テキスト版・井上井月100句抄 西村麒麟選
泡雪や籠から見せる魚のひれ
朝もどる猫の素足や春の雪
只居ても腹は減る也春の雪
春風や鼓に人のみな寄れる
春雨や遊び労れの未だ起きず
すし売ものり売もきて春の雨
桜にも月にもかかる朧かな
月のおぼろ花にゆづりて明けにけり
手元から日の暮れ行くや凧
見るもあり拝むも有てねはん像
屋根うらの出会頭や猫と猫
撫でられた様に啼きけり春の猫
てうてう(ママ)やおふ子のあとをおひながら
表から裏から梅の匂ひかな
梅が香をやらじと結ぶ垣根かな
紅梅や朝風呂好きな女客
この人にして此畠あり月と梅
酒桶の底ほす日なり梅の散る
漬物で茶漬望や梅の花
機げんよき軒の小鳥や梅日和
酒有といふまでもなし梅の宿
寝て起て又のむ酒や花心
翌日しらぬ身の楽しみや花に酒
朝酒に夢判断や花の宿
命有て互に花を見る日かな
我儘を人に言はせて花の宿
柳から出て行舟の早さかな
よき水に豆腐切り込む暑さかな
出た雲のやくにも立たぬ暑さかな
山路来て水に味ある暑さかな
泥くさき子供の髪や雲の峰
気の合うて道はかどるや雲の峰
船でくる魚の命や夏の月
うるさしと猫の居ぬ間を昼寝かな
手枕の児に力なき団扇かな
よき水を人にいわれてところてん
酒好きの家にも出来て柏もち
豆腐屋も酒屋も遠し時鳥
客あれと思ふ日もあり初松魚
初松魚酒に四の五は云はせぬぞ
子供にはまたげぬ川や飛螢
子供等を今日は叱らぬ牡丹かな
さつぱりと洗うた様な蓮の花
白牛を見に行く家や罌粟の花
けし畑や年貢の沙汰にかかはらず
筍の皮ぬぐたびに露ちりて
夕顔やひとりながむる懐手
そこらからひと捻づつ新茶かな
秋立や声に力を入れる蝉
塗り下駄に妹が素足や今朝の秋
夜は夜とて市の賑ふ残暑かな
朝寒や豆腐の外に何もなし
朝寒や人の情は我が命
笠を荷にする旅空や秋の冷
月の夜やなすこともなき平家蟹
出来揃ふ田畑の色や秋の月
酔てみな思ひ思ひや月今宵
酒の座を皆ちりぢりや盆の月
稲妻のひかりうち込夜網かな
除け合うて二人ぬれけり露の道
露の音虫の音色に替りけり
その願ひ梶の一葉と思はれず
一踊りして来て酒の未だぬくし
鶏の耳そば立てる鳴子かな
自慢して今年も早く配る酒
借鳴くや夜は幾瀬にも見ゆる川
売に来る鋸鎌や百舌鳥の声
餅も酒も皆新米の手柄かな
蟷螂やものものしげに道へ出る
朝顔や膳を急がぬ残り客
ちりそめてから盛なりはぎの花
松茸や一本で足る男振り
ふらふらとして怪我もなき青瓢
秋暑し昼寝の夢に見る西瓜
鍬を取る人の薄着や柿紅葉
撞きもせぬ鐘を見に行く紅葉かな
よく咲ば大事がられて菊の花
時雨れても中々ぬくき庵かな
狐火の次第に消えて小夜時雨
松の雪暖かさうに積もりけり
栗粥でつなぐ命や雪の宿
霜はやし今に放さむ籠の虫
下戸ならぬこそよけれとや夷講
此人にしてこの魚や夷講
朝夕に大根の恩や冬籠
灰に書く西洋文字や榾明り
河豚売やあと振り返り振り返り
河豚の座や女の衣裏返し
誰いふとなく河豚くふた噂かな
よき酒のある噂なり冬の梅
目出度さも人任せなり旅の春
なすとなくするともなしに三ヶ日
初空を鳴きひろげたる鴉かな
蓬莱のうつる夜明けの障子かな
蓮根のふもとに置や小盃
盃の用意も見ゆる雑煮膳
何くはぬ顔して覗け嫁が君
はつ烏またるるものの一つかな
蝶々も知らぬ花なり福寿草
酔さますあたりに近き花若菜
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2010-06-20
テキスト版・井上井月100句抄
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