【週俳5月の俳句を読む】
消えてゆくもの ……興梠 隆
風光る老人ホームの滑り台 柴田千晶
保育園や閉鎖した学校施設を転用した老人ホームの庭には滑り台がそのまま残されていることもあるかもしれない。窓外の光きらめく滑り台を眺めて一瞬幼い頃の思い出に帰ることがあっても老人たちがそれに乗ることは決してないだろう。いずれそんな昔の記憶も滑り台も少しずつ頭の中から消えていく。
●
母と行き父と戻りし遠花火 西澤みず季
距離感のない遠い花火のように、母と歩いた夜と父と歩いた夜との間の時の隔たりが消えている。「母と行き父と戻りし」という不自然な書き方に、花火に照らし出されない「父と呼べないひと」や「母と呼ばないひと」が秘かに同行しているような気がするのだが、どうだろう? 作者は、俳句の省略という道具を使って彼らの存在を消し去ったのだ。
●
まなじりに滝音切れ字がわからない 渡辺誠一郎
作者は滝の音を聴覚だけでなく五感すべてで感じるほど滝に近いところにいる。まっすぐに落ちる滝には取り合わせなど小賢しいことを頭の中から弾き出す勢いがある。切れ字をどうするとかそんなことは消し去ってストレートな俳句を作れと作者に迫る。そういえば滝の名句に取り合わせの句が少ないことに改めて気づいた。
●
鵜の声につながっている非常口 渋川京子
建物の一部の扉を非常口と名付けるだけで、簡単に別の安全な世界が作れる。緑の男のステッカーをいつも携行することをおすすめします。嫌なことがあってその場から逃げ出したくなったら、手近なドアにステッカーを貼って、向こうの世界に消えてしまえばいいのだ。でも、そこに待っているのが、鵜という姿も声も異様な鳥の王国だとしたら、ステッカーを貼るのをあきらめるかもしれない。
■柴田千晶 ダブルベッド 10句 ≫読む
■西澤みず季 遠花火 10句 ≫ 読む
■榎本 享 緑 雨 10句 ≫読む
■渡辺誠一郎 二輪草 10句 ≫ 読む
■渋川京子 遠きてのひら 10句 ≫読む
●
2010-06-06
【週俳5月の俳句を読む】興梠 隆
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 comments:
コメントを投稿