2010-04-04

林田紀音夫全句集拾読 109 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
109





野口 裕



形鋼のあるときは歩兵銃の輝き

昭和三十九年、未発表句。同一頁に、「長女誕生」の前書を持つ、「生き得ていとけない熟睡の嵩」がある。巻末年表によると、林田紀音夫は、大正十三年の生まれ。齢四十を越えてから、一子をさずかったことになる。その同じ時期に、こうした句を発想している。

一句だけを取り出すと、「あるとき」に曖昧さが残るが、金属の質感に対する偏愛と嫌悪の両方の感覚を同時に感じ取ることができる。紀音夫自身が十分展開し得ている世界ではないだけに、珍しい。だが、長女誕生直前に書かれていることは紀音夫らしい。

 

乳呑児の眼に棲む父を許せるか

昭和三十九年、未発表句。長女誕生以後、昭和三十九年の未発表の二十四句すべてが吾子俳句。その中では、これが最も紀音夫らしい特徴を持つ。

「いつか星ぞら屈葬の他は許されず」に典型的なように、紀音夫の句には、なにがしかの罪を得て、それを許されるのを待つ姿勢がある。いったい、その罪の内実は何か、なぜそのような感覚を持続しているのか、それらはまったく不明である。しかし、それはのっぴきならないもののようで、こうした吾子俳句にも登場する。いや、罪を得た私がこんなに幸福であってはよいはずがないという感情からか、吾子俳句にこそ頻繁に登場する。

それは戦争体験に根ざしているのではないか、というのが私の憶測だが、根拠は余りない。しいてあげれば、第一句集以前の、発表句を処分していることと、昭和二十年代にはあまなりなかった戦争回顧の句が、昭和三十年代から出てくることに、根拠が求められる。しかし、あてになる話でないことは、私自身が自覚している。

いずれにしろ、そうした感覚ゆえに、通常ならば幸福一杯の吾子俳句となるところ、悲痛さが加わることにより、その幸福感が切実なものとなる。

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