2010-10-10

【週俳9月の俳句を読む】笠井亞子

【週俳9月の俳句を読む】
笠井亞子 知っている人の俳句


延命や二百十日の雲ひとつ  宮本佳世乃 

立春から数えてちょうど二百十日というこの日。季節の変わり目で不安定。暴風雨など気象の変化が起こりやすいという。農家では心構えをするそうだ、厄日として。
ここでの「延命」は漠然と出てきたコトバではない。季語の不吉さから導き出されたものでもない。作者は長く医療の現場にいて、死に向かうニンゲンに医学はどのようなことを行なっているのかを、つぶさに見てきたのだ。
きびしい夏がすぎ、日常に向ける気持ちが澄んできた時、まなこはふと空へ向く。小さな雲が作者のこころにやさしく響く何かであったと思いたい。


化粧せりつぶさに障子貼るごとく  さいばら天気

化粧を障子貼りのようだと言うのはちょっとムリがあるなあ。あえていえばパックか?などとまぜっかえしてもこの句のおもしろさは変わらない。まあ化粧=白くすること、でもあるわけだし……。
ずらーっと並んだ「にんじん」9句にはどれにも仕掛けがある。露骨に、あるいはささやかに。それが鼻につかないのは、やはり長い結婚生活のたまものでしょう。読んでいるうちに作者も配偶者も存じ上げている者には、いひひと笑いたくなる楽しさが加速する。
夫婦漫才はやはりナニワが本場です。「いらう」というのは関西独特のコトバですね?いじる、いじられキャラなんていうあの「いじる」と近い感じか?(こんなこと言うと「ってゆうかあ…」(ゆうの所でイントネーションが上がる)とやんわり否定する作者の声が聞こえてきそうだが)愛しいものほど「いらう」んですねきっと。そしてうまく「いらう」ことに最高の評価が下される。「芸がある」と。
手が込んでいるのに軽い、平明でいて深い、それが作者の求める所だとしたら、最初からそうだったな…と古びた頭を振ってみる。(さいばら天気氏がさいばら天気になる以前、初参加の句会でご一緒したのだった)「……明日来るソファ」(季語部分失念)「……ぱらぱらマンガのように歩く」(同じく失念)など。わかりやすいコトバで日常を詠むスタイルは変わらない。始めから掘るべき場所はここと思い定めていたように。容積(体型ね)は変わってもスタイルは不変。
俳句的日常(ブログのタイトルにもされてます)も俳句も、ますますコクの深いものになっていくに違いないと、この9句を読んで確信しました。ごちそうさま。



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