2023-04-23
「麒麟」発足座談会
2022-10-23
麒麟の鯛焼あるいは当たり前という異様へ 竹岡一郎
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2020-04-19
僕の愛する俳人・第4回 笑う瓜人 西村麒麟
僕の愛する俳人・第4回
笑う瓜人
西村麒麟
1. 瓜人さん
通好みと言えば褒めている印象も多少はありますが、俳句の、あるいは文学においての通好みとなるとどうでしょうか。知る人ぞ知るところの、と言えばなんだか格好良いですが、嫌な言い方をすれば、大衆的作家では無い、はっきり言えばあまり読まれていない作家とも言えます。
こんな出だしから始まりましたが、今回は相生垣(あいおいがき)瓜人(かじん)さんを紹介させて下さい。簡単な略歴を書いておくと瓜人さんは以下のような方です。
明治三十一(一八九八)年に兵庫の高砂に生まれる。波郷や窓秋達と共に「馬酔木」の自選同人として活躍。浜松にて「あやめ」を創刊(後の「海坂」)。昭和六十(一九八五)年に八十六歳で亡くなるまで三冊の句集があり、第二句集『明治草』にて蛇笏賞を受賞(七十八歳時)。
孤高、風流、隠者、仙境などの呼名がこれほど似合う俳人もなかなかいないのではないでしょうか。追悼座談会(「海坂」昭和六十年五月号)によると、春子夫人が庭の落葉を掃除すると、紙屑と違って落葉が散らばっているのは汚くないと軽く窘められる話が出てきます。瓜人らしい風流なエピソードです。名を求める事を良しとせず、ひたすら清らかに、自分の美意識を頑なに固守した人と言えます。蛇笏賞の授賞式当日の朝まで行きたくないと周囲に訴えた話も残っています。隠者の中の隠者ですね。
さらに書画骨董、漢籍をはじめとする古典の教養の深さは当代随一との評判です。そんな事ばかり書くと親しみがわかないかもしれませんので書き足しておくと、珈琲とバッハとチーズケーキがお好きだったみたいです。
2. 難解
そんな相生垣瓜人ですが、その作品をどれぐらい目にした事があるでしょうか。
歳時記にも掲載される事の多い、最も有名な作品は次の一句かと思います。
荒海の秋刀魚を焼けば火も荒ぶ
次にこれらの句にも見覚えのある方は多いかもしれません。
秋声を聞けり古曲に似たりけり
夕時雨白磁の姿くづれそむ
家にゐても見ゆる冬田を見に出づる
愛読者にはまだまだ浮かぶかと思いますが、一般的に知られている句は今挙げた作品ぐらいではないでしょうか。瓜人は大抵のアンソロジーには入集しませんし、全句集は古本でしか入手出来ないばかりか、なかなかの高値で取引されています。多くは出回っていないけれど、ファンにとっては高値でも是非手に入れたいという、まさに通好みの作家です。
さらに瓜人を通好みにしているもう一つの原因は、その作品の難解さにあるかもしれません。恥ずかしながら僕の知識では、辞書を引きながらでないとなかなか読み進められません。正確に言えば句自体はそれほど難しくないのですが、ある程度の古典の教養がないと瓜人の作品を面白がる事が難しいのかもしれません。
3. 瓜人クイズ
やや難解と思うタイプの瓜人俳句をいくつか挙げてみます。辞書無しで、即座にいくつ理解出来るでしょうか。瓜人さんにはクイズのような下品な事はおやめなさいと叱られてしまいそうですが……。
高弁は如何に牡丹を見たりけむ
まじまじと月見る愚をば敢てせり
さる帝蜜柑の数珠を持されけり
年忘れ麹(きく)先生を懼れつつ
石龍子龍挐の状を現じけり
新涼の潺湲として来りけり
人の世に木賊も蘆も刈らで老ゆ
一句目、高弁とは高山寺の明恵上人の事です。木の上にいる明恵上人像や白洲正子の作品等でよく知られていますね。明恵はわかりますが、高弁で即座にわかるかどうか。
二句目、これはわかりやすいですね、『徒然草』の有名な「月は隈なきをのみ見るものかは」を意識して、敢えて私は月を見るぞと詠んだ句。
三句目、これは花山天皇の奇行のこと。手がかゆくなってしまいそうですが……。
四句目、麹先生とは酒の別名。そう言われてみればなるほどと。
五句目、石龍子(せきりょうし)はトカゲ、龍挐(りょうだ)は龍がものを掴む様。つまりトカゲが何か餌になる虫でも捕らえたという句です。内容は何でもないんですが…。
六句目、潺湲(せんかん)は水が流れる様子で、白居易の詩から来ています。潺湲という言葉は谷崎潤一郎ファンには京都の潺湲亭があることからご存知かもしれませんね。
七句目は少し考えてみたいと思います。瓜人本人の自註によると、「折角人の世に生れ来ており乍ら木賊刈も芦刈も経験せずして終ろうとするのが惜しまれるのである。これでは物のあはれを言う資格は無いのである。」とあります。
しかし、これはおそらく能の「木賊」と「蘆刈」を意識した句ですね。それぞれがどんな物語かを知ってからこの句を読むと、大きな哀しみもなく、なんとか今日までやってこれました、ぐらいの句意になるでしょうか。
先程挙げた句、ほとんどわからなかったと言う方、安心して下さい、僕もそうですから。東京美術刊行の『言はでもの事』や俳人協会の自註、橋本榮治氏の力作、相生垣瓜人論「机前の人」には随分助けていただきました。僕の乏しい知識だけではまだまだ瓜人の作品には太刀打ち出来ません。さらに深く読んでみたいと思う方は、昭和五十一年四月「馬酔木」、昭和五十一年七月「馬酔木」、昭和六十年四月「俳句」、昭和六十年四月「海坂」、昭和六十年五月「海坂」、昭和六十一年三月「海坂」あたりを読めばより作品に親しめるかと思います。ただ、いきなり解答付きを見るようでは楽しみが半減ですから、出来れば最初の一回目は瓜人全句集を自力で読む事をお勧めします。
僕は自分が俳句を作る時には、出来るだけシンプルな言葉を使う事を心掛けています。なので、僕は瓜人俳句を愛していますが、僕とは俳句の作り方が大きく異なります。その事からただ難しい句と、難しいけれど面白い句の違いを時々考える事があります。おそらく、辞書を引いてみたくなるかどうかではないでしょうか。だから瓜人さんの俳句は時間をかけてでも読みたいと思う作品なんだと思います。
4. ユーモア
瓜人俳句は教養が無いと読めないんでしょ、難しいからやめておこう、と言う人がいたらもうちょっとだけ待って下さい。違うんだと、瓜人俳句はすごく面白いし、時には可愛らしい俳句もたくさんあるんだと強く主張したい。次に挙げる作品はどうでしょうか。
春来る童子の群れて来る如く
怖るるに足らざる我を蟹怖る
勝つ事は勝てり蜈蚣(むかで)と闘ひて
蟷螂が怒りに燃えて立ち上がる
一句目、この童子達は春の精霊のようですね。めでたさと可愛らしさと。
二句目は、私(人間)の姿を見てさっと隠れた蟹。危害を加えるような乱暴ものではないのにと、ちょっと寂しく感じている句。
三句目、ぜえぜえ息を切らしながら、必死に蜈蚣を撃退したのでしょうか。お写真やその人柄のエピソードを拝見した限り、争い事には全く向いてなさそうな方ですから、どれほどの死闘だったかを想像してしまいます。ちなみに〈わが胸を歩みし蜈蚣さへありき〉〈ずたずたにすべき蜈蚣や先づはせし〉の句もあります。笑い事ではないのですが、俳句にすると滑稽な感じもあります。
四句目、ボクサーのようにファイティングポーズをとって立ち上がりくる蟷螂。さて蜈蚣にはなんとか勝てましたが、今回はどうでしょうか。
人間と他の小さな虫さえも、命において対等だと、相手を尊重しているところが瓜人俳句のポイントの一つです。ですから蜈蚣や蟷螂、ごきぶりと喧嘩して、必ずしも人間が勝つとは限りません。どんな相手でも真面目に慈しみ、真面目に喧嘩をする、人間だから偉い、強いなんてことは無いんだという意識が美しいと思います。以下にもそんな句を挙げておきます。
鴨引くや猫悉く屋上に
ががんぼが襲ふが如きことをせし
蟹はしづかに蛙の前を立去れり
生きてゐし蟇より蝶のたちゆけり
蜈蚣死す数多の足も次いで死す
藪蚊には頻にぐさと刺されけり
蚊に食はれ藪蚊に食はれ血が減りぬ
ごきぶりに飛びつかれむとしたりけり
5. 新しい魅力
全句集約三千句ほどを読み通すと、次のような人間臭い主張がたくさんあることに気が付きます。暑い暑い、梅雨が鬱陶しい、冬が寒くて嫌だ。他には老いてきて辛い等の生活のぼやきのような句をたくさん目にします。例えば以下のような句。
梅雨来ると烈しく頭洗ひをり
邪悪なる梅雨に順ひをれるなり
雪も亦怒りに任せ降るらしも
炎帝に追ひ返されし散歩かな
風邪の神馴々しげに寄り来る
空風に打擲されて我慢せり
狂乱す冬将軍もその部下も
老人を一掃すべく寒の来し
大安も佛滅も他も皆暑し
無謀にも米寿の春を迎へけり
体が頑丈ではなかった瓜人さんは、本当に暑さ寒さが辛かったのだと思います。俳句は辛い、悲しい等の残念な事柄を笑いに転換するのに優れた文芸であることを、よく知っている人の作品のように思います。ぼやきがことごとく句になったら、少しは心軽やかに生きていけそうではありませんか。ちょっと辛いな、生き辛いなと思っている人にも瓜人俳句をぜひ読んでみて欲しいです。こういう句は真面目に詠んでこそ面白いから不思議です。
6. 僕の愛する瓜人
今までに挙げなかった句の中で、僕の愛する瓜人の俳句をいくつか紹介します。渋い句、綺麗な句、不思議だったり一癖ある句、素直で可愛い句、瓜人さんの俳句の幅は広いので、きっとたくさん読めばそれぞれが好きな句が見つかるかと思います。
僕が特に好きな瓜人さんの俳句は、〈形代をつくづく見たり裏も見る〉や〈秋晴の日記も簡を極めけり〉のような、わざわざ敢えて言いました、わざわざそんな事も俳句にしました、というタイプの「わざわざ俳句」が多いかもしれません。瓜人さんの文集のタイトルが『言はでもの事』であるのも面白いですね。真のユーモアは真面目から来るものかもしれません。
形代をつくづく見たり裏も見る
ありとある隙を占めをる隙間風
秋晴の日記も簡を極めけり
そこはかとなく昼寝すと人の云ふ
校庭を熊が眺めてゐたりちふ
明日食べむ瓜あり既に今日楽し
利休居士笑を湛へて果てたる日
白扇に描きし瓜やじぐざぐす
耳の日や耳大いなる佛達
幻の鷹も現の鷹も見し
反返る人丸像や人丸忌
天高し其他の物は皆低し
つひにゆくみちのほとりのひなたぼこ
諸々の女の中の雪女
7. 誕生日
瓜人さんの誕生日は八月十四日、翌日の十五日はナポレオンの誕生日です。瓜人さんは文集の中で、英雄なんかと一緒でなくて良かったと記しています。そういうところも、魅力的な人ですね。
そう言えば、八月十四日は僕の誕生日でもあります。ナポレオンじゃなくて、瓜人さんと一緒なのが僕の秘かな自慢です。蛇足ですが、実はこの文章はまさにその八月十四日に書いています。誕生日おめでとうございます、瓜人さん、僕、あと天国の桂歌丸師匠。誕生日に関するエッセイを最後に少々。
老衰の募つた此頃では折角の誕生日が来ても気勢は一向に上がらない。「言はでもの事」。
このように書きつつ、さらに瓜人さんはぼやく。最近はメロンが喜ばれるようになり、好きな真桑瓜が影を潜めて行ったと。そして一句。
真桑瓜の影さへも無き誕生日 瓜人
八月十四日は、チーズケーキでも食べよう。
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【2019落選展を読む.3】中の人について 上田信治
【2019落選展を読む.3】
中の人について
西村麒麟「玉虫」と中田剛「猫は飼はねど」を読む
上田信治
「2019落選展を読む」今回は、受賞作である西村麒麟さんの「玉虫」50句と、中田剛さんの「猫は飼はねど」50句を読みつつ、あわせて、俳句の中の主体ということについても、考えていきたい。
尊敬する書き手二人の作品なので、力を尽くして読むつもりだ。
西村麒麟「玉虫」
2019角川俳句賞受賞作
https://amzn.to/2yqQ4dG
1句目から引いていく。
平成は静かに貧し涅槃雪
草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」の変奏。シリアスに見える句だけれど、時代が強いた貧しさを多くの人が「喰らって」しまっている現状にあって「涅槃雪」は誰目線のやさしさ?という気がしないでもない。平成哀歌(エレジー)といったところか。
涅槃図の迦陵頻伽が泣き止まず
麒麟さん自身の「夕べからぽろぽろ泣くよ鶯笛」(『鶉』)と比べれば、こちらは、ちょっと泣かせてみましたという、いわば絵空事の泣き。しかし、キモチワルイ人面鳥の迦陵頻伽が、昔風の美人の顔で(無表情で?)泣いているというのはおもしろい。ただ「泣き止まず」の「止まず」は、だいぶ演出が入っている。
「玉虫」の50句は、趣味的でよくコントロールされている、という印象ではじまる。
白魚の上を白魚流れをり
口開けて大黒天や春の山
まだ弱きぼうふらのゐる彼岸寺
田螺より出て来る顔のやうなもの
6句目まで、省略せずに引いた。「白魚」と「田螺」の句、いわゆる写生句のテンプレートを使って書かれているが、白魚が上と下でべつべつに流れるというのは、実際にありうるだろうか、田螺が出す頭部を「顔のやうなもの」と言えるだろうか。これらは、写生句のかたちをした句であって、写生の句ではないように思う。
「玉蟲」の句の多くは、虚子に源流を持つ昭和までの俳句に似て見えて、じつは、すこしフマジメに(と言って悪ければ)メタ的に書かれている。フェイクというか、フォニーというか。
それは、西村麒麟という人が、もともとやっていることでもある。
昼酒が心から好きいぬふぐり 『鶉』
どの部屋に行つても暇や夏休
マンゴーに喜び月に唄ひけり 『鴨』
彼は、こういうノンキナトウサンのような主体を句中に存在させることに、情熱を傾ける。そのように虚構的に生きること自体が、彼の願望でもあるのだろう(*)。
*以前、麒麟さんは、すごい俳人になりたくて伊那谷に移住した若き日の話を書いていて、ものすごく面白かった。https://weekly-haiku.blogspot.com/2012/03/blog-post_3551.html
麒麟さんの俳句世界には、ちょっと甘えた弱っちい彼が、周囲の愛情と美の世界に支えられて楽しく生きる日常が描かれている。彼の多くの句は、その呑気なキャラクターが書くにふさわしい、ねじの一本抜けたようなふわふわ感が特徴で、そこにときどき、ふつうに見事な出来の句と、真情を伝える声がまじる。
大好きな春を二人で待つつもり 『鶉』
水浅きところに魚や夕焚火 『鴨』
朝食の西瓜が甘し思ひ出帳
「玉蟲」の50句にも、ふわふわした句と、見事な句がある。
川蟹をばちんばちんと切る鋏
スケートの下手で歩くや父と母
炬燵より出て丁寧なご挨拶
ふわふわした句の無造作さは、下手作りとでも呼ぶべき彼の方法で、日常語に近いふだんの意識から地続きの言葉(「ばちんばちん」「下手で歩く」「父と母」「ご挨拶」)によって、現実との接触を保ちつつ、それを書く「中の人の呑気さ」というメタ的な価値を主張する。
蟇浅瀬を歩き続けをり
星涼し眠らぬ魚を釣り上げて
どの絵にも小さく猫や水の秋
「蟇」の句、夜の景だろうか、産卵のために水辺をずささずささと歩いている蟇を、見下ろしているのだろう。景をただ素直に言って、心境的なものを感じさせる。
「星涼し」の句、夜釣りで釣り上げる魚を、自分と同じく「眠らぬ魚」なのだと述べる、その甘い抒情を支えているのが「星涼し」という甘い季語、というバランスがいい。
いちいち猫が描かれた「絵」は、そんなに立派な絵ではなさそうだけれど、彼はそれを親しく感じたのだろう。その低さの肯定と「水の秋」という美的かつ抽象的で水平の広がりを志向する季語とのバランスが、またいい。
いっぽう、この50句では、例の甘えた彼の姿を見かけることが少なかった(「友達の家に大きな甲虫」「待春や金魚ちらちら我を見て」「我もまた春の焚火を欲すもの」あたりは、そうか)。彼も、青年からおじさんへの転換を模索しているのかもしれない(ふつうに賞対策かもしれない)。
しかし、こういった句。
後列の頑張ってゐる燕の子
ほどほどに詰まらぬ話ところてん
その辺にどかと座るや夏祭
唐辛子ばかりの鍋の見えにけり
蘆刈の人がロビーで休みをり
消えさうなほどにおでんの大根煮え
ゆるキャラである「麒麟さん」が書いているという設定が効いていない。ゆるさに対する「中の人」(*)の操作意識が見えないので、伝統俳句の弛緩したマンネリズムの、フェイクをやるはずが「そのもの」になってしまっている。
*「中の人」は、作中主体あるいは作品に現れる作者像を、着ぐるみを着るように操作する主体くらいの意味で使う。
前回も書いたけれど、麒麟さんの書法に大きな影響を与えているのが、高浜虚子の、ただごと、低佪趣味、平句性といった部分だ。
川を見るバナナの皮は手より落ち 高浜虚子『五百句』
梅雨傘をさげて丸ビル通り抜け 〃 五百五十句時代
虚子は、自身の本領である練られた声調、蓄積された美意識といったものを、いきなり手放して、価値と見なせるものが何もない、ガランドウのような句を作る。
それは、虚子のライバルたちが誰も持っていなかった独特の領野で、けっきょくその部分が現代俳句に長く深い影響を残した(筆者自身、俳句への主たる関心は、ずっとそこにあった)。
以前「ただごと」の方法について、デュシャンの「泉」以後のオブジェにあらわれる私的なニュアンスになぞらえて、論じたことがある。
オブジェや「ただごと」の「空白」は、「約束」に対する期待とはぐらかしによって「空白」たりうる。基本的に「人が良い」立場を強制される観客は、提示された「空白」に吸引され、何ごとかと耳をすます。
そのとき展示台の上にあるものは、「約束された美」の不在という事態であり、世界から文脈が抜け落ちたあとに残る、捉えどころのないもののいくつか(たとえば質感とか)であり、最終的には、それを選んだ本人の消息のようなものである。(「ただごとについて」2009)https://weekly-haiku.blogspot.com/2009/06/blog-post_28.html
筑紫磐井さんは、それを「ゼロ化」の手法と呼んでいた。
外部要素をゼロ化(形式化・記号化・無意味化)し、内部要素も極力ゼロ化する(…)このようにしてゼロ化した構文の上に微妙な意味を乗せることにより生まれる成功が、俳句は何かを答えてくれるであろう。(『近代定型の論理』2004)虚子のガランドウの句には、無意識の底を見せるようにして、放心、孤独、ふてぶてしさなどが露出している。
麒麟さんの方法は、ゼロ化した構文に、キャラ的な自画像を直接間接に描き込むことだった。
それを操作的に意図的にすることで「中の人」の願望を、切実さにおいて読者に共有させるという、一回転したメタ性が、彼の句に作品と呼ぶに足る構造を与えていたのだと思う。
「ただごと」が、パターン化したゆるさを書き手に許すだけなら、何も生まれないのは当たり前のことだ。昭和平成と長らくそのあたりを掘り続けてきたので、ジャンルの現在がそれにだいぶ飽きてしまったというか、陳腐化すれすれのところに来ているのかもしれないということを、今回の受賞両作を読んで感じた。
玉虫のゐるとは聞いてゐたりしが
50句の表題句。けっきょく、玉虫はいたのだろう。しかし「玉虫がいた」ことと「玉虫がいると聞いていて、やっぱりいた」ことには、心持ちの違いがある。その微差は、言葉にするのがむずかしいけれど、言われてみればよく分かる。知っていて、触ったことのない、心の一部分があることに気づかされた。
それを提出する身ぶりには、分かっている者だけに向けた目配せがあって、このような(いわば後藤比奈夫的な)微差の追求とディレッタンティズムは依然として「ただごと」の可能性であり、麒麟さんの今後の方向でもあるのかと、思った。
中田 剛「猫は飼はねど」
6. 中田剛「猫は飼はねど」≫読む
中田剛さんは、先日惜しまれつつ休刊した「白茅」の代表(共同代表)。宇佐美魚目、飴山實に親炙し「晨」「翔臨」「古志」「円座」の創刊に参加した。
審査員諸氏とまったく同格の「俳句史に残る」(そらぞらしい言い方に聞こえるかも知れないが)側の作家だ。
端正で抽象的な句風は、やはり魚目あるいは裕明を連想させる。『セレクション俳人 中田剛集』に収録の評論には、虚子、槐太、耕衣の名もある。
日輪のほとりくらくて浮巣かな「翔臨」
うづくまる兎にはとり露の中
つちくれを握れば秋の湿りあり「白茅」
雪搔の果は氷砕くなり
と、そういう人なので、昨年の角川俳句賞への応募はそれ自体驚きだったし、「落選展」にご応募いただいた作品を一読し、また驚かされた。
女から生まれる男柏餅
1句目。
北大路翼さんの句のようだ。構造が単純で、言っていることの面白さに乗れるかどうかが第一関門になるようなタイプの。
しかし「女から生まれる男」という、意味は分かっても気持ちが確定しない言明と「柏餅」という両性具有的な季語の関係は、イメージを包摂し合って複雑である。
つづけて引いていく。
羽ばたきてばかり歯痒し燕の子
新緑や百葉箱の移されて
はからずもなかぞらに折れ鯉幟
ベランダの方から悲鳴子供の日
まつはれるものをほどきて子供の日
梅雨に入る四阿はうち捨てられて
7句目まで、略さずに引いた。
どの句も、言明すること述べることが前面に出ている(ゆえに、あまり成功していないと思う)。
「ベランダ」「四阿」の句には、見逃しようのない崩壊の感覚があり、それはどの句にもうっすらと共通している。
「新緑や」の句は、新緑と百葉箱の連想が自然だからだろう、いったん思い浮かべた百葉箱が、目の前で運び去られるような錯覚が生じるのが、面白い。この軽く言い流したような詠みぶりは、氏の「白茅」や「円座」での近詠に現れていた傾向だ。
つづけて引く。
瓜人大先達と梅雨疎みたる
かたつむり其角は酒の肴とす
それぞれ「虫偏の字なども厭ふ梅雨の夜は 瓜人」「かたつぶり酒の肴に這わせけり 其角」の本歌取り。
緑さす歌声喫茶しんかんと
緑さす京都は水の合はぬ地よ
この50句、同じ季語、同ベクトルの句が続きがちであることと、抑制しない詠みぶりとを見ると、比較的短い期間で書き下ろされたのかもしれない。
「緑さす」の二句に戻る。『コレクション俳人』の年表によると、中田さんは、十代の頃から京都在住だそうだけれど、水が合わないと思われることもあるのか。
しかしその表出が「緑さす」とともに示されることには、複雑な興趣がある。初夏の季節のよろこびが身体的に入ってくる「緑さす」という季語を置き、しかも山も自慢、水も自慢の京都にありながら「水が合わないんだよな」と独りごつ。この、つぶやきの頑なさ、意識無意識の葛藤の提示はそうとうに面白い。
そして「歌声喫茶」の句、また青春にふさわしい季節がきているのに、この場所は、窓からその外光を入れながら、すっかり老いてしまっている。「しんかん」=「森閑」の皮肉が効いて、歌声喫茶は苔むす森のように静かだ。
以下、これはと思う句を引いていく。
碑をでたらめ読みす爽やかに
「碑」は歴史で死者で「でたらめ読み」は現代人の感性だ。そして、生きて身体のある自分だけが感じる風が吹いている。
俳諧の野卑愛すべし烏瓜
そういうことかと思う。
宇佐美魚目や田中裕明は現代俳句の極北であり、中田剛は彼らと共通する境位で書いてきた作家だと思う。しかし、人間の生は長いようで短く、短いようで長い。中田さんは変化することを選んだのだろう。それは「夾雑物を廃した洗練」(宇多喜代子『戦後生まれの俳人たち』2012)「一句の向こう側に作者が居て、その作者の周りに世界が広がっているというのではない世界のあり方」(山西雅子『セレクション俳人 中田剛集』2003)を、いったん離れるということだ。
かつて中田剛は「私」を主体として句中に書き込むことがほとんどない作家だった。
「私は俳句にダイアローグではなくモノローグをもとめたい」(『セレクション俳人』あとがき)といいつつ「見ているものと見られているものの閾がない俳句を作りたいと思う」(同)という、中田自身の言葉をベタにつなげば、「私」が読者に語りかけるのではなく「もの」をしてそのモノローグを語らせる、ということになるだろうか(*)。
*「見ている」私が句中に書き込まれることが多いと指摘される西村麒麟とは対照的だ。
しかし「俳諧の野卑愛すべし」とは、作句の構えを転換し、自らのナマな感情を描きこむことで、一句の中に「いてやろう」そして「歌ってやろう」という意志の表明ではないか。
結果、この一連においては、「中の人」の存在を想定する必要がない。私性のありようがストレートかつナイーブなのだ。
くたくたの背広で芭蕉忌を修す
生真面目に戯けてみせて年忘
拡げたる翼引きずり初鴉
いずれも、多分に言い過ぎで名吟とまではいかなくても、だからこそ生真面目すぎて哀しく、そして可笑しい。
「人間を書く」といういわゆる「文学」的な主題を、私たちの世代は気恥ずかしいものにしてしまったけれど、人が書いて人を動かすものなのだから、そこに(どんな迂回路を使っているとしても)「人間」は扱われている。
てのひらの僅かな水に蝌蚪うごく
桜咲きほどなく忘れ人の恩
上げし足降ろすの止めて子猫それ
握り飯だらだらと食ひ花疲れ
春のくれ野良猫を撫で蔑まれ
このような句の数が揃っていたら、ふつうに受賞して、そして作者の名を知った審査員を絶句せしめていたと思う。
桜の下で関係のない「人の恩」の話をしている人「子猫」の足の動きを精妙に観察している人(怪我をした烏を見ていたのときっと同じ人だ)、ほどけおちる「握り飯」と散る桜のアナロジーを感じている人。いずれも、ひどく疲れているけれど、そのまま世界と親和してもいる。季語と五七五定型との調和によって(つまり一句の成功によって)人が遡行的に救われているのだ。
花散るや幹を叩かば堰切りて
堰を切ったように、花が、感情があふれ出すのを見たいというのは、人の願望である。はたして、幹を叩くこの人は、花を散らすことができたのか。満開の花の幹を、さあ散れ、あふれ出すところを見せろと、叩く手は痛かろうし「幹を叩かば堰切りて」と詠う心は泣いている。集中随一の一句と思った。
落選展を読む.1
https://weekly-haiku.blogspot.com/2020/03/20191.html
落選展を読む.2
https://weekly-haiku.blogspot.com/2020/04/20192.html
2019「角川俳句賞」落選展
http://weekly-haiku.blogspot.com/2019/11/655-2019-11-10-2019-1.html
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2020-04-12
僕の愛する俳人・第3回 木枯ワールド 西村麒麟
僕の愛する俳人・第3回
木枯ワールド
西村麒麟
1. 八田木枯
今さらながら八田木枯の紹介をごく簡単にさせていただきます。初めは長谷川素逝、橋本鶏二に師事し、後に山口誓子の「天狼」に参加。その年に厳選の遠星集でいきなり巻頭を取り(三度目の投句)周囲を驚かせる。誓子にその才能を愛されつつも家業に専念するため、昭和三十六年からい十六年の活動停止(木枯三十六歳時)。昭和五十二年にうさみとしおと二人誌「晩紅」を創刊し俳壇復帰(木枯五十二歳)、その後は独特な魅力を持つ俳人として活躍。「洗ひ髪身におぼえなき光ばかり」が塚本邦雄の『百句燦燦』で取り上げられたことも有名です。
よく知られた句をいくつか挙げます。どれも憧れの句ばかりです。
汗の馬なほ汗をかくしづかなり
春を待つこころに鳥がゐてうごく
むさし野は男の闇ぞ歌留多翔ぶ
冬ふかし柱が柱よびあふも
2. 僕と木枯さんと鶉
友人の太田うさぎさんが、四谷で開かれていた木枯さんを中心とした超結社句会に誘って下さったおかげで、句座をご一緒する事が出来ました。僕が初めてお目にかかってから、亡くなるまで(二〇一二年三月十九日)約一年ほどの短い期間でしたが、大事な事をたくさん教えていただきました。
唐突ですが、僕が二〇一三年に出した第一句集『鶉』の句を並べます。ちょっと多いですが我慢して見ていただけたら助かります。
へうたんの中より手紙届きけり
へうたんの中に見事な山河あり
へうたんの中へ再び帰らんと
すぐそこが見えざる夜や下り鮎
落鮎や大きな月を感じつつ
お見合ひの真つ最中や松手入
よろよろや松の手入に口出して
すぐ乾く母の怒りや大根干す
父親に力ありけり蓮根掘る
凩やうどんがぽんと明るくて
人知れず冬の淡海を飲み干さん
玉子酒持つて廊下が細長し
仏壇の大きく黒し狩の宿
鎌倉に来て不確かな夜着の中
手をついて針よと探す冬至かな
冬至の日墨で描かれし人動く
墨汁が大河のごとし蕪村の忌
ぜんざいやふくら雀がすぐそこに
草城忌水玉もまた男傘
佐保姫が寄席に入つて来たりしよ
うつかりや鶯笛を忘れたる
紙箱に鶯餅やちよんちよんと
花石榴父のお客はみな怖し
かたつむり大きくなつてゆく嘘よ
玉葱を疑つてゐる赤ん坊
二十代(当時)の句にしては、少々季語や言葉の選択(瓢箪や墨、仏壇等)が渋いとは思いませんか?実際、若いのに老人のふりをしていると言うような意見も多少は言われました。僕自身はどれも気に入っている句ばかりですが、若々しいフレッシュな句集であるという、若手の句集にありがちな感想は少なかったように思います。
実は、先ほどの僕の句は全て八田木枯さんの入選句です。僕自身が大人びていたわけでも老成していたわけでもなく、木枯さんに強く惹かれていたため、ちょっと背伸びしたような渋い季語選びや、奇想幻想に憧れたような詠み方をしていたのかもしれません。僕の句の出来というよりも、最晩年の八田木枯の選として、木枯さんの好みを探る手掛かりになればと思い、思いきってここに載せました。
3. 宿題
幸運な事に、句会に参加していた数人が木枯さんにファックスで句を見ていただけるようになりました。これは僕らの間では「宿題」と呼んでいました。その内容は、木枯さんがいくつか季語を選び、期日までにその季語で三句づつ作り、木枯さんへファックスで送る。しばらくすると、句の上に棒(入選)や丸棒(特選)が付き、コメントが書き足された状態で返送されるというもので、その返事が楽しみで、毎月そわそわしながらファックスを待っていました。
よく覚えているのがその宿題の一回目(確か句会の二次会)の話。木枯さんが宿題の季語を選ぶため、近くに座っていた僕が歳時記をお貸しすると、パラパラっとめくったあとに困ったようなお顔で、うーん、季語がないなぁと。いやいや、季語しか載ってないですからと思い、大変驚きました。しかもその時の歳時記は平井照敏編の割合詳しいものでした。それを季語がないって…。それから数ヶ月の間に、木枯さんが出してくれた季語が以下のものです。
冬至 空つ風 大根干す 達磨忌 冬眠 夜着 ラグビー 枯蟷螂 蕪村忌 秋湿り 冬ざれ 狩 玉子酒 石榴 夜長 松手入 落鮎 草城忌
難しいなぁと悩みながらも、珍しい季語を使う分、いつもとは違う俳句を作る事が出来、とても楽しい時間でした。僕の句集『鶉』に入れた、冬至、大根干す、夜着 、蕪村忌 、狩 、玉子酒 、石榴 、松手入 、落鮎 、草城忌は、この宿題によって出来た句でした。僕の第一句集の季語選びが渋いのはこういうわけです。あの夢のような宿題の時間は、大切な思い出です。亡くなる約三ヶ月前にいただいた年賀状には次のように書かれていました。
題詠続けられる限り、私の力の尽きるまで。4. 木枯さんの句評から
木枯さんが書き込んでくれた短い句評が、実に八田木枯らしい感じがしますので、ほんの一部だけ紹介させていただきます。
以下は木枯さんの句評です。
厄介な事です。面白く拝見。ありきたり。この発想は気に入りました。どの句も今一つイメージが広がらない。理が入っているのが気になる。もう少し煮詰める。ちょっと遊び過ぎかも。もう少し巧く言えればよくなります。下句の不安定が効いている。季語平易。発想は面白い。この句、面白し。堂々とした句になりました。さり気なく。厄介、理、遊び過ぎ、不安定が効いている、発想は良い。堂々とした句、等のコメントは短いながらも特に木枯さんらしいと感じます。
5. 執着
僕が木枯さんから学んだのは、言葉や題材を偏愛、執着し、自分の世界に深く潜るという事かも知れません。木枯さんが好む題材や言い回しを、密かに「木枯好み」と呼んでいます。阿波野青畝の季語別全句集を開くと、季語の選択の広さに驚かされます、青畝一人の全句集で、十分歳時記として成り立つはずです。木枯さんの場合はその逆で、好きな題材や季語を繰り返し使用するところに特徴があります。言葉や題材を絞る事で、全句集からは木枯という作家の個性が強烈に匂ってきます、とてもディープな。
6. 好みの季語
全句集一九八五句のうちいくつか木枯さんの好んだ季語を挙げてみます。
「踊」は十三句あります。よく知られている通り、佃の念仏踊を特に好みました。盆踊りからは、死、老い、闇というイメージを貰っていたのではないかと思います。佃の盆踊りはそれに加えて、海、波、佃、念仏踊り、舟唄という要素が加わるところがお気に入りだったのかも知れません。
盆踊佃はいまも水まみれ
盆唄は舟唄にして嗄れし
生者死者入りまじりたる踊かな
「月」は三十五句、美しい、怖ろしいような光、太古から変わらぬ姿、眩しさ、月光が走る、冷えた闇、というイメージでしょうか。
とことはに月ぶらさがる物ならむ
おほぞらがひろくて月を古びさす
月光はすばやし刃物探しあて
誰もが思い付く、木枯さんが一番好んだ題材は「鶴」です。「鶴」二十八句、「鶴渡る」五句、「引鶴」八句があります。美、愛するもの、幻想、憧れ、木枯さんは鶴を様々な象徴で詠み続けました。木枯ファンにとっては、鶴と言えば木枯というような、最も執着した題材です。
滅ぶるかわが旅鶴の手をひいて
鶴の手をひいてよこぎる奥座敷
逢坂や微熱の鶴は夜遊びに
鶴わたるみ空に合せ鏡して
変わったところだと「六月」は二十五句もあります。これは割合としてはかなり多いのではないでしょうか。そしてその二十五句全ての句は「ろくぐわつ」との表記になっています。読み方はもちろん「ろくがつ」ですが、「ろくぐわつ」の表記が生き物のように目に飛び込んできます。なぜ、「ろくぐわつ」だったのですか、と聞いておけば良かったです。
ろくぐわつや古典さながら帆を上げて
あはあはとろくぐわつがある皿小鉢
ろくぐわつのうすきてのひら素甘食べ
今回調べて驚いたのは、全句集に収録されている季語の中で最も使用されているのは「雪」であるという事です。その数は七十二句にもなります。
花は雪におよばざるもの老いにけり
夜に降る雪こそ雪と思はるる
誰の忌ぞ雪の匂ひがしてならぬ
昼に降る綺麗な雪、というよりも、暗い空、凍りつきそうな冷たさ、死等のイメージがあるのかもしれません。雪ではありませんが次のような句もあります。
貫く光さまよふ光凍死体
他にはあやめ、梅、牡丹、母、障子、鏡、光、死、戦争、手毬うた、歌留多、チンドン屋など好んだ題材がたくさんあります。光と闇、幻や淡いもの、もしくはどろりとしたもの、この世ならざるものに強く詩心が湧くように見えました。
7. 晩年の句から
毒消しゃあいらんかねぇと素通りす
水の上に水ちらかして鯰捕
寒中の蛇屋は壜をかがやかす
雁わたし落款滲みたるままに
どれも晩年の作品。いくつかは句会で拝見したものもあります。さすがに毒消売りはもう歩いていなかったとは思いますが、きっと題材としてお好きだったんだと思います。古い時代を思い出すという懐古趣味というよりは、その題材が「木枯好み」に合うかどうかを大事にされていたように思います。思い出、またはフィクションというよりは、木枯ワールドの中では、毒消売も歩いているし、蛇屋や鯰取もその辺で見かけるような身近な存在なのでしょう。
雁わたし落款滲みたるままに
この句は僕が特選にいただきましたが、今よりもさらに未熟だった当時の僕は、句評が大変下手でした。えー、雁わたしがよく合っていて、美しいような…、とか何とかその場を誤魔化したように思います。木枯さんは確か「この句なんかは皆の共感を得られるのではないかと」というような事を仰って、あ、この句は自信句だったんだなと強く印象に残っています。
8. 新年
亡くなる数ヶ月前、四谷ルノアールでの句会の話です。体調が辛そうな木枯さんが急に僕の方を向き、次のように仰いました。
君らの時代では、たとえば新年、正月の感じなんかは大分違うのだろうけれど…。言葉はここでふっと止まりました。長く話すことは体力的辛かったのだと思います。
正月がすとんと冥し皿小鉢
ひとりでにひらくことあり歌留多函
木偶回しいまはのきはもやつてみせ
とこしへに数を捨てゆく手毬うた
木枯さんの新年の句は、おめでたいというよりは少し妖しい。古くて、美しくて妖しい、そんな楽しい世界を教えてくれようとしたのでしょうか。
9. 『鏡騒』以降
句会で次のように仰った事があります。
私の句なんかも、もう少し変わりそうな気がして…。その時に、あ、木枯さんはもう『鏡騒』(第六句集)の次を考えているんだと思いました。八十六歳(当時)で作風を変化させようとしている姿は、感動的でした。
以下は『鏡騒』以降の句です。
ややこしく作つてありぬ雀の巣
酢牡蠣たべ嘘をほんまにしてしまふ
インバネス戀のていをんやけどかな
そして僕の手元にある晩年の句会報には
恋猫は夜のどん底を知りつくす
鉦を打ちそこねて空也上人忌
十二月八日パチンコ総攻撃
等があります。最後の三句は全句集未収録の句。『鏡騒』の次の句集は想像するしかないけれど、きっとさらなる変化があったはずです。木枯さんは三月一九日に亡くなりました。僕がそれを知ったのは数日経ってからで、木枯さんに見てもらうのを楽しみにして、確か鶯笛の句をたくさん作っていた頃でした。見ていただけたなら、丸に棒(特選の印)は貰えたか、やっぱり駄目だったか、もう自分で考えるしかありません。
木枯忌の前後は、毎年鶴に乗った木枯さんの事を想像します。「鶴帰る」の宿題はなかなか厄介です。
天国にもファックスはあるだろうか。
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2020-04-05
僕の愛する俳人・第2回 不思議な龍太 西村麒麟
僕の愛する俳人・第2回
不思議な龍太
西村麒麟
1. 龍太について
数年前に親しい方から角川書店刊行の飯田龍太全集(全十冊)を譲っていただきました。どの巻にも教科書のように赤鉛筆で線が引いてあり、さらに読み終わった日付が巻末に記されていて、大切に扱われてきた事が伝わってきます。
龍太の世界を深く覗きこもうと思うならば、全句を繰り返し読む事よりも、十冊の全集を読む方が近道かもしれません。龍太の大切にしている美意識は、釣りや石垣などの一見なんでもないようなエッセイにたっぷりと詰め込まれています。龍太が楽しそうに残した、さりげない、なんでもないような話にこそ、大きなヒントを感じます。
2. 俳句の技術とは
龍太には明朗な句が多く、読者を良い気持ちにさせてくれます。確かな技術を感じさせる句もたくさんありますが、その全句を通して読むと、技巧派というイメージは湧きません。もっとほのぼのとした、暖かな印象があります。後ほどまた龍太の俳論に触れますが、次のような言葉があります。
格別、芸などと考え、術と意識することなく、ただただ表現の妙をたのしむことに専心したのではないか。(「月並礼讃」より)龍太は俳句の技量のようなものが作品の前面に押し出す事を照れ臭いような、嫌味な感じがすると考えていたのではないでしょうか。もしくはそんなものは真の技量ではないとも。
それでも「龍太時代」とまで表現された人ですから、その生涯で飽き飽きするほど「名人」のような呼ばれ方をしてきた事とは想像できます。しかし、どうも全集を読んだ印象では、「巧い」なんて評価に喜ぶ人ではないように思いました。全句集にはやや妙な句や不思議な句がたくさん収録されており、それらの句には上手く説明が出来ないような魅力があります。代表句〈一月の川一月の谷の中〉もそのような一句ではないでしょうか。
そもそも、実作における俳句の技術(巧さ)とは一体どういう事を指すのでしょうか。回答者の数だけ答えがあるような問いですが、僕は例えば次のように考えます。
詠みたい内容を的確に表現する事が出来る。
感動を定型(あるいは破調でも)に上手く嵌め込む能力と言っても良いかもしれません。その能力で言えば龍太は十分上手い作家であると言えます。三十四歳で刊行した第一句集『百戸の谿』の句をいくつか見ていきます。
夏富士のひえびえとして夜をながす 『百戸の谿』
強霜の富士や力を裾までも
露草も露のちからの花ひらく
鰯雲日かげは水の音迅く
代表句の一つ〈春の鳶寄りわかれては高みつつ〉は二十六歳時の作品です。上記の句はどれも詩情と明快さを合わせ持った作品です。当たり前の事を言っても大して面白くはありませんが、青年時代から龍太は高い技術を持った作家聞こえるでしょう。
しかし龍太の魅力はどうも別の部分にあるような気がします。今回はそんな「不思議な龍太」の紹介が出来れば嬉しく思います。
3. 『童眸』
第二句集『童眸』の有名句と言えば
大寒の一戸もかくれなき故郷
雪の峯しづかに春ののぼりゆく
晩年の父母あかつきの山ざくら
等でしょうか、どの句もよく知られている句です。では次にこれらの句はご存知でしょうか?
子の声と翡翠のゆくへ澱みなし
鍬の影するどくあそぶ土の熱
雀歩くたのしさ霜のトタン屋根
豪華な愚かさ夏富士のいただきまで
百姓のおどけ走りに雪嶺湧く
有名句の例として挙げた句と比べると、乱暴な言い方をすればどこか素人らしい句にも見えないでしょうか?結社の句会やカルチャー教室では省略をもっと効かすように、と添削されてしまうかもしれません。例えば「するどくあそぶ」「たのしさ」「豪華な愚かさ」「おどけ」は過剰表現(言い過ぎ)と判断され、よりスマートな形に添削されてしまう可能性がある言葉です。しかし無駄にも見えるその部分こそ必要な表現だったはずです。
4. 『麓の人』から『涼夜』まで
省略が出来そうな表現、詩になるのかあやしい題材などはますます増えていく傾向にあります。細かく拾ってはきりがないのでいくつかご紹介します。
春の湖山脈西をたのしくす 『麓の人』
灼熱の炉の奥やさし雪の夜は
冬の灯の消されてきえる児童の絵 『忘音』
種蒔くひと居ても消えても秋の昼 『春の道』
返り花風吹くたびに夕日澄み 『山の木』
妹の籠のトマトをひとつ食ふ 『涼夜』
呆然としてさはやかに夏の富士 『今昔』
もちろんこの期間にも誰もが知っている名句は詠まれています。〈一月の瀧いんいんと白馬飼ふ〉〈どの子にも涼しく風の吹く日かな〉〈一月の川一月の谷の中〉〈吊鐘のなかの月日も柿の秋〉〈かたつむり甲斐も信濃も雨の中〉等は季節ごとに誰もが思い出す有名句作品です。
それらの名句と上に挙げた句を同時に発表した真意は何でしょうか。古典となり得るような有名句がいくつもある中で、まるで子どもが詠んだような句も収録されています。龍太の句は何度も通して読んでいますが、時々どんな句を詠めば良いのかがわからなくなり事さえがあります。
5. 龍太俳論より
実作の美意識が読み取れるような龍太の文章をいくつかご紹介します。ほんの一部から切り取って引用しますので、気になった方はぜひ全集から全文を読んでいただけたら幸いです。
どうも私には感覚だの個性だのと言ったものは、それだけでは格別な俳句として上等なものとは思われない。そのひとでないと作れまいと思われるうちは、まだ最上級の名作とはなるまい。(「好尚一句」より)
名句は俳人だけの評価で定まるものではない。真の名句とは、俳人以外の人々のこころに響いて共感を得た場合に生まれる。(「俳句の隆盛」)特に高浜虚子の句を語る文章(「表現としての俳句の面白さ 虚子『五百句』について」)には興味深いものが残っています。多くの虚子の作品を褒めながらも、以下の有名な虚子の句に対しては低評価です。例を挙げてみます。
白牡丹といふといへども紅ほのか
凍蝶の己が魂追うて飛ぶ
爛々と昼の星見え菌生え
一句目、発見に興じ、表現に過信が見える。二句目、表現に重くれがある。三句目、知恵が入っている。というのが評価しない理由です。一般的には指摘された箇所が句の要点ですから龍太の考えは興味深いものです。これらの龍太俳論を踏まえた上で最後の句集『遅速』に注目してみたいと思います。
6. 『遅速』について
飯田龍太の句集は生涯で全十冊。その最後の句集が『遅速』です。この句集の大きなポイントは、自選である事です。つまり最後の句集ではあるけれど、遺句集ではないという点が重要です。他者の目ではなく、龍太自身の選によって編まれた最後の句集となります。『遅速』は六年間の作品の中から二三六句(龍太の句集では三番目に少ない収録数)。捨てた句は八四九句と中々の厳選です。この句集には、技術的な上手さ(巧さ)に重きを置かない龍太の美意識が最も強く表れています。
満月に浮かれ出でしは山ざくら
おのがこゑに溺れてのぼる春の鳥
それぞれの中七は言い過ぎかもしれません。しかし、龍太の詩魂が山桜に、春の鳥になりきっているように見えるところが、これらの句の魅力です。そのやうに考えると、やはり削れない表現なのでしょう。今までの句集は自然と近い距離を感じさせるものでしたが、『遅速』は作者が自然そのものになりきっているような句が特徴的です。
二三匹菜虫をつまみ文化の日
巫女(かんなぎ)のひとりは八重歯菊日和
兼好忌おたまじやくしは蛙の子
座布団のいろのさまざま春隣り
俳句は最短の詩形ですから、省略を利かし完璧な姿を求めがちです。まるでより完璧な刀を造ろうとする刀工のようです。龍太が最後の句集で示した俳句は、完璧な刀とは程遠い作品です。それどころか、木刀のような、生の素材を感じさせるものです。龍太はおそらく、「完璧な刀」が纏う冷たさのようなものを嫌ったのではないでしょうか。俳句は表面的な技術を追求し過ぎると、作品が大理石の彫刻のような冷ややかな印象を纏います。しかし読者の共感の方を重視すると、多くの賛同を得る代わりに表現は「月並」になってしまいます。現代の俳人の多くは「月並」を嫌い、技術面を優遇しがちではないでしょうか。どちらかが俳句の作り方として正しいわけではありません。実に厄介な事ですが、どちらも手放してはならないものなのでしょう。
僕の好きな『遅速』の句をもう少し紹介します。圧倒的に有名なのは〈涼風の一塊として男来る〉ですが、今回は『遅速』ならではと思う句を。
新涼の離れて睦む山と雲
鶏鳴に露のあつまる虚空かな
眠り覚めたる悪相の山ひとつ
露の夜は山が隣家のごとくあり
ひたすらに桃食べてゐる巫女と稚児
耳聡き墓もあるべし鶫鳴く
龍太の句が特に人から愛される理由は、技術と共感のどちらの要素も一句の中に多量に含まれているからではないでしょうか。だから龍太の句はどこか陽だまりのようにあたたかい。〈どの子にも涼しく風の吹く日かな〉という代表句はその事がよく表れている代表句です。
7. 不思議な龍太
僕が愛唱しているちょっと変わった龍太の作品をいくつか紹介させていただきます。龍太は全句集こそ面白い。
肉鍋に男の指も器用な夏 『童眸』
雪光の中に風呂焚く豪華な音 『童眸』
餅搗のこころ浮遊す石だたみ 『麓の人』
ころころと畳に死蛾を掃く少女 『忘音』
鉦叩元関取も老後にて 『山の木』
涼しくてときに羆の話など 『涼夜』
あかつきの湯町を帰る鰻捕り 『今昔』
涼新た傘巻きながら見る山は 『山の影』
精選句集ではちょっと入集しにくいこれらの作品にこそ、龍太の作家としての面白さが惜しみなく出ています。俳句とはこういうものだ、という考えから自由になる事は、熟練の俳人ほど難しくなってきます。龍太のすごさは俳人としての自由度を最後まで失わなかったところではないでしょうか。
8. 最後に
今年の一月、どうしても一月の狐川が見たくなり、山廬を見学させていただきました(もちろん事前に許可をいただいて)。現在の当主の秀實さんが敷地内の丘に案内していただいた日は、目を開けていられないほどの強い風が吹いていました。秀實さんはいきいきとした表情で「これほどの八ヶ岳颪はめったにない、良い時に来たね」と心底面白がっている様子でした。
龍太に対して上手いなんて表現はつまらない、そうじゃない。大きいだとか、新鮮だとかそんな呼び方の方が似合っている。猛烈に吹く八ヶ岳颪を浴びながらそんな事を考えていました。最後に〈一月の川一月の谷の中〉における龍太自身の文章を引用します。
幼児から馴染んだ川に対して、自分の力量をこえた何かが宿し得たように直感したためである。それ以外に作者としては説明しようがない句だ。(『現代俳句全集』第一巻より)龍太は大きい、その俳句も。
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2020-03-29
僕の愛する俳人・第1回 愛しの夜半 西村麒麟
僕の愛する俳人・第1回
愛しの夜半
西村麒麟
1. 夜半の評価
僕の愛する俳人や俳句をひたすら紹介していく、という連載を書かせていただくことになりました、よろしくお願いします。俳論と言うよりは、俳人や俳句そのものが主人公であるように鑑賞よりも紹介を目的に書き進めるつもりです。一句でも多く、その魅力を紹介出来れば幸いです。
僕が最も繰り返し読み続けた俳句の本を一冊挙げるとすれば講談社学術文庫の 平井照敏編『現代の俳句』です。虚子から始まり107人の俳句作品が20~100句程度掲載されている俳句アンソロジーです。すでに表紙は破れて無くなり、あちこちが手垢で黒くなってしまっていて、ボロボロの一冊にブックカバーを着けては大切に読み続けています。今でもここ数十年の俳句の本の中では最良の一冊の一つだと感じています。その僕の愛する『現代の俳句』ですが、愛読しているが故に不満を感じる部分も多少はあります。その一つが今回のテーマの後藤夜半に対する評価です。夜半ファンの僕としては収録数も少なく(32句、ちなみに青畝は100句収録)寂しく思っています。代表句の「金魚玉天神祭映りそむ」が入っていないことも残念です。
しかし、よく考えてみると夜半の評価がやや低く設定されているのは『現代の俳句』に限った事ではないかもしれません。名前にSが付かないのだから4Sに入らないのは仕方ないとして『俳句朝日文庫』シリーズにも入っていないし(秋桜子、風生、草田男、たかし、茅舎、立子、青畝等のホトトギス作家は入集)、総合誌における夜半の追悼号も偉大なる俳人にしては文量の物足りない印象がありました。夜半は青畝と共に関西の実力俳人として尊敬されていたはずですが、現代では人気においてやや青畝に遅れをとっているようなイメージがあるのは、高柳重信による青畝再評価の評論(阿波野青畝小論)が一つの原因ではないかと考えています。その評論以降、前衛派にまで青畝が再読、再評価され始めたように感じます。現在でも青畝論を書く人は重信の青畝論(簡単に言えば4Sの中では青畝が一番新しいと言う説)に目を通す方が多いはずです。もし重信が魅力的な夜半論も書いていたら、より幅広い層から夜半が評価されていたかもしれません。
2. 夜半らしさ
知っている夜半の句を教えて下さいと言うと、ほとんどの人は「瀧の上に水現れて落ちにけり」を挙げるでしょう。では他にいくつか挙げて下さいと頼んだ場合どうでしょうか?もちろん夜半の愛読者にはたくさんの句を挙げる事が可能です。「探梅のこころもとなき人数かな」「今日の月すこしく缺けてありと思ふ」「十五夜の雲のあそびてかぎりなし」「底紅の咲く隣にもまなむすめ」あたりが滝の句に続いて愛唱されている句でしょうか。
俳人のほとんど全員が後藤夜半を知っていて、滝の句を知っています。しかし、ほとんど全員が知っている有名俳人の後藤夜半の句を、滝の句以外に即座に暗誦出来ないと言う人は案外多いのではないでしょうか。
では夜半らしい俳句とはどんなものでしょうか?
難波橋春の夕日に染りつつ
狐火に河内の國のくらさかな
金魚玉天神祭映りそむ
櫻炭ほのぼのとある夕霧忌
傘さして都をどりの篝守
さし覗く舞子の顔や立版古
関西には粋人(すいじん)と言う言葉があります。辞書によれば、風雅を好み、世態、人情に通じ、花柳界等に通じた人物の事を指すそうです。大阪の曽根崎で生まれ育った夜半には、その粋人の血が俳句を通して濃く表れています。特に昭和4年ぐらいまでは、夜半は上方遊里の名句を量産し、虚子を始めホトトギス内で高いは評価を得ていました。これは初期の最も夜半らしい俳句と言っても良いでしょう。
瀧の上に水現れて落ちにけり
この歴史的な有名句は、箕輪の滝にて作られた作品で、水のかたまりが次から次に飛び出して来るような映像が目に浮かびます。同時にその景が永遠に続くかのような不思議な魅力もあります。写生の見本のような句だと言うような評価もあります。この句が俳句の歴史上極めて重要な一句であることに何ら依存はありませんが、しかしながらこの句が最も夜半らしい一句であるかと言えばいささか疑問に思います。この瀧の句は、作家が生涯を俳句にかかげた結果、奇跡的に神様からポロッと賜わったような、偶然の産物ではないでしょうか。後藤夜半は幸か不幸かその奇跡的な一句が、最も有名な生涯の一句となってしまいました。
昭和4年頃から夜半は遊里の句を詠まなくなります。夜半自身も俳句を変化させ幅広い作品を詠もうと決意したのかもしれません。上方遊里の句を夜半の初期作品とするならば、次に挙げる句以降を夜半の中期作品と呼んでも良いでしょう。
探梅のこころもとなき人数かな
涅槃図のまやぶにんとぞ読まれける
今日の月すこしく缺けてありと思ふ
こぼれたるかるたの歌の見えしかな
大顔をむけたままなる寝釈迦かな
瀧の上に水現れて落ちにけり
瀧水の遅るるごとく落つるあり
第二句集『青き獅子』では
ほころびてあとなき絲や古雛
秋の日に似て山櫻咲きにけり
山上憶良は鹿の顔に見き
浮御堂すこし見下ろす鴨の宿
あとの客娘が案内菌山
遊船のやね向き変り向き変り
等の作品が僕にはすぐ浮かびます。特徴としては句の姿を出来るだけシンプルに美しく整えてあること。季語の持つ働き(効果)を上手く使い、しかも少しづつ絶妙に定石からずらす(今まで詠まれなかった角度から詠む)ことにより、新しみを感じさせる俳句となっています。瀧の句や大顔の寝釈迦はシンプルで美しく、探梅の句や涅槃図、山櫻などは新しい俳句と呼んでも良いのではないでしょうか。夜半の句は、シンプルで美しく、楽しく新しい。同時に句に余白を残すように、どぎつい表現や言い尽くす事を避けてあるために、その新しさには嫌味を感じません。この辺りが後藤夜半の魅力と言って良いでしょう。瀧の句は最も夜半らしい句とは呼べないと書きましたが、中期に見られる夜半のシンプルな美しさがよく現れている作品です。
3. 夜半入門
これから夜半を読んでみようと思う方のために、僕の本棚にあってよく手にとるものをいくつか挙げておきます。
平成14年沖積舎刊行『後藤夜半全句集』
昭和59年俳人協会 後藤比奈夫著『脚註名句シリーズ1⑧ 後藤夜半集』
平成6年ふらんす堂刊行 精選句集シリーズ 後藤比奈夫編『破れ傘』
平成26年ふらんす堂刊行 後藤比奈夫著『後藤夜半の百句』
今挙げた四冊は日頃から頻繁に読み返します。他には昭和51年の「俳句」「俳句研究」の夜半追悼号(共に11月号)や『ホトトギスの俳人101』『よみものホトトギス百年史』『ホトトギス雑詠句評会抄』夜半著『入門花鳥諷詠』等を参考にする場合も多いです。全部読むのは大変ですが、この一冊だけで手軽に読んでみたい、と言う方は『脚註名句シリーズ I ⑧ 後藤夜半集』をおすすめします。もちろん全句集が一番おすすめではありますが…。
4. 課題
夜半の俳句がなぜ現代ではやや通好みに近い感じなのかを考えてみました。そのように書くと夜半の愛読者の方からは叱られるかもしれませんが、立子や素十、青畝等と比べると愛唱されている句の数が少ないように思います。先程記した通り、手に入る資料の数は決して少なくはないのになぜでしょうか。
一つには初期の夜半の句に量産された、上方遊里の句や関西の地名、行事や美意識を詠み込んだ作品が馴染みが薄く、人によっては味わいにくいのかもしれません。
國栖人の表をこがす夜振かな
合邦ヶ辻の閻魔や宵詣
いなづまの花櫛に憑く舞子かな
宝恵駕の髷がつくりと下り立ちぬ
かんばせに葦邊をどりのはねの雨
これらの初期の上方遊里や関西の固有名詞が入った句を難しく感じたり、面白さが伝わらないと考える方もいるかもしれません。
牡蠣舟へ下りる客追ひ廓者
を読んで、幇間等の廓者をイメージするのは確かに難しい時代ではあるかもしれません。一句一句の意味はどれも明快ですから、最初は固有名詞の美しさを味わうだけでも良いのではないかと思っています。
二つ目は、句集の数が少ない事が原因ではないでしょうか。夜半の生前には三冊の句集しかありません。
大正15年『翆黛』
昭和37年『青き獅子』
昭和43年『彩色』
そして昭和53年『底紅』が遺句集となり、生涯四冊の句集しか世に出ていません。八十一歳の生涯にしてはやはり少ない印象があります。名利を求めずに万事慎ましい人柄であった夜半らしい美意識が影響しているのかもしれません。
僕が注目したいのは全句集の中の『底紅時代』の作品です。その名の通り『底紅』に入集しなかった作品群です。夜半全句集には三六〇七句収録されていますが、実は『底紅時代』の句がなんと半数近くの一六五六句もあります。『底紅』も七二五句と分厚い句集です。つまり夜半存命中には「諷詠」や夜半を特別に注目していた人々を除き、その作品を半数程度しか目にする事が難しかったと考えられます。夜半の句は多くの変化、進化を遂げているのに、一般的な読者がその全仕事に目を通すことが出来るまでは平成14年まで待たなければならなかったと言っても良いでしょう。
5. 新しい魅力
『底紅』や『底紅時代』の句は、瀧の句しか知らない、あるいは初期の上方俳句に馴染めなかった方には特に読んでいただきたい。特に『底紅時代』は全句集を購入した人だけが読める知られざる宝の山のような作品群です。これら後期の夜半の句は、一句をぎりぎりまで軽く、柔らかに詠まれています。どこまで句を軽くしても一句として成り立つか、軽みの達人芸と呼びたくなるような技法を感じます。少し多いですが僕の好きな作品を挙げてみます。
『底紅』
香水やまぬがれがたく老けたまひ
底紅の咲く隣にもまなむすめ
魂棚のくはしきことは教はらで
手にお瀧足にお瀧と寒垢離女
初夢の扇ひろげしところまで
涅槃圖の繪解の竿も傳はりぬ
神農の虎ほうほうと愛でらるる
目立たざる涼しき服を夜も着て
大阪はこのへん柳散るところ
繭玉の揺るるあしたもあさつても
クリスマスカード消印までも讀む
鶯の啼き間違ひをして遊ぶ
白酒を買ひ足すといふことをして
又の名のゆうれい草と遊びけり
破れ傘一境涯と眺めやる
『底紅時代』
へなへなと醉うて見せたる花蓑忌
歌留多讀むことは上手と思ひしに
よきコリー飼はれて静か松の内
聞けばする蘇鐡の花の物語
ただ暗き寺の厠や十三夜
花茣蓙の上へなんでも運び來る
ぺろぺろと鳴る草笛を教りぬ
鈴蟲の好きなところへ壺運ぶ
パーテイの人の涼しき一つ紋
太宰府の鷽笛はこれほうと鳴く
一枚の秋の簾の上げ下ろし
食べられてしもた鈴蟲物語
白酒の白きを話相手とす
美しいユーモアと言うものがあれば、後藤夜半の句のようなものを指すのかもしれません。そんな素敵な作品群がもっと読まれるようになれば嬉しく思います。
涼しやとおもひ涼しとおもひけり
この句はもはや「涼し」そのもののような句です。一句を限界まで軽くする事で、風のような空気のような句を詠む事が出来たのでしょう。この句からは「ゆるめた」事すら感じさせないほど自然な柔らかさがあります。実は夜半の句は冒険的で、実験的な新しい俳句なのではないでしょうか。
穏やかな夜半先生の写真は、まぁそう言うことにしておきますか、と賛成も反対も、しなさそうな御顔をされています。
腰曲げしゆうれい草のふとかなし 夜半
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2020-02-02
鴨と玉虫 西村麒麟を読む 竹岡一郎
鴨と玉虫 西村麒麟を読む
竹岡一郎
西村麒麟が角川俳句賞を受賞したのを聞いて、句集「鴨」を一年も前に恵贈されていたことを思い出した。全く読んでいなかった事も。
私事だが、あの当時、母の死からまだ二か月足らずで、とても本など読んでいる暇は無かった。遅まきながら読んでみた。
景の見せ方に特色がある。平易に景を読ませるようでいて、実は巧みに認識させていない。
見えてゐて京都が遠し絵双六 西村麒麟(以下同)
遠くはないだろう、絵双六なのだから。それを遠いと知覚するとは、作者は絵双六の平面世界に立っているという事だ。もしも見えているのが実際の京都なら、作者は、江戸と京の距離が絵双六のようにしか感じられぬ上空から、鳥瞰している事になる。知覚し認識する立ち位置がはっきりしないという、ズレが面白い。
鳥帰る縄の如きを連れ立ちて
長く連なる鳥の群の、先頭の一羽以外は、何か判らぬ縄の如きものとして認識されている。なぜ先頭の一羽のみが、鳥として認識されるのか。群れを導いてゆく意志を以って飛ぶからだろう。その意志の力が、鳥を鳥として、地上からの眼にも認識させるのだ。
無き如く小さき川や飛ぶ螢
暗闇の中で、川は地面と区別がつかない。螢は川によって生きるから、川と地面の判別がついているのだろうが、人間には判別がつかない。無い、と思えば無い。だが川は確かに有る、との主張を、飛ぶ螢から漸く知る。
古草として半分は食はれずに
何が古草を食べているのか、はっきりとしない。牛や馬だろうが、物凄く変なモノが食べているのかもしれぬ。古草は季語であるから、作者自身の暗喩と読む事も可能だ。そうなると、食べるものと食べられるものとの関係がもはや収拾つかず、あとはただ半分残された、古いふわりとした塊があるばかり。
けふの月下からぽんと押され出て
「けふの」は「今日只今」の意を負っていると見た。押され出た只今の瞬間を表している。押され出たのは作者だろうが、どこに押され出たのだろう。そして誰に、何に押し出されたのだろう。自分の意志と関わりなく、いきなり普段の場ではない何処かに出てしまった感を抱いている作者だ。「ぽんと」が良い。長閑な不安感、を良く表現している。
露の世の全ての露が落ちる時
小林一茶の「露の世は露の世ながらさりながら」を踏まえ、一茶の句が亡き子と嘆く妻を詠うのに対し、掲句はこの儚い世全ての終わり、生きとし生けるもの一切の知覚と認識が滅びる時を暗示している。恐ろしい句だ。
金魚死後だらだらとある暑さかな
いつまでも惜別の情を引き摺っている自分を「暑さ」と突き放していると思う。これは妙に泣ける句。「たかが金魚」といわれかねない世にあって、金魚の死を夏中引き摺っている作者は、優しいのか。金魚の死にさえも折れそうになる心を何とか支えて、敢えてだらだらと暑がっている、そうしないと生きて行けぬ。そんな気持ちなら、良く解る。
寒鯛のどこを切つても美しき
仄かに桜色の肉と白い骨の断面が、金太郎飴のようにどこまでも続く。素十の「甘草の芽のとびとびのひとならび」の魚バージョンか。掲句は言葉をリフレインさせずして、景をリフレインさせている。「美しき」と言われれば、成程そうも見えようが、同時に生臭くもある。美とは生臭いものだ、と言われているようだ。
箱一杯に蟷螂の怒り満つ
螳螂の斧、なる言葉を思う。季語は作者である、と読むなら、箱は作者の生きている範囲だろう。「一杯」と言っても、所詮は螳螂を容れるに足る箱だ。ここに作者の諦観を読み、それはそれで立派だと思うのだ。
雛納め肌ある場所を撫でてをり
普通、雛人形の肌の部分は絶対に触らない。汚れると取り返しがつかないからだ。その肌の部分をわざわざ撫でている。雛との今年の別れを惜しんでいるのだろうが、一寸したタブーである。肌といっても体温がある訳ではない。冷たく硬い肌なのだ。撫でて人肌に成り得ない事を、繰り返し知覚している。幽かに人形愛の匂いがする。
蔵一つ凍らせて行く雪女
小泉八雲の短編では、雪女は我が子を哀れんで、男を許す。情が薄いように見えて、恐ろしく濃い。その雪女が蔵一つを凍らせるとなれば、これは男女の密会に使われてきた蔵だと読みたい。もしかすると蔵の中には、固く抱き合ったまま息絶えた男女が、人形のように白い。初め、雪女は彼方から来て蔵を凍らせて去った、と読んだが、雪女自体が蔵に籠る情念から生まれた、あるいは人間であった女が蔵の中で生まれ変わった、との読みもある。
冬の鳥一生降りて来ぬ如く
腹さえ空かぬなら、翼が動く限り、一生降りて来たくない、とは作者の感慨で、地上の煩わしさを厭うているのだろう。季が冬なのが良い。高空は地上より遥かに寒く、そこにとどまり続けるのも、また辛いからだ。中島みゆきの名曲「かもめはかもめ」も思う。ここで上五の鳥の名を明示せず、何の鳥ともわからぬ鳥としているのは、名とは、地上からの眼差、人間の眼差に属するものだからだ。
角川俳句賞受賞作「玉虫」を読んだが、平易なる方へあまりに傾き過ぎている気がした。
家の中少し歩きて豆をまく
鯛焼をかたかた焼いて忙しき
共に選考委員が取っている句だが、このような句を読むと、作者はとにかく空っぽになりたいのだろうか、長閑な無力さを体現したいのだろうか、と、なぜか茫洋とした悲しさを感じる。この感じは何処かで覚えがあった、と思い出す。
青木亮人氏がBLOG俳句新空間の2017年8月4日【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む8】「火花よりも柿の葉寿司を開きたし 北斗賞受賞作「思ひ出帳」評」において述べた文章だ。次に引用する。
「架空線は相変鋭い火花を放つてゐた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかつた。が、この紫色の火花だけは、――凄まじい空中の火花だけは命と取り換へてもつかまへたかつた。(芥川龍之介「或阿呆の一生」)
俳人たちの眼には「鋭い火花」が燃えさかり、その火花を一句に宿らせるのがあるべき姿と信じられ、おびただしい実践と失敗が積み重なった末に錬金術のような絶品が生まれた時代が、かつてあったのだ。
しかし、平成期の西村麒麟氏はもはや「紫色の火花」を一句に招こうとは考えていない。
というより、火花を素手で掴むには彼はすでに冷静で、自身の丈が分かっているのだし、何より「俳句」を壊すほどの「火花」は不要である。」
この「自身の丈」とは、魂の「身の丈」を意味するのだと思った時、やはり茫洋とした悲しみを覚えた。呪いの人形の髪や歯が伸びるのは、水ではないが魂は方円の器に従う事の証明だろう。ならば、なぜ魂は、市松人形ではなく、大仏やスフィンクスに憑依しないのか。
同じ論に引用されている、青木氏が西村麒麟の第一句集「鶉」に寄せた「古き良き「月並」」中の一文を挙げる。
「戦後という間延びした「日常」に埋もれることなく「自分を失わないでいる」ためには血を流し、傷付きつつ努力を続けることで「精神の鎖国制度」を打破するしかないと拳を握りしめる姿は、平成年間においては郷愁とともに現れる幻影に近くなった。
崩落のはるかな響きを聞き届けつつ無表情に小さなディスプレイをタップし続ける私たちは、むしろ「固定した日常性」と「鎖国」に浸りつつ甘やかで索漠とした快楽に身を委ねるのみだ。
しかし、それは忌避すべきことなのだろうか。
私たちは天才ではありえない。取るにたらない喜びや不満を味わいつつ、小さな幸せや不幸せが交互に訪れる市井の日々を何とか生きる他ない凡人がささやかに何かを表現したいと願った時、慈しむべき詩形として昔から連綿と愛でられたのは俳句であった。」
慧眼である。これがまさに俳句にとっては、平成が進むにつれて、霧のようにあらゆる間隙から入り込んでいった細やかな呪縛、緩やかに穏やかに生暖かくまとわりつき、にこやかに絶え間なく囁き続け、時に権威や衆に彩られた正しさを謳い、時に網の目のような友情を謳い、時に冷笑と見紛うばかりの「高次の」認知を謳いつつ、骨髄にまで沁み渡るかと思える三十年間の惑わしであった。
その惑わしの呪縛の来たる処を、青木氏は身を呈して暗示してくれている。「私たちは天才ではありえない。」ここでなぜ「私たち」という横並びの代名詞なのか、なぜ「ありえない」という断定なのか、なぜ「私は天才ではない」とは書かれ得なかったのかを、注意深く観る必要があろう。
漸く平成は終わった。やっと終わってくれた。平成と共に、爛熟した果実が音もなく密やかに落ちるように終わった呪縛があるだろう。時間を、鳥瞰された螺旋階段として観るなら、或る一周は終わりを告げ、次の時間が始まりつつある。江戸は漸く終わり、新たな近代が始まる。
整備された舗道ではなく有るか無きかの獣道に臨むあなたへ、堅牢な井戸の底ではなく日本海溝を覗き込むあなたへ、私は言いたいのだ、「あなたは天才でしかありえない」と。この言葉が自分に向けられていると、あなたが胸底わずかにでも思うなら、犀の角のように、天才である事を覚悟せよ。
私が茫洋とした悲しみを覚えたのは、麒麟の句に対してではなく、麒麟の句の周囲から立ち昇る、生ぬるい呪縛の匂いに対してだと思いたい。その匂いもやがて霧散するだろう。
ここが麒麟の過渡期であり、素十のような質実の強靭さへ向かおうとしている途上か、と信じたい。
だから、先ほどあなたに向けた言葉を、私は麒麟にも言いたい。この論の前半で取り上げた「鴨」中の諸々の佳句を書き得た麒麟に、優しくとも犀の角のように在る覚悟をせよ、と言いたいのだ。
「玉虫」から三句挙げる。
炬燵より出て丁寧なご挨拶
あまりにもゆっくりとした動作を思い、そんな風な無力さ、慎ましさ、融通の利かなさに対する、作者の深い愛を感じたりもする。穏やかな老婆の描写だろうか。ほんのりと可笑しい句である。
月光を浴びて膨らむ金魚かな
月光に映えて金魚の赤が膨れ上がるように輝いている、と読めば美しい句だ。月光が黄泉に通じると観て、死んだ金魚が水面に浮いて膨らんでいると読めば、これは惨い句だ。金魚の生死は永遠に判然としない。
いつまでも蝶の切手や冬ごもり
冬ごもりする蝶はいる。凍蝶なら、寒さに削られて、ただでさえ薄い身はどんどん薄くなる。切手の如く薄くなるだろう。切手とは便りに貼る物だ。越冬と閉塞と、凍てに削られる事と、便りへの思いが、「いつまでも」ある。あたかも「冬ごもり」という行為の中で、時間がループするように。
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2019-07-07
『今井杏太郎全句集』を読む会 削らなかった言葉 西村麒麟
『今井杏太郎全句集』を読む会
削らなかった言葉
西村麒麟
1.秋の山と春の川
本当によく晴れてゐて秋の山 『麥藁帽子』
僕はこの句が杏太郎さんの句の中で一番好きで、初めて読んだ時からずっと気になっています。名句(定義は広いと思いますが)というよりも、不思議句とでも呼ぶ方が似合いそうなこの句の魅力を考えていく事が、なんだか少しだけ杏太郎さんの俳句の魅力に迫れるのではないかと考えています。そうだと良いなと。
句の意味は明快で、秋の山が晴れていて気持ちが良いなというだけの句です。ただ、俳句を省略の文学だと考えると、「本当に」という表現は削られてしまうのではないでしょうか。「いつもより」とか「それなりに」等一見何でも代用が出来そうです。というわけで削ってみます。
本当によく晴れてゐて秋の山
↓
よく晴れてゐて秋の山
「よく晴れてゐて」と「晴れてゐて」はほぼ変わりがないため「よく」も削る事が可能です。なので削ってみましょう。
よく晴れてゐて秋の山
↓
晴れてゐて秋の山
次に「晴れてゐて秋の山」ですが、秋の山の本意を「空気の澄んでいる」とするなら「晴れてゐて」も削る事が出来ないでしょうか。つまり最終的に残るのは「秋の山」だけ。「本当によく晴れてゐて秋の山」と「秋の山」も意味の上においてほとんど変わりはありません。まさかと思いつつ削りましょう。
晴れてゐて秋の山
↓
秋の山
本当に?と思いつつ、どうもそんな気がするんです。
春の川おもしろさうに流れけり 『麥藁帽子』
これも同じタイプの句で、川なので「流れけり」は省略、春の本意を「喜び」「楽」とするなら、「おもしろさうに」も削る事が可能。つまり「春の川」だけが残ります。
春の川おもしろさうに流れけり
↓
春の川
これまた本当に?と思いつつ、やはりそんな気がするんです。僕だけでしょうか。
「本当によく晴れてゐて」や「おもしろさうに流れけり」を強引な表現ではありますが、「削らなかった言葉」と言い表わす事は出来ないでしょうか。
2.意外性と当たり前
次の句には内容に意外性(もしくは飛躍)を含んでいます。
紅梅にしみじみといろありにけり『麥藁帽子』
星空に星が動いてあたたかき『麥藁帽子』
向日葵をきれいな花と思ひけり『麥藁帽子』
特にわかりやすいのが三句の向日葵の句でしょうか。向日葵はゴッホの絵のような、強いエネルギーを感じる夏の花です。この句はその向日葵をどぎつい色ではなく、きれいな花と表現したところに新しさ(意外性)を感じます。
初期に多く見られるこのようなタイプの句(意外性のある句)は次第に減少してゆく印象にあります。「秋の山」より「向日葵」の句の方が何倍も、どう面白いのかを読み手に説明しやすいのに、なぜでしょうか。
次に「当たり前の句」について見ていきます。
朝早く起きて涼しき橋ありぬ『麥藁帽子』
早朝→涼しき は自然な(そのままの)現象で、出来事としての意外性はありません。だって朝早く起きたら普通は涼しいですから。
通常句に詠む場合は次のようにします。暑い昼間に散歩をしていたらふと涼しい感じの橋がナントカ…、そんな展開にしがちではないでしょうか。〈朝早く起きて涼しき橋ありぬ〉ではあまりにそのままです。杏太郎さんはなぜこのように詠んだのでしょうか。
芋の葉の露が大きくなりにけり『麥藁帽子』
ゆらゆらと揺れてあがりし春の月『通草葛』
わかる句です、両方すごくよくわかる句です。そして当たり前です。
「意外性」の句の方が読者にとって内容の面白さ、新しさが指摘しやすいと思いますが(俗な表現ですが、評価されるという意味でも)、杏太郎さんは年代を経るごとに「当たり前」系統の句を好む傾向にあります。
僕には杏太郎さん自身が「意外性」の句よりも「当たり前」の句を上等だと考えていたように思います、あくまで想像でしかないのですが。本人の語る「滑稽」と「面白さ」の違いからそう思いました。
以下は杏太郎さんの言葉から僕がまとめたものです。
・滑稽=なんでもないような風景、それでいて何かありそうなもやもやとした気配。
・面白さ=意外性、飛躍性。
非常に面白いと思うのは、辞書では(広辞苑を参考にしました)おもしろおかしく、巧みに言いなすこと=滑稽であるという考えが一般的ではないでしょうか。
それでいて、自身の滑稽と面白さの違い、そして本人はきっと滑稽をよしとしている。この本人の滑稽の説明こそ、杏太郎さんの魅力をすっきり述べたようなものに見えます。
なんでもないような風景、それでいて何かありそうなもやもやとした気配。
これこそ、杏太郎さんの俳句じゃないですか。
3.言葉を足す作家、例えば秋をと瓜人
削る作家ではなく、言葉を足して使うタイプの作家なら、加倉井秋をや相生垣瓜人辺りが僕にはすぐ思い浮かびます。
加倉井秋を
食卓の鉄砲百合は素つぽをむく『胡桃』
炎天や口から釘を出しては打つ『午後の窓』
初夢にドームがありぬあとは忘れ『午後の窓』
独特な言葉の足された方が魅力的です。
相生垣瓜人
形代をつくづく見たり裏も見る『微茫集』
怖るるに足らざる我を蟹怖る『微茫集』
許されし如く蜘蛛居り許さぬに『明治草』
これらは言い過ぎ(言葉の駄目押し)が魅力となっています。〈許されし如く蜘蛛居り許さぬに〉なんかの下五は建長寺でも円覚寺でも、何でも置こうと思えば可能です。それなのに駄目押しの「許さぬに」とは…。でも、もちろんそこが面白いのです。
4.杏太郎の場合
杏太郎俳句は、削る事が可能に見える言葉をわざと残しているような印象があります。
船宿に籠枕などありにけり 『通草葛』
舟に乗る夢などを見て明易き『通草葛』
昼寝などしてをればひと来りけり『通草葛』
「など」が削れそう(省略可能)に見えますが、「など」により一句をぼかす(明瞭としない)効果を狙ったのでしょうね。
花守のなにかを言うて帰りけり『麥藁帽子』
山茶花のほかになにかがこぼれけり『麥藁帽子』
「なにか」って。
蜻蛉の生れたることおもしろく『麥藁帽子』
葱の葉を食べてたのしき日なりけり『通草葛』
うつくしや越後の国の秋のこゑ『海の岬』
感情を言ってしまう。「おもしろく」と書いてしまう。初心者の頃によく「面白いって言わずに面白いと表現なさい」とか言われますよね。
「など」と同じく「なにか」や「おもしろく」等も狙い通り(言葉の効果を)に置かれた言葉のはずです。全句集の印象としては、何も狙ってないよ、という顔をしてきちんと狙う、そういう作家なはずです、杏太郎さんは。
5.削りたくない言葉
戸隠の山から風が吹いて冬『風の吹くころ』以後
を発表した後
戸隠の山から風が吹いて春『風の吹くころ』以後
という句を発表しています、きっとうっかりとかではないと思います。
これらの句で大切なのは「戸隠の山から風が吹いて」に見えます。良いフレーズ思いついたからまた使おうと。
なんだか、だんだんとそうじゃないんじゃないかなと。違うんじゃないかと思ってきました。何か違う。多分。
実はこれらの句で大切なのは「冬」「春」の方ではないか。「戸隠の山から風が吹いて」が冬、春に添えられているんじゃないかと。
冒頭の句も、秋の山、春の川が大切。季語そのものが不思議な光を放っている。「季語に惚れろ」とは杏太郎さんの言葉でした。
季語そのものがフワフワと浮かんで見えてくるように、音が、意味が邪魔にならない言葉を季語にぺたぺたと塗り足すように作っているのではないかと。俳句は十七文字の全てが意味を持つ必要はないのではないでしょうか。そういうこちらを刺激する事も励ます事もない俳句、フワフワとした俳句は、読んでいて疲れないどころか、どこか精神が落ち着くような気すらします。
6.一般的な句の判断基準
一般的(と書くと俗な感じがしますが)な俳句の評価はざっくりと、とても簡単に表すと以下の要素が大切なのではないでしょうか。
①視覚的に美しいか
②聴いて心地よいか
③詩情を感じるか
俳句の評価基準は①〜③のように目、耳、心に響くかどうかが大きな要素としても大きくはズレていないかと思います。
そして、一句に対して読者が「共感」出来る(わかるわかるという感情)かどうかとなると
内容がわかる、理解出来ること(感覚を含め)
が必要とされると言って良いでしょう。
例えば飯田龍太の作品の
どの子にも涼しく風の吹く日かな 『忘音』
は、句の判断基準、共感ともに大きく得られる句と言えます。簡単に言うと、好かれやすい姿の句となります。この句なんかは100人に見せて80人以上は、良いよねと共感を得られるのではないでしょうか。
さて、杏太郎さんの場合はどうでしょうか。
①視覚的に美しいか ②聴いて心地よいかは満たす場合が多い。
耳と目はだいたい条件を満たすのではないでしょうか。ただし問題は心。
③詩情を感じるかどうかは読者によって評価が分かれるかもしれません。
内容がわかる、理解出来ること(感覚を含め)も満たすが、杏太郎俳句をわからないと判断する人は、句の内容はわかるが、当たり前過ぎて面白さがわからない、というタイプの人ではないでしょうか。
わかるものを書きつつ、共感を得ようとはしないところが杏太郎俳句の不思議なところです。
「ひとり言」と「呟き」の違いについて。
この二つの違いは大切です。また本人の言葉から簡単にまとめます(後でまた出てきますが)。
呟き=己自身への語りかけ。
ひとり言=聞いてもらいたい、甘え。
俳句は呟きと言うだけあって、やはりわかってもらおうとすること、大衆のウケを狙う事は好みではなかったのだと想像します。
本当によく晴れてゐて秋の山 『麥藁帽子』
は先に引用した龍太の句に比べて、共感を得られる割合はかなり少ない。わかるけど、わからない(面白さが)句。やはり杏太郎さんは好きな人はたまらなく好きだという熱狂的なファンがいるタイプの作家であって、万民受けするタイプの作家ではないと思います。おもしろさうに流れけり、とか書いたら怒る人、どうしても一定数はいると思うんです。
7.杏太郎の好き、嫌い。
特に面識のない作家をイメージするのに、僕はその人の好きなもの、嫌いなものを俳句とは関係ないところまでノートに書き抜くという作業をする事があります。単にそういう作業が好きだという事もありますが、うまくいくと作家の気配の様なものが匂ってくる事があります。
さて、そんな方法で、杏太郎さんの「好き」「嫌い」を細かく書き抜いてみると何かヒントが見つかるのではと、実際にやってみました。杏太郎さん本人からヒントをいただこうと、ノート一杯に杏太郎の「好き」と「嫌い」を書き出してみました。この作業、結構楽しいです。
好き
呟き=己自身への語りかけ。儚さ。自動詞。揺らぎ。滲み。気配。退屈。無駄な時間。当たり前。風。水。海。何を詠むか。なんでもない、それでいてありそうな。あっさり。簡潔。心でつくる。美しい距離。季語を敬う、季語に惚れる。胡散くさい。調べ。閑=退屈。さびしさ。遥か。夢。老人。軽み=儚さ。さりげなさ。日常。滑稽さ。船。
嫌い
ひとり言=聞いてもらいたい、甘え。シャープ。明瞭。知らない言葉。意味のわからない言葉。いやらしい見立。見たままや見てないものを句に付け足す=余計。拒絶的な。否定的な。意外性。飛躍性。動きまわる。定住、定着。格好のいい言葉。無季。頭でつくる。生もの魚=食。面白がり過ぎ。字あまりは疲れる。ぎゅうぎゅうな表現。奇妙な。わけがわからない。なかりけり、あらざりし、知らざりき、見ざりけり=心が豊かではない。
かなりはっきり好きと嫌いを書いたり発言したりしてくれているので、わりとこの方法が有効な作家だと思いました。
秋の山や春の川の句は、6で書いた句の判断基準や「共感」からも遠いです。「秋の山」だけがひらひらと浮かんでいます。
本当によく晴れてゐて秋の山 『麥藁帽子』
句の評価や共感基準からも離れ、季語だけがひらひらと浮かんで見えてくるような句は、読み手を疲れさせない究極の形なのかもしれません。
8.削らない
一句の不要な言葉を削るのが俳句の技術。
杏太郎の世界では、せかせかした句、人に聞いてもらいたいと言う甘え(ひとり言)、明瞭は好ましくない。ぜひ先程の「嫌い」メモを読み返してみて下さい。
「おもしろさう」「なにか」「おもしろく」「いろいろの」「本当に」「さまざまの」「なんにもせず」「したり」「など」「どことなく」「ころ」「やうなる」「さりげなく」「さびしい」
これらは杏太郎俳句の中で繰り返し使われている表現です。なんというか、削れそうですよね、省略できそうです。
でもこれらが大切な、杏太郎俳句には必要な「削らなかった言葉」です。
一句を完璧な彫刻のように、省略という技術で作り上げることは美しい行為だと思います。でもきっとそれだけじゃない、他の一手もある、予想外な一手が。
もっと素材の美しさをそのまま活かした作り方もあるじゃないかと杏太郎俳句は示してくれます。一句の不要な言葉を削らないでいられる余裕のようなものが、杏太郎さんの技術なのかもしれません。
春の川おもしろさうに流れけり 『麥藁帽子』
おもしろそうに、流れたって面白いわけです。
削らなかった言葉とは、心地よいもの、心地よい言葉と書くと感じが出ないのでやはり、ものと呼びたい。それは音だけでもない。春風や秋風と呼ぶよりもただ風と呼ぶ方が感じが出るように、ただ「心地よいもの」と呼びたい。
掴めないものはやはり掴めないが、風の中に手を入れる行為は実に気持ちいい。
曖昧だけれど、そんな感じ。
https://ameblo.jp/kirin819/entry-12413294851.html?frm=theme
↑
おまけ。僕が前に選んだ杏太郎さん100句です。
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Labels: 『今井杏太郎全句集』を読む会, 今井杏太郎, 西村麒麟
2018-10-21
週俳600号記念企画 多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る 8/8 照敏さんはがんばっている
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る
8/8 照敏さんはがんばっている
ガチヤ〱の鳴く夜を以てクリスマス 篠原鳳作
蟻よバラを登りつめても陽が遠い
しんしんと肺碧きまで海のたび
ふるぼけしセロ一丁の僕の冬
●
百足虫など神何故に創られし 山口波津女
死にたれば蟷螂横になつてゐる
●
蘇生
あけぼのの春あけぼのの水の音 野澤節子
水ありて魚を泳がすさくら季
●
オムレツが上手に焼けて落葉かな 草間時彦
さうめんの淡き昼餉や街の音
●
天青しわたる孔雀を想像す 三橋敏雄
鈴に入る玉こそよけれ春のくれ
淋しさに二通りあり秋の暮
戦争と畳の上の団扇かな
汽車よりも汽船長生き春の沖
海へ去る水はるかなり金魚玉
●
鷄頭の十四五本もありぬべし 正岡子規
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る 7/8 『現代の俳句』が漏らした作家・その4 今井つる女~長谷川かな女
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る
7/8 『現代の俳句』が漏らした作家・その4 今井つる女~長谷川かな女
【言及作家・言及句】
雨しげくなりて金魚をかくしけり 今井つる女
虫売に人の流れの止まらず
鶯や日曜の朝と思ひつつ
初明り物の形の生れくる
●
次の間へ歩きながらに浴衣ぬぐ 波多野爽波
いつきても門の落葉の同じほど
梅雨傘の魂抜けて倒れをり
梅雨はげし傘ぶるぶるとうち震ひ
落ちてゐる明智の森の古巣かな
お涅槃の蓋開いてゐる救急箱
赤と青闘つてゐる夕焼かな
いろいろな泳ぎ方してプールにひとり
金魚玉とり落しなば鋪道の花
鳥の巣に鳥が入つてゆくところ
●
牛の眼が人を疑ふ露の中 福田甲子雄
磨かれし馬匂ふなり夏木立
いくたびか馬の目覚むる夏野かな
亡きひとの名を呼び捨てに冬河原
夏雲やビル壊しゐる鉄の玉
●
羽子板の重きが嬉し突かで立つ 長谷川かな女
盥かかへて柿の烏を見てゐたり
鮟鱇や鼠小僧を泊めし家
竜胆を畳に人の如く置く
朝顔のべたべた咲ける九月かな
西鶴の女みな死ぬ夜の秋
四月馬鹿五右衛門風呂を空にして
会釈する冬の帽子に憶えなし
闇汁の蓋に乗りたる闇の小人
●
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る 6/8 『現代の俳句』が漏らした作家・その3 八田木枯
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る
6/8 『現代の俳句』が漏らした作家・その3 八田木枯
【言及作家・言及句】
洗ひ髪身におぼえなき光ばかり 八田木枯
荷風忌のラインダンスのうねりかな
死なない老人朝顔のうごき咲
冬ふかし柱が柱よびあふも
春を待つこころに鳥がゐてうごく
寒鯉の頭のなかの機械かな
黑揚羽ゆき過ぎしかば鏡騒
盆踊佃はいまも水まみれ
子どもには子どもが見えて秋のくれ
死ねばすぐ大むらさきともつれたく
生きてゐるうちは老人雁わたし
むさし野は男の闇ぞ歌留多翔ぶ
誰の忌ぞ雪の匂ひがしてならぬ
●
曲ることなき毒消売の道 加倉井秋を
月光に掻き鳴らすギターは出鱈目
弟酔へばねずみ花火の真似をする
炎天や口から釘を出しては打つ
初夢にドームがありぬあとは忘れ
●
凍死体海に気泡がぎつしりと 表鷹見
死にたくも泳ぎの手足動くなり
いま人が死にし畳に蝶死ねり
父の葬列父の青田の中通る
●
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る 5/8 『現代の俳句』が漏らした作家・その2 相生垣瓜人~幸田露伴
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る
5/8 『現代の俳句』が漏らした作家・その2 相生垣瓜人~幸田露伴
【言及作家・言及句】
家にゐても見ゆる冬田を見に出づる 相生垣瓜人
荒海の秋刀魚を焼けば火も荒ぶ
ががんぼが襲ふが如きことをせし
怖るるに足らざる我を蟹怖る
蟷螂が怒りに燃えて立ち上がる
許されし如く蜘蛛居り許さぬに
わが餅を見す見す黴に奪はるる
明日食べむ瓜あり既に今日楽し
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生身魂ひよこひよこ歩き給ひけり 細川加賀
昼寝妻ちひさき鼻をつけにけり
寒鯉をぐるぐる巻に新聞紙
鯉こくが熱くて月のうらの山
よき知らせ冬の昼寝をしてをれば
秋遍路蹤いてゆきたくなりにけり
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風流の細水になくや痩蛙 幸田露伴
小男のナンバに寒し水の音
前髪を切られて寒きわかれかな
吹風の一筋見ゆる枯野かな
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多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る 4/8 『現代の俳句』が漏らした作家・その1 上野泰~杉本零
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る
4/8 『現代の俳句』が漏らした作家・その1 上野泰~杉本零
【言及作家・言及句】
洗ひ髪夜空の如く美しや 上野泰
打水の流るる先の生きてをり
寒月や表にものを取りに出て
用のある時立ち上り冬籠
夏蜜柑月のごとくにぶらさがり
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大きな日大きな月や春の旅 池内友次郎
水澄んで鯉の行列見事派手
咳に咳つづきて言葉なきままに
絵双六子供の世界色と音
船の波月のせてゆくいつまでも
東京駅大時計に似た月が出た
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よく笑ふ停学の友ソーダ水 杉本零
シグナルが青くて青い春の雪
夕立の叩き居るもの見て愉し
ごみごみとしてなつかしき梅雨の町
夏痩の肩突上げて笑ひけり
なつかしき徹底的な西日かな
機首ガクとガクと落して夕蜻蛉
熱燗や我に大事な友ばかり
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る 3/8 西村麒麟のオシ:後藤夜半
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る
3/8 西村麒麟のオシ:後藤夜半
【言及作家・言及句】
我これを南瓜の苗と思ふなり 高野素十
桔梗の花の中よりくもの糸
くもの絲一すぢよぎる百合の前
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銀河系のとある酒場のヒヤシンス 橋閒石
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滝の上に水現れて落ちにけり 後藤夜半
金魚玉天神祭映りそむ
涅槃図にまやぶにんとぞ読まれける
獣に青き獅子あり涅槃像
山上憶良を鹿の顔に見き
てのひらにのせてくださる柏餅
ぺろぺろと鳴る草笛を教りぬ
よきコリー飼はれて静か松の内
歌留多讀むことは上手と思ひしに
又の名のゆうれい草と遊びけり
夏料理心を籠めて皿少な
河豚鍋の教へられたるものに箸
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多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る 2/8 福田若之のオシ:三橋鷹女
多摩川 西村麒麟✕福田若之 平井照敏編『現代の俳句』を語る
2/8 福田若之のオシ:三橋鷹女
【言及作家・言及句】
老いながら椿となつて踊りけり 三橋鷹女
この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉
書き驕るあはれ夕焼野に腹這ひ
詩に痩せて二月渚をゆくはわたし
天地ふとさかしまにあり秋を病む
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来てみれば来てよかりしよ梅椿 星野立子
いつの間にがらりと涼しチョコレート
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2018-07-15
10句作品 西村麒麟 秋田
夏草の草豊かなる秋田かな
蚋を打ちさらに何かに怒りつつ
馬群れてゐる幻や麦の秋
踏台を抱へて来たり安居僧
滝の上に神様がゐて弾みをり
千年の宴や滝を一つ見て
白糸の如くに雨や業平忌
短夜の門の辺りに灯が少し
よたよたとみんな大人や夏の家
落し文かなと再び拾ひしが
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2018-07-01
【俳人インタビュー】西村麒麟さんへの10の質問
【俳人インタビュー】
西村麒麟さんへの10の質問
148句です。
Q2 昨晩、寝る前の2~3時間の行動をできるだけ詳しく(公表できる範囲で)教えてください。
少々酔って帰宅。ざっくりシャワーを浴びて、キッチンで妻とだらだら飲む。缶ビールを一本飲んで、動ける内に布団を敷く。こんな時間から食べてはいけないと思いつつ、東京駅で買った豆狸のいなり寿司を食べる。通常タイプ二個、わさび味二個、穴子入り一個。わさび味が一番美味しかった。檸檬漬けの酒(妻が作っている)をソーダで割りながら何杯か飲む。こんな時間に食べてはいけなさそうなお菓子をばりばりつまむ。俳壇の話、どうしようもない話等をしながらさらに何杯か飲む。
そこから記憶はなく、朝。
Q3 俳句に似ている食べものといえば? 理由も教えてください。
珈琲(飲みものだけど)。なくても、むしろ無い方が楽そうなのに、無いとムズムズしてくるところ。過剰摂取すると気持ち悪くなるところ。
Q4 現在お住まいの町は、どんなところですか?
急行が止まらない駅の小さな町です。スーパー、コンビニ、パン屋、カレー屋、パスタ屋、クリーニング屋、歯医者などがあり、暮らしやすいです。川には鴨、カルガモ、鷺、翡翠、鵜、蝙蝠、鯉、鯰(なぜか居る)達がいてよく観察しています。初夏にはホトトギスが鳴くのが聞こえます。燕が巣立つのとカルガモ親子の成長を見守るのが趣味のようなものです。
居心地の良いカレー屋があり、定期的にカレーの会を行っています。直さん、あかりさんがご近所メンバーで、あとはちょくちょく色んな人を呼んでいます。カレーを食べるだけですが、不思議と盛り上がります。
とても良い町だと思っていますが、新宿から遠いので、遊びにおいでよと言うと、勘弁して下さいよ、と言われたことがあります。
Q5 触り心地が好きなものってありますか?
落ちている花びらを拾って触るのが好きです。白い椿の、冷ややかな布みたいな感じとか。
Q6 どういうわけか、チンパンジー(雄)を一匹、飼うことになりました。名前を付けてください。
ヤンヤン。最近気に入っている中華料理屋の名前です。居心地の良い店です。カエサルとかモンテーニュとか白楽天とか、そういう派手な名前のチンパンジーが近くに居ると落ち着きません。ヤンヤンぐらいで良いです。そもそもチンパンジーは飼いたくないので、出来るだけ早く黒岩くん辺りに押しつけると思います。
Q7 句集『鴨』で、いちばんこだわったところを教えてください。
こだわってませんよ、自然体ですよ、と見せようとしているところ。具体的な事をちょっとだけ書くと、時期や場所がバラバラの句を並べ方によって何となく一つの世界に見えるように繋げようとしたこと。
Q8 目が覚めました。何十時間も眠ってしまったらしく、おなかがぺこぺこです。何を食べますか。部屋でも外食でもかまいません。
一瞬の迷いもなく、UFO(インスタント焼きそば)の大盛を買いにコンビニへ行きます。あの体に悪そうなソースがたまりません。一言も喋らずに一気に啜るのが作法です。
Q9 好きな自然現象について教えてください。
夜が明ける直前のモヤモヤっとした薄暗い感じが好きです。そう言えば春の朧はとても落ち着きます。これは関係ないけれど、つげ義春に「夜が掴む」という作品があって、それもすごく好きです。
Q10 ここ最近でいちばん笑ったことを教えてください。
ヤンヤン(中華料理屋)で六時間ぐらい飲んでいたら、店員さんに、コノヒトズトノンデルヨー、シンジラレナイヨー、と言われたこと。また行こうと思いました。
涅槃図の母も輝く一人かな
二代目の鶯笛も目がうつろ
ちかちかと小さく白し春の蝶
さらに白くさらに大きな椿へと
灯に代るもの美しき桜かな
花冷のこれことごとく月光か
四合か五合か飲みて明易し
花びらに縦縞のある水中花
白糸の如くに雨や業平忌
旅浴衣そのままジュークボックスへ



