2010-05-30

前川清的 太田うさぎ

前川清的
太田うさぎ

『蒐』第4号・翔の章(2010年3月)より転載

子供の頃楽しみにしていたテレビ番組の一つに「お笑い頭の体操」があった。土曜日の夜七時半から三十分の、出題に対して回答者が頓知やユーモアを競うという、「笑点」の大喜利に近い番組で司会は大橋巨泉。回答者の方はレギュラーのほか毎回ゲストを迎えて五人程度だったろうか。お題はちょっと艶っぽいものを扱ったり、都都逸を材料にしたり、今思うと放映時間帯の割りになかなかオトナな内容だった。

私は、前川清がゲストで出演する回がことに好きだった。騒がしい月の家円鏡をよそに、どんなに愉快な回答をしてもポーカーフェースを崩さないところが見ていて余計に面白かった。

この番組での「前川清キャラ」の真髄は何と言っても最後の替え歌問題にあったと思う。回答者がそれぞれ「また逢う日まで」のような曲の替え歌を横森良造のアコーディオンに乗せて披露するのだが、前川清はいつでも馬鹿馬鹿しい歌詞を「クォォーベェー、泣いてどうなるのか~」とヴォーカルを取っているときと同じく眉間に皺を立て熱唱してみせた。

表現される内容と表現方法の乖離が大きければ大きいほどその落差の生み出す効果は高い、ということを、腹を捩じらせてひーひー笑いながらテレビを見ていた小学生の私が感じていたのかどうか、ともあれ、スタジオの爆笑にニコリともせずに歌い続けるクールな前川清は私を魅了したのだった。

花神社刊行の波多野爽波コレクション句集をはじめて読んだときに真っ先に思い浮かべたのが、「お笑い頭の体操」で歌う前川清だった。「引き出物にがっかり」だったり「おでんの種が多い小言」だったりを大いに真面目に詠む俳句に引き込まれて、「これに似た何かを知っている・・・」と脳が引っ張り出してきたのが二十年以上昔のバラエティー番組の記憶とは自分でも多少忸怩たるものがある。

それに、爽波の句は読者を笑わせようと初めから目論んでいるのではないことも分かる。でも、やはり私は幾つかの句に吹き出してしまい、そのたびに「お笑い頭の体操」の前川清の無表情を思い出すのだ。

もしかしたら爽波先生もあの番組、ご覧になっていたかしらん。


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