2010-09-19

週刊俳句時評 第10回 「俳句に似たもの」のゆくえ

週刊俳句時評第10回 
「俳句に似たもの」のゆくえ

神野紗希


社団法人俳人協会発行の会報、「俳句文学館」の473号(2010年9月5日付)に、協会副会長・岡田日郎氏の、次のような発言が掲載されている。


俳句の基本は、五七五音の定型、季題(季語)が入る。そして大切なのが、文語体であること。ことに俳人協会はこれらを強調し尊重してきた。

無季や自由律のものもあり、小中学校の教科書にも載せられている。しかし、これらは「俳句に似たもの」とし、「俳句」と区別する必要がある。小中学生の作った俳句もこれに類する。「俳句」と「俳句に似たもの」とを合わせて「俳句」というのが世の中一般の通念である。


会報の第1面、トップ記事にこれが載っていたものだから、読み始めた私はすぐにぎょっとした。この記事は、俳人協会が毎年教師向けに開催している、国語教育のための夏季俳句指導講座で、岡田氏が講演した内容を、赤井摩弥子氏が要約したものらしい。聞き書きである以上、どこまで正確かは分からない(実際、上記に続くくだりは「芭蕉の時代も同様に「俳句」と「雑俳」を合わせて「俳諧」と言ったようである」とあるが、そもそも芭蕉の時代に「俳句」なんてない)。しかし、俳人協会が、あるときから「文語・五七五定型」という雛型をもって、教育現場へ参入しはじめたことはたしかだ。そのことは、「豈」50号の筑紫磐井氏の論「無季俳句は俳句でないか」によって知った。以下は、磐井氏の文章に引用されている、同じく「俳句文学館」の紙面だ。


「学校教育における俳句検討委員会」の最初の活動は提案であった。新学習指導要領が発表され新しい教科書の編集が始まるタイムポイントに、教科書発行者に対して、俳人協会として、俳句の取り上げ方に対する要請(俳句の季語および五七五定形の厳守)を行おうというものであった。要請書は、俳人協会長名にて、小・中学校教科書発行者に送られた(「俳句文学館」1999年9月5日第3面)


教科書に、無季俳句や自由律俳句を載せないでほしいと申し入れるなんて、モンスターペアレントみたいだけれど、そこまで極端ではなくても、少なくない数の俳人が、岡田氏に近い基準で「俳句」と「俳句に似たもの」という峻別を採用しているということはいえる。

「俳句研究」最新号(2010年秋の号 角川SSコミュニケーションズ)の、連続座談会「現代俳句を語るⅡ」は、現在の俳句状況を率直に語る魅力的な記事だが(今回は、高柳克弘氏の田中裕明賞受賞の話題に端を発して、若手に関する言及も多い)、末尾で、井上弘美氏は、例に挙げられている関悦史氏の作品をはじめとする若手の俳句に対して、次のように違和感を提示する(星野=星野高士氏)。


井上 俳句は一行の詩であると考えたとき、彼らはいろいろなものを切り取ってくることができるので、可能性を広げていくと思います。だけど、俳句は型である、抑制した文芸であるというなかで作っている者にとっては、切り取ることのできないようなものを、彼らは俳句性を捨てることによって切り取ってくることができるのではないかと思います。ですから、彼らの作品は確かに新しいかもしれないけれど、逆に言うと俳句の何かが切り捨てられないとそれは不可能なのかもしれません。そこが一つの変わり目と言えば言えるかもしれない。

星野 それは、俳句じゃなくなるってことでしょうか。

井上 そういうことです。私の目から見たとき、これは俳句ではないのではないかと思うような作品に出合うと、まず自分の俳句観を問われます。俳句の顔はしているけれど、これは本物の俳句か。私たちが目指す俳句か。そこのところが今後どうなるか。非常におもしろいところだと思っています。


井上氏が、無季俳句や自由律俳句に対してどう考えているか、この座談会でうかがうことはできないが、「俳句は型」「抑制した文芸である」という定義から、「俳句」と「俳句の顔をしている」ものを峻別しているということはわかる。岡田氏のように「五七五定型・文語」といわれるよりは「抑制した文芸」のほうがまだ私にとって親しみやすい(前者より後者のほうが、俳句を定義する際に、形式だけではなく、内実にも関わっているからだろうか)。けれど、俳句は型といいきれるのか、といわれると、私自身はそういう答えはできない。なにか、文語や定型、型や抑制のほかに、もっと大事なことがあってほしいと思う。

そもそも「俳句性」というもの自体が、時代によって移り変わるものである以上、何が俳句かということを語ることはとても困難だ。例を挙げなければ説明は難しいわけだけれど、例を挙げると、今度はその例の必然性を問われてしまう。芭蕉の句を引っ張り出してきて、だから今の俳句もこうあるべきだ、というのはナンセンスだし、虚子がこう言ったからいつまでもそれが俳句性なんだ、というのも、ちょっとファナティックだ。俳句はどうだった、ということはいえても、俳句はこうである、とはいえない。では、俳句を俳句たらしめているものとはいったい何なのか。私が漠然と感じている、もっと大事なこととは何なのか。

こうした問いに対して、私は、あんまり答えを出す気になれない。鴇田智哉氏の言を借りれば「多くの人が僕の句を、「それは俳句じゃない」と言うのなら、最終的には「俳句」という呼び名にはこだわらないです」(「俳句」角川学芸出版 2010年6月号 特集座談会「若手俳人の季語意識」)というのが本音だ。この発言は、それが俳句であるよりも、もっと大切な達成点があると、彼が考えていることを示している。私自身、いい句が読んで詠めればそれでいいので、俳句じゃないといわれても、それが満足いくものであれば、別にかまわない。いま食べているものが美味しいということが一番で、それが餃子だと信じて食べていたのが、ラーメンですよといわれたら、うそでしょとは思うけれど、美味しいほうが優先だ。(ただ、その美味しさを感じる味覚が、人によって違うということは問題ではある。京風割烹が好きな人もいれば、吉野家の牛鍋丼が美味しいという人もいる。でも、京風割烹が好きな人に「牛鍋丼なんて料理じゃないよね」といわれると、それは違うでしょう、と。)

少なくともいえることは、私は、俳句や日本文化の伝統を守りたくて俳句をつくっているわけじゃない(岡田氏の講演は「日本の子供たちには、俳句を日本の文化として正しく教えなくてはならない」(前述・新聞の記事より)という意識から導き出されているようだ)。俳句をつくって、自分がそれを見て、いいものができたことに一人喜ぶ。そして、それがいつか、私が過去の俳人の句を読んで心ふるわせたように、どこかの誰かにはたらきかける力をもつということを、なかば絶望しつつ期待する。そんな遠い鏡を考えながら、私は俳句をつくっている。きっと、「本物の俳句」なんてない。ただ、どこかに、私が俳句によって書いておきたいなにものかがある。そのくらいの緩い定義で俳句にかかわっていても、いいと思っている。

風船は空の弔い  佐々木美日

俳人協会の主張する、教育における俳句の問題を考える上で、現在はずすことができないのは、俳句甲子園の存在だろう。俳句甲子園では、ほとんどの兼題が季語のため、無季の句が登場する機会はほとんどないが、初期の頃から、自由律俳句にチャレンジする生徒はいた。掲句は、第5回俳句甲子園で個人優秀賞を受賞した作品だ。青空に消えてゆく風船が、河口へと去ってゆく流灯のように、孤独で美しく見える。この句を目の前にして、「これは俳句に似たものだから、あと五文字つけなさい。そうすれば、俳句になりますよ」とはいえない、と、思ってほしい。


〈補遺〉
「俳壇」2010年10月号では、この有季/無季や定型の問題について、正反対のふたつの考えが提示されている。

私は「俳句とは有季定型の詩のことをいう」と定義している。このことは俳人同士の約束ごとと理解しており、難しい理屈など一切いらないことだと思っている。それは無季俳句は、俳句と呼ばないということでもある。無季でも素晴らしい句はあるが、それと俳句の定義とは別次元のことだ。
(加古宗也「私の俳句論 季語の危機」)

定形、非定型、有季、無季、そのようなジャンル分けが一体何だというのでしょう。嘘のない表現をするためなら私は手段を選びませんし、あるいは俳句でさえなくなるのかもしれません。(今月の新人賞作家 御中虫「蠛蠓」)

加古氏の意見は俳人協会に、御中虫氏の意見は鴇田氏に近い。「無季でも素晴らしい句はあるが、それと俳句の定義とは別次元のことだ」という加古氏の発言は、文脈を変えれば、いみじくも私の意見と同じくなる。私は、俳句の定義より、無季有季を問わず素晴らしい句があるということのほうが、次元として高いと思っている。だから、「最終的には「俳句」という呼び名にはこだわらない」。

3 コメント:

匿名 さんのコメント...

>無季や自由律のものもあり、小中学校の教科書にも載せられている。しかし、これらは「俳句に似たもの」とし、「俳句」と区別する必要がある。

信じられない暴言……。俳人協会はここまで堕落したのか……というか俳句の定義を(俳壇を独占する規模でない)ある団体が(反対意見が多く、俳壇の総意でもないのに)一方的に決めて、しかも子供に考える能力を与える場である教育の場に口を出すとは。台形の面積を削除したゆとり教育以下の愚行としか言いようがない。

日本語俳句において季語も定型も重要であるが、絶対ではない。芭蕉を含め、俳諧の発句にも無季や破調、自由律は散見されるし、虚子にも無季は(最低でも)一句ある。俳人協会の設立に関わった三鬼をはじめ、俳人協会の偉大な先輩たちにも立派な無季俳句が多いのだが、それらの句も俳句ではなく「俳句もどき」なのであろうか。俳人協会以外でも、三橋敏雄や金子兜太をはじめ、蛇笏賞等を受賞した俳人で多くの無季俳句を残した偉人たちがいるが、それらの業績の重要な一部を「俳句もどき」と貶めるのであろうか。無季や自由律を有季定型と同等に扱った大俳人もいれば、無季や自由律を有季定型の例外(だけど俳句)として扱った大俳人もいた。岡田日郎氏をはじめとする連中は、俳句史に名を残す大先輩たちよりも俳句について詳しく、大先輩たちの業績を否定して恥ずかしくないのであろうか。

しかも、よくよく考えてみれば、有季定型も自由律も無季も、外国語に翻訳されて世界に「俳句」として紹介されたら、同じである。日本語の定型のリズムは翻訳できないし、季語の本意も大抵は消えてしまう。世界に日本の代表的な文学作品として紹介されたら、山頭火の句も芭蕉の句も同じ「俳句」であり、外国人の三行俳句も「俳句」である。

俳句は創作芸術である以上、心の中で、結社の中で、有季定型以外を拒絶する選択をするのは自由だ。つまり、それは創作信条であり、意見であり、思想であるからだ。しかし、俳句についてよくわかっていない学童たちに、一つだけの俳句観を「絶対真理」であるように押しつけて、有季定型以外の俳句を「間違い」、「俳句ではない」と信じ込ませるのは戦時中の邪悪な思想教育と同義である。俳句観は数学の公式ではない。

20世紀、前衛音楽が世に出た後、旋律と和声のない音楽は音楽なんかではない、と主張した保守的な人たちがいた。当初は音楽愛好家層に賛同者が多かったが、その意見は教科書に採用されるどころか音楽学者たちや哲学者の失笑を浴び、消え去った。

有季定型以外の俳句の可能性もあるよと教えて、その児童が将来好きな俳句観を持つのが理想的であり、民主主義的ではないだろうか。

匿名 さんのコメント...

>「最終的には「俳句」という呼び名にはこだわらない」
”最終的には”とはどの段階を言うのでしょう?
なぜ、「「俳句」という呼び名にはこだわらない」といえないのでしょうか?
「俳句は有季定型だ」と主張する人々など気にせずに、「俳句」とは別なところで良い句?を作ればよいのでは。
角川春樹氏のように「俳句」という名前を捨てても良いはずです。
建前の裏の「できれば「俳句」に入れて欲しい」という覚悟のなさが気になります。
例外はあくまで例外。例外を一切認めないとは言いませんが、「基本は「有季定型」」で何の問題があるのでしょう?


匿名 さんのコメント...


>”最終的には”とはどの段階を言うのでしょう?

二人目の匿名様 

あなたのような、排除の思想を持つ方が「それは俳句ではない」と言うなら、そう呼ばれなくても全然いい、ということではないでしょうか。