林田紀音夫全句集拾読 113
野口 裕
硝子に映る折れた月日の黒い眼玉(昭和三十三年、「十七音詩」および「風」、第一句集『風蝕』所収)
硝子工場に血の色ふくれ悲しむ裸(昭和三十四年、「十七音詩」および「風」、第一句集『風蝕』所収)
ガラスの膜に血を凍結して耐える(昭和三十五年、「十七音詩」)
ガラスの縞の軟禁にあい確かな時計(昭和三十五年、「十七音詩」、第一句集『風蝕』所収)
ガラスの檻で紙幣に換算される呼吸(昭和三十五年、「風」、第一句集『風蝕』所収)
訃の一方の窓ガラス夜空を貼る(昭和三十八年、「十七音詩」)
滞る血のかなしさを硝子に頒つ(第二句集『幻燈』所収、昭和三十六年~昭和三十九年)
疾走の夜のガラスに女棲む(昭和三十九年、未発表句)
ひびくガラスを深夜の窓に濡れる音楽(昭和三十九年、未発表句)
雨粒のガラスの檻に椅子が死ぬ(昭和三十九年、未発表句)
ガラスの外に傷負う星の青深まる(昭和三十九年、未発表句)
雨粒の傷のガラスに都市暮れる(昭和四十年、未発表句)
涙に濡れた乳呑児の夢ガラスの夜(昭和四十年、「十七音詩」)
乳房の母を探すガラスに月夜を貼り(昭和四十一年、未発表句)
月光のガラスの壁に妻子棲む(昭和四十一年、未発表句)
階下で使う鋏ガラスに半身映え(昭和四十一年、未発表句)
青空をガラスに遺影用意する(昭和四十一年、未発表句)
飢餓の受話器のガラスに映えた黒を伏せる(昭和四十一年、未発表句)
折り鶴を殖やし砦のガラス拭く(昭和四十一年、未発表句)
ガラスの外の刃物の危うさの月夜(昭和四十一年、未発表句)
火のガラス吹く瞳孔にけものを飼い(昭和四十一年、「海程」。第二句集『幻燈』所収)
ガラスを流れ荒廃の雨夜に移る(昭和四十二年、未発表句)
雲を貼るガラス日曜の髪乾き(昭和四十二年、未発表句)
火のガラス吹きくらがりの眼を燃やす(昭和四十三年、未発表句)
流血のガラスの罅が身に走る(昭和四十四年未発表句二百九十九頁掲載、昭和四十五年、「海程」)
ガラス曇る風が鎖の音伴い(昭和四十四年、未発表句)
雨粒走るガラス柩の深さに迫り(昭和四十五年、未発表句)
曇天つづきのガラスに両手かける自虐(昭和四十五年、未発表句)
黒の警官ふえる破片のガラスの中(第二句集『幻燈』所収、昭和四十二年~昭和四十五年)
ガラス全面落日の朱を怺える(昭和四十六年、未発表句)
ガラスに貼る満月藁で鬼を編み(昭和四十七年、「海程」。第二句集『幻燈』所収)
雨粒の走るガラスも一夜の獄(昭和四十七年、未発表句)
地下鉄のガラスの顔はすぐ消される(昭和四十七年、未発表句)
第二句集に所収される可能性のあった昭和四十七年までの、ガラスまたは硝子の句をすべて拾い上げてみた(拾い落としがあるかもしれないが)。
もっとも有名な、「滞る血のかなしさを…」の制作年代は第二句集の記述からは確定できない。また奇妙なことだが、句集以前に発表された形跡はない。第二句集の前後の句「いつか星ぞら…」、「窓に他人の屋根また迫る朝の紅茶」が昭和三十八年「海程」発表句であることから昭和三十八年と考えられる。
昭和二十年代にガラスの句は見当たらない。昭和三十年代に、新たに発見した句材と考えられる。
「滞る血のかなしさを…」で、この句材に対するピークを迎えるが、ガラスの質感に注目した句であるので、ガラスのそれ以外の特性、特に視覚に訴える特性に着目した句にはまだ可能性があると考えたのだろう。昭和四十七年までに夥しい句を作っている。
しかし、未発表句の割合が多く、たとえば「黒の警官ふえる破片のガラスの中」のように、ガラスの視覚的特性を踏まえた場合でも、それ以外の要素が濃厚である。視覚的特性をすっきりと表した佳句は、「疾走の夜のガラスに女棲む」と考えられるが、制作年が「滞る血の…」とあまりに近く、発表を見合わせたのだろう。
いずれにしろ、視覚に依存した句の多い林田紀音夫だけに、第二句集以後もおりにふれてガラスの句が登場する。
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2010-05-02
林田紀音夫全句集拾読113 野口裕
Posted by wh at 0:05
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