2010-12-19

テキスト版 岸本尚毅100句 (生駒大祐選)

岸本尚毅100句 (生駒大祐選)


『鶏頭』

鶏頭の短く切りて置かれある
弁当に牛蒡うれしく笹子鳴く
冬空へ出てはつきりと蚊のかたち
雪舞ふや鶯餅が口の中
白魚やテレビに相撲映りをり
海上を驟雨きらきら玉椿
玉葱にとまる金蠅夕映えて
香水やかの名刀のここにあり
ざりがにのはさみ蒼くて雷雨かな
昼顔のいくたびも吹きすぼめられ
水打つて遠くに犬の嚙みあへる
秋燕やひようと長くて支那の箸
芭蕉葉にぷすと針金突き刺さり
蟷螂のひらひら飛べる峠かな
鯨幕八つ手の花にかぶされる
四五人のみしみし歩く障子かな
臘梅につめたき鳥の貌があり
鴨の目の水すれすれにして進む
木瓜咲いて鴉の羽根の落ちてゐる
梅の実を映して黒きハイヤーよ
てぬぐひの如く大きく花菖蒲
月明に紫陽花折れてぶら下がる
河骨にどすんと鯉の頭かな
梅の木につくつく法師鳴きにけり
なきがらの四方刈田となつてゐし

『舜』

手をつけて海のつめたき桜かな
雛の間よ背広吊すも飯食ふも
身籠りて空にあまたの燕かな
草か木かわからぬものも秋彼岸
鰭酒の鰭を食べたる猫が鳴く
金柑の食べ頃となる恵方かな
パンジーの中に光るは箒の柄
草餅に鶯餅の粉がつく
玉葱の流れて来るや出水川
水かけて蚯蚓よろこぶ展墓かな
雨に伏すゑのころのみな短くて
音もなく歩くお方や城の秋
末枯に子供を置けば走りけり
一寸ゐてもう夕方や雛の家
蜂を描くしだいに蝶に似て来たる
啄木鳥や妻にも二つ膝小僧
焼藷や空に大きく大師堂
秋風や蠅の如くにオートバイ
水仙の芽にゆつくりと月のぼる
雉子鳴くつめたき富士と思ふかな
一斉に飯食ふ僧や青嵐
青大将実梅を分けてゆきにけり
廊下ゆくまた芍薬の活けてある
なきがらに投げたる菊の弾みけり
先生やいま春塵に巻かれつつ

『健啖』

狂言の足袋黄色なる虚子忌かな
木から木へ蔓の走れる梅雨入かな
秋立つや音を違へて稲と草
まはし見る岐阜提灯の山と川
また一つ風の中より除夜の鐘
日の当るものを日陰に盆支度
掃苔やつかはぬ水を萩に打ち
見えてゐる鳥は眼白や笹子鳴く
花屑の深きを浚ふ箒かな
健啖のせつなき子規の忌なりけり
落ちてゆく木の実の見えて海青く
風邪の子の頭撫づれば怒りけり
土埃立たぬ土なり秋の蠅
水澄むや物皆古き法隆寺
声もなく鶯の来る光かな
身に入みて上司と歩く池袋
あるときは毛布の中に吾子の汽車
火の上にかぶさつてゐる朴落葉
ぼろ市の大きな月を誰も見ず
火のかけら皆生きてゐる榾火かな
雪つもる銀閣があり家があり
桜餅置けばなくなる屏風かな
腹当の子の生きてゐる生きてゆく
ハンカチを干せば乾きて十三夜
水中の物の形の冷やかに

『感謝』

うすうすとあやめの水に油かな
ときじくのいかづち鳴つて冷やかに
日沈む方へ歩きて日短
寒々と赤々と正一位かな
雨だれの向うは雨や蟻地獄
空蝉のすがれる百合の途中かな
春の雁飛べよと思ふ飛びにけり
降る雨の見えて聞こえて草の花
港区は好きな区秋の風もまた
焼藷を割つていづれも湯気が立つ
春泥の砂かぶりしはあはれなる
テキサスは石油を掘つて長閑なり
現れて消えて祭の何やかや
月光はとめどなけれど流れ星
さういへば吉良の茶会の日なりけり
鳥の恋ペリカン便も急ぐなり
秋晴や心の底の一淀み
作り滝作り蛙を打ちに打つ
現れて一歩一歩や秋の海女
コーヒーかコーラか雪に缶赤く
茄子と煮てちりめんじやこが茄子の色
裕明の初盆なれば迎鐘
かたかたと鳴るは小さき芝刈機
その上に月美しく扇風機
低きより出づる冬日を立ちて見る


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