2010-04-04

オーロラ吟行 第2日 フレッド・マイヤーに嵌る 〔前篇〕 猫髭

オーロラ吟行
第2日 フレッド・マイヤーに嵌る 〔前篇

……猫髭 (文・写真)



2010年3月8日(月):フェアバンクス事始

昨夜は、呑んでくれいとばかりにシュワシュワ発酵しているどぶろくを悪魔のように空け、2時過ぎまでスモーク・サーモンを乞食のように喰らい、王様のようにオーロラと星を見上げ、ゾンビの群れのように眠ったかというと、猫さん枕が変わると眠れないというか、びっちり張り付いたシーツのような掛け布団に、えっちこら、おっちこ~ら、封筒の便箋じゃあるめえしと、ギシギシもぐりこむベッドが苦手というか、「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる」頃には、カフカの『変身』のザムザのように目が覚めたら油虫、ではなく小水納言で目が覚めた。

のそのそとユニクロのジャージーに半纏をひっかけ、シッコしたあとスリッパのまま外に出ると、昨夜は真っ暗でわからなかったが、二階のベランダからは見渡す限り雪景色、とはいえ、それほど積もっているわけではなく、でかい温度計はマイナス9℃。フェアバンクス行最終便で着いた昨夜は、外に出て煙草を吸うと手が痛かったが、今朝はそれほどの寒さではないなと、一服しながら一階のベランダに下りて、オーロラハウスを見て周った。三脚セットやビリヤードやソファーが置いてあって、観光客はここでオーロラを見学するわけだ。


風が吹くと、さすがに毛を毟られた因幡の白兎のように身が縮むので、「冬はつとめて、雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに火など急ぎ熾して炭もて渡るもいとつきづきし」などと、粉雪を蹴りながら部屋に戻れば、オーロラハウスは完全暖房、一晩中嵐のように床の換気穴から温風がごうごう吹き荒れているので、家の中はジャージーでOK。


エアポート道路沿いに24時間空いているスーパーがあるというので、着いたら買いに行こうと思っていたが、鞄が行方不明になるアクシデントがあったので、りんさんが待時間に軽食を買い込んで来たと言っていたから、それを朝食にしようと思ったが、勝手がわからんので、りんさんが起きて来るまで待とうと、シャワーを浴びる。バスルームから部屋に戻って、インターネットがつながるかどうか、あ、つながった(アラスカの上に朝が来りゃ、その裏側は夜だった)、確認してから、またキッチンにのこのこ出て来たが、日本だったら出勤時間をとうに過ぎているのに誰も起きて来ない。

無理もない。宿六の世話に追われ、家事に追われ、子育てに追われ、やっとゆとりが出来て、気晴らしの海外旅行に出かけたら、初日から見知らぬ街で右往左往。スタバはどこだ、市場だ、牡蠣だ、時差ボケだ、分度器だ、Tシャツだ、花見だ、荷物どこさ行っただ、鮭だ蟹だどぶろくだ、オーロラだと、一生に何度もあるわけではない濃い一日を送ったのだ。りんさんもアンカレッジからフェアバンクスまで飛んで来て、車借りたり、買出し行ったり、待たされたりしたのだから、朝寝くらい罰はあたるまい。

猫殿この春で定年退職を迎えたが、長い間月給鳥、それも24時間365日の「事件屋稼業」(Trouble is my business.)のコンピュータ屋さんだったので、夜中でもポケベルで起こされるから、体内時計の睡眠時間が4時間以上続かない。サラリーマンの悲しい性で、アメリカでも4時間寝たら、仕事モードで朝からうろうろ。でも、もう仕事しなくていい。What a wonderful world!

やっとりんさんが起きて来て、昨夜は零下30℃だったと言うので、今日は暖かいよと外の温度計を指すと、それ華氏だから摂氏だとマイナス23℃よと言われ、エーッと驚けば、りんさんもエーッ、その格好で外うろついてたの、まあ、この猫適応力が早い、というか「生命体には人間と動物と猫髭がいる」といった目をしておいらを見ていたが、猫さん、防寒着いらないかも。

春はあけぼの0℃と思へば華氏なりき 千鶴羽

大君と中の君が起きて来たので、よく眠れた?と聞くと、大君は、それが昨夜は吹雪がうるさくて眠れなかったと言う。吹雪じゃなくて、それ暖房の音だよ。それにしても、眠れなかったと言う割には、もう昼飯だぜ。そばでは中の君が借りてきたハムスターのようににこにこしている。彼女は句会以外では必要最小限の言葉しかしゃべらない。猫さん、お腹すいた。あ、喋った。

というわけで、限りなく昼飯に近いアラスカ食材のブレックファースト。りんさんのアンカレッジのお仲間が酒麹で発酵させた手作りパンに、ミニソーセージを炒め、りんさんの御主人が釣ったサーモンを燻製にした鮭とばに、生ハム。これにオレンジジュース、林檎、グレープフルーツ、ブルーベリーとオリーブ。


パンがお酒の香りがしておいしい。この辺が日本人の器用というか、環境に順応しながらも一味違う工夫を施すところだろう。他の人種はアメリカではアメリカの味に迎合し過ぎてしまう感がある。ケチャップはアメリカ人にとっては日本人の醤油と同じだから、瓶のケツばんばん叩いてどばどば出して、フライドポテトが隠れるほど血糊のようにかけ回す。だから中華料理、イタリア料理などスプラッター映画さながらで、まるでジェイソンと食事しているよう。熱いスープと麺を一緒にずるずる啜るという事自体が欧米人は出来ないから、麺類食いたいなと中華料理屋に入っても、仏壇のような茶碗にお通夜のようにしめやかに食べられるよう納骨堂で骨はさむようなでかい箸で、これ以上伸びようがない麺をもそもそ出されて、味が濃くて甘たるくて酢っぱ過ぎる、過剰な味のアメリカン・チャイニーズが出て来る。また、アメリカのローカルな日本料理屋のほとんどは韓国人がやっていると思って間違いない。焼きそば頼んだら蕎麦がBBQソースどろどろで出されたとか、味噌をお湯で溶かしただけの出汁も具も無いミソ・スープって、永谷園のインスタント味噌汁の方がよっぽどマシじゃわい。いや、ほんとの話。

日本人はそこまで迎合しないし、下手も打たない。アメリカの素材を使って調理法を工夫し、アメリカ人が食べても日本人が食べてもおいしいものを作る。鮨などそのいい例だろう。あとヴォリューム。サラダなど、馬でも席にいるのかというほど大量に来るが、日本人は人間の胃袋に合った量を出す。どうも、アメリカでは、どうだあ!とばかりにドーンと出さないと、この店はケチだということになるらしい。日本人は量に圧倒されて、見ただけで腹一杯になる。

シアトルのパンもおいしかったが、アラスカのパンもおいしいかったのは、そういう迎合しないほどほどのオリジナリティがあるからだ。

大君がヨーグルトが欲しいと言うので、ここを根城に一週間暮らすわけだし、兵站をまずは揃えようと、とりあえず、観光は後回しにして、スーパーへ買出しに行くことにする。

これがまた大君が支度に時間がかかる。どうも日本を出掛けに、去年フェアバンクスでオーロラ観光をした俳人に、想像を絶する寒さと脅かされたせいか、両手にホッカイロを一袋抱えて全身完全暖房人間になって登場した。スーパーに買い物に行くだけなんだから、冬眠に行くんじゃねえんだから、熊みたいに着ぶくれてどうすんのよ。

あの丘を越えてゆこうよ熊だから 中村十朗(友情出演)

フォードの四駆で雪道に乗り出すと、山の上だし、アメ車はパワーがあるから、坂道をケツを振りながらコーナーを回るアイシング・ドライブである。方向音痴の猫がナビゲータでドライバーはアバウトりんさん。これほど危険なコンビは先ず空前絶後と思われるが、これがどちらもアバウトだから喧嘩にならない。しかも、後ろに座っている二人は、生れた時から運転席は自分の座るところにあらずと決めているような姫たちだから、道間違えようが、崖から落ちかかろうが、クレーム・ゼロ。猫だけが高所恐怖症なので、崖に寄ると、静かに「なおん、なおん」と鳴き始め、りんさんも、おっと崖に寄り過ぎかとセンターラインに戻る、かというと、センターラインは雪で見えないから、ど真ん中を走る。車が少ないから、それでいい。おいおい、というコンビである。


三月の雲に近づく雪の坂 りん
このあたり山並低き芽吹かな 薫子
凍裂の白樺やまた電柱も 千鶴羽

我々が行ったスーパーの名前はフレッド・マイヤーという。ポートランドという港町が本拠地のスーパーのチェーン店で、実にでかい。体育館を三つくっ付けたくらい広い。冒頭の写真はその入口の写真だが、入口はこれ一つではない。いくつもある。だから駐車場のどこに止めたかを覚えていないと自分の車を探すのに迷う。アメリカの車の自動キーを押すと車がパフパフ鳴るのは、自分の車がどこにあるかを知らせるためである。駐車場のあちこちパフパフ♪

アメリカはマンハッタンからサンフランシスコまで時差が3時間もある国だから、ダウンタウンはまだしも、そこから車で30分も走ればどこも広大な田舎だから、家も広く、車が2台は入るガレージがあるし、歩いて買い物に行く事などありえない広さの上に、フェアバンクスのような極寒地を歩くというのは冷凍庫の中を歩くようなものだから、ジャージーに半纏で歩いたらシンデレラ物語。皆100%車で移動である。買い物も車で大量に買い込むから冷蔵庫も日本の倍くらいでかい。キッチンもでかい。だからスーパーもでかい。アメリカで小さい物というと$札ぐらいしか思いつかない。紙幣は子供銀行かというほど貧弱で偽札も多いから、皆買い物はカードか小切手である。

こういうスーパーが、スポーツ用品専門店とか、ホームデポといった日曜大工専門店とか固まっている。日本で近年郊外の大きなスーパーが流行だが、アメリカの真似で、日本は狭いので何階か建てになっているのに対して、アメリカは広大なので、ほとんどがスーパーは平屋である。二階建てくらいのデパートを固めたモール街は、大きいのになるとミネアポリスのビッグ・モールなどは、中にスヌーピーの遊園地があって、モール街自身が娯楽施設のような規模もあるが、通常はデパートのような建物が四軒ほど固まってモール街を形成している。フェアバンクスの郊外というと、シアトルの学生街より全人口が少ないので、モール街はなく、平屋のスーパーや園芸店やスポーツ店がGSと一緒に幹線道路の近くに固まっている。

キャスター付きの籠を押して入り、先ずは大君のヨーグルト。りんさんに拠るとオーガニック(有機栽培)と市販のものがあって、ヨーグルトはこの銘柄がおいしいと、さすが地元。オーガニックの方がちょっと高いけどねと言うが、日本に比べれば安い。野菜もオーガニックと市販のものが分かれて並ぶ。みな計り売り。見た目は市販の方が綺麗だが、とりあえずオーガニックからトマト、玉葱、大蒜、パプリカ、ズッキーニetc.とサルサ・デ・ポマドーロ(トマト・ソース)を作る材料を選ぶ。これは食欲の無い時でも食べられる万能ソースで、作り置きしておくと便利。林檎もアップル・パン用に仕入れる。これもアップル・パイのように林檎を焼いて朝食にトーストに乗せ、上にアイスクリームをかけて食べるとヤムヤム。食前酒にサングリアでも作ろうかと、オーストラリアのイエロー・テイル6$の赤ワインと、シアトルで気に入ったピノ・グルジアを買う。なんとカリフォルニア・ワインのメッカ、ナパバレーの一大ブランド、ロバート・モンダヴィが一本9$、安い~♪


わたくしは目当ての品が二つ。一つはサルサ・ソース。日本では昔はタバスコしかなかったが、こちらはホット・ソースの種類が山ほどあり、その中で「フランクス・レッドホット・ウィングス・バッファロー・ソース」というのが、辛味・甘味・酸味の三拍子揃った猫髭ベストで、これでスパゲッティや手羽先をからめると、まあ、エキゾチックで食が進むのなんの。どういうわけか、日本には輸入されていなくて、それでアメリカに来るたびに買い込んでゆく。あった、あった。中瓶しかないが、これこれと棚にあったソースを全部買い占める。

(写真*)「フレッドマイヤーで猫髭ホットソースを買う」byりんさん

もう一つはドクター・ペッパー。好きなんである、この唐辛子コークが猫髭は。わお、いろんなカラフル・ラベルが一杯、キャピキャピ♪

囀のやよ高らかにドクター・ペッパー 猫髭

しかし、何と言っても、アラスカは魚介類の新鮮な奴が売り。特にキング・クラブやダンジャネス・クラブは冬の味覚。日本では夏だけどね、蟹は。あ、ザリガニがいる。ロブスターではなく、ほんとのザリガニで、クロー・フィッシュという。鴉魚とは変な名前だが、ポートランドの名物料理で、知らないで白身の魚だろうと思って頼んだら、バケツごと茹でたのがテーブルにどんと来て、うわ、小さなザリガニが何百匹いるんだと驚き。しかもそれで一人前。頭を千切って身を溶かしバターで食う。味噌は苦くて食べられない。味噌が食えない甲殻類など蟹にあらず、蝦にあらず。ロブスターと同じ味だが、ガキの頃、蛙を餌にして沼で釣ってたザリガニと思うと食欲は正直進むものではない。見れば充分で食べるものではない。ザリガニは釣っても食うなまずいから(猫髭こころの俳句)。りんさんがキング・クラブが無いので店員に聞くと、水曜日に入荷とのこと。じゃあ、水曜にまた来よう。


さて、そろそろ16:30近くなったし、フェアバンクス最高のステーキレストラン「タートル・クラブ」へ行こうと、車に食料を積み込んで、いざディナー・タイムへ。

(後篇に続く)

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