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2023-04-23

「麒麟」発足座談会

「麒麟」発足座談会


結社「麒麟」発足を記念し、主宰・西村麒麟と、編集部の久留島元、中西亮太の3人が語ります。

久留島◆結社「麒麟」、いよいよ発足しましたね。句会の様子はどうですか。

麒麟◆想像していたよりもたくさんの方が参加してくださり、驚きました。一回目の東京句会で50人以上も来た時は、机や椅子が足りなくなると思い内心ドキドキしていました。僕も立つから若者よ、今日は立見でも許してくれ!と言うタイミングをぎりぎりまで考えていました。正直言うと初回は俳句よりも机と椅子の数が気になっていて……。句会であれほど焦っている僕の姿を見るのは初めてじゃないかな……。

久留島◆50人超えは大変ですね、句会というより講演会のような。

麒麟◆とにかく、机、椅子。正直に言うと参加者は30人ぐらいだと想像していました。句会の内容に関しては、ベテランと、カルチャー講座出身の俳歴の短い人達の俳句が上手く混ざり合っていて面白かったです、この点は狙い通りでした。無念なところは、大宴会が出来なかったとこかなと。まぁ、まだコロナ禍ではあるし仕方ないですね。

中西◆一言で言えば、人多すぎっ……(嬉)。麒麟さんは、これほどの人を惹きつける力があるのか…と誇らしかった(、と同時にちょっと寂しかった(笑))です。

第1回ということもあり、お祭り的な雰囲気が漂っていたように振り返っています。バタバタな感じも、みなさん楽しんでいらっしゃるようでした。リアルタイムで投句一覧が作られていき、50人以上が一斉に選句に向かう姿は、もう圧巻でした。

久留島◆お祭り感が伝わってきました。

関西も、初回の参加者が20人でした。これも最初は2~3人でもいいから始めようと企画していたら、麒麟さんが参加してくれることになって、金沢や名古屋からも参加者が増えた。リアルな句会は初めてという人と経験者が半々という感じで、これから混ざり合うと面白くなりそうです。麒麟さんは確か、2回目の東京句会の翌日でしたね。お忙しいところご苦労さまでした。

では、そもそも結社を立ち上げることになった流れを教えてください」

麒麟◆生々しい話をすると、コロナ禍の影響で13年勤めた会社から解雇通告され、職を失ったのが2021年でした。転職活動やハローワーク通い等、これから生きて行く道を色々と探っていました。俳句で生きていく道も少しは考えましたが、厳しい道ですから悩んでいました。幸運なことに手を差し伸べて下さる方が多かったのと、新しい俳句の仕事が次々入ってきて、全てを引き受けていたら、サラリーマン時代よりも忙しいぐらいの仕事量になり、気がつくと100人を越す講座の方と毎月句会をやるように。その中には優れた才を感じる人や、心から楽しそうに俳句を作る人が何人もいて、この人たちに作品を発表する場所を作りたいと考えはじめました。

結社をやったらどうか?と言う話も、その頃に周りから複数いただき、徐々にやる気も。びくびくしながら古志の長谷川先生と大谷主宰に相談の葉書を投函すると、長谷川先生から即電話をいただき、やるしかない!やるべきだ!と励ましていただきました。あとは一気に結社が立ち上がり動き出した、という流れです。今から思うと不思議ですが、誰一人やめておけと言わなかったですね、思っても言えなかったのかな……。

久留島◆麒麟さんに最初に話を聞いたのは、去年の夏ごろでしたね。私は、以前所属していた「船団」が、坪内さんの散在宣言でなくなってしまったので、しばらく所属は関西現代俳句協会だけだったんです。そこに麒麟さんから「結社作るときには手伝ってね」と言われて、まさかこんなすぐと思わないから軽く「いいですね」って答えたら、どんどん話が進んでしまって……いまさら逃げられないから覚悟を決めたのですけど(笑)、いまだに結社というのはよくわかってないところも多いですね。中西さんはどういう経緯で「麒麟」に入ろうと思ったのですか」

中西◆麒麟さんは、僕が学生時代からずっと良くしていただいているお兄さん的存在であり、同時に、数少ない俳句界の友人でした。所属していた結社「艀」が終刊し、所属を失っていた時期は、麒麟さんに手取り足取りサポートいただいていました。

みなさんと同様(?)、無責任に「結社、作ってくださいよ」と何度もお伝えしていたのですが、お酒を飲んだり、電話をしたり、お酒を飲んだりするたびに、少しずつ、でも着実に、麒麟さんの結社創設への決意が固まっていく様子を感じることができました。これまで本当にお世話になったので、微力ながらこの船出を応援したいと思った次第です」

久留島◆中西さんは、今はどこの所属でしたっけ」

中西◆現在、所属は3つあります。この状態を良く思わない人もいらっしゃると思いますが、「艀」が終刊して「円座」に入った直後、武藤紀子先生から「勉強してきなさい」と、山口昭男先生の「秋草」に送り出されました。「円座」「秋草」ではさまざまなことを学ばせていただいています。

一方で「円座」に所属する前は、麒麟さんから多くのことを学んできました。いわば麒麟さんは私淑する存在だったわけです。これは今も変わっていませんので、僕にとって「麒麟」に入ることは、ごく自然な流れだとも考えています。

ただ、自分の軸の据え方や、時間・エネルギーの使い方、集中力やモチベーションの維持などどれも苦戦しているので、あまり偉そうなことは言わず、少しでも長く続けられるようにがんばります」

久留島◆真面目(笑)。実は麒麟さんしか名簿は持ってないので、私たちも参加者の全容はわかってないのですが、さっきの話だと、麒麟さんの講座出身生が多いんですか」

麒麟◆2人のように僕が手伝って欲しいとお願いしたスカウト組が20人ぐらいはいます。編集部をしっかり固める必要は最初に考えたので、何でも相談出来る人たちですね。仕方ないなぁと内心思っていても助けてくれる、師弟関係というより兄弟分って感じです。60人ぐらいは僕の講座の方です。その他は、ネットでの情報を見て参加を決めてくれた友人や、まだ接点の無い方々でしょうか。購読を入れて130人、会員は110人前後が「麒麟」の初期メンバーですね、去年の秋から仲間を集め始めたのでありがたい人数だと思っています。

※創刊号発行時の参加者はもう少し増えています(4月15日現在)。

久留島◆すごい人数。ところで、私もそうですが、結社に入るのが初めてという人は、結社には怖いイメージもあるかもしれません。結社に入るとほかの活動が規制されて他の結社とつきあっちゃダメだとか、本も先生の本だけ読んでいればいいっていう人がいるとか、都市伝説がありますが、「麒麟」はそんなことないわけですね。

麒麟◆会員側が楽しい、快適だと思う状態を優先させたいと思っています。何でも自由にやったら良いよと思ってます。行動や発表を制限するのは僕や結社の都合で、会員のためではないと思うので、出来るだけ会員を縛るつもりはありません。僕に魅力が無くなったら全員居なくなるんだよな、というヒリヒリするような緊張感も大事なことかなと。

久留島◆そういう自由な形は同人誌と変わらないんじゃないか、なぜ結社を名乗るのか、という疑問も湧きます。

麒麟◆一番のポイントは投句欄の選をするか、しないかの違いですが、僕は選句をしたいと考えています。投句が全句必ず毎号掲載されることに(同人誌的に)、僕自身が参加者としてはあまり魅力を感じることが出来ない部分があるかもしれません。冊子代ではありますが、会費をいただいている以上、会員の皆さんには毎号ドキドキさせてあげたいです。冷たく、熱い選を心掛けたいと思っています。

久留島◆安心しました。麒麟さん自身がいろいろな結社の人たちと、(主に酒場で)交流してきたわけですから、他人の活動を規制したら文句が出ますね。選はするけど活動は束縛しない、というのは短歌結社の形に近いかもしれません。極端に言えば、主宰に見せていない句、主宰の落とした句ばかり集めて、他の賞に応募してもいいわけですか。

麒麟◆もちろん。僕は採られなかった句でも捨てないでと言っています。不思議なことに何でも自由にやりたまえ、と発表してからの方が様々な人が集まって来てくれます。

久留島◆会員の方には4月末までには創刊号が届くはずですが、1回目の選句を終えて、手応えはどうですか。

麒麟◆かなりいい感じです。創刊号が刊行したら、麒麟俳句会のツイッターでも秀作を紹介したいと思っているので、雑誌『麒麟』にどんな句が載っているか、どんな人が集まっているかわかると思います。楽しみにしてください。

久留島◆実は、選を通じた対話というのが、まだ実感できていないところがあります。「船団」では坪内さんや塩見恵介さんのような指導者クラスがいても、句会は互選で指導はありません。合評でアドバイスはあっても、立場は平等。雑誌の選評欄も、選者は何人かの持ちまわりで交代制でした。今でも句会の基本は互選だと思っていますが、結社句会だと主宰選が優先され、ほかの人が選評しないこともある。そこはまだ違和感はあります。ただ、どんなに平等な句会でも「この人はどの句を選ぶのか」「この人の選評を聞きたい」と思う意中の人はいて、それなら、この「麒麟」句会の場では、西村麒麟の選を信じてみようと思ったんですね。幸い私は別の句会にも参加できますから、信頼する選者の句会を一つ確保する機会だと思いました。だから麒麟さんの選は、自句だけでなく本当に楽しみに読むつもりです。

中西◆僕も、「麒麟」では麒麟さんの選を受けることと、楽しく俳句をすることをモットーにしていくつもりです。

久留島◆楽しくやる、大事ですね。では、最後に麒麟さん、これからどんな結社にしていきたいか、「麒麟」に期待することを聞かせてください。

麒麟◆今の通り、年齢性別俳歴、さらに好みの俳句等もばらばらな、混沌とした空間を望んでいます。混沌としつつ「麒麟」に共通する「何か」が生まれてくれれば、より嬉しいですね。いちばん大きな結社を目指すというより、いちばん面白そうだね、と思ってもらえるような結社にしたいなと。あとこれは我儘なことですが、「麒麟」で鍛えられた俳人が、僕をどんどん作品で追い詰めてプレッシャーを与えてくれると、僕自身もうひとつ上の俳句の世界が開けるような気がしていて、それを楽しみにしています。

久留島◆会員の活躍から刺激をもらおうという欲深い考えだ(笑)。しかし一方通行ではなくお互いに刺激しあえる仲間であることは大事で、会員としては主宰を脅かさないといけないというプレッシャーがかかります。これからどうぞよろしく、というところで、発足座談会は締めたいと思います。ありがとうございました。

※2023.03、メールのやりとりをもとに、久留島が座談会として再構成しました

2021-03-14

祝祭 中西亮太 10句

 

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祝 祭  中西亮太

なめらかに光をつなぎ春の雪

艸魚忌や午後がまつたく暇であり

片足の潦水に触れ垣繕ふ

布物のまとめ置きある畑打

水温む机の脚を組み上げて

卒業の朝はこんなに眩しいか

春光をも貫いてゐる瑞鳥図

永き日や黒鍵白鍵より軽く

掃く人の椿壊してしまひけり

祝祭のあとしづかなる春の村

2018-07-15

背景を描く季語 島村元の一句 中西亮太

背景を描く季語
島村元の一句

中西亮太


最近、高浜虚子編『ホトトギス雑詠選集』を読んだ。無知だからだろうか、興味を持った「はじめまして俳人」を何人か見つけることができた。この『ホトトギス雑詠選集』、いざ読んでみるとなかなか読み終わらない。がんばって読み切った感じである。今回は、はじめまして俳人の一人を取り上げたい。

島村元。『現代俳句大事典』〔※1〕を紐解いてみると、若くしてこの世を去ったことがわかる(1893~1923年:享年31歳)。あるサイト〔※2〕によると、1900年の平均寿命は41歳、1950年は61歳なので、やはり早世だ。「虚子も元の俊敏な頭脳と才能を愛し、大いに将来を嘱望した」と同事典にもあるように、ホトトギスでも一目を置かれていた存在だったのだろう。元の句は『ホトトギス雑詠選集』に(おそらく)全部で52句収録されている。

花黄楊や蜂おとなしく食ひこぼし

ミツバチだろうか、花粉を集めている。蜂と言えば、攻撃性を含め、静的な印象はあまり感じない。けれども、この句に描かれる蜂はどこか間抜けでかわいらしい。そんな蜂がぽろぽろとこぼすパステルイエローの花粉。

さて、この句の季語は「花黄楊」である(虚子はこの句を「黄楊の花」の句として分類している。)。この季語は、蜂のかわいさを句全体に敷衍する効果を持つと考えられる。間抜けなかわいい蜂。そこに黄楊の花が持つ淡い色味を足すと、句全体が「かわいさ」に満たされていく。漫画やアニメで、「わはははは~」と走ってくる子のシーンがスローかつきらきら背景で描かれるあの手法と同じようなものだろうか。

上五に「花黄楊や」と据えることで、読者は、一輪の花黄楊だけでなく、周りにある黄楊の花を背景に間抜けな蜂を連想することができるようになる。こうして考えると、この句は背景という細部まで一コマを描きぬいていると捉えることができるのではないだろうか。蜂という対象も、背景を支える花黄楊によって一層かわいらしく描かれているのだ。

ところで、元の死後、句集が出ている(1924年に私家版として出されているようだ)。せっかく見つけ出した「はじめまして俳人」なので、いつの日かこの句集を手にしてみたい。

【参照】
〔※1〕稲畑汀子・大岡信・鷹羽狩行監修(2005)『現代俳句大事典』三省堂.
〔※2〕「平均寿命の歴史的推移(日本と主要国)」http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1615.html (2018/7/8閲覧).

2015-08-16

【週俳7月の俳句を読む】中西亮太 俳人の目とその共有

【週俳7月の俳句を読む】
俳人の目とその共有

中西亮太




高浜虚子が「客観写生」を謳って以来、それがある種、俳句を象徴する言葉となった。以来、俳人はその目に映るさまざまな景を各々の感性をもって俳句に描き続けている。われわれは俳人の目を通して詠まれた句の解釈し、そこに描かれる物語を鑑賞するのである。

俳句を鑑賞する際に、作者が見ている景を完全に共有することは困難が伴う。しかし、詠み出された句を通してその景に思いを馳せるとき、われわれは「俳人の目」をまさに共有する存在となろうとするのである。

シャワー浴ぶまなうらに日の沈まざる 安里琉太

作者は「まなうら」を見ている。と言っても、目を閉じながら思いを巡らせているのは外の景色である。「沈まざる」から、一日の疲れをとるシャワーを浴びているときの句だと読める。自身は一日の終わりを迎えようとしているのに、夏の太陽はまだ一日を続けている。

狭く暗い「スクリーン」としてのまなうらに投影された太陽は、まなうらのイメージに対比されることで生き生きと描かれ、夏らしさがうまく表現される。「夏」という季節からいやがおうでも逃れられない「運命」を思い知らされるようだ。

割腹のあとのうつろも夕焼くる 竹岡一郎

ここで描かれるのは割腹した人の視点である。登場人物は割腹の果てに視界がぼやけ始める。そのような状況にも関わらず、自然は無情にも動き続けている。ここでの「夕焼」は自然を象徴すると同時に、命を象徴するのではないだろうか。夕焼けの美しい景色を最後に、彼は命を落とすのである。

絶命を控える命の脆さと取り合わせられた夕焼けの力強さは、読み手に対して圧倒的な景を連想させてくれる。

台詞つかへて背後に海のあるごとし 青本柚紀

台詞がつかえるという出来事から、広大な海へと展開されていく。半ば強引に海へと想像を操作されるわれわれ読者は、「うまく乗せられた」のである。失敗(=台詞がつかえる)という「小さな出来事」を広大で穏やかな「海」へと転換する効果は絶大だ。この失敗を「小さな出来事」と言える所以は、まさに「海」にあると言えるだろう。

「海のあるごとし」をどう解釈するかという点で、上述では「広大で穏やかな海」とした。一方で、「荒々しく岩を打ち付ける海」と解釈した場合、「台詞つかへて」のイメージは変わる。決まりきらない詠み方が、読み手に対して解釈の余地を与えている一句である。

邂逅の窓汚れゐるごとく夏雲 生駒大祐

この句において、窓は「邂逅の窓」として描かれる。「邂逅」とは、「偶然の出会い」を意味する。ふと窓を見ると、人びとはたくさんの(広義での)邂逅を成している。窓越しに外を見る作者はこのさまざまな邂逅を第三者的に見ているのだろう。

「出会い」は相互認識において生じる。AとBが「出会う」ためには、互いにAとBの存在を意識している必要がある。一方的な認識は「(誰々を)見た」に過ぎない。第三者的に見る作者は邂逅は成し得ていないのである。そこに描かれる視線は孤独に満ちている。

しかし、ふと気が付けば夏雲が窓越しにこちらを「見ている」ではないか。その視線を感じ取った途端に作者は邂逅を体験する。「汚れゐるごとく」という若干の皮肉と照れともとれる表現が、この句の味わいを深くしてくれるのだ。


第429号2015年7月12日
■仮屋賢一 誰彼が 10句 ≫読む
■安里琉太 なきごゑ 10句 ≫読む
第430号2015年7月19日
■馬場古戸暢 一日 10句 ≫読む
■竹岡一郎 炎帝よなべて地獄は事も無し 30句 ≫読む
第431号2015年7月26日
■青本柚紀 円 10句 ≫読む
■生駒大祐 夏の訃 10句 ≫読む

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2015-05-03

【石田波郷新人賞落選展を読む】 思慮深い 十二作品のための アクチュアルな十二章 〈第十章〉 田島健一


【石田波郷新人賞落選展を読む】
思慮深い
十二作品のための
アクチュアルな十二章

〈10〉選ぶ眼と、整合性のとれた世界に流れ込む騒がしい者ども


田島健一




10.異世界(中西亮太)


私たちが生きる世界は偶然に溢れていて絶えず騒然としているのだけれど、俳句の有季定型という窓から覗くと不思議と世界はそのサイズに収まってしまう。けれどもそれは世界が自然とそこに「収まって」いるのではなく、むしろ私たちの「選ぶ眼」が、騒然とした世界から俳句として書くべき「美しい」ものだけを選択し書きとめている。そうして騒がしい諸々の声は封じ込められ、世界は整合性のとれたものとして私たちの想像的な領域でバランスを保っている。

あまり知られていないことは、そこで選ばれなかった諸々の声の幾許かは、書かれた句に痕跡を残し、そこに書かれた俳句を歪ませるということだ。

異世界の入口なりし山椒魚  中西亮太

ここで言う「異世界」とは、どの位置にあって、私たちが生きる「自明の世界」とどのように関わっているのだろうか。逆に問えば、この「山椒魚」を包み込んでいる異世界ではない世界は何によって守られているのだろうか。

この「山椒魚」はあたかも「異世界」からの使者のような佇まいで、私たちには見ることができない「異世界」の存在をそこに立ち上げている。そのような気配は、「山椒魚」の佇まいが、私たちが生きる、「いまここ」にある世界から少しズレたものとして感じられる。

そのズレを「感じる」視線はあくまでも健康的な視線で、それはどこまでも「異世界ではない世界」にとどまっている。

通常、いまここにある世界と「異世界」とはパラレルな関係で、どこまでも触れ合うことはない。ところが、この「感じる」が「信じる」へと変化し、あくまでも世界の「ズレ」だったものがことごとく視線を支配するようになってしまうことがある。そして一度「信じる」ことに取り憑かれると、私たちは「異世界」の気配を感じとる「健康的な視線」を失う。そのとき異世界はもはや異世界ではない。

初恋の傷もいつしか蜥蜴かな
密め抜く初恋氷室の桜かな

「初恋」は正にそのような「信じる」視線のひとつかも知れない。「初恋」の対象がもつ些細な特徴や仕草は、恋を患った者の視線を支配し、もはやその視線の外側に立つことはできない。逆に言えば掲句のように「初恋」と名指しする作者の視線は、そのような「初恋」を「信じる」視線の外側にいる。それは「いまここ」にいる別の主体として、あるいはノスタルジーとして「初恋」をその外側から呼び出す。

実際に「信じる」視線にとって、そこはもはや「異世界」ではなく、逆に言えば、私たちが「いまここ」として暮している自明な世界も、すでに「信じる」視線をもった私たちが、信じた結果として広がっているに過ぎないのかも知れない。

暗闇に沈丁の香の溶けにけり
コスモスのたなびきたるや合唱祭

俳句をつくるときに厄介なのは、「信じる」ことの外部にいる視線にとっては、「信じる」視線に見えているものが「異物」としてうつることだ。俳句を書きながら、そうした「異物」は差し引かれ、そこには感触の良い、明朗なことばだけが書き残される。

俳句を書くとき、私たちは見えるものしか主題化することができないし、さらには名前があるものしか見ることができない。ましてや「いまここ」にパラレルに寄り添っている「異世界」に触れることは全く許されていない。

この「できなさ」に眼を見開くとき、初めて俳句に「何を書きとめるか」という議論に進むことができるのではないだろうか。

私たちが「ことば」で何かを名指すたびに、「信じる」者にしか見えない「まぼろし」たちの声を失わせ、その声たちを俳句の「美」に殉じさせる。私たちの「選ぶ眼」は、そうして世界をシミュラークルに描き尽くし、「信じる」ことを私たち自身から奪い去る。

逆に言えば、実はそこに書かれた俳句は、正にその主体が「何を信じているのか」を指し示していて、いかに「選ぶ眼」が全てを制御しようとしても、そこから零れたまぼろしの声たちによって、彼が何を「信じている」のかを露呈してしまうのだ。

俳句はそうやって主体の「信じる」領域に関わってくるのだけれど、その「まぼろしの声」は私たちにとってどのような意味を開示するのだろう。ここで実現されなかったものたちは、どこでそれを成し遂げるのだろう。

〈第十一章〉へつづく

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2014-12-07

2014石田波郷賞落選展 10 中西亮太 異世界

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週刊俳句 第398号 2014-12-07
2014石田波郷賞落選展 10 中西亮太 異世界
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2014石田波郷賞落選展 10 中西亮太 異世界 テキスト

中西亮太 異世界


トランクに山ほどつめり残り雪
暗闇に沈丁の香の溶けにけり
これだからと言へば桜の花も散る
若夏や後部座席を独占す
梅雨から逃げむばかりに搭乗す
かうもりの折りたたみたる世の終
シェーバーの音暴れたり行々子
初恋の傷もいつしか蜥蜴かな
異世界の入口なりし山椒魚
熱帯魚地球の果てを巡るかな
向日葵や右向け右と並びたる
密め抜く初恋氷室の桜かな
教科書に日の落ちたりし原爆忌
織姫になりきらむとて橋越える
コスモスのたなびきたるや合唱祭
ロザリオの月と交わせり缶珈琲
もみじ葉や一息吸ってダイビング
地球儀の表面までも冬最中
凍土や影掛かりたる仁王像
八畳の部屋に四つ角福は内


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