2010-05-23

林田紀音夫全句集拾読 116 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
116




野口 裕



運河のように妻寝てひびく掛時計

昭和四十一年、未発表句。サラ川の有名句「まだ寝てる帰ってみればもう寝てる」を思い出した。

しかし、サラ川ほどには、寝ている妻にそれほどあきれかえっているわけでもないだろう。主眼は時計の音が響く中で、かえって静寂を感じている意識のありようみたいなものにある。妻の寝姿はほとんど物のように見えている。

とは言うものの、「運河のように」が、どうとでも受け取れる要素をはらんでいる。サラ川を連想するゆえんである。

 

流氷のひとつの枕いつもの嵩
青空をガラスに遺影用意する
水銀のかなしみ湛えて死へ傾く

昭和四十一年、未発表句。一時的な風邪に伏せったとも、昭和二十年代の肺疾で病床にあったときの懐古とも読める。一句目は、三鬼の水枕の句を下敷きにしている。二句目、青空とガラスの組み合わせは、あまりに当たり前すぎて、かえって類句がないかもしれない。三句目の水銀は体温計だろう。

 

新聞の乾いた羽音河を越す

昭和四十一年、未発表句。携行していた新聞紙が乾いた音を出す。ちょうど、河を越えたところで。というような解釈もありえる。乾ききった道端の新聞紙が、風にあおられて河を越えた、ともとれる。羽音という言葉からすると、後者に分があるか。乾いた羽音は、我が身からは遠い存在なのだろう。

 

断水の夜にピーマンの青逆立つ

昭和四十一年、未発表句。ピーマンという語の響きにどこか素っ頓狂なところがあるので、当時は、発表しても受け付けられなかっただろう。紀音夫の開花しなかった感性、というところ。

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