2010-10-17

テキスト版・池内友次郎 100句抄

テキスト版・池内友次郎100句抄 西村麒麟選


月君臨す我誕生の大空に

船の波月乗せて行くどこまでも

相傘の双子娘や春の雨

くちづけの動かぬ男女おぼろ月

すねて行くをとめや東風の湖ほとり

涼みゐる若き女中と猛犬と

うつむいて尼一列や時雨ふる

うす雲の押し寄す月の光かな

はひまはる五色の火蛾や楽譜書く

いつまでもとまらぬ蝶や貴船川

桃色の舌を出しけり大根馬

王宮は鰐棲む水に臨みけり

東京駅大時計に似た月が出た

うすきうすきうす紅梅によりそひぬ

沈丁の香になれてゐて楽譜書く

稲妻が好きな二人や相寄れる

水郷の猫恋をして十二橋

口開けて向き合ふ烏雲の峰

秋深し何か幸ある今日あした

初詣道の真中を行く楽し

西の雲黒くて冬の日を隠す

東京が好き句が好きで花淋し

鴉みな遠き青葉の城へ飛ぶ

ひとときの避暑の記憶や秋灯

月の塔街にぎやかで面白し

雨の玉やまず生まるる枯木かな

淡雪とかはゆき猫とわれ楽し

雪の夜の物語めく寺院かな

頂の雪澄みわたり秋立ちぬ

木枯の森へゆく木戸押せば開く

パリの月ベルリンの月春の旅

この国を去るや遅日の駅の人

大きな日大きな月や春の旅

たんぽぽや首をふりふり牛の来る

短夜のパリーが好きで何時発つや

鳳仙花相争うて猿楽し

芸妓あはれ団扇にその名ありしあはれ

秋水の早く流れて岩が好き

帽置いて田舎駅長夜食かな

大仏の頬ゆたかなる冬日かな

いそぎ来て拝みてあはれ除夜の人

門開けてあり踏青の人立てり

時計あり端居の人ののびし手に

買物の包に楽しソーダ水

天の川いくど海旅又行くも

朗らかにゐて夕立来るらし来たれ

緋鯉うかみでて顔まつ赤水澄めり

幸うすきにんじん色の木の葉髪

酒場の灯赤青おでん屋では灯は黄

縁談にはたと夢あり蠅叩

百姓に夏の大地の力強し

夏夕扇など白きもの多し

水澄んで鯉の行列見事派手

目の前で蚊が過ぎ空を蜻蛉ゆく

白壁爽か大時計の秒針が赤

のばしたる手と呼鈴の爽かや

紅梅や楽の音に色さまざまあり

春光の半紙につぎつぎ字が生れ

頬をかしげ大きな耳や風光る

梅雨美しくて売る金指輪あり

香水瓶嗅いで眉寄せ売子可愛

石蕗黄なり碁は白黒で人遊ぶ

雪止んで狐は青い空が好き

手がいつも冷き顔の淋しさよ

手袋に別れの鮮やかな記憶

末枯に人ゐず狐狸もゐぬ感じ

日記買はずなすこと多く夢多く

夜明けゆく布団の上に団扇あり

秋扇女の派手な身を守る

着ぶくれて考へつづけいらだたし

かの紅葉あなたの紅葉神の旅

狐等に銀世界雪降りつづく

さまざまのことが現実春は行く

足跡は千鳥のそれがすぐ消える

犬ふぐりその他よきことあれとこれ

子供らの春眠はつぎつぎに覚め

虫鳴きやむみな今までのことは嘘

水ばかり見てゐてかなし鴨の声

子の語る記憶の野火に恐い人

時雨降るただいそがしくつまらなく

梅一と日部屋にゐる朝希望あり

春愁や闘志を秘めるすべありし

香水は信じし人の贈り物

ひたと頬に手を触れて見つ水の秋

百日紅仕事終りてだれのため

月光へ手を投げ指を上げ下げす

猫の子の花をくはへる朝楽し

白雲やせつせと大根洗ふなり

懐手を出してあたたか手を頬に

揃ひ立つ漁夫裸の胸見事

十六夜の何か淋しや埋立地

色それぞれやさしけれ末枯光る

月の客なり遅れつつ芒道

初詣前に人無く石段が好き

月大きくて藪入物語めく

残る雪屋根をすべりて星残る

後の月高く遠のく寝まるころ

絵双六子供の世界色と音

一人唄ふ一つの歌の手鞠歌

日脚伸びつつ穏やかな日がつづき

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