2010-09-05

空腹のる理さんは歳時記よりお品書で句会開始

空腹のる理さんは歳時記よりお品書で句会開始


●カサと読まないで

2010年9月2日午後6時半、8名の若手俳人が新宿に集まった。小川楓子、西村麒麟、野口る理、山口優夢、村越敦、福田若之、藤田哲史、そして、越智友亮である。秋も名のみであって、まだまだ暑さもおさまる気配もなく、この日も雲が茜色の頃合であるのに汗ばむほど。さて、今回、この8名に集まってもらったのには、「傘[karakasa]」を創刊することと関係がある。

ここで、「傘」とはなんぞやと思われた方がいるかもしれない。それは、藤田と越智がこの度9月9日に発刊することになった雑誌の名前である。ここで、「傘」を[kasa]と読まないでほしい。[karakasa]ときちんと読んでほしい。なぜ、[karakasa]と読むようになったかは詳しく知らないのだけど(藤田によるネーミング)。vol.1の特集記事は「佐藤文香」。同世代の俳人を意識して読むことに焦点を当てたものだ。今回のvol.0でもそれに関連させて、同世代の俳人による句会を催すことにした。

それが、「傘」句会である。


●参加者紹介

句会の前に、この8名の若手俳人を簡単に紹介していく。そこで彼らに自選5句を提出してもらった。合わせて簡単に紹介文も書く。自分たちが集められるできるかぎりの豪華メンバーに揃ってもらったつもりである。まずは作風のちがいを感じとりつつ、作者の像を思い描いてほしい。

まずは1番年上である小川楓子。彼女は1983年生まれ。もともと短歌を作っていたものの、しだいに短歌の下句の14音が長いと感じ、俳句を作りはじめる。現在「海程」「舞」「青山俳句工場」に所属。年末に刊行予定の50歳以下の俳人のアンソロジー『超新撰21』の公募枠をみごと勝ち取った。この公募枠2名はどちらも20代の俳人が選ばれたことで話題だ。刊行がひじょうに愉しみである。

清明に生れてみどりの踵持つ
ぼろぼろの青嵐はろばろと来ぬ
草むらのきつねきれいによみかへす
ふつさりと腕のべらるる春の昼
どこからの船どこからの蝶の口

続いて同年生まれである西村麒麟。所属結社は「古志」。2009年には、第1回石田波郷新人賞、古志新人賞を受賞した。今まさに波に乗っている俳人である。この間銀座の小料理屋「卯波」で「澤」の榮猿丸さんに絡まれたとのことで、藤田哲史がなんとなく謝るという事態に。

ポケットに全財産や春の旅
たましひの時々鰻欲しけり
桔梗のつぼみは星を吐きさうな
一回も負けぬ気でいる相撲かな
凍鶴のわりにぐらぐら動きよる

山口優夢は、1985 年生まれで、「銀化」に所属している。『新撰21』(邑書林刊)に収録されている俳句甲子園出身の作家のひとり。八月下旬にこの句会のオファーを掛けたあと、今年度の角川俳句賞の受賞したというニュースが飛び込んできた。この句会が受賞決定後初めての句会。かつ、この「週刊俳句」の記事が受賞後初めての作品発表になるとのこと。今回の主役である。

心臓はひかりを知らず雪解川
あぢさゐはすべて残像ではないか
ビルは更地に更地はビルに白日傘
火葬場に絨毯があり窓があり
野遊びのつづきのやうに結婚す

野口る理は、1986年生まれの、無所属。はじめての句会がテレビ収録の句会(「俳句王国」)であるという。現在聖心女子大学院で哲学を専攻。研究分野はプラトン。句会の作句時間に最も余裕を見せていたのがこの人。

初雪やリボン逃げ出すかたちして
うぐひすや博物館の庭広く
汗ばめば東京湾にくびれかな
二点透視図法と戦つてゐる杏かな
栗飯と湯気と吉本新喜劇

村越敦は、1990年生まれ。無所属。第11回俳句甲子園では、「それぞれに花火を待つてゐる呼吸」で個人最優秀賞を受賞。現在、東大俳句会の幹事を務める。本日は大きな旅行鞄を携えて句会に来てくれた。何でも句会が終わったその足で北欧に旅行するとのこと。

温めてパンしわくちやや春の雪
我思ふ故にバナナはあのかたち
夏草やトランペットに暮色あり
雨か雪か分からずコート濡れてゐる
胃の中にうどんの残る枯野かな

福田若之は、1991年生まれの、無所属。今回の句会の最年少である。第1回石田波郷新人賞では、優秀賞を受賞。最近、結社に入ろうか入らないかで悩んでいるらしい。

神無月突けば縮まる奇術の剣
少年は時の破片となり半裸
青い雑踏広告塔が月を吊る
雲は地球の回る速さで去りゆく夏
東京の空もそれなりだよ檸檬

藤田哲史は、1987年生まれで、「澤」に所属。『新撰21』に収録されている俳句甲子園出身の作家のひとり。2009年には、澤新人賞を受賞。

露の玉年譜のはじめ疎なりけり
ねこじやらし鉢に育てて旅心とは
水涸れて彼らはこはいもの知らず
三人が傾きボブスレー曲がる
自動車の暖房はじめ風のみと

越智友亮は、1991年生まれの、無所属。『新撰21』に収録されている俳句甲子園出身の作家のひとり。池田澄子に師事。「自選句のうち、大学生になって作ったのが1句だけというのは情けない…」のコメントをいただく。

今日は晴れトマトおいしいとか言って
挙手つまり猫背ではない秋の空
地球よし蜜柑のへこみ具合よし
冬の金魚家は安全だと思う
春や嗚呼和式便所の上に尻


●逆選ありのスリリングな句会

さて、句会をはじめよう。と言いたいところではあるが、はじめに今回の傘句会のルールについて説明したいと思う。

まず、この句会はごく一般の席題句会である。各自がそれぞれ席題をひとつずつ挙げ、1時間以内にその席題に即して1句以上の俳句を作ってもらった。ちなみに、それぞれの席題を出題者といっしょにあげてみよう。

「傘」「椅子」「酒」「言葉」「的」「鬼」「パンダ」「ビートルズ」である。

今回の出席者が8名であったので、合計8句以上を提出することに。

制限時間は1時間であるが、全員さっそく本気のモードである。おしゃべりもせずみな黙々と俳句を作っている。中には昨日ねむれなかった人もいたそうで、常日頃の顔馴染みとする句会とは全く異質の空気、緊張感を感じていたのは誰しもそうだっただろう。

その中にあって一人空腹を主張しつつ、歳時記ではなく食べ物のメニューを睨んでいるのが野口る理。また、進行役の藤田哲史は内容説明であったりタイムカウントに気を遣ったりで少し集中しきれないところがある。それは越智友亮も同じだろう。

と、またたくまに1時間が過ぎ、タイムアップ。おのおのにため息がもれる。決して1時間という時間は長くない。その間に名句ができたら申し分ないのだが、その可能性は低い。どちらかといえば、いかに駄作を作らないかというところに気を遣うものだ。しかし、ひとまずは作句の緊張感からは参加者は解放されたようである。

題別に短冊を集め、清記用紙に改めて全員の作品を書きうつす。

ここで選句方法なのだが、これは各兼題につき、並選2句と逆選1句することにした。逆選の基準は各々違ってくると思うが、選としてはとれないが、注目を集めた句という位置づけを与えることができるであろう。また、並選を1点、逆選をマイナス1点として点数換算し、その合計点が高いもの、選の人数が多いものを中心に選評の対象とした。これはかつて小林恭二の行った句会が収録されている『実用 青春俳句講座』(ちくま文庫)を参考にしたものであり、ゲーム感覚に句会を楽しむことに重点を置いたものである。

いよいよ選句がはじまると、「逆選がむずかしい」という声がこぼれる。村越敦は、ずっと微笑を浮かべながら選している。このスリルの中にあってずいぶん愉しんでいるようだ。先ほどメニューと睨めっこしていた野口は、逆選に手間取り精記用紙をため込んでいるもよう。山口優夢は、ほとんど言葉を口にせず作業をこなす。貫禄がある。清記が済んでいくうち、おのおのの出来も自然とわかってくる。しかし、よくあることだが自分の作品の点数のほうは見当がつきにくい。「自分の俳句がいちばん可愛いんだ」とは西村麒麟の言葉。至言である。

さて、その結果はいかに。

(つづく)
麒麟さんが明日会社に行けないかもな結果発表

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