2010-05-02

【週俳4月の俳句を読む】小川春休

【週俳4月の俳句を読む】
残酷との関係……小川春休


春の昼埴輪の犬に舌のある  松尾清隆

吾子の描いた我が家三人家族の絵で、母だけがずば抜けて大きかったのは、あまりにも率直な愛情の発露で笑ってしまった。観るという行為は、それ自体愛情の発露であり得る。そしてそれは、何らかの絵や像となったときに顕在化するのだ。埴輪は一般的にかなりデフォルメされたような形状のものが多いが、その口の中につくられた舌の存在に、製作者の犬への愛情がほのかに感じられ、あたたかな気持ちにさせられる。

硝子戸の文字を内より見る日永  松尾清隆

純喫茶のような古い佇まいの硝子戸を思う。内側から見ると、当然左右は逆だし、文字の色合いも異なっていたりする。何より、内と外とを強く隔てているように感じられる。そんな日永だ(ちなみにトラックの横腹などによく文字の並びが左右逆の企業名などが見受けられるが、「スジャータ」が逆になった「ターャジス」は子供の頃から気持ち悪いなぁ、と思って見ていた。「ーャ」って!)

硝子戸に知らぬ子のゐる春の虹  蜂谷一人

こちらの硝子戸は、恐らく外から見ている。見知らぬ硝子戸に知らない子がいても当然過ぎるから、自分にとって馴染みのある硝子戸(学校だろうか、図書館だろうか、それとも…?)に知らない子がいた、と読むのが、句の叙述のトーンから言っても自然なように思われる。少し不思議な、少し懐かしい、いつかこんなシーンで始まる児童小説を読んだことがあるような気もする、そんな句だ。

花菫もの喰ふ人のうつむける  蜂谷一人

幸いにもここ最近目にしないが、無差別殺傷事件の犯人が「誰でも良かった」的なコメントを出すことがある。何言ってんだ、と思う。これまでどれだけの命を、生きていくために食してきたか、それでもまだ足りないか、と。この句の「もの喰ふ人」がなぜ俯いているのかは語られてはいないが、「もの喰ふ」ということは、根っこのところで他の命を自らに取り込むという意識とつながっているように思う。「もの喰ふ」ことのない可憐な菫との対比がせつない。

桔梗の芽母の手足をこすらねば  藤田直子

手足の冷やすことが良くない病であろうか。桔梗の芽の出る頃と言えばもうだいぶ暖かくなってくる時期ではあるが、今年に限っては冬のように冷え込むことも多かったから…。句末の「ねば」に思いの強さがうかがわれる。

踏青や足跡のこるべくもなく  藤田直子

十句を通して閉塞感のようなものが感じられるが、この句にはそれが色濃く出ている。日々なすべきことも多く、懸命にやってきているはずなのに、何ら残るものがない、そんな焦燥感がある。思わず励ましたくなったが、一度もお目にかかったことのない私からの漠然とした励ましなど迷惑かもなぁ、と思い留まる。

噴水の静かになりぬ春の鳶  満田春日

私がよく待ち合わせに利用する噴水も、噴き上がっては一休み、噴き上がっては一休み、を繰り返している。噴き上がるときには賑やかに、風の音と雨の音が混ざったような音を立てる。鳶は高い高い空に輪を描いている。それ以上何も言う必要のない、静かな、心地良い句。

改札をとほるスピード桜咲く
  満田春日

桜の咲く頃と言えば新年度の始まる頃、新入社員や、この年度から人事異動等で通勤経路が変わった人も多いはず。そうした人達が改札を通り抜けていく勢いとスピードは、自動改札の世となって一層増している。

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「残酷」という表題にまずはっとする。はっとしてしまったが最後、もう私は、それぞれの句を「残酷」との関係性で読み進めていくしかない。

亀鳴くや沖に時価総額の船  田島健一

沖の船の時価総額をぼんやりと思う。亀も鳴いているぐらいだから、一句の空気はのどかですらある。しかし、「残酷」に捕らわれている読み手の頭には、「時価総額イコール沈没した時の被害総額」という考えが、悪い予感のように浮かんでくる。

乱れなき父が風船抱いている  田島健一
父はひかり届かぬからだ朝桜  田島健一

風船という心無き「もの」を抱いている父の姿には、どこか不穏な、病的な気配を感じる。「乱れなき」父の行為は、確信に満ちているが、その背後に諦めのような負の感情の存在を感じずにはいられない。華やかな「朝桜」と対比される「ひかり届かぬからだ」のかなしさ。そこにも「残酷」はある。

全力の母にわすれなぐさ願う  田島健一

わすれなぐさが願っている。何を? 母の「全力」が報われることを? 母が何かを忘れないでいてくれることを? いや、何を願うか特定しなくとも、このわすれなぐさの願いには、「残酷」の裏返しの切実さがある。

雉抱いてまだ残酷は来ていない  田島健一

十句目にして新事実、まだ「残酷」は来ていなかった。これまでの九句はまだ「残酷」ではなく、「残酷」の予兆とでも言うべきものだったのだろうか。その予兆の重さを一身に負い、色鮮やかな雉を抱く姿は悲痛だ。



松尾清隆 飛花となる 10句 
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蜂谷一人 波蘭 10句 
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藤田直子 踏青 10句 ≫読む
満田春日 スピード 10句 ≫読む
田島健一 残酷 10句 ≫読む

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