2010-06-20

いげつじゃない 西村麒麟

いげつじゃない

西村麒麟


テレビも映らない家に住んでいる僕が流行を追えるはずもなく、井上井月について勝手な事を書かせていただきます。

いきなりですが、井月、いげつさんじゃないです、せいげつと読みます。およそ百年ほど前の(正式には明治20年没)信州南、伊那の俳人です。今も伊那の地では一茶と同じぐらい、もしくはそれ以上に人気があります。残念ながら僕ら若い世代の俳人に、井月の俳句で何が好き?と聞いても、一句も浮かばない人が多数ではないでしょうか?今時の俳人に聞いて、ぱっと浮かぶ句数、例えば太祇なら五句ぐらい、白雄なら三句ぐらいは浮かぶでしょうか?それでいて井月、人物は知っていても、俳句がぽんぽん浮かぶという人は少ないのではないかと思います。僕は不思議な縁で伊那に一年間住んでいましたから、そのせいか井月さんは今も贔屓の作家の一人です。

さてさて、そんな井月さんですが、今僕の本棚にあるのは、日本文学館『新編井月俳句総覧』、蝸牛俳句文庫、春日愚良子著『井上井月』、ほおずき書籍『井月の風景』の三冊です、ちなみにオススメは『井月の風景』、どのページにもほのぼのとした暖かな絵の側に井月さんの一句が載っており、見ていて楽しい。これらはいずれも伊那の小さな本屋さんで買ったもので、今時どこの本屋でもなかなか俳句の本は手に入らないというのに、いかに伊那という土地が井月を馴染みにしてるいるか、という事を表しているんじゃないでしょうか?

井上井月という俳人は、放浪の乞食俳人として、伊那で風流に暮らしていました、とエピソードとしては有名ですが、そのわりにどんな俳句を作ったのかは、なかなか知らない人が多いのではないでしょうか?人物としての物語は、たくさん本も出ているのでそちらを参考にしていただきたいと思います。ここでは、伝説を抜きにした、その俳句が面白いのかどうかを見ていきたいと思います。

今作った俳句が新しいとは限らないし、昔作られた俳句が古いとも限らない、俳句が好きなのであれば、ぜひ、ただ楽しむために読んで、それから評価してはいかがでしょうか。ではではさっそく読んで行きたいと思います。ちなみに僕は別に井上井月研究家ではないので、名句というよりも好きな句を挙げていきますので色々と、あの俳句が無いとか、けしからんとか、あるでしょうが、お許しください。

  朝もどる猫の素足や春の雪

朝帰り、洒落てますね、井月さんには悪いですが洒落たイメージがあまりないですが、こういう句もあるんです。春の雪の付け方なんて素敵じゃないですか。

  はる雨や遊び労(つか)れの未だ起ず

馬鹿息子の句ですかね、うらやましいです、こうありたい。

  すし売ものり売もきて春の雨

楽しいですね、古き良き時代の春の雨。ほとんどの食料を贔屓のコンビニで買ってる僕とは違いましね。

  撫でられた様に啼きけり春の猫

この句、とても面白いと思うのですがどうですか?猫八さん(動物のモノマネ名人)の十八番、盛りの付いた猫、を思い出します。

  酒有といふまでもなし梅の宿

あったり前じゃないか、飲もうぜ、という俳句、実は

  酒ありと云ふ迄もなし花の宿

という句もあるのです、井月さん・・・、酒があれば梅でも花でも良いのですね、愛嬌愛嬌。

じゃあ次は名誉挽回

  柳から出て行く舟の早さかな

名句じゃないですか!?写生句のお手本のような一句だと思います。僕は虚子の大根の句と同じぐらい好きです。このスピード感がたまりません、なんとか有名にならないかな。

  出た雲のやくにも立たぬ暑さかな

出た雲の、との置き方は面白くないですか?

  手枕の児に力なき団扇かな

優しい句ですね、子供の顔を見ながら起こさないように、優しくやわらかな風を起こしているのでしょうね。

  初松魚酒だ四の五の言はさぬぞ

おぉっ、井月さん元気!!でも・・・、井月さんだから、鰹はおそらく自腹ではない。

  子供等を今日は叱らぬ牡丹かな

うんうん、みんな元気で良い子だ、牡丹をこう置くとあたたかに感じる。

  塗り下駄に妹が素足や今朝の秋

  除け合うて二人ぬれけり露の道

僕は井上井月の俳句だと上の二句が、一番二番に好きです、松本たかしの俳句と同じぐらい、繊細で美しいと思う、代表句にならないのかなぁ。

  よき水に豆腐切り込む暑さかな

おいしそう、今でも豆腐の名所で吟行句会をやって出てきそうな一句。

  朝寒や豆腐の外に何もなし

これただの貧乏句と考えると、そうですか、となるが、この句を作ったのは井月さん、つまりこの豆腐も御馳走になっているのでは、と考えると、食わせてもらっておいて・・・、と面白い。

  笠を荷にする旅空や秋の冷

ほととぎす、とかではなく、秋の冷をもってきたあたりが洒落てないですか?

  酔てみな思ひ思ひや月今宵

酔っぱらい句、ご機嫌な句。

  露の音虫の音色に替りけり

久しぶりに名句ですよ!見て良し聞いて良し、内容良し。繊細ですね、これが井月さんの本気、露の音、音をもってきて、虫の音色、音色です、細やかな言葉の選び方ですね、綺麗な句です。

  その願ひ梶の一葉と思はれず

酒から覚めるのは結構寂しいものなんです、井月さんの願いは何だったんでしょうね、一茶を越えたい、まっとうな生活がしたい、できれば、たらふく飲みたい、であって欲しい。

  餅も酒も皆新米の手柄かな

めでたいですね、みんなうまそうですね、当時のお百姓さんが、こんな句を短冊でもらったら、偉い、良い事言うね、まぁ飲んで行きなよ、と言ってくれる事間違い無し、しかも井月さんめちゃくちゃ達筆、芸はこうやって身を助ける。

  蟷螂やものものしげに道へ出る

これ前書きがあるんですが、何だと思いますか?
正解は張飛、そう、三國志のあのごつい豪傑、前書き無しでも楽しめますが、張飛と聞くと、あはは、なるほどと思いますね。

  ふらふらとして怪我もなき青瓢

かなり僕好みの俳句です、良いですね、ひょうひょうとしてますね、こんな句のような人間になりたい。

  秋暑し昼寝の夢に見る西瓜

何言ってるんでしょうね井月さん、これ短冊で欲しいなぁ、馬鹿馬鹿しくて明るくて楽しいですね。この西瓜、って置き方は、今の学生の句会なんかでも出てきそうな感じがします。井月さんは結構自在。

  よく咲ば大事がられて菊の花

うーん、良い事でないかもしれないけど、一茶、井月の俳句は素直に読みにくくて、僕はこの句なんかも屈折した感じで受けとってしまいます。

あぁ、たまには実家に帰ろうかなと思ってきた・・・

  狐火の次第に消えて小夜時雨

幻想的な句ですね、これもあまり知られていないのではないでしょうか?知って欲しいなぁ。伊那に住んでいた僕の感想だと、伊那は狐火ぐらいあたりまえにでそうです。数年前の伊那でも、町を離れると、はるかかなたのコンビニの灯りが一点見えるばかり、というところでした、闇が美しいところです。

  松の雪暖かさうに積りけり

子規みたいですね、かわいい俳句。

  栗粥でつなぐ命や雪の宿

雪の宿、の置き方が良いですよね、おいしそう。ちなみに僕はピンチの時はキムチ納豆で命をつなぎます、どうでも良いですね。

  誰いふとなく河豚くふた噂かな

  よき酒のある噂なり冬の梅

どっちかと言えば、河豚の句の方が面白いですね、おいおい、あいつ河豚食ったらしいよ、噂される方もする方もかわいい。

  目出度さも人任せなり旅の春

イメージでいくと井月さん、こんな感じなんですかね、一茶の句と比較すると面白いです。人任せと言っちゃったところが潔いですね。

とまぁ長々と、好き勝手に書きました、僕の文章はともかく、井月さんの俳句を楽しんでいただけたらと思います。さくっと読める井月さんがなかなかないので自分で作ろうと思い勝手に百句選ばせていただきました。あまり知られていない理由の一つに、手軽に読める資料が少ないから、という事は有りがちです(井月に関して言えば、手軽に読める本はたくさんあります、別に頼まれてないですけど、買ってください)、なければないで、自分で作るのも楽しいもんです。

僕は、面白い俳句というのは皆で共有するのが好ましいと思っています、ほらほらこれ面白いでしょ?なんてお酒飲みながら語り合うのも俳句の楽しみじゃないでしょうか?

あぁ書いてて楽しかった、満足満足。

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