2010-10-10

林田紀音夫全句集拾読136 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
136




野口 裕



夜の紅茶くもる眼鏡に妻子棲み

昭和四十七年、未発表句。結社の主宰クラスの人の句集が出版されたとき、俳句総合誌で特集が組まれることがよくある。そこで出てくる一句鑑賞には、よき家庭人としての作者の人柄がにじみ出たほのぼのとした一句、というような評がしばしば見うけられる。この句も、そんな評が出てきそうな雰囲気を持つ。

当然、紀音夫の作家としてのイメージが崩れるから、未発表となる。子細に眺めれば、「くもる」に複雑な意味合いを潜めて、結構味わい深い。

 

老斑の明日に出会う油虫をかぶり

昭和四十七年、未発表句。そろそろ次の年度に行こうとしているのだが、こんな奇妙な句に出会うと、立ち止まらざるを得ない。「油虫をかぶり」に、思わず油虫の着ぐるみをかぶった紀音夫を想像してしまうが、TVCMに出たわけでもないだろうから、それはない。油虫がなにかの隠語、たとえば機械油に汚れた帽子や作業服であるか、たまたまゴキブリが身体にはりついた状態に陥ったか、等々であろう。そうした「油虫をかぶ」った状態に、老後の自画像を思い浮かべた、というところ。未発表になったのは、耕衣ならありそうな句材だが、紀音夫ではちょっとイメージが崩れる、みたいな自制が働いたせいか。

 

口寄せの煙突が立つ眼の高さ

昭和四十七年、未発表句。丘にでも登ったところだろうか。ちょうど眼の高さにある煙突が、霊を口寄せしているかのように見える。想像をたくましくすれば、まるでエクトプラズムのように、煙突はうっすら煙を吐いているところだろう。発表句は、「口寄せのオルガンいつまでも午前」(昭和四十八年、「海程」)。

こがらしがあつまる呼子笛なしに

昭和四十七年、未発表句。季語があるというだけでなく、季語が句の中心に置かれているという点で紀音夫には珍しい句。後年の有季定型回帰の先例か。


これで、昭和四十七年を終わる。この年までの作句が第二句集『幻燈』にまとめられている。昭和四十八年からの作句は、句集にまとめられていない。定期的な発表媒体は「海程」と「花曜」(昭和四十九年から参加)に限られる。平成八年の作句停止まで、漫然と次の航路が始まる。

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