テキスト版・相生垣瓜人100句抄 西村麒麟選
手花火を栞に雨月物語
台風が毛虫を家に投込みぬ
葉牡丹のまつしろに父と母の家
御降りのかそけさよ父と酒飲めば
鴨引くや猫悉く屋上に
猫に追はれ初蝙蝠の舞ひ出づる
冬田見るうちにも星のふえて来る
形代をつくづく見たり裏も見る
ががんぼが襲ふが如きことをせし
年と共に蚤の句なども殖えてゆく
春来る童子の群れて来る如く
梅雨明けぬ猫がまづ木に駆け上る
蚤の句を詠まざらむとも力めけり
家にゐても見ゆる冬田を見に出づる
荒海の秋刀魚を焼けば火も荒ぶ
夢にまた綿虫群るる中にゐき
怖るるに足らざる我を蟹怖る
干梅を見るや惨事を見る如く
勝つ事は勝てり蚣と闘ひて
秋声を聞けり古曲に似たりけり
蟷螂が怒りに燃えて立ち上がる
逃げ惑ふ茸の一つ追い詰むる
わが餠を見す見す黴に奪はるる
許されし如く蜘蛛居り許さぬに
蚣死す数多の足も次いで死す
そこはかとなく昼寝すと人の云ふ
過ちて脆なる蝸牛踏みにけり
厭はざるのみか好みて藷食うぶ
乱行を重ぬる如く嚔する
毒茸を食ひて飽かざる蝸牛あり
敢えて螫す蟻なり敢えて潰すなり
校庭を熊が眺めてゐたりちふ
蠛蠓に掻き立てられてゐるらしも
鮮やかに蠅を二つに打ち割りつ
無花果を蟻より奪ひ返しけり
青蜜柑敢て売るなり敢て買ふ
界隈に蟻影だに無し蟻地獄
明日食べむ瓜あり既に今日楽し
籔蚊には頻にぐさと刺されけり
茄子曲り胡瓜歪める誕生日
動揺もするなり蜂に螫されては
藷讃めて曾て人後に落ちざりき
利休居士笑を湛へて果てたる日
寒空に杵売るを見む買はねども
くちなはを口ある縄と亦説けり
白扇に描きし瓜やじぐざぐす
改めて生けし芒に又飽かぬ
忘れ得ぬ柿の名なれや猿泣かせ
りゆくさつく唐紅や小六月
白き息稀には虹となるべかり
あな冷た見る目嗅ぐ鼻開く耳の
わが目にも真に迫らぬ案山子立つ
年玉を孫に貰ひて驚けり
山々の笑ひ崩れし世も過ぎぬ
四月には魚も愚かになると云ふ
侮りし蠛蠓に又侮らる
頭上をば又一年が駆け抜けし
寒烏吾を敵視す又無視す
鬼打つも必死の技に似ざりけり
三つ食べて飽くべき栗を四つ食べし
蟷螂に夜中に訪ね来られけり
楽しげの柚子と湯浴みを共にせり
つくねんとして居る如し老の春
寒鯉の凝然たるを凝視せり
涅槃絵の釈迦法外に秀でけり
花見るや花に心を許しつつ
風来の籔蚊にぐさと刺されけり
蟻の螫す痛さ籔蚊の螫す痛さ
熊蜂に絡まれたれど怺へけり
まじまじと月見る愚をば敢てせり
今朝の冬天道虫を拾ひけり
空風に打擲されて我慢せり
どら猫やどくだみの花踏みしだき
刺す技に長けたる蜂の入り来る
ごきぶりに飛びてかれむとしたりけり
幻の鷹も現の鷹も見し
近年の鬼打ち豆や堅からぬ
敬老の日の老人の面構へ
古惚けし扇風器こそ頼みなれ
御器噛(ごきぶり)が観念しつつ打たしめき
子規よりも多くの柿を食ひ得しか
カメラの目逃れ続くる雪女郎
恐るべき八十粒や年の豆
寒鯉が古新聞に包まるる
人も木もそはそはしかる梅雨入前
蟷螂も老いておどおどして居れり
ぽつぺんをかたみに吹きて老夫婦
つひにゆくみちのほとりのひなたぼこ
初蝶のぎくしやくす又あたふたす
熟柿食ふ固より我を忘れつつ
わが切りし餠なり然し歪みたり
何者が蜥蜴の尾をば咬み切りし
来む梅雨をはらはらしつつ待ちをれり
子規忌にも一葉忌にも角力見し
蚊に食はれ籔蚊に食はれ血が減りぬ
子規の死は我の五歳の秋なりき
老人を一掃すべく寒の来し
賀状をば書かじと決めて安からず
賀状書く根気も遂に失せにけり
諸々の女の中の雪女
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2010-09-26
テキスト版・相生垣瓜人100句抄
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1 comments:
「蚣死す数多の足も次いで死す 」
◎現代俳句協会のデータベースでは、
「蜈蚣(むかで)死す数多の足も次いで死す 相生垣瓜人
」となっていました。
私は原本も全句集も持っていないので、
取り敢えず、ご報告まで。
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