2010-04-11

〔俳句つながり〕Go, Hitch,Go! 今井肖子

〔俳句つながり〕
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Go, Hitch, Go! ~阪西敦子さんのこと


今井肖子


はじめに・・・こういうとき、あまり近いところへつなげるのはいかがなものか、と思った。しかし、ほどよい距離感の句友は、すでにつながっていたり、ここで頻繁にお名前を拝見したり。それで、ホトトギス最年少同人の阪西敦子さんへ。私と違って交友関係の広い彼女、いい感じで次へつながると思う。



手元に1冊の句集がある。『一会』と題されたそれは、敦子さんの祖母にあたる南禮子さんの遺句集。2002年、73歳で亡くなられた、敦子さんその時24歳。句集の最後に、彼女が寄せた一文があるので抜粋してみる。

小学校3年になる頃、神戸の母の実家に行った時であっただろうか、祖母に「作り作り」と言われて俳句を始めた。まもなく「出し出し」と言われ、「ホトトギス」学生の部に投句を始めた。(中略)毎月「ホトトギス」が届く頃に、その月の季題のうち幼い私にもわかりやすいものが二十ほど書き出され一言作句について書かれた手紙が来た。五七五かせめて五八五・六七五で作るように、字をきれいに書くように、(中略)手紙の裏には、セロハンテープで百円玉が数枚、前月の入選句数に応じて貼ってあることが多かった。

禮子さんは、敦子句の初めての掲載(「ホトトギス」1984年10月号)から、すべて手書きで記録されていた。それを見ると、敦子さんの記憶より作句開始は少し早い。

 赤とんぼ牛のせなかでやすんでる   敦子7歳 
 もう一度きものをきたい七五三     同8歳
 スカートでローラースケート春の風   同8歳
 白酒のまねしてカルピスぐっと飲む  同10歳 
 かけっこでテープをきった初ざくら   同11歳

明るく闊達で、二十代から着物を着こなし、その飲みっぷりのよさでも知られている敦子像がくっきり現れているから俳句とは不思議。そして、11歳にして、初ざくら、の効いていること。さらに文章は続く。

(句を直されるのが嫌だという彼女に禮子さんは)私が五七五を気持ち良く感じるまで字余りはダメと唱え続けた。次は濁音の助詞を余り使わぬようにと私が「~の」を使うことがお洒落だなと思い始めるまで言い続け、それが済むと旧仮名使いをするようにと、私が旧仮名使いを美しいと思えるようになるまで言い続けた。最後は切れ字を使うように、切れ字がかっこいいと思うようになるまで言い続けたが、その後は「あっちゃんの字はきれいね」などと言われるようになり、祖母と句を見せ合うのも楽しくなっていった。

すごいな禮子さん、そしてまこと祖母孝行。禮子さんが亡くなって一年後に書かれたこの文章は、次の一句でしめくくられている。

 悲しみは悲しみとして梅探る   敦子

梅そのものではなく、探梅。季題の力を理屈ではなく本能で感じとっている。

その2002年の4月に、初めて入った句会で私は敦子さんと出会った。24歳と48歳、まさに年令は二倍、17年と3年、句歴はオハナシにならない。若手中心のその句会でも最年少。そして、どこか不思議な雰囲気に惹かれて採ると敦子句だった。

 過ぎ去りし日々の溶けたる日向ぼこ
 強東風に向かひて結ぶ靴の紐
 言へば言ふほどに晴れやか御慶かな
 鈴蘭のことさら丸き午後となる

その頃は、実家近くの水戸から東京へ、勤務先のNHK文化センターの転勤も重なり、あれこれ大変な時期だったと思う。それでも彼女は、三十代、四十代の先輩句友にかわいがられ、のびのび俳句を楽しんでいた。兼題句会であるその句会は、点盛は無く、主宰も含め特選句評はするが、個々の句に対して、ここをこうした方がよい、と言いあうことはほとんどない。披講を聞きながら、なるほどぐっとくるなあ、そういう詠み方があったか、そうか、これではやはりだめか、とまた自分で模索する、という感じだ。
そこに敦子さんは18歳で入会し、その後28歳で超結社句会に入るまで、句会はそこひとつだけだったという。頭脳明晰であるが、どちらかというと不器用な質の敦子さん、でもその不器用さが幸いしたと私は密かに思っている。作句を始めてから二十代後半まで、約20年、自分の句と向き合って迷いつつゆっくりじっくり熟成していった。そしてその後の超結社句会での新たな刺激と、同世代の句友との出会いを経て、今の阪西敦子が在る。

文章のタイトル、「Go, Hitch, Go!」は、この3月、敦子さんが受賞された、第21回日本伝統俳句協会賞新人賞の30句作品のタイトル。作品をいくつかあげてみると

 雲見れば島動きたる五月かな
 あぢさゐの囲む何にもなき広場
 秋の灯や吾が影いつも汝に触れて
 口笛を鮒に喰はれてそぞろ寒
 少年のやうに落ちたる雪しづり
 ひらがなの多き街並鳥帰る
 ふらここや幼馴染と揺れ揃ふ

どこかに残る不思議さと、時おり見えるようになってきた淡い情と、相変わらずの季題をとらえる本能と。三十路を越え、ますますあれこれ磨きをかけつつ、でもやはり少し不器用なままでいて欲しい、少なくとも俳句に関しては・・・と思うこの頃である。

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