【週俳10月の俳句を読む】
櫂 未知子
季語と定型という「二大浄化装置」
弾痕あり風はガラスの外を吹く 村田 篠(第180号)
甲板に石炭匂ふ銀河かな 村越敦 (同)
タイトルから、村田篠はメキシコ、村越敦は北欧での作品だと知れる。たまたま海外詠の10句がこの号には並んだ。
村田篠の句は「メキシコ」と聞けば、「なるほど、いかにもありそうだ」と納得する。と同時に、「では、その『いかにもありそうだ』を越えてゆけるのか」という不安も残る。それはおそらく、この句がカッコよすぎるからだ。それはあたかも乾ききった映画のごとく。
村越敦の一連については、正直言って作品そのものよりも前書の方が面白かったような気がした。たとえばこの句には、「豪華客船の船底の部屋、ウオツカ嫌いのロシア男と同室に」とある。作品よりもこの前書の方がドラマを秘めているようで興味深かった。
優雅な船の最も安い部屋を取った者同士が相部屋になり、なかなか通じない言葉を以て何とか意思疎通をはかる。おそらく、どちらも若い。豪華客船の安い部屋というと、ディカプリオが演じた「タイタニック」を当然思い出す。あの映画の人物設定が俳句における「前書」だとするのなら、その後の展開=俳句作品は、当然、その設定をはるかに超えるものでなければならない。
ここに挙げた句は「銀河」の甘さを超えた即物性があり、古きよき時代の味もあり、悪くないが、一連全体にもう一歩踏み込んだヤバさがあってもいいように思われた。
ゴミ箱の底を叩いて野分中 清水哲男(第181号)
およそ色気のない句である。しかし、そこがいい。「ゴミ箱」のゴミをあけ、それでもなおかつ、「底を叩いて」徹底的にすっきりさせようという試み――これはおそらく誰もが経験していることで、しかし、誰でも句にしているわけではない。俳句において大切なことの一つに、いかにも綺麗な景をいかにも綺麗に作品にすることではなく、誰もが見捨てるようなものを拾い上げることがある。これは季語と並んで、他ジャンルの人になかなか理解されないことの一つでもある。俳句は季語と定型という「二大浄化装置」により、呆れるほど卑俗な内容を詩に昇華させるおそろしい文芸である。
アイロンの鼻先進む枯野かな 石井浩美(第182号)
まるで「枯野」にアイロンをかけているようで、可愛い。それも、こどもこどもした可愛らしさではなく、ちゃんとした大人の文体で詠まれている可愛らしさがある。スチームでかけているのか、当て布をしているのかはわからないけれど、「枯野」の皺をずんずん伸ばそうとする作者の意志が面白いといえようか。
うどん屋の湯呑みですから箸ですから くんじろう(第183号)
一連を読んだ時に「あ」と思った。「これは、俳句とは違う」と思ったため。季語の有無ではない、切れの有無ともちょっと違う。川柳作家だと知ってなるほどと思った。
この句を読者としてしっかり把握せよといわれたなら、いろいろな解釈が噴出するだろう。基本的に深読みをしたがらない有季定型俳句と異なり、現代の川柳は、深読みで成り立っているといってもいい部分がある。川柳は句を生み出すのに才能を必要とし、読解するにも才能を要求する。いつも崖っぷちに立っている詩型だといってもよい。
体育の日の鳥影を仰ぎけり 杉山久子(同号)
屍のポーズにて聴く秋の雷
先般出された句集は実に楽しく読ませて貰った。地味すぎずふざけず、読んでいて幸福な気分になれたのである。ここに挙げた二句もなかなかのもの。どちらも俳人に共通の約束としての季語の働きをうまく生かしている。それも、一句の中で季語を活用しすぎた嫌味を持たず、そしてまた、離れすぎず。一句目の「体育の日」などは、今まで詠まれたことのない内容ではなかろうか。
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これは蛇足かもしれないが、無季俳句についてひとこと(『俳句』11月号の角川俳句賞関連の作品も含めて感じたことである)。
季語をろくすっぽ知らないうちに無季の句を作りたがる人が意外と多くて、私はしょっちゅうびっくりしている。「何が何でも有季で」と押しつけるつもりは毛頭ない。しかし、季語を遥かに超えたものを有した作品=本当の意味での無季作品をつくりたいのならば、相当な勉強が必要なのではありませんか、ということ。
かつて三橋敏雄は、無季俳句には手本がないから、一人で荒野を行くようなものですと言った。その覚悟が、若い俳人達にははたしてあるのだろうか。
■村田 篠 棘 メキシコ雑詠 10句 ≫読む
■村越 敦 ムーミンは 北欧雑詠 10句 ≫読む
■清水哲男 引 退 10句 ≫読む
■石井浩美 ポスター 10句 ≫読む
■くんじろう ちょいとそこまで 10句 ≫読む
■杉山久子 露の玉 10句 ≫読む
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2010-11-07
【週俳10月の俳句を読む】櫂未知子 季語と定型という「二大浄化装置」
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