2010-06-13

【週俳5月の俳句を読む】太田うさぎ

【週俳5月の俳句を読む】
したくなかった握手、抱いて上げなかった背中 ……太田うさぎ


ダブルベッドてふアメリカや昭和の日  柴田千晶

こう言われてみると、ダブルベッドはイギリスでもフランスでも、ドイツでもイタリアでもロシアでもなく、アメリカだ、と思う。ダブルベッドのある生活様式を想像してみるとき、アメリカが一番ぴったり嵌る。戦後長らく最も身近な西洋だった大国に対する日本人の心情を一台のダブルベッドに象徴させたところが愉快且つユニークだ。ダブルベッド=アメリカを憧れの眼差しで眺めていた私たち、の納まっている”昭和”というショーケース、をやや斜に構えて見ている作者。そんな構造になっているところが面白い。そうか、昭和が終わって昭和の日が生まれたのか、と今更ながらに気がつきもして。



足裏よりも遠きてのひら椎匂う  
渋川京子

作者はたぶんてのひらを見ているのだと思う。すぐ目の前の我がてのひらを眺めながら、つくづく遠い、足裏よりもずっと、と感じているのだ。ちょっと疲れたり、心が立ち止まったりしているときの感じ。てのひらの為すことは多い。沢山働いて感謝の気持もあるだろうけれど、この句にはどちらかといえば倦怠感が見え隠れしている。例えば、したくなかった握手、抱いて上げなかった背中、そんなことがあるかもしれない。微かなため息が聞こえてきそうだ。可憐な花や夕暮れのような叙情性を高める季語ではなく、「椎匂う」と持ってきたことで情緒に流されない、実のある大人の句に仕上がったのではないか。上句を六音に伸ばしたところも句の内容にマッチしていて巧み。読みながら何度も自分のてのひらを見てしまった。




草刈り機雀隠れに径をつけ  
榎本亨

雀隠れがミソ。草刈機が草叢を進んでいく、ただそれだけを詠んだだけ。だというのに、機械が一定の速度で着々と草を刈り、刈り込まれた草が放物線を描いて左右に飛び散る様子がよく見え、草の匂いまでが生き生きと感じられる。雀隠れといっても本当にいつも雀がいるわけではないけれど、刈られてはならじとばかりに雀たちが慌てて飛び出してきそうだ。周囲に変化を与えながら、草刈機は黙々と淡々と働き、その後ろに機械の幅の道が出来てゆく。密かにこの草刈機に光太郎と名づけて、頭の中でしばらく操縦したのだった。





柴田千晶  ダブルベッド 10句 ≫読む
西澤みず季  遠花火 10句 ≫ 読む
榎本 享  緑 雨 10句 ≫読む
渡辺誠一郎  二輪草 10句 ≫ 読む
渋川京子  遠きてのひら 10句 ≫読む

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