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2020-04-19

僕の愛する俳人・第4回  笑う瓜人 西村麒麟

僕の愛する俳人・第4回
笑う瓜人

西村麒麟

初出:「ににん」第76号

1. 瓜人さん

通好みと言えば褒めている印象も多少はありますが、俳句の、あるいは文学においての通好みとなるとどうでしょうか。知る人ぞ知るところの、と言えばなんだか格好良いですが、嫌な言い方をすれば、大衆的作家では無い、はっきり言えばあまり読まれていない作家とも言えます。

こんな出だしから始まりましたが、今回は相生垣(あいおいがき)瓜人(かじん)さんを紹介させて下さい。簡単な略歴を書いておくと瓜人さんは以下のような方です。

明治三十一(一八九八)年に兵庫の高砂に生まれる。波郷や窓秋達と共に「馬酔木」の自選同人として活躍。浜松にて「あやめ」を創刊(後の「海坂」)。昭和六十(一九八五)年に八十六歳で亡くなるまで三冊の句集があり、第二句集『明治草』にて蛇笏賞を受賞(七十八歳時)。

孤高、風流、隠者、仙境などの呼名がこれほど似合う俳人もなかなかいないのではないでしょうか。追悼座談会(「海坂」昭和六十年五月号)によると、春子夫人が庭の落葉を掃除すると、紙屑と違って落葉が散らばっているのは汚くないと軽く窘められる話が出てきます。瓜人らしい風流なエピソードです。名を求める事を良しとせず、ひたすら清らかに、自分の美意識を頑なに固守した人と言えます。蛇笏賞の授賞式当日の朝まで行きたくないと周囲に訴えた話も残っています。隠者の中の隠者ですね。

さらに書画骨董、漢籍をはじめとする古典の教養の深さは当代随一との評判です。そんな事ばかり書くと親しみがわかないかもしれませんので書き足しておくと、珈琲とバッハとチーズケーキがお好きだったみたいです。

2. 難解

そんな相生垣瓜人ですが、その作品をどれぐらい目にした事があるでしょうか。
歳時記にも掲載される事の多い、最も有名な作品は次の一句かと思います。

荒海の秋刀魚を焼けば火も荒ぶ

次にこれらの句にも見覚えのある方は多いかもしれません。

秋声を聞けり古曲に似たりけり
夕時雨白磁の姿くづれそむ
家にゐても見ゆる冬田を見に出づる

愛読者にはまだまだ浮かぶかと思いますが、一般的に知られている句は今挙げた作品ぐらいではないでしょうか。瓜人は大抵のアンソロジーには入集しませんし、全句集は古本でしか入手出来ないばかりか、なかなかの高値で取引されています。多くは出回っていないけれど、ファンにとっては高値でも是非手に入れたいという、まさに通好みの作家です。
さらに瓜人を通好みにしているもう一つの原因は、その作品の難解さにあるかもしれません。恥ずかしながら僕の知識では、辞書を引きながらでないとなかなか読み進められません。正確に言えば句自体はそれほど難しくないのですが、ある程度の古典の教養がないと瓜人の作品を面白がる事が難しいのかもしれません。
3. 瓜人クイズ

やや難解と思うタイプの瓜人俳句をいくつか挙げてみます。辞書無しで、即座にいくつ理解出来るでしょうか。瓜人さんにはクイズのような下品な事はおやめなさいと叱られてしまいそうですが……。

高弁は如何に牡丹を見たりけむ
まじまじと月見る愚をば敢てせり
さる帝蜜柑の数珠を持されけり
年忘れ麹(きく)先生を懼れつつ
石龍子龍挐の状を現じけり
新涼の潺湲として来りけり
人の世に木賊も蘆も刈らで老ゆ

一句目、高弁とは高山寺の明恵上人の事です。木の上にいる明恵上人像や白洲正子の作品等でよく知られていますね。明恵はわかりますが、高弁で即座にわかるかどうか。

二句目、これはわかりやすいですね、『徒然草』の有名な「月は隈なきをのみ見るものかは」を意識して、敢えて私は月を見るぞと詠んだ句。

三句目、これは花山天皇の奇行のこと。手がかゆくなってしまいそうですが……。

四句目、麹先生とは酒の別名。そう言われてみればなるほどと。

五句目、石龍子(せきりょうし)はトカゲ、龍挐(りょうだ)は龍がものを掴む様。つまりトカゲが何か餌になる虫でも捕らえたという句です。内容は何でもないんですが…。

六句目、潺湲(せんかん)は水が流れる様子で、白居易の詩から来ています。潺湲という言葉は谷崎潤一郎ファンには京都の潺湲亭があることからご存知かもしれませんね。

七句目は少し考えてみたいと思います。瓜人本人の自註によると、「折角人の世に生れ来ており乍ら木賊刈も芦刈も経験せずして終ろうとするのが惜しまれるのである。これでは物のあはれを言う資格は無いのである。」とあります。

しかし、これはおそらく能の「木賊」と「蘆刈」を意識した句ですね。それぞれがどんな物語かを知ってからこの句を読むと、大きな哀しみもなく、なんとか今日までやってこれました、ぐらいの句意になるでしょうか。

先程挙げた句、ほとんどわからなかったと言う方、安心して下さい、僕もそうですから。東京美術刊行の『言はでもの事』や俳人協会の自註、橋本榮治氏の力作、相生垣瓜人論「机前の人」には随分助けていただきました。僕の乏しい知識だけではまだまだ瓜人の作品には太刀打ち出来ません。さらに深く読んでみたいと思う方は、昭和五十一年四月「馬酔木」、昭和五十一年七月「馬酔木」、昭和六十年四月「俳句」、昭和六十年四月「海坂」、昭和六十年五月「海坂」、昭和六十一年三月「海坂」あたりを読めばより作品に親しめるかと思います。ただ、いきなり解答付きを見るようでは楽しみが半減ですから、出来れば最初の一回目は瓜人全句集を自力で読む事をお勧めします。

僕は自分が俳句を作る時には、出来るだけシンプルな言葉を使う事を心掛けています。なので、僕は瓜人俳句を愛していますが、僕とは俳句の作り方が大きく異なります。その事からただ難しい句と、難しいけれど面白い句の違いを時々考える事があります。おそらく、辞書を引いてみたくなるかどうかではないでしょうか。だから瓜人さんの俳句は時間をかけてでも読みたいと思う作品なんだと思います。

4. ユーモア

瓜人俳句は教養が無いと読めないんでしょ、難しいからやめておこう、と言う人がいたらもうちょっとだけ待って下さい。違うんだと、瓜人俳句はすごく面白いし、時には可愛らしい俳句もたくさんあるんだと強く主張したい。次に挙げる作品はどうでしょうか。

春来る童子の群れて来る如く
怖るるに足らざる我を蟹怖る
勝つ事は勝てり蜈蚣(むかで)と闘ひて
蟷螂が怒りに燃えて立ち上がる

一句目、この童子達は春の精霊のようですね。めでたさと可愛らしさと。

二句目は、私(人間)の姿を見てさっと隠れた蟹。危害を加えるような乱暴ものではないのにと、ちょっと寂しく感じている句。

三句目、ぜえぜえ息を切らしながら、必死に蜈蚣を撃退したのでしょうか。お写真やその人柄のエピソードを拝見した限り、争い事には全く向いてなさそうな方ですから、どれほどの死闘だったかを想像してしまいます。ちなみに〈わが胸を歩みし蜈蚣さへありき〉〈ずたずたにすべき蜈蚣や先づはせし〉の句もあります。笑い事ではないのですが、俳句にすると滑稽な感じもあります。

四句目、ボクサーのようにファイティングポーズをとって立ち上がりくる蟷螂。さて蜈蚣にはなんとか勝てましたが、今回はどうでしょうか。

人間と他の小さな虫さえも、命において対等だと、相手を尊重しているところが瓜人俳句のポイントの一つです。ですから蜈蚣や蟷螂、ごきぶりと喧嘩して、必ずしも人間が勝つとは限りません。どんな相手でも真面目に慈しみ、真面目に喧嘩をする、人間だから偉い、強いなんてことは無いんだという意識が美しいと思います。以下にもそんな句を挙げておきます。

鴨引くや猫悉く屋上に
ががんぼが襲ふが如きことをせし
蟹はしづかに蛙の前を立去れり
生きてゐし蟇より蝶のたちゆけり
蜈蚣死す数多の足も次いで死す
藪蚊には頻にぐさと刺されけり
蚊に食はれ藪蚊に食はれ血が減りぬ
ごきぶりに飛びつかれむとしたりけり

5. 新しい魅力

全句集約三千句ほどを読み通すと、次のような人間臭い主張がたくさんあることに気が付きます。暑い暑い、梅雨が鬱陶しい、冬が寒くて嫌だ。他には老いてきて辛い等の生活のぼやきのような句をたくさん目にします。例えば以下のような句。

梅雨来ると烈しく頭洗ひをり
邪悪なる梅雨に順ひをれるなり
雪も亦怒りに任せ降るらしも
炎帝に追ひ返されし散歩かな
風邪の神馴々しげに寄り来る
空風に打擲されて我慢せり
狂乱す冬将軍もその部下も
老人を一掃すべく寒の来し
大安も佛滅も他も皆暑し
無謀にも米寿の春を迎へけり

体が頑丈ではなかった瓜人さんは、本当に暑さ寒さが辛かったのだと思います。俳句は辛い、悲しい等の残念な事柄を笑いに転換するのに優れた文芸であることを、よく知っている人の作品のように思います。ぼやきがことごとく句になったら、少しは心軽やかに生きていけそうではありませんか。ちょっと辛いな、生き辛いなと思っている人にも瓜人俳句をぜひ読んでみて欲しいです。こういう句は真面目に詠んでこそ面白いから不思議です。

6. 僕の愛する瓜人

今までに挙げなかった句の中で、僕の愛する瓜人の俳句をいくつか紹介します。渋い句、綺麗な句、不思議だったり一癖ある句、素直で可愛い句、瓜人さんの俳句の幅は広いので、きっとたくさん読めばそれぞれが好きな句が見つかるかと思います。

僕が特に好きな瓜人さんの俳句は、〈形代をつくづく見たり裏も見る〉や〈秋晴の日記も簡を極めけり〉のような、わざわざ敢えて言いました、わざわざそんな事も俳句にしました、というタイプの「わざわざ俳句」が多いかもしれません。瓜人さんの文集のタイトルが『言はでもの事』であるのも面白いですね。真のユーモアは真面目から来るものかもしれません。

形代をつくづく見たり裏も見る
ありとある隙を占めをる隙間風
秋晴の日記も簡を極めけり
そこはかとなく昼寝すと人の云ふ
校庭を熊が眺めてゐたりちふ
明日食べむ瓜あり既に今日楽し
利休居士笑を湛へて果てたる日
白扇に描きし瓜やじぐざぐす
耳の日や耳大いなる佛達
幻の鷹も現の鷹も見し
反返る人丸像や人丸忌
天高し其他の物は皆低し
つひにゆくみちのほとりのひなたぼこ
諸々の女の中の雪女

7. 誕生日

瓜人さんの誕生日は八月十四日、翌日の十五日はナポレオンの誕生日です。瓜人さんは文集の中で、英雄なんかと一緒でなくて良かったと記しています。そういうところも、魅力的な人ですね。

そう言えば、八月十四日は僕の誕生日でもあります。ナポレオンじゃなくて、瓜人さんと一緒なのが僕の秘かな自慢です。蛇足ですが、実はこの文章はまさにその八月十四日に書いています。誕生日おめでとうございます、瓜人さん、僕、あと天国の桂歌丸師匠。誕生日に関するエッセイを最後に少々。

老衰の募つた此頃では折角の誕生日が来ても気勢は一向に上がらない。「言はでもの事」。

このように書きつつ、さらに瓜人さんはぼやく。最近はメロンが喜ばれるようになり、好きな真桑瓜が影を潜めて行ったと。そして一句。

真桑瓜の影さへも無き誕生日  瓜人

八月十四日は、チーズケーキでも食べよう。

2010-09-26

あいおいがきかじんに愛を 西村麒麟

あいおいがきかじんに愛を

西村麒麟


俳句的には随分前から秋なのですが、実際のところはようやくちょこっと秋らしくなった、というところでしょうか。

ところで皆様、今年の夏休みはどうでしたか?海に行きましたか?それとも山?バーベキューなんかもしたりして、いやぁ、良かったですなー。え?僕の夏休みですか?決まってるじゃないですか、『相生垣瓜人全句集』を読んでいました、毎日毎日全力で。

はい、長い前置きですみません、瓜人についてちょこっと書きます。

全句集の年譜によると、相生垣瓜人(あいおいがきかじん)、明治31年(1898)生まれで、馬酔木の花形作家の一人です、後に海坂の選者となり、昭和60年(1986)永眠、と恐ろしく省略してみました。

僕が残念に思ってるのはこれだけ面白い作品を作る作家なのに、どうも通好み、みたいな扱いを受けているような気がするところです、単にさくっと読める本が出回ってないだけなんですが・・・、さぁ僕の文はともかく瓜人さん、面白いので読んで行きましょう。

手花火を栞に雨月物語

いきなり良い句ですね、なぜか線香花火と雨月物語の相性がとても良いですね、ためしに〜物語、と置いてみてください、大体駄目ですよ。

秋風の日本に平家物語 京極杞陽

も好き。

台風が毛虫を家に投込みぬ

面白いですね、この深刻ではない、なんというかイジワルのレベルの出来事なので、瓜人の俳句はとても可愛いく見えます、さぁさぁ、句集を開けば、次々と瓜人さんが天候や虫達にいじめられますよ、そう、深刻ではない程度に、可愛く。

御降りのかそけさよ父と酒飲めば

父と酒飲めば、良いですね、この父と息子の微妙な距離感がたまりませんね、かそけさよ、なんて、つくづく名句。

鴨引くや猫悉く屋上に

にゃーと聞こえてきそう、この猫は漫画のように、にゃー、と鳴きます。

猫に追はれ初蝙蝠の舞ひ出づる

面白い句出ました!この句、愛唱句の一つです、僕が酔っぱらって、どうしょうもない時に呟くのは、この俳句か

ひきだしに海鳥が来てばたばたする 阿部青鞋

のどちらかです。

冬田見るうちにも星のふえて来る

もう一つの冬田の句の方が有名ですが(後で出てきます)こっちも捨てがたい、というよりも、良い句という意味ではこっちの方が良い句のような気も。星のふえて来る、なんて素敵ですね、虫にやられてばっかりじゃないんだぜ(これも段々わかってきます)、とばかりの俳句。

ががんぼが襲ふが如きことをせし

麒麟選『大好き百句』には必ず入れたい俳句、瓜人さんの偉大なところは、ががんぼを瓜人さん(人間)と等身大に見せるところです、けっしてささやかな生き物を下に見ない、きっと優しい方だったのでしょう。

年と共に蚤の句なども殖えてゆく

多分、僕もそうなります。こんな句をぬけぬけ作るような俳人になりたいもんです。それは、もう力が抜け過ぎてるぐらいの。へなへなに。

春来る童子の群れて来る如く

良いですね、とてもメデタイ句です、こんな風に春を感じられる人は幸福です。

蚤の句を詠まざらむとも力めけり

絶対嘘なんですけど、面白いです、またまたぁとか言いたくなる句。

家にいても見ゆる冬田を見に出づる

出ました、もう一つの冬田、もうほんとに内容を見ると無駄な事が書いてあるだけなんですが、あら不思議575の偉大さよ、俳句にするとなんともヘンテコで面白い句に!!これが瓜人の最も知られている句の一つですかね。

家康公逃げ廻りたる冬田打つ 富安風生

が俳句界の二大冬田俳句です。

怖るるに足らざる我を蟹怖る

優しさが滲み出てますね、この句は僕のお気に入りで、色んな人にほらほら面白いとか言って見せる事が多いです。まぁ半分ぐらいの人はくすっと笑ってくれます。半分の人は僕の事を日本で最も暇な人間を見るような目で見ます。

干梅を見るや惨事を見る如く

ががんぼが等身大に見えるぐらいなら、梅干しも惨事に見えてしまいます、もう言ったもん勝ち。

勝つ事は勝てり蚣と闘ひて

蟷螂が怒りに燃えて立ち上がる

二句とも得意の虫俳句、面白いですねぇ、虫が強いのか、瓜人さんが弱いのか、必死に虫と闘う瓜人さんの姿を想像すると、もう、たまりません、実に、実に面白い。

わが餠を見す見す黴に奪はるる

・・・きっとなんとかできはず

許されし如く蜘蛛居り許さぬに

この後、激闘は必至

そこはかとなく昼寝すと人の云ふ

すぴーと寝息を立てそう、ぐが〜とかは絶対に言わない、そこはかとなく、とはすやすや。

過ちて脆なる蝸牛踏みにけり

ぐしゃっ!そう、有名な

かたつむり踏まれしのちは天のごとし 阿部青鞋

と並べてみると、とてもおかしい。

厭はざるのみか好みて藷食うぶ

藷が好きだと素直に言えば良いのに、じれったい、でも、そこが面白い。

焼藷の大きな皮をはづしけり 阪西敦子

これもかなり藷好きな俳句、おいしいですし、藷。

乱行を重ぬる如く嚔する

ささいな乱行だなぁ・・・。

敢えて螫す蟻なり敢えて潰すなり

く、くどい、言わなくて良い事をわざわざ言うのが、瓜人俳句の面白さのひとつ。

春着の娘たうもろこしを手にしたる 波多野爽波

これも言わなくて良い事をわざわざ言って面白くなった俳句

校庭を熊が眺めてゐたりちふ

この熊、凶暴な感じではなく、なんだかきれいな、絵本に出てくるような熊を想像してしまいます、まぁ現実の熊は、熊さんとは似ても似つかないけど・・・。

鮮やかに蠅を二つに打ち割りつ

必殺!

無花果を蟻より奪ひ返しけり

よ、弱い・・・。

青蜜柑敢て売るなり敢て買ふ

ちょっと、怒ってるんですかね、買わなきゃ良いのに・・。そしてその蜜柑を

墓石に映つてゐるは夏蜜柑 岸本尚毅

なんて使ったり。

明日食べむ瓜あり既に今日楽し

なんて楽しそう、楽し、なんて言葉も必要があれば、やはり使って良いんです。

籔蚊には頻にぐさと刺されけり

ぐさって、そんなに・・・、でも薮蚊だから、なんか痛そうですらありますね。でもね、そんなに・・・。

動揺もするなり蜂に螫されては

そんな事言わなくて良い事です、もう厳粛に言い訳。

藷讃めて曾て人後に落ちざりき

まわりくどい・・・、藷が好きとどうして素直に言えないのでしょうか、でもそこが、面白い。

くちなはを口ある縄と亦説けり

うん、違いますしね。

改めて生けし芒に又飽かぬ

でも、改めて、とあるので、芒、好きなんですよ、そう言えば良いのに・・・。

忘れ得ぬ柿の名なれや猿泣かせ

確かに忘れられないですね、猿泣かせ、すごい名前ですね、びっくりするぐらい美味いのかなぁ。

あな冷た見る目嗅ぐ鼻開く耳の

手が冷た頬に当てれば頬冷た 波多野爽波

二大冷た俳句。

わが目にも真に迫らぬ案山子立つ

なんとも駄目そうなところが面白い。この横に

その一つ案山子にあらず歩きけり 岸本尚毅

をぜひ並べてみたい。

山々の笑ひ崩れし世も過ぎぬ

なんだか古き良き神々の世界のよう

寒烏吾を敵視す又無視す

鴉、上から目線だなぁ、というより瓜人さんが気持ちで負けてるのか・・・。

三つ食べて飽くべき栗を四つ食べし

これも素直になぜ栗が好きと言えない、でもだから面白い。

楽しげの柚子と湯浴みを共にせり

楽しげの柚子なんてなかなか言えないですね、良い言葉だなぁ。楽しき、では駄目、楽しげ、でないと。柚子がケラケラ笑っているかのよう。

寒鯉の凝然たるを凝視せり

寒鯉を雲のごとくに食はず飼ふ 森澄雄

ともに、リアルな鯉。

花見るや花に心を許しつつ

これぐらいの心のゆとりが欲しい、と思っていたら

風来の籔蚊にぐさと刺されけり

蟻の螫す痛さ籔蚊の螫す痛さ

熊蜂に絡まれたれど怺へけり

蚊、蟻、蜂、強し!ゆとりはあまりないですかね。この世は恐怖の虫だらけ。

空風に打擲されて我慢せり

もうオーバーに言ったもん勝ちですから。

刺す技に長けたる蜂の入り来る

ごきぶりに飛びつかれむとしたりけり

また来た虫、もう一日中虫と戦っているのでしょうか、社会や時代に対して闘っていると詠むとなんだかありふれていますが、こんな風に虫と人間が喧嘩のように(五分に)闘うとなると、俳句としてとても面白い。

幻の鷹も現の鷹も見し

鷹匠の鷹なくあそぶ二月かな 安東次男

も好き。

御器噛(ごきぶり)が観念しつつ打たしめき

強敵なればこそ、ほのかに情がわくというもの。

カメラの目逃れ続くる雪女郎

カメラと雪女郎って面白いですね、理知と理性みたいな感じですかね。

恐るべき八十粒や年の豆

別に食べなくても良いんです、そんなに、数えてまで。

寒鯉が古新聞に包まるる

古新聞によって感じが出てますね。

寒鯉をぐるぐる巻に新聞紙 細川加賀

と二大寒鯉新聞紙俳句です。

ぽつぺんをかたみに吹きて老夫婦

なんだか泣けますね、言葉もなくぽっぺんを吹く。

熟柿食ふ固より我を忘れつつ

落ち着いて食べれば良い。

蚊に食はれ籔蚊に食はれ血が減りぬ

どんだけ巨大で凶暴な蚊なんでしょう。蚊を詠まして瓜人さんの右に出る人がいるでしょうか。

老人を一掃すべく寒の来し

こういうのが作れるようになるのならば歳を重ねるのも良いかもなと思います。

諸々の女の中の雪女

よくわかります。個人的な好みですが、小雪みたいな。ひんやりした美女。

どうですか、瓜人さん、今回は名句というよりも、面白いと思う俳句をたくさん挙げました、立派な俳句だけ挙げればまた違う瓜人像が浮かぶでしょうけど、僕はこっちの瓜人さんの方が好きです。サクッとした文庫本にでもなり、たくさんの人が読めるようになれば良いなと思うのですが。知られていないのは、作家本人の力量だけでなく、単に読める本があまりないというだけ(瓜人は全句集がわりと安く手に入ります、ここまで読んでいただいた方、全員買ってください)という事もあります、まだまだ、面白い作家はたくさんいます、俳句を読む事は作る事と同じく楽しい。僕は、通好みなんて全然良い言葉と思いません、瓜人さんもっと読まれるようになると良いなぁ。

相生垣瓜人100句抄

相生垣瓜人100句抄 西村麒麟選

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テキスト版・相生垣瓜人100句抄

テキスト版・相生垣瓜人100句抄 西村麒麟選


手花火を栞に雨月物語

台風が毛虫を家に投込みぬ

葉牡丹のまつしろに父と母の家

御降りのかそけさよ父と酒飲めば

鴨引くや猫悉く屋上に

猫に追はれ初蝙蝠の舞ひ出づる

冬田見るうちにも星のふえて来る

形代をつくづく見たり裏も見る

ががんぼが襲ふが如きことをせし

年と共に蚤の句なども殖えてゆく

春来る童子の群れて来る如く

梅雨明けぬ猫がまづ木に駆け上る

蚤の句を詠まざらむとも力めけり

家にゐても見ゆる冬田を見に出づる

荒海の秋刀魚を焼けば火も荒ぶ

夢にまた綿虫群るる中にゐき

怖るるに足らざる我を蟹怖る

干梅を見るや惨事を見る如く

勝つ事は勝てり蚣と闘ひて

秋声を聞けり古曲に似たりけり

蟷螂が怒りに燃えて立ち上がる

逃げ惑ふ茸の一つ追い詰むる

わが餠を見す見す黴に奪はるる

許されし如く蜘蛛居り許さぬに

蚣死す数多の足も次いで死す

そこはかとなく昼寝すと人の云ふ

過ちて脆なる蝸牛踏みにけり

厭はざるのみか好みて藷食うぶ

乱行を重ぬる如く嚔する

毒茸を食ひて飽かざる蝸牛あり

敢えて螫す蟻なり敢えて潰すなり

校庭を熊が眺めてゐたりちふ

蠛蠓に掻き立てられてゐるらしも

鮮やかに蠅を二つに打ち割りつ

無花果を蟻より奪ひ返しけり

青蜜柑敢て売るなり敢て買ふ

界隈に蟻影だに無し蟻地獄

明日食べむ瓜あり既に今日楽し

籔蚊には頻にぐさと刺されけり

茄子曲り胡瓜歪める誕生日

動揺もするなり蜂に螫されては

藷讃めて曾て人後に落ちざりき

利休居士笑を湛へて果てたる日

寒空に杵売るを見む買はねども

くちなはを口ある縄と亦説けり

白扇に描きし瓜やじぐざぐす

改めて生けし芒に又飽かぬ

忘れ得ぬ柿の名なれや猿泣かせ

りゆくさつく唐紅や小六月

白き息稀には虹となるべかり

あな冷た見る目嗅ぐ鼻開く耳の

わが目にも真に迫らぬ案山子立つ

年玉を孫に貰ひて驚けり

山々の笑ひ崩れし世も過ぎぬ

四月には魚も愚かになると云ふ

侮りし蠛蠓に又侮らる

頭上をば又一年が駆け抜けし

寒烏吾を敵視す又無視す

鬼打つも必死の技に似ざりけり

三つ食べて飽くべき栗を四つ食べし

蟷螂に夜中に訪ね来られけり

楽しげの柚子と湯浴みを共にせり

つくねんとして居る如し老の春

寒鯉の凝然たるを凝視せり

涅槃絵の釈迦法外に秀でけり

花見るや花に心を許しつつ

風来の籔蚊にぐさと刺されけり

蟻の螫す痛さ籔蚊の螫す痛さ

熊蜂に絡まれたれど怺へけり

まじまじと月見る愚をば敢てせり

今朝の冬天道虫を拾ひけり

空風に打擲されて我慢せり

どら猫やどくだみの花踏みしだき

刺す技に長けたる蜂の入り来る

ごきぶりに飛びてかれむとしたりけり

幻の鷹も現の鷹も見し

近年の鬼打ち豆や堅からぬ

敬老の日の老人の面構へ

古惚けし扇風器こそ頼みなれ

御器噛(ごきぶり)が観念しつつ打たしめき

子規よりも多くの柿を食ひ得しか

カメラの目逃れ続くる雪女郎

恐るべき八十粒や年の豆

寒鯉が古新聞に包まるる

人も木もそはそはしかる梅雨入前

蟷螂も老いておどおどして居れり

ぽつぺんをかたみに吹きて老夫婦

つひにゆくみちのほとりのひなたぼこ

初蝶のぎくしやくす又あたふたす

熟柿食ふ固より我を忘れつつ

わが切りし餠なり然し歪みたり

何者が蜥蜴の尾をば咬み切りし

来む梅雨をはらはらしつつ待ちをれり

子規忌にも一葉忌にも角力見し

蚊に食はれ籔蚊に食はれ血が減りぬ

子規の死は我の五歳の秋なりき

老人を一掃すべく寒の来し

賀状をば書かじと決めて安からず

賀状書く根気も遂に失せにけり

諸々の女の中の雪女