【週俳3月の俳句・川柳を読む】
僕はスカートを穿いたことがない……山口優夢
◎神域 曾根毅
曇天や遠泳の首一列に
自然の中で不安定に漂う人間たち。「遠泳の首」という表現、それが「一列」になっているという発見。さらにここでは上五の「曇天や」が、自然というもののどんよりとした存在感を否応なく押し出している。
一列に、どこに向いて行こうと言うのだろう、彼らは。そんな言い知れぬ不安な視線を、たとえば次のような句にも感じる。
牛膝つけて精神病棟へ
神域を抜けたる鶏の暗さかな
◎春は沖縄 山下つばさ
漬けられしハブの薄目や春の地震
「春の地震」は、やや言葉がこなれないとの誹りを免れ得ないかもしれないが、思い浮かぶ情景に手ごたえが感じられて好きだ。お酒か何かの瓶の中に沈むハブの薄く開けられた眼。それがかすかに揺れた。揺れた、と思う間もなく、自分の立っている地面の揺れを感じ、それが地震であることに気づくのだ。ハブの薄目のまぶたのかすかな揺れから地震を感じたと読めるような書き方が面白い。
手のひらに蟹スカートを抜くる風
僕はスカートを穿いたことがない。だけれども、このような描かれ方をすると、スカートを穿いたときに感じる風の手ごたえが伝わってくるようだ。
ハイビスカス東京のこと少し思ふ
これら十句は、「実際に行って作った感じがするからいい」と言うよりも、「実際に行ったときにいろいろなことを感じて作ったのだろうなあと思えるからいい」という感じがする。特にこの句の「ハイビスカス」の置き方がいい。普段暮らしている東京よりもここ沖縄の方がはるかにいいに決まっているのに、それでも東京のことをちょっと思ってしまう。旅情とはなぜこんなにさびしいものなのか。
◎紅 石蔦岳
かげろふに鳥の入りたる悼みごと
かげろふに鳥の入りたる、というのが素晴らしい。鳥を媒介することで、すぐそこにあるかげろうが、まるで別の世界のことのように感じられる。 まるで死の世界が透けて見えているようだ、とまで考えてしまうのは、下五の「悼みごと」という一言のせいだろうか。 そう思っていると次のような句もある。
陽炎を食うて太れる女かな
昔話に出てくるような鷹揚さ。かけがえのないものだと思う。
◎日の本 長田美奈子
日の本は老人の国魚は氷に
世の中に対する軽い批判精神とどこか陶酔しがちなセンチメンタリズムの入り混じった十句だと思った。魚は氷に上って何を見たか。太陽ばかりがまぶしい春だ。
◎雛のごとく 小久保佳世子
芽吹山から観音の顔白し
顔色が悪いわけではないのだろう。そもそも観音様の顔にあまり表情を見出す契機はない。しかし、「顔白し」と来られると、「顔面蒼白」などという言葉とも相俟って血の気の引いた顔を思い浮かべる。それともこれは、僕が常々観音様の顔というものに親しみを覚えられないと考えていることから来るただの偏見だろうか。 しかし、
救急車のサイレン雛の流れゆく
限界のきてゐる笑顔チューリップ
などの句にも見られる不安みたいなものの萌芽を、この句にも読みとったとしても、そんなに外れてはいないだろう。
◎長崎屋桐生店地下食品売場吟行記 山田耕司
地下白くカートにもたれ立ち話
「カートにもたれ立ち話」はあまりにも俗っぽい描写だが、「地下白く」で詩にしてしまう手腕には瞠目する。逆に、「地下白く」は、自然に対抗する人口の産物を描く上では常套的な表現に過ぎないが、それが「カートにもたれ立ち話」につながることで、生活感覚の中に蘇らされているとも言える。
かりかりと顔より高く鷹の爪
出口へと明るき肉を曲がりけり
などは、食品売場だと分からなければ読めない句ではあるが、言葉にしてみたら一見こんなシュールなことが食品売場で生じているのだという発見には非常に興味深いものがある。そのシュールさを攻撃するのではなく、シュールさの中に作者自身もとらわれているかのような立ち位置で書かれているから、この十句には一抹の怖さが漂っているのかもしれない。
このレヂと決め長ネギを立てなほす
…などと言っていると、最後に出てくるのはこんな力の抜けた句。この句からは、
レジ打ち終る寸前アイスを持つて来る 北大路翼
を思い出したが、この二句を比べると両者の立ち位置の差がはっきりする。北大路の句は「世界」に対する持続したささやかな悪意の表れとして成立しているが、彼の句では彼自身もこの「世界」に入り込んでピュアな買い物客であるかのようなふりをしている。そのピュアさ加減が、分不相応に前のめりに出てくるから、いているこちらは脱力してしまうのだ。このような「世界」への態度には、作家としての方法が賭けられているように思えて面白い。
と、なんだかんだ書いたけれども、この十句の中で僕がとりわけ気に入っているのは
春爛漫すまんヤキソバパンふにやり
である。ジョイマン?
川柳作品
■石部 明 格子戸の奥 7句 ≫読む
■石田柊馬 キャラ 7句 ≫読む
■渡辺 隆夫 ゴテゴテ川柳 7句 ≫読む
■樋口由紀子 ないないづくし 7句 ≫読む
■小池正博 起動力 7句 ≫読む
■広瀬ちえみ 鹿肉を食べた 7句 ≫読む
■曾根 毅 神域 10句 ≫読む
■山下つばさ 春は沖縄 10句 ≫読む
■石嶌 岳 紅 10句 ≫読む
■長田美奈子 日の本 10句 ≫読む
■小久保佳世子 雛のごとく 10句 ≫読む
■山田耕司 長崎屋桐生店地下食品売場吟行記 10句 ≫読む
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2010-04-04
【週俳3月の俳句・川柳を読む】 山口優夢
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