般性がある、読者が読みに堪えうるところが凄いと思います。最後の日本海軍なんて、重信の少年時代のごっこ遊びの情感ですよね、それで四行表記をするという。個人的な情感が表記にすら影響を及ぼす。

例えば林桂はルビ付きの作品を書くのですが、初期の作品で、重信の追悼句を詠んだのですが、ルビをふるときに「じふしん」と間違ってルビを振った。間違ったと後から気が付いたけれど、この表記が合っているように思ったと言って、そのまま句集にも採録してしまう。

こういった非常に個人的な思い入れに支えられているのが多行形式だと思います。

今でも例えば多行形式だと、酒巻英一郎がいますが、彼は何故書くことができるのか。それは金子兜太たちと感情の発露のさせ方が違うからだと思います。「典型美」とでもいえばいいでしょうか。金子兜太は「動物」だったり、「荒凡夫」だったり言うと思うのですが、その一方で「遺跡」ともいえるような典型的な先行する美が重信たちにはあって、それに奉仕するのが重信たちの作り方ではないでしょうか。先に理想とする俳句形式があって、そこに自分の感情を当てはめて行くこと、そこに快感を覚えるという、共感を得づらい感情です。重信たちは「自分たちは前衛俳句ではない」としきりに言いますが、それもそのはずで、すごく個人的ですごく保守的な美を求めるからです。

だから金子兜太は重信たちの感情の発露に対して、「お高くとまっているな」という気持はきっとあっただろうと思います。重信は「計量カップに水をいれていっぱいになったら俳句になる」というようなことも言っていた。即吟ができるのも、テクニックではなく、先行する形式があって、当て込んでいくことに躊躇がないからではないでしょうか。

小川句を読みあげるときの特徴はあったりしますか?

外山五七五をベースにしているとは思います。加藤郁乎はやや外れるかもしれませんが、定型感はある。

黒岩四行俳句だとどうなりますか?

外山例えば髙柳重信の《日が落ちて山脈といふ言葉かな》を改行の箇所で切って読むことはしない。五七五のリズムと切れのありどころが違うと思う。五七五では読み上げるが、理解するときのリズムが違う。書くことと、読むこと、それを受け取ることについて、彼らにとっては別々の美意識がある。自分としてはこのように解釈しています。

三世川先ほど名前を挙げた宮崎大地も、漢字正字体等表記へのこだわりがあったと、何かで読んだことがあります。

外山宮崎大地は髙柳重信ではなく、瀧春一の「暖流」があって、そこの門下の鈴木石夫を中心とする「歯車」という学生のための俳句雑誌という性格の俳誌がありました。学習雑誌の投句欄の優等生たちに声をかけていたといいます。夏石番矢も「歯車」に投句したことがあるそうです。宮崎大地はそのなかのスターで、他の俳句雑誌はあまり読まなかったと言います。それならどこからそういった表記への美意識・こだわりが出てきたかというと、福田恆存らがしていた「旧字体で書くべきだ」という主張への強い共感に拠るそうなんですね。旧字体を完璧に使いこなして、それで書くという、非常にストイックなものです。それは確かに髙柳重信らしさはあって、両者は古いものへの憧れという共通点がある。五十句競作の幻の入選者と言われる由縁です。

黒岩個人的な感情・動機で作っているにも関わらず、そこに共感が生まれ、人が集まってくる。それはそこに「遺跡」的な美があるからなのでしょうか。

外山弱い繋がりとも言えますよね。『俳句評論』も最後の方は大変だったと聞きます。そこにいた人たちは結局ばらばらである。一方「海程」はばらばらになっていない、金子兜太が亡くなって尚、大きな集団としてある。

小川でも、かつての「海程」の作品の影響より、表記重視の流れの方が、現代の若手に受け継がれているような気もする。

黒岩金子兜太の系譜と髙柳重信の系譜で、今の若手を語れるかというと少し難しいかもしれない。今から語るには少し長くなりそうですね。長時間になりましたが、ありがとうございました。

(了)

小笠原鳥類 フラミンゴとチャップリン(キーンのトム・チャップリンも)

フラミンゴとチャップリン(キーンのトム・チャップリンも)

小笠原鳥類


「週刊俳句」2022年12月25日の「『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔中篇〕」の「第三回 ゴリラ読書会 十句選」から選んで引用して、思ったことを書きます。


陽がどかんと懐へ仔牛の料理だ  鶴巻直子】

あの太陽を恐竜も見ているシーラカンスがテレビだ青い。あの青い動物が、パンダではないだろうと映画が想像しているチャップリンが、靴を、飴のように、食べる(飴はドロドロ食べます・そのような生きものだ)次に、小屋の中で、版画のようにチャップリンはニワトリになっただろうと思えたウズラが思う。私は思うウズラだ、缶詰の中でUFOが思う思うときに、スプーンを曲げるネッシーはドラえもんのようであるだろう骨がない。小さい板


ガラスを抜けた小鳥抜け殻がきれい  安藤波津子】

時計がまるいなあ金属が思っている。その壁でウニが動きはじめていると、なぜならドロドロであるような金属がウミウシだったフクロウ。ロボットでできた恐竜がゴジラであるなら、あの動物はガラスでできているように思えた魚……トンボ……いろいろなトンボを飲んでいるから、サメのようであると思われるし、言われる。思ったことを、言うだろう(黒い板であると思っていたから、実際にはテレビであったから料理はビックリした)塩味、鹿


兎の耳動きはじめて僕が近づく気配  久保田古丹】

この、ウサギと、僕のあいだに、途轍もなく遠い距離があれば、城の写真を撮影したつもりで、恐竜の首が長いと思える(ゾウがオルガンを弾きながら歌う)。そのゾウが、チーズを喜んで食べているテーブルであるから、テーブルに顔があって、笑顔だ、いつでも金属はハーモニカなんだ。ハーモニカは立ち上がって、ゆっくりアコーディオンに、なるだろう、その表面に描かれているような始祖鳥は、実は、写真なんです金色の。石は、豆腐なの


煙の中白色レグホンひるがえる  鶴巻直子】

三省堂の『世界鳥名事典』に、「ハンバーグ」がいるのは、ニワトリの品種なのだそうだ犬。犬ではない、たぬきが言っている(顔を出したペンギン)。ペンギンに舌があるとすれば、ハンバーグは「白色レグホーン種に押され、」お菓子が最も強いケーキなんです。土で、形を作っていると、幽霊映画でロクロの壺がグチャグチャになるのは、その壺が幽霊であるということだったりした(私は怪獣映画をいろいろ見ていた)サメ映画はたくさんある


青葉木菟遠く縫針行くごとし  在気呂】

遠い場所にニュージーランドアオバズクがいて、モアポークと鳴くからMoreporkという英語の名前であるという人間が鳴いた。犬がヤギになるから、ハトがニワトリだろう。オーストラリアアオバズクがワンワン鳴くとか、オーストラリア最大のフクロウであるオニアオバズクはコアラを食べるとか、いろいろなことが文一総合出版の『世界のフクロウがわかる本』に書いてあったから、これではペンギンはわからない(のだろうか? 本当にそう?)


惜しみなく蝶に油の流れ  鶴巻直子】

油絵でペンギンを描いたアコーディオンの、虫のような足。それからツバメを見て、コウモリであると言ってみたいグルグルのキャンディー。私はここで、キャラメリゼという歩いていた。ヌルヌルの動物が来るから、あれはナマケモノの一種ではないかとも想像した、思ったのだが(ネッシーがいろいろなことを思う)写真を見ていて、あの雪男はアザラシなんだろうなと、漫画を読みすぎているパンダ。コアラ、イグアナはパイナップルに似ている


ひんやりと緋の非売品フラミンゴ  鶴巻直子】

オーデュボンの『アメリカの鳥類』は、非常に小さく印刷されたものを安く買ったので、フラミンゴも小さいだろう。大きな大きなオーデュボンの図鑑を、ペリーが黒船で持ってきた(他の目的はなかったという)。フラミンゴの絵の上の空(本の外、窓の外だ)には、淡い鉛筆のような線で(先日、鉛筆を削りました)、フラミンゴの足とか、クチバシとかが、描かれているだろうショック。少しフラミンゴのような鳥たちが、フラミンゴの前に、緑

(了)

2022-12-25

『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む〔中篇〕

『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔中篇〕


開催日時2022年5月4日 13時~16時半
出席者小川楓子 黒岩徳将 外山一機 中矢温 三世川浩司 横井来季

『ゴリラ』
11号 1988年10月30日発行
12号 1989年2月15日発行
13号 1989年5月30日発行
14号 1989年9月10日発行
15号 1989年12月25日発行

黒岩では、11号から15号の、「ゴリラ」の皆さんの句について、話して行こうと思います。


小川私は今回すんなりと入ってくる句を選びました。ちょっと感傷的な感じだったかも。女性の句が全体として他の回より惹かれるものがありました。安藤波津子の《乱雑な部屋にぽあーんと私空気》とか。ちょっと壁を抜けたなって感じがして。〈私空気〉って、空気を空虚な感じと読めなくはないけど、ぽあーんとむしろ明るい印象。それも清潔で整然とした部屋じゃなくて、散らかって賑やかな感じ。あ、私空気だわという発見。あとは、《ガラスを抜けた小鳥抜け殻がきれい》こういうふうに書く人は他にもいるかもしれないけれど、彼女の今までの作品と比べると変化があって。室内っぽさを安藤の作品には感じるんだけど、その室内から、心が動いて外へ向かうような。次のステップが見える気がしました。谷の句では《君も同年なめくじの先と皮膚と肉》。なめくじって、どこが先なんだろうみたいな不思議さがあって。角のところかしらみたいな。ぬめぬめした皮膚と肉というのが、普通喜ばしいものではないんだけど、自分と同い年ぐらいかなと思ったりする、そんなはずはないんだけども、そう思ったりする。親しみみたいなのが生き生きとしていいなと思いました。早瀬もそうですね。〈紫木蓮〉もいいんですけど、《満月や腹透きとおるまで画鋲うつ》は、満月との呼応があって。腹透きとおるまで画鋲打つっていうのがどういう感じなんだろうと思いつつも、なんか熱心にやっていて、思考が無になっていくような感じ。それで、満月の夜だから心地よい気持ちなのかしらと思って。

黒岩■確かに軽やかというか外界に抜けてゆく感じを感じます。韻律の話はまた後で話したいのでまたそこも教えてください。では、外山さんお願いします。

外山■はい。そうですね。いくつか言うと、谷さんの《焼鳥の微光受信の母国語よ》っていうのは、すごく自分の中ではすごくわかりやすかったというか。結構意味に寄っているのかなって。あ、こういうのもあるんだと思いましたね。すごく単純に捉えると、焼き鳥を食べているのか焼いているのか、焼き鳥屋か飲み屋かなんかですけど、そこに光が差していて、そういう状況、そういう世界を受け止める、そういう言葉として母国語がある。この母国語っていうのは、おそらく日本語をさすと思うんですが、ここでなんで日本語って言ってないんだろうと今ふと気になったんですけど、でも考えたら、パウル・ツェランの詩のことを谷さんが確か書いてますよね。今回の五冊のどこかで書いていたと思うんです。パウル・ツェランっていうのは、それこそ、母語とか母国語との間ですごく苦しんだ詩人だし、飯島耕一のそれこそ「母国語」って詩の中に、パウル・ツェランが出てきて、そこに対する共感を飯島耕一も書いてたし、そういう意味では、「日本語」という言葉では単純に置きかえられないような意味で「母国語」というものを使っているのかなと思います。そう考えると、言語観というのかな、言語とか、母国語と詩との関係っていうのを、情緒的っていうか、俗っぽいと感じもしますけど、見せている、そんな句かなと思って。だから、こういうのもあるんだという感じの句でした。それから安藤の《こけし売り泡立つ海を後手に》っていうのは、ちょっと捻った見方をすれば、こけしっていうものが、いろんな解釈があるじゃないですか。子を消すでこけしなんだとか。そういうものを売っているこけし売りと、その後ろに、不穏な、何か訴えかけるような海を捉えつつ、それをわかっているんだけども、見ないようにしているのか、あるいは背負っているのか。何か、自分の行い、例えば、こけし売りっていうものが象徴する、ある種不穏な行いっていうものに対する背徳感というか罪悪感みたいなものが、泡立っているっていう、その意識っていうのかな。そういったものを背景にしながら、自分の宿命的な生業を行なっているというか、そういう人間みたいなものが書かれているのかなって思って。これは、今回の中で一番いいなって思いましたね。あと、《メガネ置きひとりのことを消せずいる》っていう山口のやつですけど、一人のことっていうのがなんのことなのかというのは、いろいろ解釈があると思うんです。この一人を恋人とか好きな人にしちゃうとすごい歌謡曲っぽい雰囲気の句になりますが、単純にこの一人っていうのは自分のことで、自分が一人ここにあるっていうことがメガネ置きがあるってことによって毎回毎回自分に確認されてしまう悲しみなのかなって思いました。林田紀音夫のかなり最後の方の作品に、メガネを置いて明日も同じような感じだ、みたいな句があります。明日も今日と同じようにやはり来てしまって、そのことをどうしても毎回毎回確認させられるっていう。林田紀音夫の方はもうちょっと生活者としての悲しみが描かれていると思いますけど、山口の方はそういう生活感はない感じ。自分の存在ってものの悲しみに向き合った感じがしました。もう一個だけあげると、《青葉木菟遠く縫針行くごとし》っていうのがありましたけど、これは、なんですかね、すごく単純に比喩だとすると、青葉木菟の声が針が行くように遠くへ聞こえていくんだっていうのか、あるいは遠ざかっていくのか、時間をおいて聞こえてゆくっていう様を言っているふうに読めなくはないんですけど。ただ、そういう状況の描写ではないような気がしますね。小川さんさっき言ってくれた、画鋲の句がありましたね。《満月や腹透きとおるまで画鋲うつ》と迷ったんですけど。自分はこれとすごく似ているものを感じるっていうのかな。針っていうものと、夜の間の自分の心境ってものを捉えた句なのかなって。それを仲介するように青葉木菟があるのかなと思いましたね。そんな感じです。

黒岩こけし、確かにかわいいというより怖い感じがしましたね。異色作ということで凄く気になりました。メガネは結構、洗濯機とか、山口の生活者モチーフの句が並んだ後にこの句がきて、僕は生活の中の一句だと思ったんですけど、おっしゃる通り、存在ってことにフォーカスをして、いるとも言えると思っていて、日常詠っぽくないところも面白かったです。

中矢後で韻律を話す時間があるかと思うので、ここでは前半二句だけ話題に挙げさせていただきます。外山さんの取られていた谷佳紀の《焼鳥の微光受信の母国語よ》の、「母国語」と「母語」の違いは改めて話したいと思いました。「母国語」というのは、生まれた国で使用されている言語で、日本だとわかりやすいので例にしますと、日本の国語は日本語ですね。ですが「母語」は人によって異なり、英語ではマザートングです。家庭内の言語であって、更には両親の話している言語が違うこともあると思います。この句での「母国語」は日本語という読みでいいんでしょうね。この句は日本語で書かれているということと、焼き鳥っていうモチーフから、居酒屋みたいなものを思うからだろうと思います。上手く言語化できないのですが、面白い句だと思いました。

久保田古丹の、「黄色風船」のなかにある《緑園にくらげが来ているパラソル》は、やっぱり金子兜太の《梅咲いて庭中に青鮫が来ている》から来ているんですかね。青鮫じゃなく海月が来ていて、梅でなく夏のイメージなので、句の構造なども勿論違うのですけれど、両者共に幻想のような幻覚のような、でも明るさが押し寄せてくる感じを受けました。

次の句は猪鼻治男の句で、《手のひらの砂ふりつづく家を買う》です。「つづく」は、連体形と終止形が同一で、だから読みが面白くなるよねという話をしたくて選びました。「ふりつづく」を連体形で解釈すれば、砂がずっと降り続いてしまうような家を買うということになるし、ここの「ふりつづく」で一旦切れば、手のひらの砂が、一握の砂的な、ずっと続いていて、それはそうとして、家を買ったよという別の事象との二句一章になる訳です。一つ目の句は、金子兜太のものを思ったというところで、二つ目の句は単純に好きなイメージだったのでいただきました。

黒岩まったくその通り。手のひらの砂の句はダブルイメージがあって、私もすごく注目しました。三世川さんお願いします。

三世川前置きになりますが。十一号から十五号は、1988年10月から1989年12月までの約一年間の発行なんですね。自分がいただくにあたってこのスパンで見ると、特徴的なのは久保田古丹の作品がよく目についたことです。韻律ということも合わせていただいていて、とても心惹かれたものが多かったです。それに引き換え谷佳紀の作品については、もしかしたら自分が谷作品に慣れすぎたせいかもしれませんが、何かイメージや意味性の強いものが多く、なおかつ韻律という観点からしてもあまり興味をひくものがありませんでした。そんなことで韻律も含めて、三作品いただきました。ただ韻律と言っても根本的なことになると色々難しい問題がありますので、わかりやすい意味で目につく韻律という観点から顕著な作品を採りました。で、一つ目が《鳥騒やひとりカルタひとり花骨牌》という多賀芳子の作品でして。ところで自分は季語に疎いもので、これは「とりさわ」ではなく「ちょうそう」でよろしいのでしょうか?。

黒岩これはですね、この字で、あおば「ざい」とか……

三世川ありますよね。「とりざい」なのかな。

小川「ちょうさい」と読むのかな。わからない。

三世川そうですね。囀りとかそういうことだと思いました。賑やかに鳴き交わす囀りとは没交渉に、骨牌で一人遊びしているのでしょう。なにか物憂いというか、やるせない心持ちが染み込んでくる感じがします。ところで花骨牌なのか花の骨牌なのか、あるいは花札なのかも判らないのですけど。それはともかく「鳥騒や」以外はいわゆる複合名詞、他に何も含まない複合名詞のリフレインだけなので、ゆえに一人遊びの映像がクローズアップされていると思います。そういう風に目についた韻律でした。それから次が《遊女に夕陽は異教のブランコ》で、作者は久保田古丹ですか。なにかこう、異教のブランコという言葉に引きずられているのでしょう、アインデンティティ不在の虚無感漂う映像が見えます。そしてそれと呼応するように、情感や思い入れの深入りを断ち切るかのようなブランコという体言止めの四音が、大袈裟な言い方をしますと、実存的な悲しみを誘うようでそれでいただきました。これも体言止めの四音が、韻律として目につきました。最後が《皿運ばれてゆく晩秋という部屋》でして、これもやはり久保田古丹作品です。とても淡々とした内容を負わない映像と、五七五とは異質な抑揚のない韻律によって、晩秋のもつ鎮静した空気感とか情感というものを、無自覚にしかし明確に感覚させられます。ある意味こう、まぁ前衛的というのは抽象的な言い方ですが、前衛的な文体に近いのかなとも思いました。

黒岩そうですね。久保田さんに注目がいって、谷さんには韻律面でも内容面でもっていうのが面白かったです。

三世川すみません。久保田古丹はどのような作家だったのか、手短に教えてもらえますか。

小川アルゼンチン移民の方じゃなかったかな。崎原風子が書いてたような気がする。

中矢井尻香代子先生の『アルゼンチンに渡った俳句』という本に久保田古丹は出てきてます。

三世川伝統的な俳句からは、スタンスの遠い作家だったのでしょうか。

小川「海程」の人じゃないのかな。

中矢小樽出身の方で、生まれたのは1906年で、没年は96年の方で、俳句は、

黒岩あ、プロフィールもありましたよ。ゴリラ六号に。これ、崎原風子が書いてる。

小川どこに所属とかは書いてない。

三世川今回の選においてたくさんいただいたので、急に久保田古丹という人物であり作家に興味が沸き、質問させてもらいました。

小川崎原風子の俳句の師、そして仲間であると書いてますね。

三世川あー、やっぱりそうなんですね。

中矢芸術家だった感じが。

黒岩絵描きでもある。

中矢写真機とバイオリンと共にアルゼンチンにやってきたとあります。

黒岩すごい。

中矢1936年にアルゼンチン美術展に初入選したとありますね。画家としての活動の他、漆芸家としても名声を得て、アルゼンチンの指導に携わっていたが、やがて俳人として俳句の普及活動を開始したそうです。最後、スペイン語での俳句グループを作ったことは知っています。ただ、訳者の井尻先生曰く、井尻先生はスペイン語の辞書を編纂されるような凄い先生なのですが、その方が読んでもあんまりよくわからなかったとのことでした。この記述から、古丹のスペイン語能力といった問題ではなく、私としては、日本語でその句を表現したとしても、日本の俳人たちにとっても解釈が難しかった、意味内容をストレートに伝える俳句は日本語でもスペイン語でも書こうとしてはいなかったと考えるのが、この感じだと妥当なのではないでしょうか。

黒岩僕は結構、久保田の作品は今回凸凹としているなという印象が、ちょっと観念とか、分かりやすい陥穽に嵌っている句もあったかなと思うんですよ。三世川さんがあげた句単体で見ると、そうかそういう、空白感みたいなものを読み取れる句があって、なるほどと思いました。戻ります。では、では横井さんお願いします。

横井そうですね。今回、意識したわけではないんですけど、小川さん同様女の人の句が面白いのが多かったのかなって思って。気づいたら十句中九句が女の人の句になりましたね。多賀芳子の俳句は、九号では、谷に気楽に笑えないと言われていて、十三号のやつでも、別に談林を目指していないと言っていましたけど、僕は真面目さは好きなんですね。理屈っぽくあっては、それは駄目ですけれど、完全に無意味であると、一体何処に行くんだろうという感じがしまして、その点で多賀さんの句は取れますね。結構、《砂漠立つ胃の腑のような映画館》は、すごく「立つ」っていうのはおかしいんですけど、砂漠の殺風景な印象の中に、映画館のなかに放り込まれて、その中で、胃の腑のように映画館が丸まっている、そしてその中で詠者も、胃の腑のように丸まっている映像が見えてきて、面白いと感じましたね。渇きに似た苦痛を感じました。次に、《乱雑な部屋にぽあーんと私空気》小川さんもとっていたと思うんですけど、この句は、「ぽあーんと私空気」が、これもまた十三号で、多賀が安藤に言っていたんですけどね、「傷を舐めながら時に明るく吠えながら檻の外に出ようとしない」と書いていたんですけど、割となんだろう。傷を舐めながらって言いようは、違うような気がするんですけれども、すごく楽しそうに檻の中にいる、と僕は思います。で、普通に好きな句を挙げると、《水匂う 見渡す限り積木の部屋》っていうのがいいと思います。積木って別に水の匂いはしないと思うので、この水の匂いは印象的なものと思うんですけど、積木というものがあって、狭いけれど広大な部屋に散らばっていると。子供のときの記憶が……水、そうですね生命には必要不可欠なもので、原初とも言えるものですけど、生命の原初を思わせる部屋だったんですね。子供のときの記憶を、そのまま俳句にしたようで、普通に好きな句で取らせていただきました。以上です。

黒岩毛呂の句は、楽しいみたいなことを仰っていましたが、選句基準として気になったところはありますか。

横井普通に気に入った句をとった感じですね。女性を多く取ろうとした訳でもなく、別にユーモアを排除している訳でもない。意味を否定すると、ユーモア・アイロニー・感覚の方によると思うんですけど、別にそこを排除した訳でもなく、気に入った句をとった感じです。

黒岩方向性としてあんまり上がってない句だけ話したいと思います。鶴巻《ピルシャナ佛の足元の風いただきます》。これは韻律感とか、流れとか、風のそよぎみたいなものが言葉にのっているのがいいなという感じで、選んできた感じがありました。いただきますが、遠くにポーンと聞こえてくる感じが快いと思います。妹尾健太郎のが上がってて《かちっ閉じ波頭香りのジッポ来た》。ちょっとこう、分かりやすいというか情景が浮かびやすく、別に「ゴリラ」に載っていなくても、他でも載っているかもしれないなって句だったんですが、なんか、「かちっと閉じ」って言わずに、「かちっ閉じ」ってのが妙に気に入っちゃって。この書き振りが、香りを連れてくる、ジッポの炎が発せられる香りが、あるのかなっていう風に思ったりもして。あの、軽やかに書ききった句かなという感じがして。谷の即興の二句。たまたまいいなと思った句を最後十句に絞ったら、即興の二句が残ったって感じなんですけど、谷さんの俳句の作り方の中で、即興っていう指針が一つはあるのかなと思って、拘っているのが、前回の読書会で話題になった、自分を更新しながら書くみたいなイメージを持っている評論でした。だから即興っていうのか、その場で出逢って書くという事に、別に即吟が全てじゃないですよ、即興性という事にはかなり意識的だったのかなとは思いました。《虚空人即人の突っ立つ死》っていうのは、どう頑張っても読み取れないんですが、私には。多賀さんにはそう評していて、ややシニカルというか、マイナスな感じも、取られていたんじゃないかと思うんですが、うまく言えないんですけど、襲いかかってくる気持ち悪さというのがちょっと感じまして。ああ、「谷独自の言葉に対する自慰的奔放さ認められよう」「意外性が感じられない」。なかなか、多賀さん非常に理知的に分析的に書かれているなって思ったところが結構、言葉に拘っている感じがして、多賀さんの評は、すごい分かりやすいんですが、それでも興味があるというのは、虚空人即即興人というのが、プレーンな感じ。まぁ、暗いんだけど、あまりのっぺらぼう感があるというか、そこがゾッとして、俳句として神経を揺さぶってる感じがしました。原さんの句も二句とったんですけど、これちょっと原さんって前からずっと、初回の読書会でも、外山さんが、怯えながら、俳句ってどういうものかなって距離を測りながら書いているんじゃないかって指摘があって、今でもそうと思っていて、やや性的というかセクシュアルなモチーフを、俳句に活かそうとする句がやや多すぎるんじゃないかと私はちょっと思ったんですね。ただ、《夫婦はぁー皮袋からぱっくり生れ》っていうのは、なんかこう、夫婦の夫婦感とか、あんまりないなって思って、これもさっきのぽあーんと空気と近いんですけど、「ぱああんとまんさく」も一緒なんですけど、やっぱりその外界へ抜けようとする潔さみたいなものが、原さんも他の作家に「ゴリラ」の中で影響を受けながら書いているんじゃないかとはちょっと思いました。だからやっぱり原さんの本領的なではないところが面白いというのが率直なところです。そんなところです。

三世川皆さんの選んだ十句選が、誰も重ならないところが面白いですね。

黒岩そうなんですよ。結構、重ならなくて、それは僕は魅力的な句や勢いというか、のって書いている作家が多かったんじゃないかな、毛呂さんの追悼の十一号以降、ちょっと十号までの流れと、それこそ韻律的な感覚が、ちょっと変わってきた、いい方に変わってきて、私としては、かなり今回が一番楽しく読めた感じがします。

(つづく)