2010-08-29

追悼・森澄雄 一句鑑賞 関悦史

【追悼・森澄雄 一句鑑賞】
一人であって一人ではない

関悦史



呟きて佛の妻に御慶かな
   『虚心』

亡くなった夫人を思いつつの新年。心の中で祝いの詞を述べる。心の中だけではなく、「呟き」が声に漏れる。呟くとは普通一人ですることだ。しかし亡くなった夫人を胸中に住まわせ、そこに呟くとき、つまり慕わしい故人とともにあるとき、句の語り手は一人であって一人ではない。他界に包み込まれたものとしての生、その生の中に未だ在る者として、生死の二重性の重なる域に自然に入る。声高に明瞭に「言う」のでもなく、黙って己の心中だけで「思う」のでもなく、生死の二重性の中での近しさと寂しさ、一人とも二人ともつかない、あるいはそれ以上ともつかない、無人称の域で年賀を寿ぐ「呟く」である。そこから生じる濃密な共生感ならぬ共在感が句の核を成す。しかし同時に、呟けば、呟くことの出来る己の肉体がまだ在るという事実が改めて立ち上がる。その分離されて生かされる寂しさ、有り難さ、そして死なれて以来これで何度目の正月かという茫々の想いが一句の外に広がる。

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