【週俳8月の俳句を読む】
小川春休
鞄に飴ちゃん入ってる率
8月はとっても作品が多くて、あれも鑑賞したいこれも鑑賞したいと目移りして困りました。全くまとまりがありませんので、あしからず。
薔薇ピンクイエローのり子美容室 岡田一実
ピンクは「ももいろ」とは違うし、イエローと「きいろ」は同じではない。「もも」というくだものの持つイメージや「いろ」ということばのイメージ、それぞれのことばの響き、それらを全部剥ぎ取った平板さが、ピンクとイエローの持ち味。そんな色合いの薔薇と、「のり子美容室」という単純なるネーミングセンスとが、その美容室の佇まいを肉付けしている。景が、ふさわしい質量を伴って見えてくる。
寝袋を抱いて花火を見てゐるよ 松本てふこ
何でもないようだが経験した者でないと書けないリアリティに裏打ちされた句。決して花火を見ることを主目的としてそこにいる訳ではない。これから眠りに就くのか、それともうたた寝から目覚めたのか、寝袋を抱いたまま、花火を見ている。花火の音に起こされたのかもしれない。花火は、遠い。一連の作品が作用し合って句の世界を醸成している面もあるのだろうが、その場の空気がとてもよく伝わってくる。
薄荷飴探り出したる生身魂 小豆澤裕子
ある年代を超えると「鞄に飴ちゃん入ってる率」が極端に上がる(特に女性!)。統計はないが、実感としては間違いない。生身魂ともなれば、その「鞄に飴ちゃん入ってる率」は極めて高く、鞄の中には他にも有象無象の様々なお役立ちグッズ(やよく分からないもの)が犇いているのが常である。そんな混沌袋たる鞄の中から、あやまたず薄荷飴を探り出せるのは、生身魂の不思議の一つである。
八月十五日正午やトイレ待ち 松本てふこ
ごった返す会場、トイレ待ちの列。終戦記念日の正午であろうと、出るものは、出るのである。切実で、切なくて、ちょっと可笑しい。トイレの順番を待ちながら、果たして黙祷を捧げたのだろうか…。
北臨時駐車場いま真葛原 松本てふこ
実景でもあるのだろうが、喧騒の会場に在った魂が、そこから遠く離れることを欲して引き寄せたのが、「真葛原」という言葉だったのかもしれない。現実に根ざしていながら、空間的、時間的な広がりを感じさせてくれる。この句が最後に配されていることによって連作全体に与える効果も見逃せない。
長き夜の輪転機みな肌色に 藤幹子
想望とは、単純に言えば「心に思い描く」こと。コミケから離れること12年の作者の想望は、かつての自らの体験と、様々なメディアから入ってくる最近のコミケ模様とが混ざり合ったものであろう。大量の肌色は、頁に描かれた人物の肌の露出の多さを想起させるが、輪転機を高速で流れていく紙であるために、詳細は目にとまらず、ただただその肌色だけが目に焼きつく。
畔道は灯籠の灯の届くまで 岡本飛び地
真っ直ぐに伸びる畦道。灯籠の灯の届くまでは畦道が見えるが、そこから先は畦道とも田ともつかぬ、真の闇。街灯もほとんど見当たらない、広々とした田園風景がありありと浮かんでくる。
金魚死してぷかりと水に拒まれて たかぎちようこ
水中に程よく沈んでいる間にも、金魚は力を使っているのだろう。死んでその力が抜けてしまえば、もう沈んでいることはできない。金魚鉢の中は金魚にとっては「ホーム」だとばかり思っていたが、金魚鉢の中のわずかな水もまた「自然」に他ならず、死者は速やかにそこからの退場を迫られる。一連の作品では、他にも〈掬ふとき金魚もつとも濡れてゐる〉などに引かれた。景と詩想のクリアさが魅力の句群。
あきの水あづき洗ひのあづきが無い すずきみのる
小豆洗いは、川のほとりで「小豆洗おか人取って喰おか、ショキ、ショキ、ショキ」などと歌いながら小豆を洗う妖怪で、その音に気をとられると、知らないうちに川べりに誘導され落っことされてしまうのだとか。水木漫画に出てくる小豆洗いは、鬼太郎にとってやさしくてちょっと頼りない親戚のおじさんのような感じで、私も個人的に親しみを持っている。それにしても「あづきが無い」小豆洗いとは、何ともさみしい。このさみしさのせいで、本当に人を取って喰おうなんて思わねば良いが。一連の作品全てに妖怪を詠み込んであり、とても楽しく、少しなつかしく拝読した。私もちょっこし妖怪俳句書いてみよっかなぁ。
■岡田一実 銀の粉 10句 ≫読む
■松本てふこ フジロックみやげ 12句 ≫読む
■小豆澤裕子 踏ん張る 10句 ≫読む
■小川楓子 その窓に 10句 ≫読む
■しなだしん なんとなく 10句 ≫読む
■岡本飛び地 病室 10句 ≫読む
■たかぎちようこ めし 10句 ≫読む
■高山れおな 昨日の明日のレッスン 46句 ≫読む
〔ウラハイ〕
■松本てふこ コミケに行ってきました 10句 ≫読む
■藤幹子 あれを好く コミケ想望句群 10句 ≫読む
〔投句作品〕
■湊 圭史 ギンセンカ 8句 ≫読む
■すずきみのる げげげ 10句 ≫読む
■俳句飯 秋より遠き 5句 ≫読む
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2010-09-05
【週俳8月の俳句を読む】小川春休
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