テン年代の俳句はこうなる
私家版「ゼロ年代の俳句100句」─作品篇─
上田信治
「ゼロ年代の俳句100句」─解説篇─≫読む
◆過去志向=擬古典 ロマン主義 ノスタルジー 反時代性
1.宇多喜代子 甕底にまだ水のある夕焼かな
2.眞鍋呉夫 銀の鰭ひしめき遡る良夜かな
3.八田木枯 獅子の笛ながれてひるの刻くづれ
4.高橋睦郎 しわしわと打つ柏手や山始
5.櫂未知子 海流のぶつかる匂ひ帰り花
6.小澤實 熊が肉(しし)猿(ましら)が肉(しし)と一包み
7.高山れおな 枯ラ山のあかるき瑟(こと)は並び鼓(ひ)く
8.本井英 ごきぶりの世や王もなく臣もなく
9.日原傅 サーファーに今日はよき波雛祭
10.藺草慶子 枯草のつきたる象の睫毛かな
11.対中いずみ 木の橋のかわききつたる朝寝かな
12.石嶌岳 ほうほうと花の奈落をあるきけり
13.髙柳克弘 うみどりのみなましろなる帰省かな
14.齋藤朝比古 借り物のやうに線香花火持つ
15.藤田哲史 花過の海老の素揚にさつとしほ
◆超越志向=強度重視 精神世界 「前衛俳句」的
16.小川双々子 蠅叩き金輪際を打ちにけり
17.安井浩司 万物は去りゆけどまた青物屋
18.宗田安正 水なりと突然椿のつぶやけり
19.田中裕明 大半の月光踏めば水でないか
20.中田剛 うづくまる兎にはとり露の中
21.竹中宏 上下に抽斗左右に抽斗ナイアガラ
22.相子智恵 富士壺の口寒月の照らしをり
23.山西雅子 蝌蚪口をひらく一身うちふるひ
24.髙野ムツオ 洪水の光に生れぬ蠅の王
25.久保純夫 永遠の秤の上のなめくぢら
26.島田牙城 満月を明日につまやうじの頭
27.対馬康子 秋澄むや時計は狂いつつ止まる
28.佐山哲郎 雪しまくあの世に尻のあるごとく
29.男波弘志 鰺の群れ色を変へたる涅槃かな
30.五島高資 顔洗う手に目玉あり原爆忌
31.関悦史 独楽澄むや《現実界(レエル)》の他に俳句なし
32.冨田拓也 木の中のやはらかき虫雪降れり
33.中村安伸 銀杏の虎視眈々と落ちるなり
34.田島健一 翡翠の記録しんじつ詩の長さ
35.青山茂根 バビロンへ行かう風信子咲いたなら
◆表面性=内面・物語の拒否/崩壊 ミニマリズム 超ただごと 遊戯性
36.岸本尚毅 月光はとめどなけれど流れ星
37.髙柳克弘 あぢさゐや日はいちにちを水の上
38.奥坂まや しやぼん玉割れて葉書を濡らしけり
39.依光陽子 風船の欠片は灼けて空しづか
40.まり 水仙や空気そもそも光るもの 41.筑紫磐井 来たことも見たこともなき宇都宮
42.鳴戸七菜 平目より鰈が好きでよい奥さん
43.鳥居真里子 のりしろや春は名のみの貝の舌
44.永末恵子 足音をあつめオナモミばかりなり
45.山根真矢 冬の雨鬱の字に似てマンドリル
46.山口珠央 海底は牡蛎でいつぱいダリとガラ 47.嵯峨根鈴子 にはとりに弥生の空の空いてをり
48.寺澤一雄 白菜がキムチになって家にあり
49.鈴木章和 梅雨の雷甘酢でしめてゐる途中
50.鴇田智哉 雉鳴くとトタンの板が出てをりぬ
51.小倉喜郎 空梅雨や向き合っているパイプ椅子
52.山口東人 加湿器を平和島まで運ぶ人
53.今井杏太郎 釣船の置かれてゐたる干潟かな
◆私性=ノーバディな私による「私」語り
54.森賀まり ぽつとある注射の跡や秋の暮
55.池田澄子 泉ありピカドンを子に説明す 56.柚木紀子 石投げて貌うらがへる泉かな
57.中原幸子 ザ噴水やるときはやるときもある
58.水野真由美 八月の橋を描く子に水渡す
59.正木ゆう子 太陽のうんこのやうに春の島
60.石田郷子 掌をあてて言ふ木の名前冬はじめ
61.今井杏太郎 東京をあるいてメリークリスマス
62.坪内稔典 友情はメロンパンだよ嵐山
63.行方克己 皿ふたつそらまめとそらまめの皮
64.今井聖 夏逝くや勝利のごとくブラ干され
65.中西夕紀 いなり寿司百個のにほふ海の家
66.杉山久子 掃除機は立たせて仕舞ふ鳥雲に
67.柴田千晶 全人類を罵倒し赤き毛皮行く
68.北大路翼 告白は嘔吐のごとし雪解川
69.榮猿丸 受話器冷たしピザの生地うすくせよ
70.神野紗希 ヒーターの中にくるしい水の音
71.谷雄介 人身事故あり荻窪は雪降りをり
72.矢口晃 目高飼ふ妻の時給の上がりけり
73.小川軽舟 蝸牛やご飯残さず人殺めず
74.中岡毅雄 雪の日のそれはちひさなラシャ鋏
75.加藤かな文 雀来る小さな日向はうれん草
76.後閑達雄 冷蔵庫まづは卵を並べけり
77.金原知典 昼過ぎの明るさかなし冬に入る
78.村上鞆彦 枯蟷螂人間をなつかしく見る
79.南十二国 十年後町はなに色チューリップ
80.越智友亮 今日は晴れトマトおいしいとか言って
81.小林貴子 扇風機好き好き好きと押し倒し
82.大本義幸海をてらす雷よくるしめ少年はいつもそう
83.小澤實 涙目の鹿の角切るずいずい切る
84.ことり 律儀な窓だよ触れれば冷たくて
85.佐藤文香 風はもう冷たくない乾いてもいない
◆説話・寓話性=一回転した内面 一回転した物語性
86.金子兜太 おおかみに蛍がひとつ付いていた
87.阿部完市 空豆空色負けるということ
88.大牧広 夏の少女が生態系を乱すなり
89.田中裕明 空へゆく階段のなし稲の花
90.小原啄葉 海鼠切り元のかたちに寄せてある
91.池田澄子 枯園でなくした鈴よ永久に鈴
92.柿本多映 花影や石工は石を横にする
93.山本紫黄 水無月や地球に生まれ傘をさす
94.大木あまり 野遊びのやうにみんなで空を見て
95.岩淵喜代子 盆踊り人に生まれて手をたたく
96.桑原三郎 秋風や並んで足のない写真
97.あざ蓉子 鶏の手のないことも晩夏かな
98.山尾玉藻 六月の暦の裏のつめたかり
99.満田春日 ひとつづつ玩具の減りぬ鰯雲
100.岸本尚毅 深淵に浮いて平たき蛙かな
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出典一覧
1.宇多喜代子『現代俳句の鑑賞辞典』2010
2.眞鍋呉夫『月魄』2009
3.八田木枯『夜さり』2004
4.高橋睦郎『遊行』2006
5.櫂未知子「俳句」2006
6.小澤實「monkey business」2009
7.高山れおな「週刊俳句」2008
8.本井英『八月』2009
9.日原傅『此君』2008
10.藺草慶子『遠き木』2003
11.対中いずみ『冬菫』2006
12.石嶌岳『嘉祥』2006
13.髙柳克弘『未踏』2009
14.齋藤朝比古「週刊俳句」2008
15.藤田哲史『新撰21』2009
16.小川双々子『荒韻帖』2003
17.安井浩司『句篇』2003
18.宗田安正『百塔』2000
19.田中裕明『夜の旅人』2005
20.中田剛『セレクション俳人14 中田剛集』2003
21.竹中宏「俳句年鑑」2008
22.相子智恵『新撰21』2009
23.山西雅子『沙鴎』2009
24.髙野ムツオ『蟲の王』2003
25.久保純夫「俳研年鑑」2000
26.島田牙城『袖珍抄』2000
27.対馬康子『天之』2007
28.佐山哲郎『東京ぱれおろがす』2003
29.男波弘志『阿字』2009
30.五島高資『蓬莱紀行』2005
31.関悦史『新撰21』2009
32.冨田拓也『新撰21』2009
33.中村安伸「俳句年鑑」2000
34.田島健一「俳句研究」
35.青山茂根『荒東雑詩』(高山れおな)
36.岸本尚毅『感謝』2009
37.髙柳克弘『未踏』2009
38.奥坂まや『縄文』2005
39.依光陽子「俳句研究年鑑」2006
40.まり「俳句研究年鑑」2007
41.筑紫磐井『セレクション俳人12 筑紫磐井集』2003
42.鳴戸七菜「ガニメデ46号」2009
43.鳥居真里子『月の茗荷』2008
44.永末恵子「俳句研究」2009秋
45.山根真矢「俳句年鑑」2009
46.山口珠央「澤」
47.嵯峨根鈴子『コンと鳴く』2006
48.寺澤一雄「雷魚」
49.鈴木章和『夏の庭』2007
50.鴇田智哉『新撰21』2009
51.小倉喜郎『急がねば』2004
52.山口東人「週刊俳句」
53.今井杏太郎『海の岬』2005
54.森賀まり『瞬く』2009
55.池田澄子『たましいの話』2005
56.柚木紀子『ミスティカ』2004
57.中原幸子『以上、西陣から』2006
58.水野真由美『八月の橋』2008
59.正木ゆう子『夏至』
60.石田郷子『木の名前』2004
61.今井杏太郎『海の岬』2005
62.坪内稔典『水のかたまり』2009
63.行方克己『祭』2004
64.今井聖『バーベルを月に』2007
65.中西夕紀『さねさし』2002
66.杉山久子『春の柩』2007
67.柴田千晶『赤き毛皮』2009
68.北大路翼「新撰21」2009
69.榮猿丸「週刊俳句」2008
70.神野紗希「澤 二十代三十代の俳人特集」2007
71.谷雄介「ハイクマシーン」
72.小川軽舟『手帖』2008
73.中岡毅雄『一碧』2000
74.加藤かな文『家』2009
75.後閑達雄『卵』2009
76.金原知典『白色』2009
77.村上鞆彦『新撰21』2009
78.矢口晃「鷹」2010※
79.南十二国「鷹」2009
80.越智友亮(第三回鬼貫青春俳句大賞受賞作)2006
81.小林貴子『紅娘』2008
82.大本義幸『硝子器に春の影みち』2008
83.小澤實「澤」2010
84.ことり(第二回芝不器男俳句新人賞大石悦子奨励賞受賞作)2005
85.佐藤文香「新撰21」2009
86.金子兜太『東国抄』2001
87.阿部完市「平成秀句選集」2007
88.大牧広『冬の駅』2009
89.田中裕明『夜の旅人』2005
90.小原啄葉『遥遥』2000
91.池田澄子『たましいの話』2005
92.柿本多映『肅祭』2004
93.山本紫黄『瓢簞池』2007
94.大木あまり「俳句年鑑」2004
95.岩淵喜代子「俳句」2008
96.桑原三郎 『不断』2008
97.あざ蓉子「俳句年鑑」2004
98.山尾玉藻「俳句年鑑」
99.満田春日『雪月』2005
100.岸本尚毅『感謝』2009
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